45 / 49
第八章
8
しおりを挟む
耐え切れず叫んだリディアの目の前で、温厚な笑顔の仮面を被った男は、マイラの首に細剣を突きつけながら導火線に火を点けた。
ドゥンッ!
玉は一番初めに仕損じたのが嘘のように、全て島国の国土に吸い込まれていった。
「はっはっはっ! 私の砲撃の腕は確かなようですね」
屈託無い笑い声を上げるギュンターに、リディアは素早く駆け寄った。
しかしあと少しという所で止められる。
「陛下、それ以上近寄ると貴方の母上の命はありませんよ」
刃の感触にか、想い人の言葉にか、マイラは蒼白になって助けを求めた。
「リディア! ああ、お願い。来ないで……私を助けて! リディア!」
「母上……」
足を止め、もくもくと土煙を上げているバーディスル国と母親を交互に見る。
(どうしたらいい? 私はどうしたら? ああ、バーディスルが、ルークが! 母上が!)
くつくつとギュンターが笑い声を上げた。
「全く……貴方は純粋であられる。裏切り者の母親も、貴方を見捨てた島国の王子も、両方助けたいと? 貴方は本当に無垢で優しい。しかし、だからこそ何一つ守れないのだ!」
その言葉と同時に、マイラは上着の内側から紙の束と黒い石を取り出した。
「驚いたリディア? 私は貴方が父親に手を掛けた時、天幕の外に居たのよ。そうしたらこんなものが足元に転がって来た! 全く、貴方は何て思い通りに動くのかしら? 体の自由を奪わずとも、人形のような女王になったかもしれないわねぇ?」
リディアを睥睨し、マイラは恋人と視線を合わせて唱和した。
「古き神よ! 願いを叶えたまえ!」
母の再度の裏切りに愕然としてその場に立ち尽くしたリディアの前に、黒い霧が渦を巻いて現れた。
そして調子外れな声も。
「御呼びとあらばどこへでも! さあ契約だ。人、一人の命で一つの願いを叶えましょう!」
「願いはバーディスルの民、全てを私達の物にすること。代価は……これだ!」
マイラから紙を受け取った候は、それを頭上に翳した。
「あれは……」
リディアの背後から艦長の驚きの声が聞こえた。
振り返って視線で問うと、艦長は突然現れた黒い霧の渦に目を奪われながらも答えてくれた。
「あの男は、我々一人ずつに宣誓書なるものを書かせたのです……あれが、何故? 一体何に使うと言うのだ?」
ギュンターは言った。
「代価はこの誓約書にサインした者の命!」
馬鹿な! とリディアは声を上げたが、黒い渦は大きな手となって書類を受け取った。
「出来るさ女王陛下。だって直筆のサイン入りだし、ここにはこう書いてある……この戦において、私マイラ・トルトファリアの意志、決定に全て従い、全てを託すことを誓います、てね! この紙にサインした人間は、全てをこの裏切り者の王妃様に売ったんだよ!」
「そんな……」
真っ青になったリディアとは正反対に、マイラは顔を真っ赤にして空中に浮かんでいる手に怒鳴った。
「この無礼者! 口を慎みなさい!」
「あれあれ、これはこれは王妃様。私は運命の道化。道化なれば口も卑しいというもの。どうぞご容赦を……ではではお客人、貴方の願い、確かに叶えてみせましょう!」
いうやいなや、書類と共に黒い手は唐突に弾け、無数の黒い弾丸となって水軍艦隊の上に降り注いだ。
リディアの目の前で、その弾丸に胸を射抜かれた兵士達が次々と倒れる。
「うっ……」
老艦長も倒れ伏した。
「艦長! みんな!」
駆け寄り抱き起こすと、目を閉じているが息をしていた。
(まだ死んでいない。契約が果たされていないからか? そうだ、兄上達もそうだった)
安堵して体を弛緩させたが、弾けるようなディーマの笑い声に我に返る。
「さーあー妃殿下。願いのままに、バーディスルの国民を貴方に差し上げよう!」
リディアの脳裏に、地面に倒れ伏すルークの姿が過ぎった。
「止めろーっ!」
しかし黒い弾丸は止まる事無く、海の向こうへと飛び去っていった。
ドゥンッ!
玉は一番初めに仕損じたのが嘘のように、全て島国の国土に吸い込まれていった。
「はっはっはっ! 私の砲撃の腕は確かなようですね」
屈託無い笑い声を上げるギュンターに、リディアは素早く駆け寄った。
しかしあと少しという所で止められる。
「陛下、それ以上近寄ると貴方の母上の命はありませんよ」
刃の感触にか、想い人の言葉にか、マイラは蒼白になって助けを求めた。
「リディア! ああ、お願い。来ないで……私を助けて! リディア!」
「母上……」
足を止め、もくもくと土煙を上げているバーディスル国と母親を交互に見る。
(どうしたらいい? 私はどうしたら? ああ、バーディスルが、ルークが! 母上が!)
くつくつとギュンターが笑い声を上げた。
「全く……貴方は純粋であられる。裏切り者の母親も、貴方を見捨てた島国の王子も、両方助けたいと? 貴方は本当に無垢で優しい。しかし、だからこそ何一つ守れないのだ!」
その言葉と同時に、マイラは上着の内側から紙の束と黒い石を取り出した。
「驚いたリディア? 私は貴方が父親に手を掛けた時、天幕の外に居たのよ。そうしたらこんなものが足元に転がって来た! 全く、貴方は何て思い通りに動くのかしら? 体の自由を奪わずとも、人形のような女王になったかもしれないわねぇ?」
リディアを睥睨し、マイラは恋人と視線を合わせて唱和した。
「古き神よ! 願いを叶えたまえ!」
母の再度の裏切りに愕然としてその場に立ち尽くしたリディアの前に、黒い霧が渦を巻いて現れた。
そして調子外れな声も。
「御呼びとあらばどこへでも! さあ契約だ。人、一人の命で一つの願いを叶えましょう!」
「願いはバーディスルの民、全てを私達の物にすること。代価は……これだ!」
マイラから紙を受け取った候は、それを頭上に翳した。
「あれは……」
リディアの背後から艦長の驚きの声が聞こえた。
振り返って視線で問うと、艦長は突然現れた黒い霧の渦に目を奪われながらも答えてくれた。
「あの男は、我々一人ずつに宣誓書なるものを書かせたのです……あれが、何故? 一体何に使うと言うのだ?」
ギュンターは言った。
「代価はこの誓約書にサインした者の命!」
馬鹿な! とリディアは声を上げたが、黒い渦は大きな手となって書類を受け取った。
「出来るさ女王陛下。だって直筆のサイン入りだし、ここにはこう書いてある……この戦において、私マイラ・トルトファリアの意志、決定に全て従い、全てを託すことを誓います、てね! この紙にサインした人間は、全てをこの裏切り者の王妃様に売ったんだよ!」
「そんな……」
真っ青になったリディアとは正反対に、マイラは顔を真っ赤にして空中に浮かんでいる手に怒鳴った。
「この無礼者! 口を慎みなさい!」
「あれあれ、これはこれは王妃様。私は運命の道化。道化なれば口も卑しいというもの。どうぞご容赦を……ではではお客人、貴方の願い、確かに叶えてみせましょう!」
いうやいなや、書類と共に黒い手は唐突に弾け、無数の黒い弾丸となって水軍艦隊の上に降り注いだ。
リディアの目の前で、その弾丸に胸を射抜かれた兵士達が次々と倒れる。
「うっ……」
老艦長も倒れ伏した。
「艦長! みんな!」
駆け寄り抱き起こすと、目を閉じているが息をしていた。
(まだ死んでいない。契約が果たされていないからか? そうだ、兄上達もそうだった)
安堵して体を弛緩させたが、弾けるようなディーマの笑い声に我に返る。
「さーあー妃殿下。願いのままに、バーディスルの国民を貴方に差し上げよう!」
リディアの脳裏に、地面に倒れ伏すルークの姿が過ぎった。
「止めろーっ!」
しかし黒い弾丸は止まる事無く、海の向こうへと飛び去っていった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴方様の後悔など知りません。探さないで下さいませ。
ましろ
恋愛
「致しかねます」
「な!?」
「何故強姦魔の被害者探しを?見つけて如何なさるのです」
「勿論謝罪を!」
「それは貴方様の自己満足に過ぎませんよ」
今まで順風満帆だった侯爵令息オーガストはある罪を犯した。
ある令嬢に恋をし、失恋した翌朝。目覚めるとあからさまな事後の後。あれは夢ではなかったのか?
白い体、胸元のホクロ。暗めな髪色。『違います、お許し下さい』涙ながらに抵抗する声。覚えているのはそれだけ。だが……血痕あり。
私は誰を抱いたのだ?
泥酔して罪を犯した男と、それに巻き込まれる人々と、その恋の行方。
★以前、無理矢理ネタを考えた時の別案。
幸せな始まりでは無いので苦手な方はそっ閉じでお願いします。
いつでもご都合主義。ゆるふわ設定です。箸休め程度にお楽しみ頂けると幸いです。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい
小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。
エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。
しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。
――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。
安心してください、ハピエンです――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる