虚飾城物語

ココナツ信玄

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第八章

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 耐え切れず叫んだリディアの目の前で、温厚な笑顔の仮面を被った男は、マイラの首に細剣を突きつけながら導火線に火を点けた。

 ドゥンッ!

 玉は一番初めに仕損じたのが嘘のように、全て島国の国土に吸い込まれていった。

「はっはっはっ! 私の砲撃の腕は確かなようですね」

 屈託無い笑い声を上げるギュンターに、リディアは素早く駆け寄った。
 しかしあと少しという所で止められる。

「陛下、それ以上近寄ると貴方の母上の命はありませんよ」

 刃の感触にか、想い人の言葉にか、マイラは蒼白になって助けを求めた。

「リディア! ああ、お願い。来ないで……私を助けて! リディア!」

「母上……」

 足を止め、もくもくと土煙を上げているバーディスル国と母親を交互に見る。

(どうしたらいい? 私はどうしたら? ああ、バーディスルが、ルークが! 母上が!)

 くつくつとギュンターが笑い声を上げた。

「全く……貴方は純粋であられる。裏切り者の母親も、貴方を見捨てた島国の王子も、両方助けたいと? 貴方は本当に無垢で優しい。しかし、だからこそ何一つ守れないのだ!」

 その言葉と同時に、マイラは上着の内側から紙の束と黒い石を取り出した。

「驚いたリディア? 私は貴方が父親に手を掛けた時、天幕の外に居たのよ。そうしたらこんなものが足元に転がって来た! 全く、貴方は何て思い通りに動くのかしら? 体の自由を奪わずとも、人形のような女王になったかもしれないわねぇ?」

 リディアを睥睨し、マイラは恋人と視線を合わせて唱和した。

「古き神よ! 願いを叶えたまえ!」

 母の再度の裏切りに愕然としてその場に立ち尽くしたリディアの前に、黒い霧が渦を巻いて現れた。
 そして調子外れな声も。

「御呼びとあらばどこへでも! さあ契約だ。人、一人の命で一つの願いを叶えましょう!」

「願いはバーディスルの民、全てを私達の物にすること。代価は……これだ!」

 マイラから紙を受け取った候は、それを頭上に翳した。

「あれは……」

 リディアの背後から艦長の驚きの声が聞こえた。
 振り返って視線で問うと、艦長は突然現れた黒い霧の渦に目を奪われながらも答えてくれた。

「あの男は、我々一人ずつに宣誓書なるものを書かせたのです……あれが、何故? 一体何に使うと言うのだ?」

 ギュンターは言った。

「代価はこの誓約書にサインした者の命!」

 馬鹿な! とリディアは声を上げたが、黒い渦は大きな手となって書類を受け取った。

「出来るさ女王陛下。だって直筆のサイン入りだし、ここにはこう書いてある……この戦において、私マイラ・トルトファリアの意志、決定に全て従い、全てを託すことを誓います、てね! この紙にサインした人間は、全てをこの裏切り者の王妃様に売ったんだよ!」

「そんな……」

 真っ青になったリディアとは正反対に、マイラは顔を真っ赤にして空中に浮かんでいる手に怒鳴った。

「この無礼者! 口を慎みなさい!」

「あれあれ、これはこれは王妃様。私は運命の道化。道化なれば口も卑しいというもの。どうぞご容赦を……ではではお客人、貴方の願い、確かに叶えてみせましょう!」

 いうやいなや、書類と共に黒い手は唐突に弾け、無数の黒い弾丸となって水軍艦隊の上に降り注いだ。
 リディアの目の前で、その弾丸に胸を射抜かれた兵士達が次々と倒れる。

「うっ……」

 老艦長も倒れ伏した。

「艦長! みんな!」

 駆け寄り抱き起こすと、目を閉じているが息をしていた。

(まだ死んでいない。契約が果たされていないからか? そうだ、兄上達もそうだった)

 安堵して体を弛緩させたが、弾けるようなディーマの笑い声に我に返る。

「さーあー妃殿下。願いのままに、バーディスルの国民を貴方に差し上げよう!」

 リディアの脳裏に、地面に倒れ伏すルークの姿が過ぎった。

「止めろーっ!」

 しかし黒い弾丸は止まる事無く、海の向こうへと飛び去っていった。
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