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男尊女卑

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 神様の返事はないまま私の意識は白い世界を突き抜け暗い世界に墜ちた。

 途端、


 バチン!


 私は頬を張られた少女の、すぐ目の前に立っていた。
 蜂蜜色の緩く波打った金の髪が広がり、背けられた少女の顔を隠すように被さる。

「なんつー……美少女」

 思わず呟いた私の声が聞こえたのか、美少女は叩かれた右頬を手で押さえ、ゆっくりと前に向き直って明確な非難の目でこっちを睨みつけた。
 シミもそばかすの一つも浮いていない白い艶やかな頬が打たれた衝撃で赤くなっている。
 怒りを孕んだ翡翠色の目に、みるみる涙が湧いてきた。
 瞬きをしたら零れてしまう、と思わず私は手を伸ばそうとした。

「何だその目は」

 苛立たし気な低い声が背中側から聞こえて、私は動きを止めた。

「女のお前に口答えする権利などないのだ。弁えろ」

 熱のない低いその声と放たれた言葉にカチンと来て、首が引っこ抜けてもおかしくない勢いで私は振り返る。

「はああああ? 何様だあ?!」

 振り返った先には、美少女と同じ色合いの美青年がいた。
 体の出来上がった二十代後半と思しき金髪の青年は、エメラルド色の目を眇めて私……の背後の美少女を見下ろす。
 顔立ちが少女と似ている。
 おそらく血縁者なのだろうと推測出来た。
 いたいけな美少女の顔を躊躇なく殴れるほど性格が悪いことも。

「おうコラ、無視すんな!」

 腹立ちのあまり育ちの悪さが漏れ出てしまった。

「女は子供を産むためにある。それ以上でも以下でもない」

 見てくればかり美しい糞男の言葉に眩暈がする。

「それなら男はただの種馬だな、オイ!」

「そもそも貴族令嬢であるお前に学など必要ない」

「種馬にも必要ないだろうが! ふざけんな!」

「お前はただ夫となるものの機嫌を損ねないよう閨に連れ込む術を学んでいればよい」

「まだ言うか、この脳みそカラカラのチ〇コの乗り物野郎!」

 悉く話が通じない糞野郎に腹が立ち、思わずグーパンチを繰り出して……すり抜けた。
 私の全身が突き出した拳の勢いで金髪青年の胴体をすり抜けた時、脳裏にある映像が走馬灯のように駆け抜けた。






――ベッドの上で亜麻色の髪をシーツの上に散らした全裸の女性が泣いている。


「やめっやめて下さい! 痛い!」

 ベッドから逃げようと身じろぎする女性――どことなく美少女に似た面差しだ――は、蜂蜜色の髪をした男に腰を掴まれて引き寄せられ、そして大きく悲鳴を上げた。
 そんな彼女に、男は忌々し気に舌打ちをしてみせた。

「確かに処女だな。だが、面倒だ。口を閉じていろ、うるさい」

 言うや、男は女性の口にベッドカバーの端を詰め込んだ。

「ううーっ! うーっ!」

 泣きながらうめき声をあげ、手足を振り回して抵抗しようとする女性の手首を易々と捕まえ、頭の上で一まとめにした男は、己は服を脱ぐことも無いまま、下履きの前を緩める。
 再び舌打ちをすると、暴れる足を無理やり割り開き、己の腰をさらに奥へと進めた。

「――っ!」

 声のない悲鳴を上げて体を硬直させた女性に構わず、男は自分勝手に己の腰を打ち付ける。

「その調子だ。女は黙って男に従っていればいい。何も考えるな。子供を産みさえすればいいんだ」

 一欠けらの温かみもないエメラルドグリーンの瞳は、己の下で泣きながら震える亜麻色の華奢な女性を冷徹に見下ろしていた――







 映像は一瞬のうちに消えた。

「……」

 どういうわけか、目の前に居た青年が消えていた。振り返ると、背中を向けた彼がいた。

「……」

 自分の手が糞青年の横っ面をすり抜けるのを確かに目撃したので、同じように自分の体全体が人間の体をすり抜けたのだろうと理解した。
 そう私はすり抜けたのだ。
 まるで空気になってしまったかのように。

「あー、そう言えば私、山賊に殺されてたわー」

 少し前にガラの悪い筋肉だるまに張り倒されて打ちどころ悪く儚くなっていたことを思い出した。

「ってことは、私、幽霊になっちゃったの?」

 神様に不老不死をお願いしたのに、どういうことなのか。
 確かにこの状態ならば老いることも死ぬこともないだろう。
 だが生きてもいない!

「くっそー! ちゃんと健康で生きている体のまま不老不死って言わなかったからか? 神めー!」

 イラっとして歯を食いしば……肉体がなく感触がないので、食いしばった気になった、途端。

「……ん?」

 ムラッとした。
 自分の体を見下ろすと、青白く半透明な自分の下半身に光の棒が生えていた。

「ん?」

 一度目をこすり……擦った気持ちになってから目を開け、再び下半身を見る。
 床に対して直角に、お腹に触れてしまいそうな角度でそそり立つ、輝く棒が私の下半身に生えていた。
 まるでジョークインテリアの男性器形ライトのように、それは煌々とおろしたての蛍光灯でもあるかのように光っている。

「なんじゃこりゃ」

 困惑しそれに手を伸ばして、すり抜けた。
 何となく予期していたからそれに触れなかったことには驚かなかった。しかし、この光る棒の形……これが何故、女の私の体、いや精神体に生えているのか。
 戸惑いながら光るブツを見つめていると、不意に重い扉が閉まる音が聞こえてきた。反射的に顔を上げると、金髪青年の肩越しに樫の扉が閉まるところだった。
 美少女がここから出ていったらしい。
 青年は忌々し気に溜め息を吐くと、やおら振り返って私を突き抜け、部屋の奥へと歩いていく。その姿を目で追いつつ、私は周囲を見回した。

 精緻な細工で彩られた樫の扉、それと同じ木目の壁には肖像画が掛かっている。
 古めかしい、中世ヨーロッパ時代のお貴族様そのもののサーコートを着た男性とレースがふんだんにあしらわれたドレスに身を包んだ女性、その間に天使のように可愛らしい金髪の少年が佇んでいる。きっと家族なのだろう。

 青年が歩き去っていった部屋の奥へと私も進む。
 扉のデザインとそろえたらしい精緻な細工を施された暖炉には、赤々と熾火が燃えている。
 青年は暖炉の前にしゃがみ込み、その中に薪を放り込んだ。
 毛足の長い絨毯の上に、青年の影が伸びる。
 大きな木のデスクの上に書類が正方形かと見まごう程に重なっている。途中まで目を通していたのだろう分厚い革表紙の本には金の文鎮が乗っていた。

 きっと青年は几帳面で糞真面目な性格なのだろう。
 その推測を裏付けるように、デスクの背面にあたる壁一面に備え付けられた本棚は、サイズ、色ごとに整然と並べられていた。


 コンコン。


 樫の扉の向こうから音がした。


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