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序
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しおりを挟む神様の言うことには世界とは理に沿って回るものらしい。
――君が思う物理的な理論に逆らえないと思っておけば今はいいよ。
どうやら理解したフリをしたことがバレたようだ。
呆れた風の声に年甲斐もなくテヘペロしてみせたが、反応がない。
スルーされたようだ。
――君は歩道橋の階段から落ちた。それを近くにいた成人男性に見られていた。
(そういえば悲鳴を上げて逃げていった男の人がいたな。あの人、駆け去っていったと思ったんだけど振り返りでもしてたのか)
――それなのに君は彼の目の前で消えた。人間は忽然と消えないものだ。理に反することをしたんだ。
「あれ? それってあなたが私をここに連れてきたんだから、理? に反したのはあなたってことじゃないの?」
私悪くない、と訴えてみるが声は大きなため息で返してきた。
――前提として君は業を解消することを約束している。それを果たす前に死なれては困る。
「そういうもの?」
――世界との約束は破れない。
「そういうものですかー」
わかったようなわからないような話だが、一つだけはっきりしていることはある。
「でも私があっちに帰れないなら約束とやらも果たせないよ」
ぶっちゃけ約束のことなどまったく覚えのない私には他人事だった。うんざりするような状況のあっちに帰れなくても、それならそれでも良いかという気にもなっていた。
(仕事は楽しかったけど、この私の男運の悪さだとラブラブハッピーな人生は望めそうにないしなあ)
神様には悪いが、ここは大人しく私を来世へと送り出してもらおう。
――君は死んでいないから来世はまだない。
「それは神様が私をここに連れてきたからでしょ。私は頼んでないんだから連れてくる前に戻してよ」
――約束を果たす前に死ぬことは出来ない。
「そこを何とか!」
――たとえこのまま次の肉体を得たとしても、君の男運は以前のまま変わらない。いや、約束を果たさなかったのだからもっと悪くなるだろう。
なんという無慈悲なシステムか。
「私が……これ以上悪い男運に……?」
夢も希望も無い神の宣託にがっくりと膝をつく。
(クズ男にしか縁のない来世なんかいらない。もう生まれ変わらないでここにいたいよ)
お釈迦様が解脱を目指した時もこんな気持ちだったのかもしれない、とほんのり親近感を抱いていると、
――業を解消し世界との約束を果たせば、君の男運は改善されるだろう。
聞き逃せない大事な情報をゲットした。
「来世の男運が改善?! 良くなるってこと?!」
――全ての業を解消すれば、さきほどの歩道橋の下ではないがあちらのどこかに帰すことも出来るだろう。
「うん? 具体的には?」
――他の誰かとの約束を反しない範囲であれば、君が望むところならどこにでも。
「なんで歩道橋の下は駄目なの?」
――目撃者の成人男性は、君が目の前で消えたのを見たことでオカルト現象を生涯をかけて追及するという約束を世界としたのだ。その邪魔をすることは出来ない。
(逃げてった人ー! あなた知らずに約束させられてますよー! 逃げてー!)
悪徳送り付け商法業者のような神のやり口にぞっとし、心の奥底からあの男性に約束のクーリングオフをするように念を送る。
――とにかく! 君が業を解消出来るよう今はある場所へ送ろう。
「了解!」
――随分聞き分けがいいね?
「私はやんなきゃいけないことはすぐやるタイプの女だよ」
――夏休みの宿題は後回しにして結局やらなかったのに?
「あれは後回しにしたんじゃない! やらないと決めていたの!」
――そう……。
声が納得したようだったので、私は両手で拳を作って握りしめる。
(よし! やるぞ!)
これから送り込まれる因縁の場所で自分の業を解消することで私の最悪な男運は改善されるのだ。
改善。
良くなる、とは断言されていないことに思うところがないわけではないが、今よりマシになるのであれば、望むところだ。
「よっしゃー! かかってこいやー!」
白い世界から見えない手に突き飛ばされ、下へ下へと落ちていきながら私は叫んだ。
――頑張ってね。
気のない様子を隠しもしない声が脳裏に響き、思わずイラッとした瞬間に結構な勢いで尻もちをついた。
「いった!!」
自分の尻を両手で押さえて悶絶する。
息を止めて痛みに耐える私の肩を、誰かが後ろから掴んだ。条件反射的に後ろを振り返ると、そこには筋肉の塊と言っても過言ではない体格の良い髭もじゃの男がそこにいた。
中世ヨーロッパマニアなのか、レトロ過ぎる着古した麻のシャツと膝あてがついたズボンを履き、腰に剣を吊り下げている。にやにやと嫌な薄笑いを浮かべているせいで、ちょっとした悪党にように見える。
(おお、金髪碧眼だ。髭まで金髪なのねー)
「変な服だな。どこから来た? ……まあいい。これで数が揃ったな」
男が薄ら笑いを浮かべながら右手を振りかぶり、
「え?」
思い切り私の頬を張った。
平手打ちと呼ぶにはあまりに激しい強打に頭を揺さぶられ、私は痛みと驚きにパニックになりながら倒れた。そして頭から地面に倒れこんだ瞬間、目の前が真っ暗になった。
「あ……やべえ。死んだか?」
金髪髭野郎の呟きが聞こえ、私は焦った。
(えっ? 気絶したんじゃないの、私? え? 死んじゃったの? えっ? 業を解消する間もなく? えっ? あんなに張り切って神様のところから旅立ったのに? もう終わり?)
ふわっと体の中が浮き上がったような、眩暈のような感覚を覚えた。
「私の男運がーっ!!」
大声で叫んだ途端、再び白い世界に自分が立っていることに気が付いた。
「……あれ? ゆ、夢?」
天国っぽいところで夢だか幻覚だかを見ちゃうってどうなのよ、と自分に突っ込む。そんな私の困惑に気付いたのか、どこからともなく声が聞こえてきた。
――お、おかえり……ソノダ キミコ。
明らかに気まずい思いをしているだろう神秘的な声に、羞恥心を煽られた私は照れ隠しにキレた。
「おかえりじゃないよっ!! あんた神様なんでしょー! こうなること分かってるべきでしょーが!」
――うっ。
「送られた先で即撲殺? 事故死? いや、そもそも山賊の目の前にか弱い女の子送るってどういう了見してんのよ、かみさまああ?!」
――そ、それは確かに、すまなかったと、思う……まさかあのようなことになるとは……。
いい年して自分を女の子呼ばわりすることは神的に罪ではないらしく、神秘的な声はスルーしてくれた。調子づいた私は、更に声を追い込んでいくことにした。だって殺されたし。痛かったし。
「まったく考えなしもイイとこよ! せめてどんな男も抑え込める膂力とか、どんな人間も動けなく出来る不思議な力とか、誰でも虜にする魅力とか、やるべきことを達成できるだけの能力を与えておいてくれるべきじゃない⁈」
――。
「何黙ってんのよ! いきなりいかつい男に殴られて痛かったんだから!」
――す、すまなかった。
「怖かったし! 何も出来なくて怖くて自分の弱さに絶望して悲しかったんだから!」
――すま……。
謝ることしかできなかったのかもしれないが、あまりに一辺倒な神様の返事に腹が立った。
「悪いと思ってるなら、どんな人間にも負けない力と誰でも金縛りに出来る不思議パワーと年を取らない死なない体と誰でも虜に出来る魅力、くれるよね」
こっそり不老不死のお願いを紛れ込ませてみた。
――わかった……。
ダメ元だったが通った。
「それからいきなりピンチな場面にブッ込むのやめて。状況把握する時間とか考えてくれる? 本当しっかりしてよ!」
――わかった……。
神様が『わかった』しか言わないが続けることにする。
「それと解消するべき業って何よ。具体的にどうしろって言うの?」
――それは! そ、それを自分で考えて解消することこそがソノダ キミコに与えられた試練なのだ!
流石に試練を優しくしてはくれないようだ。残念。さっきの流れならヒントのポロリもあるかと思ったのに。
しかし私は二番目に付き合った彼氏に『噛みつき亀』と罵られたこともある女だ。諦めないでごり押してみるのもやぶさかではない。
「試練試練って人のこと殺しておいて何偉そうなこと言ってんのよ! あんたそれでも神様なの! 悪いと思ってるなら誠意を見せなさいよ! 誠意を!」
チンピラのような言い草で駄々をこねてみた瞬間、覚えのある失墜感に包まれた。
「ちょっと! 神様のくせに逃げるの?!」
――。
答える声はない。
ちょっとごねすぎたかもしれない。
お願いを反故にされるのだけは阻止しなければ。
「約束守りなさいよ!」
約束まではしていない。
お願いして、わかったと言ってもらっただけだ。
――。
「ちょっと聞いてるの? 神様! ちょっとー! 神ー!!」
私は再び白い世界から押し出された。
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