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 暴力的なほどに強い真っ白な光が私の目を焼いたことに心底たまげ、私は迫りくる地面のことを忘れた。


(目っ、失明したかも?!)


 あまりに強い光を肉眼で見てしまうと視力を失うということを思い出し、焦った。

 もしもこれで失明、または一時的にでも視力を失ってしまったら、明日の仕事に差し障りが出てしまう。

 まず会社への連絡。いや、きっと全員帰宅済みだろうから直接上司に電話をし、企画チームのみんなに穴をあける謝罪と仕事の引継ぎの連絡をし――。

 そこまで一瞬で考えて、すぐに自分が手ぶらであったことを思い出す。


(あーっ! くっそー! 携帯鞄の中じゃんか! そして鞄は実家……むかつくけどとりあえず最初に実家に連絡か)


 通りすがりの方に電話を借りるか、警察に行って電話代を借りるか、いやむしろ目が見えない状態だったら救急車を呼んで病院に運んでもらいながら実家に連絡を入れてもらうおうか。

 今後の行動シミュレーションを脳内で幾度も立てては壊し立てては壊ししていると、ふう、と誰かが溜め息を吐いたような音が聞こえてきた。



――失明はしていないよ、ソノダ キミコ。



 鼓膜ではなく脳の中に響くような、その不思議な声に戸惑いつつ、私は目を開いた。

 恐る恐る開いた目は、ただ真っ白い世界を映していた。


(えっ? 嘘つかれた?!)


 周囲に何もない白い世界に、ほんの一瞬だけ声を疑った。



――嘘なんかつかない。ほら、自分の手を見ることが出来るだろう?



 ちょっぴり憤慨した音を滲ませる声に促され、自分の手に目線を落としてみた。


「あ、本当だ、見える」



――私は嘘なんかつかない。その必要がない。



 必要がないという言葉がちょっと意味が分からなかったが、嘘つき呼ばわりしたことは事実なので謝っておいた。



――もういいよ。それよりもソノダ キミコ、君に話がある。


「うん、何?」


――何って……驚かないの?


「あっは! 馬鹿言っちゃいけないよー」


 私は思わず笑ってしまった。

 階段から落ちたと思ったら目潰しをくらい、失明を覚悟したけど杞憂で、姿の見えない誰かさんと真っ白い世界で二人きりのトークタイム。


「驚いてるに決まってるでしょ」


 驚いてはいるが、ラノベやアニメ漫画を嗜んできた日本人成人女性としては受け入れやすい状況だっただけだ。


(この声ってたぶん神様とかそういう存在だろうし、この真っ白い世界も神様? がいるくらいなんだから神界みたいな所なんでしょ。で、たぶん私はここに転移させられたってところかな)


――概ねその通りだよ。



 声のその言葉に衝撃が走った。


(大変だ)


 これはよろしくない。とてもとてもよろしくない状況だ。

 神とか転移とかそんことはもうどうでも良くなっていた。なぜなら、声は私が考えを口に出していないのに答えたのだ。


(この声、人が考えていることがわかるんだ‼)


 プライバシーの侵害もいいところだ。

 これではうかつに不埒なことも考えられない。

 たとえば職場のくそむかつく上司への殺意も筒抜け。音のない放屁をしても筒抜け。最近放送中の学園ものアニメの男キャラたち同士のいかがわしいBL妄想も筒抜け。昔から大好きな小説の二次小説の二次小説、いわば四次小説とでもいうもののえっちな構想も筒抜け。


(いけない! 考えたらいけないと思ったら頭から離れなくなってきた)


 脳内でイケメンや大好きなキャラがくんずほぐれつするどピンクえろえろイメージを必死に振り払おうとしていると、再び深い溜め息が聞こえてきた。



――君がそう言う人間だということはわかっている。気にしなくていい。



「そ、そうですか」


 さすが神(仮)なだけに懐が広いものだ。

 私が腐女子であることを知った初めての友達以上彼氏未満の少年は、蔑みの目で「気持ち悪い」と言い放ちやがったが、己が持つエロ百合漫画には何の疑問も持たないというダブスタ野郎だった。

 やはり神(仮)とは持っている器が違ったのだろう。


(同じお腐れ仲間のマミちゃんの彼氏は、マミちゃんのヲタク活動のために自らエロシーンのポージングまでしてくれるジェントルマンだったというのに)





 思えばそのころから私の男運は悪かった。




 好きになったら変態で、告白されて付き合ったら浮気され、愛してると口説かれて絆されたらDVされて、もうこれでダメンズ卒業だよ、と誠実さが服を着て歩いているような人を捕まえたと思ったら実の妹とトンズラされる。

 縁のある男達は尽くクズだった。

 自ら自分とは合わない男を捕まえにいっていたのではないか、クズ男図鑑全コンプリートでも目指していたのではないかと自分を疑ってしまいたくなる有様だ。



 何故、私はこんなにも男運が悪いのか。



――それはね、ソノダ キミコが抱える業のせいだよ。



「えっ?!」


 業。カルマ。因縁。

 ネガティブなイメージのある単語だ。


 一体私はどんな悪いことをしてしまっていたのだろうかと思い返してみるが、思い当たることはない。強いて言うならば、子供のころに夏休みの宿題をやっていないのに「やったけど家に忘れました」と言い張って教師の追及を逃れたことか。それとも父親秘蔵の高級ブランデーを盗み飲みしすぎてバレそうになったから安いウィスキーを詰めたことか。それとも――



――ソノダ キミコ、君が考えていることは原因じゃない。



 よくよく思い返してみたら、あまり褒められない過去がポロポロ思い出されて冷や汗が出てきていた私は、神様の言葉にほっと安堵した。


「なんだ、焦っちゃった」



――君の業はもっと深い。



 声が少し怒っているように聞こえ、空気がピリッとする。


「……それは、でも、私にどうにか出来ることなの?」



――しなければいけないことだった。



 過去形だ。

 首をかしげて見せると、声は平坦な声で続けた。



――君は業を解消する約束のもとにソノダ キミコに生まれた。しかし君は約束を果たす前に階段から落ちた。



「ああ! やっぱ私、あれで死んじゃったんだー」


 約束したことを全く覚えていないが、神(仮)的には約束違反をされたことに腹を立てているのかもしれない。しかし私は望んで階段から落ちたのではない。事故だ。

 事故で死んだのだから仕方がないことと諦めてもらいたいものだ。



――死んでいない。君の体が壊れてしまう前に私がここに移動させたから。



 なんたる幸運。

 まだ死んでいないのならその約束とやらを果たすのを頑張ってみてもいいと思う。

 しかしどう解消するのか、何をするべきなのか詳細を聞いていないので、約束を果たせなくても神(仮)の説明不足なのだから私の責任ではないと思うので、ほどほどに頑張ることにする。


「そうなんだ。ありがとうございます。じゃあ帰ってから頑張りますね」



――帰すことは出来ない。



 理解が追いつかない。

 先程、声は私の体が損傷する前に白い世界に移動させたからまだ死んでいないと言った。

 男運最低な私は業とやらを解消する約束を果たさなければいけないとも言われた。

 それなのにここから帰さない、とこの声は言い放ったのだ。


「ちょっと意味が分からないので説明してもらっていいですか?」


 思考が筒抜けであることは覚えていたが、気にせず頭の中で誘拐犯(声のみ)を撃退する方法を考えながら尋ねてみると、心なしか怯んだような音で声は教えてくれた。


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