上 下
158 / 191
第十七章

戦いの前に-03

しおりを挟む
 ゴメンナサイ、と。

  頭を下げた久世先輩に、ズーウェイという少女は、涙を流しながら体を起こす。

  医療スタッフが宥めようとするも、しかし彼女は上半身だけを起こして、その右手を軽く振って、久世先輩の頬を、叩いた。


「捕虜なのにこんな事をして、ごめんなさい」

「構いません」

「私は、貴方を一生許さない。……けれど、そうして頭を下げてくれた、貴方の事を、許さないけれど、認める事は出来る」

「……それは僕にとって、とても嬉しい事だ」

「クゼ・リョージ。貴方は確かに人の命を奪ったけれど、それは戦場にいたからこそ奪う事になったのだと、それだけは覚えておいて。

 ……貴方は、貴方に出来る事を、しただけなんだと」

「それでも『何故』と言い続けては駄目でしょうか」

「いいえ、駄目じゃない。――貴方達は、そうして人の命を奪う事に、何故と言い続けて。

 そうでなければ、貴方達は私達のように、ただ戦う兵器となってしまうもの」


 肝に銘じます、と。

  そう言って、先輩はその場から退室した。

  ダディも決してそれを咎めはしなかったから――こうなる事を予見して、彼も予め呼んでいたのだろうと分かった。


「話を続けよう」

「とは言っても、恐らく私が知り得ている事は、あなた方も既に知り得ている事と思います。私は、彼にそほど重要視された存在ではありませんでした」

「君とお姉さんは、あくまで風神のテストデータを集める為のテストパイロットに過ぎなかった、と?」

「恐らくは」


 彼女達は元々、中京共栄国の共栄党が生み出した超兵士計画によって生まれ、通常よりも堅牢な肉体と構造を持ち得ているという。

  だからこそ風神のテストに適していると判断した城坂修一が、彼女と彼女の姉を実験体にした、という事か。


「……あんま気持ちのいい話題じゃねぇな」

「そうだな。話題を変えるが、君達が脱走を試みたUIGは、福島県に存在して、ここが今後の拠点となると思うか?」

「申し訳ありませんが、私はあの場所にそほど長く滞在していませんので、UIGの設備状況などから鑑みる事は難しいです」

「ガントレット大佐、その点に関してですが――これを」


 梢さんが、一つの携帯端末を取り出して、表示させた内容をダディに見せた。

 それは、福島県に秘密建造されたUIGの内部データであり、どこでコレをと問うダディに、梢さんは「これはリントヴルムさんの端末です」と先に注釈した上で、説明を開始。


「今回の脱走は、私がセキュリティロックを解除する事で成し得ました。その際に収集できるデータをかき集めてダウンロードしておいた、という事です」

「でかした」


 すぐに端末を部下に渡したダディ。ダウンロードしたデータがどの様な物かは解析しなければならないが、今後に活かせる内容になる事は間違いない。


「では最後に、これは君の主観で構わないが――次に、もしシューイチが作戦を立案するとなれば、どこが戦場となり得ると思う?」

「……おそらく、AD総合学園かと」


 しばしの沈黙を経て、そう答えた彼女。


「それは何故」

「現在は量産型アルトアリスの大量建造が進められている状況です。私達を追跡してきた数だけでも三十機以上いましたし、それは実際に成せているのでしょう。

 問題は、手札の揃った状況でどこへ攻撃を仕掛けるかですが、世間の注目を集めやすく、また諸々の関係上で防衛が困難となり得るAD学園への襲撃が、最も彼の計画に適しているかと」

「ありがとう。君の口からその言葉を聞けただけでも、十分な価値がある」


 ズーウェイの手を取り、ギュッと強く握ったダディに、彼女は「どうして」と問うた。


「どうしてとは、何がだ」

「私は捕虜です。そして必要な情報を話して、貴方の心証を良くしただけ。なのに、貴方が礼を言う必要は無い筈です」

「捕虜? 違うぞ、君たちはあくまで敵基地からADを奪って逃げて来ただけで、私は別に君の事を捕虜と考えてはいない。一応身元不明だから拘束はしたがな」

「え」

「そもそも先ほどの回収は正式な任務ではない。アキカゼにハイジェットパックを装備した事もそうだし、米軍の特殊コマンド部隊と日本の秘密裏に動くテロ対策部署がフクシマの原発付近で作戦行動を起こせるはずも無かろう。

 ――だから、君の事はあくまで『帰投中に回収した脱走兵』と同程度の扱いだ。治療が終われば、君の扱いは四六に任せる」


 ダディはそれだけを言って「では」とだけ残し、そのまま禁錮室から退室。オレと哨、梢さんの三人は、呆然とするズーウェイに視線を向ける。


「え……え、っと」

「お前は、すぐに自由の身になれる」


 ダディの言いたい事を代弁すると、彼女はしばし放心したように――だが、やがてその瞳からボロボロと涙を流して、抱き着いた哨と、語り合う。


「私、本当に自由に、なれるの……?」

「うん、うんっ、なれるんだよズーウェイっ、これで、これでズーウェイは、戦うだけの女の子じゃないんだよっ」

「自由なんて、考えたこともなかった……っ、お姉ちゃんもいないのに、私は、そんな、幸せでいいの……?」

「オースィニさんも言ってたじゃない!

『広く、世界を見渡しなさい。それが、これから始まる、本当の人生だ』って!

 だから、ズーウェイはコレから、お姉さんの分まで、一生懸命生きなきゃダメなんだから、もう二度と――自分の命を粗末にしないでね?」

「……うん、うんっ、私は……私は、精一杯生きる……っ! 生きられるだけ生きて、お姉ちゃんの分まで、幸せになる……っ」


 そんな二人のやり取りを見て、オレは何だか笑いがこみ上げて来たけれど、邪魔をしちゃ悪いなと思って退室する。梢さんも付いてきた。


「梢さんは見ててやらないのか?」

「あの子のあんな幸せそうな顔、邪魔できるわけないでしょう?」

「そりゃそうだ」


 通路を歩くダディに追いつき、横を歩む。


「随分と甘くないですか、ガントレット大佐」

「年寄りになったからな。どうも年を取ると若い娘に甘くなっていかん」

「でもオレも――そういう甘さはキライじゃない」

「お前も落ち着いたら、ああいう若者らしい青春を送る事だ。それが本来、子供の歩む人生だ」

「そうだな。青春をしてみたい」

「出来るさ。お前は本来、優しい子だ」

「……本当に、甘くなったな、アンタは」

「お前は私に父親をさせてくれるんだ。ならば、少しはそれらしい所を見せないとな」


 オレとダディは、前を向く。

  彼女――ズーウェイから得た情報は、オレ達が今後取るべき作戦を後押ししてくれた。


  最後の作戦は、近い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

闇に飲まれた謎のメトロノーム

八戸三春
SF
[あらすじ:近未来の荒廃した都市、ノヴァシティ。特殊な能力を持つ人々が存在し、「エレメントホルダー」と呼ばれている。彼らは神のような組織によって管理されているが、組織には闇の部分が存在する。 主人公は記憶を失った少年で、ノヴァシティの片隅で孤独に暮らしていた。ある日、彼は自分の名前を求めて旅に出る。途中で彼は記憶を操作する能力を持つ少女、アリスと出会う。 アリスは「シンフォニア」と呼ばれる組織の一員であり、彼女の任務は特殊な能力を持つ人々を見つけ出し、組織に連れ戻すことだった。彼女は主人公に協力を求め、共に行動することを提案する。 旅の中で、主人公とアリスは組織の闇の部分や謎の指導者に迫る。彼らは他のエレメントホルダーたちと出会い、それぞれの過去や思いを知ることで、彼らの内面や苦悩に触れていく。 彼らは力を合わせて組織に立ち向かい、真実を追求していく。だが、組織との戦いの中で、主人公とアリスは道徳的なジレンマに直面する。正義と犠牲の間で葛藤しながら、彼らは自分たちの信念を貫こうとする。 ノヴァシティの外に広がる未知の領域や他の都市を探索しながら、彼らの旅はさらなる展開を迎える。新たな組織やキャラクターとの出会い、音楽の力や道具・技術の活用が物語に絡んでくる。 主人公とアリスは、組織との最終決戦に挑む。エレメントホルダーたちと共に立ち上がり、自身の運命と存在意義を見つけるために奮闘する。彼らの絆と信じる心が、世界を救う力となる。 キャラクターの掘り下げや世界の探索、道具や技術の紹介、モラルディレンマなどを盛り込んだ、読者を悲しみや感動、熱い展開に引き込む荒廃SF小説となる。]

「メジャー・インフラトン」序章4/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節JUMP! JUMP! JUMP! No1)

あおっち
SF
 港に立ち上がる敵AXISの巨大ロボHARMOR。  遂に、AXIS本隊が北海道に攻めて来たのだ。  その第1次上陸先が苫小牧市だった。  これは、現実なのだ!  その発見者の苫小牧市民たちは、戦渦から脱出できるのか。  それを助ける千歳シーラスワンの御舩たち。  同時進行で圧力をかけるAXISの陽動作戦。  台湾金門県の侵略に対し、真向から立ち向かうシーラス・台湾、そしてきよしの師範のゾフィアとヴィクトリアの機動艦隊。  新たに戦いに加わった衛星シーラス2ボーチャン。  目の離せない戦略・戦術ストーリーなのだ。  昨年、椎葉きよしと共に戦かった女子高生グループ「エイモス5」からも目が離せない。  そして、遂に最強の敵「エキドナ」が目を覚ましたのだ……。  SF大河小説の前章譚、第4部作。  是非ご覧ください。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

シグマの日常

Glace on!!!
SF
 博士に助けられ、瀕死の事故から生還した志津馬は、「シグマ」というね――人型ロボットに意識を移し、サイボーグとなる。  彼は博士の頼みで、世界を救うためにある少女を助けることになる。  志津馬はタイムトラベルを用い、その少女を助けるべく奔走する。  彼女と出会い、幾人かの人や生命と出逢い、平和で退屈な、されど掛け替えのない日常を過ごしていく志津馬。  その果てに出合うのは、彼女の真相――そして志津馬自身の真相。  彼女の正体とは。  志津馬の正体とは。  なぜ志津馬が助けられたのか。  なぜ志津馬はサイボーグに意識を移さなければならなかったのか。  博士の正体とは。  これは、世界救済と少女救出の一端――試行錯誤の半永久ループの中のたった一回…………それを著したものである。    ――そして、そんなシリアスの王道を無視した…………日常系仄々〈ほのぼの〉スラップスティッキーコメディ、かも? ですっ☆   ご注文はサイボーグですか?   はい! どうぞお召し上がり下さい☆ (笑顔で捻じ込む)

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

眠らない世界で彼女は眠る

楠木 楓
SF
「睡眠」というものが過去の遺物となった世界でただ一人、眠る体質を持った少女が生まれた。 周囲に支えられ、強く優しく、そして切なく生きていく彼女の生涯を描く。 無事完結しました。 ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。

「メジャー・インフラトン」序章3/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節 FIRE!FIRE!FIRE!No2. )

あおっち
SF
 とうとう、AXIS軍が、椎葉きよしたちの奮闘によって、対馬市へ追い詰められたのだ。  そして、戦いはクライマックスへ。  現舞台の北海道、定山渓温泉で、いよいよ始まった大宴会。昨年あった、対馬島嶼防衛戦の真実を知る人々。あっと、驚く展開。  この序章3/7は主人公の椎葉きよしと、共に闘う女子高生の物語なのです。ジャンプ血清保持者(ゼロ・スターター)椎葉きよしを助ける人々。 いよいよジャンプ血清を守るシンジケート、オリジナル・ペンタゴンと、異星人の関係が少しづつ明らかになるのです。  次の第4部作へ続く大切な、ほのぼのストーリー。  疲れたあなたに贈る、SF物語です。  是非、ご覧あれ。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

静馬⭐︎GTR
SF
 『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。     (アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

処理中です...