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第十二章
戦災の子-10
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中京共栄国の国家設立には、大きな問題があった。
勿論、民族間の問題だ。
元々違う民族同士が広い大地に住む中華人民共和国に加え、更に南北朝鮮や、中華人民共和国からの独立を目指した台湾を無理矢理引き入れた合併は、言ってしまえば侵略に他ならない。
結果、暴動やデモ等が過激化し、内紛は一気に中京領土の全域にまで燃え広がった。
だが、中京で現在与党として君臨する共栄党の過激派派閥が軍部に圧力をかけ、細菌兵器の輸送途中に事故が起きたと偽装し、反発する民族や反逆を企てたグループへの一斉報復を行ったのだという。
「私とお姉ちゃんは十五年前、風神プロジェクトと雷神プロジェクトの企画データを基に、中京の共栄党っていう所が秘密裏に開発した、超兵士プロジェクトによって生み出された。遺伝子改造と薬物投与によって肉体の強化を行われた私とお姉ちゃんは、それこそ生み出された兵器だった」
哨が手を止めていた。リェータはしかしそれを咎めず、自分と姉の事を語り続ける。
なぜか、口が止まらない。
自分自身の気持ちに理解が出来ないまま、彼女はそれでも語る。
「私は薬物適正が高く、投与回数が少なくて済んだ。けれどお姉ちゃんは、適正自体がそほど高くなくて、薬物を多く投与された。結果、気が狂って、満足に喋る事も出来なくなった」
結果、ADパイロットとして前線で民衆を虐殺する役割を姉が担当し、同じくADに搭乗するものの支援を担当する自身があったと、リェータは語る。
狂った姉が暴れるので、主に彼女を抑える役割も、彼女に与えられた。
しかしそんな戦いも、六年前に起きた細菌兵器テロによって、鎮静化した。
不必要となった超兵士達は、多くが未だ紛争の続く発展途上国に売り飛ばされ、リェータとズィマーも同じ運命を辿る予定だったが、しかし城坂修一が彼女たちを引き取ったのだ。
「一応、シューイチには感謝している。風の噂で聞いたのだけれど、売り飛ばされた子の多くは自爆テロに使われたり、女の子だったら性玩具代わりに輪姦されているらしいから、まだ人間扱いされているだけ、私たちはマシな人生を歩んでいる」
彼女の語る言葉を聞いていた哨は――ボロボロと涙を流していた。
「どうして貴女が泣くの?」
「だって……そんなの、酷すぎるよ……っ」
「けれどこれが、戦場の常なの。私とお姉ちゃんは少し特殊だけれど、でも世界のどこかでは、私達より酷い目に遭っている子供が、大勢いる」
「じゃあ、変えようと思わないの? ボク、自分がそうなったらって考えるだけで、耐えられない。ううん、ボクがなるだけならいい。ボクの知っている子や、家族がそんな酷い目に遭っているって知ったら、そんな世の中を変えたいって思うもん」
「シューイチが変えようとしている。何をしようとしているか、私は知らないけれど」
そして彼は、その為に愛しの姉を手駒に使おうとしている。
助けてもらっている恩はある。けれど、それとこれとは別だとするリェータの不満が伝わったのか、哨はリェータの手を握り、フルフルと首を振る。
「ボク、リェータさんを応援する」
「? 何を応援してくれるの?」
「リェータさんとズィマーさんが、これからずっと幸せに暮らせる世界を、作りたいって思う。修一さんがどんな計画を企んでいるかわからないけれど、そんな口車に乗っちゃダメだよ!」
「でも、私とお姉ちゃんには、シューイチの所にいる事しか、出来ないもの」
「何で!? 日本に来ればいいよッ! そうだ、四六に助けてもらおうよ。そうすればきっと、聖奈さんがAD学園に入れてくれる。だって、ずっとアメリカで兵士として育った姫ちゃんがAD学園に編入できたんだし!」
「私達を助けただけじゃ、現実は変えられない。貴女が言っている事は、貴女の自己満足」
「自己満足で何が悪いのさ!? 目の前にいる人が傷ついてて、酷い目に遭ってるってわかっても『世界にはもっと可哀そうな人がいる』って見捨てる方が、ボクには理解できないッ!」
リェータには、哨の叫ぶ怒りが、理解できなかった。
どうして彼女は、修一に無理やり連れてこられた立場であり、彼に従う兵士であるリェータ達が受けた傷を、怒ってくれているのだろうか。
どうして自分が受けたわけでもない痛みを共感し、涙を流して、怒りを言葉にしてくれているのだろうか。
「どうして?」
「理由なんか、必要ないよ。ボクはリェータさんを放っておけない。これだけお話して、貴女の事を聞いて、ボクは少しだけど、世界の事を知れたんだ。
知れたのに、何も出来ないなんて事、それこそ我慢できないもん」
そこでリェータは、初めて理解した気がする。
哨は、感受性が高い子供なんだ、と。
誰かの言葉を聞いて、自分がそうなったらと、相手の立場に立ち、悩みを、痛みを、辛さを、理解できる子供なんだ、と。
だから、初めてしっかりと話したリェータの言葉を、まるで自分の事のように受け止め、涙を流してくれる。
つまり――優しい子なのだ。
「ミハリ」
「何?」
「手、止まっている」
自分の手を握る哨の手を優しく振りほどく。
哨は溢れる涙を拭いつつ、けれどリェータを見据えてくれている。
「私、ソー・ズーウェイ。ズーウェイって呼んで」
「え」
「お姉ちゃんは、ソー・ズーメイ。ややこしいけれど、覚えておいて」
「ズー、ウェイ……?」
「そう。お姉ちゃんにも、ズーメイって呼んであげて欲しい」
「ズーウェイ。ねえ、一緒にレイスから抜け出して、日本へ行こうよ。そうすればきっと」
「駄目なの。だって、シューイチは私たちの命を、握っているもの」
リェータ――ズーウェイは、自身の肌を隠すパーカーの袖をめくる。
彼女の上腕部には、無数の注射痕があった。
それは、昔出来た痕ではない。全て、最近の物だ。
勿論、民族間の問題だ。
元々違う民族同士が広い大地に住む中華人民共和国に加え、更に南北朝鮮や、中華人民共和国からの独立を目指した台湾を無理矢理引き入れた合併は、言ってしまえば侵略に他ならない。
結果、暴動やデモ等が過激化し、内紛は一気に中京領土の全域にまで燃え広がった。
だが、中京で現在与党として君臨する共栄党の過激派派閥が軍部に圧力をかけ、細菌兵器の輸送途中に事故が起きたと偽装し、反発する民族や反逆を企てたグループへの一斉報復を行ったのだという。
「私とお姉ちゃんは十五年前、風神プロジェクトと雷神プロジェクトの企画データを基に、中京の共栄党っていう所が秘密裏に開発した、超兵士プロジェクトによって生み出された。遺伝子改造と薬物投与によって肉体の強化を行われた私とお姉ちゃんは、それこそ生み出された兵器だった」
哨が手を止めていた。リェータはしかしそれを咎めず、自分と姉の事を語り続ける。
なぜか、口が止まらない。
自分自身の気持ちに理解が出来ないまま、彼女はそれでも語る。
「私は薬物適正が高く、投与回数が少なくて済んだ。けれどお姉ちゃんは、適正自体がそほど高くなくて、薬物を多く投与された。結果、気が狂って、満足に喋る事も出来なくなった」
結果、ADパイロットとして前線で民衆を虐殺する役割を姉が担当し、同じくADに搭乗するものの支援を担当する自身があったと、リェータは語る。
狂った姉が暴れるので、主に彼女を抑える役割も、彼女に与えられた。
しかしそんな戦いも、六年前に起きた細菌兵器テロによって、鎮静化した。
不必要となった超兵士達は、多くが未だ紛争の続く発展途上国に売り飛ばされ、リェータとズィマーも同じ運命を辿る予定だったが、しかし城坂修一が彼女たちを引き取ったのだ。
「一応、シューイチには感謝している。風の噂で聞いたのだけれど、売り飛ばされた子の多くは自爆テロに使われたり、女の子だったら性玩具代わりに輪姦されているらしいから、まだ人間扱いされているだけ、私たちはマシな人生を歩んでいる」
彼女の語る言葉を聞いていた哨は――ボロボロと涙を流していた。
「どうして貴女が泣くの?」
「だって……そんなの、酷すぎるよ……っ」
「けれどこれが、戦場の常なの。私とお姉ちゃんは少し特殊だけれど、でも世界のどこかでは、私達より酷い目に遭っている子供が、大勢いる」
「じゃあ、変えようと思わないの? ボク、自分がそうなったらって考えるだけで、耐えられない。ううん、ボクがなるだけならいい。ボクの知っている子や、家族がそんな酷い目に遭っているって知ったら、そんな世の中を変えたいって思うもん」
「シューイチが変えようとしている。何をしようとしているか、私は知らないけれど」
そして彼は、その為に愛しの姉を手駒に使おうとしている。
助けてもらっている恩はある。けれど、それとこれとは別だとするリェータの不満が伝わったのか、哨はリェータの手を握り、フルフルと首を振る。
「ボク、リェータさんを応援する」
「? 何を応援してくれるの?」
「リェータさんとズィマーさんが、これからずっと幸せに暮らせる世界を、作りたいって思う。修一さんがどんな計画を企んでいるかわからないけれど、そんな口車に乗っちゃダメだよ!」
「でも、私とお姉ちゃんには、シューイチの所にいる事しか、出来ないもの」
「何で!? 日本に来ればいいよッ! そうだ、四六に助けてもらおうよ。そうすればきっと、聖奈さんがAD学園に入れてくれる。だって、ずっとアメリカで兵士として育った姫ちゃんがAD学園に編入できたんだし!」
「私達を助けただけじゃ、現実は変えられない。貴女が言っている事は、貴女の自己満足」
「自己満足で何が悪いのさ!? 目の前にいる人が傷ついてて、酷い目に遭ってるってわかっても『世界にはもっと可哀そうな人がいる』って見捨てる方が、ボクには理解できないッ!」
リェータには、哨の叫ぶ怒りが、理解できなかった。
どうして彼女は、修一に無理やり連れてこられた立場であり、彼に従う兵士であるリェータ達が受けた傷を、怒ってくれているのだろうか。
どうして自分が受けたわけでもない痛みを共感し、涙を流して、怒りを言葉にしてくれているのだろうか。
「どうして?」
「理由なんか、必要ないよ。ボクはリェータさんを放っておけない。これだけお話して、貴女の事を聞いて、ボクは少しだけど、世界の事を知れたんだ。
知れたのに、何も出来ないなんて事、それこそ我慢できないもん」
そこでリェータは、初めて理解した気がする。
哨は、感受性が高い子供なんだ、と。
誰かの言葉を聞いて、自分がそうなったらと、相手の立場に立ち、悩みを、痛みを、辛さを、理解できる子供なんだ、と。
だから、初めてしっかりと話したリェータの言葉を、まるで自分の事のように受け止め、涙を流してくれる。
つまり――優しい子なのだ。
「ミハリ」
「何?」
「手、止まっている」
自分の手を握る哨の手を優しく振りほどく。
哨は溢れる涙を拭いつつ、けれどリェータを見据えてくれている。
「私、ソー・ズーウェイ。ズーウェイって呼んで」
「え」
「お姉ちゃんは、ソー・ズーメイ。ややこしいけれど、覚えておいて」
「ズー、ウェイ……?」
「そう。お姉ちゃんにも、ズーメイって呼んであげて欲しい」
「ズーウェイ。ねえ、一緒にレイスから抜け出して、日本へ行こうよ。そうすればきっと」
「駄目なの。だって、シューイチは私たちの命を、握っているもの」
リェータ――ズーウェイは、自身の肌を隠すパーカーの袖をめくる。
彼女の上腕部には、無数の注射痕があった。
それは、昔出来た痕ではない。全て、最近の物だ。
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