上 下
123 / 191
第十二章

戦災の子-10

しおりを挟む
 中京共栄国の国家設立には、大きな問題があった。

 勿論、民族間の問題だ。

 元々違う民族同士が広い大地に住む中華人民共和国に加え、更に南北朝鮮や、中華人民共和国からの独立を目指した台湾を無理矢理引き入れた合併は、言ってしまえば侵略に他ならない。

  結果、暴動やデモ等が過激化し、内紛は一気に中京領土の全域にまで燃え広がった。

  だが、中京で現在与党として君臨する共栄党の過激派派閥が軍部に圧力をかけ、細菌兵器の輸送途中に事故が起きたと偽装し、反発する民族や反逆を企てたグループへの一斉報復を行ったのだという。


「私とお姉ちゃんは十五年前、風神プロジェクトと雷神プロジェクトの企画データを基に、中京の共栄党っていう所が秘密裏に開発した、超兵士プロジェクトによって生み出された。遺伝子改造と薬物投与によって肉体の強化を行われた私とお姉ちゃんは、それこそ生み出された兵器だった」


 哨が手を止めていた。リェータはしかしそれを咎めず、自分と姉の事を語り続ける。

  なぜか、口が止まらない。

  自分自身の気持ちに理解が出来ないまま、彼女はそれでも語る。


「私は薬物適正が高く、投与回数が少なくて済んだ。けれどお姉ちゃんは、適正自体がそほど高くなくて、薬物を多く投与された。結果、気が狂って、満足に喋る事も出来なくなった」


 結果、ADパイロットとして前線で民衆を虐殺する役割を姉が担当し、同じくADに搭乗するものの支援を担当する自身があったと、リェータは語る。

  狂った姉が暴れるので、主に彼女を抑える役割も、彼女に与えられた。

  しかしそんな戦いも、六年前に起きた細菌兵器テロによって、鎮静化した。

  不必要となった超兵士達は、多くが未だ紛争の続く発展途上国に売り飛ばされ、リェータとズィマーも同じ運命を辿る予定だったが、しかし城坂修一が彼女たちを引き取ったのだ。


「一応、シューイチには感謝している。風の噂で聞いたのだけれど、売り飛ばされた子の多くは自爆テロに使われたり、女の子だったら性玩具代わりに輪姦されているらしいから、まだ人間扱いされているだけ、私たちはマシな人生を歩んでいる」


 彼女の語る言葉を聞いていた哨は――ボロボロと涙を流していた。


「どうして貴女が泣くの?」

「だって……そんなの、酷すぎるよ……っ」

「けれどこれが、戦場の常なの。私とお姉ちゃんは少し特殊だけれど、でも世界のどこかでは、私達より酷い目に遭っている子供が、大勢いる」

「じゃあ、変えようと思わないの? ボク、自分がそうなったらって考えるだけで、耐えられない。ううん、ボクがなるだけならいい。ボクの知っている子や、家族がそんな酷い目に遭っているって知ったら、そんな世の中を変えたいって思うもん」

「シューイチが変えようとしている。何をしようとしているか、私は知らないけれど」


 そして彼は、その為に愛しの姉を手駒に使おうとしている。

  助けてもらっている恩はある。けれど、それとこれとは別だとするリェータの不満が伝わったのか、哨はリェータの手を握り、フルフルと首を振る。


「ボク、リェータさんを応援する」

「? 何を応援してくれるの?」

「リェータさんとズィマーさんが、これからずっと幸せに暮らせる世界を、作りたいって思う。修一さんがどんな計画を企んでいるかわからないけれど、そんな口車に乗っちゃダメだよ!」

「でも、私とお姉ちゃんには、シューイチの所にいる事しか、出来ないもの」

「何で!? 日本に来ればいいよッ! そうだ、四六に助けてもらおうよ。そうすればきっと、聖奈さんがAD学園に入れてくれる。だって、ずっとアメリカで兵士として育った姫ちゃんがAD学園に編入できたんだし!」

「私達を助けただけじゃ、現実は変えられない。貴女が言っている事は、貴女の自己満足」

「自己満足で何が悪いのさ!? 目の前にいる人が傷ついてて、酷い目に遭ってるってわかっても『世界にはもっと可哀そうな人がいる』って見捨てる方が、ボクには理解できないッ!」


 リェータには、哨の叫ぶ怒りが、理解できなかった。

  どうして彼女は、修一に無理やり連れてこられた立場であり、彼に従う兵士であるリェータ達が受けた傷を、怒ってくれているのだろうか。

  どうして自分が受けたわけでもない痛みを共感し、涙を流して、怒りを言葉にしてくれているのだろうか。


「どうして?」

「理由なんか、必要ないよ。ボクはリェータさんを放っておけない。これだけお話して、貴女の事を聞いて、ボクは少しだけど、世界の事を知れたんだ。

 知れたのに、何も出来ないなんて事、それこそ我慢できないもん」


  そこでリェータは、初めて理解した気がする。

  哨は、感受性が高い子供なんだ、と。

  誰かの言葉を聞いて、自分がそうなったらと、相手の立場に立ち、悩みを、痛みを、辛さを、理解できる子供なんだ、と。

  だから、初めてしっかりと話したリェータの言葉を、まるで自分の事のように受け止め、涙を流してくれる。


  つまり――優しい子なのだ。


「ミハリ」

「何?」

「手、止まっている」


 自分の手を握る哨の手を優しく振りほどく。

  哨は溢れる涙を拭いつつ、けれどリェータを見据えてくれている。


「私、ソー・ズーウェイ。ズーウェイって呼んで」

「え」

「お姉ちゃんは、ソー・ズーメイ。ややこしいけれど、覚えておいて」

「ズー、ウェイ……?」

「そう。お姉ちゃんにも、ズーメイって呼んであげて欲しい」

「ズーウェイ。ねえ、一緒にレイスから抜け出して、日本へ行こうよ。そうすればきっと」

「駄目なの。だって、シューイチは私たちの命を、握っているもの」


 リェータ――ズーウェイは、自身の肌を隠すパーカーの袖をめくる。

  彼女の上腕部には、無数の注射痕があった。

  それは、昔出来た痕ではない。全て、最近の物だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者がパーティーを追放されたので、冒険者の街で「助っ人冒険者」を始めたら……勇者だった頃よりも大忙しなのですが!?

シトラス=ライス
ファンタジー
 漆黒の勇者ノワールは、突然やってきた国の皇子ブランシュに力の証である聖剣を奪われ、追放を宣言される。 かなり不真面目なメンバーたちも、真面目なノワールが気に入らず、彼の追放に加担していたらしい。 結果ノワールは勇者にも関わらずパーティーを追い出されてしまう。 途方に暮れてたノワールは、放浪の最中にたまたまヨトンヘイム冒険者ギルドの受付嬢の「リゼ」を救出する。 すると彼女から……「とっても強いそこのあなた! 助っ人冒険者になりませんか!?」  特にやることも見つからなかったノワールは、名前を「ノルン」と変え、その誘いを受け、公僕の戦士である「助っ人冒険者」となった。  さすがは元勇者というべきか。 助っ人にも関わらず主役級の大活躍をしたり、久々に食事やお酒を楽しんだり、新人の冒険者の面倒を見たりなどなど…………あれ? 勇者だったころよりも、充実してないか?  一方その頃、勇者になりかわったブランシュは能力の代償と、その強大な力に振り回されているのだった…… *本作は以前連載をしておりました「勇者がパーティーをクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら(かつて助けた村娘と共に)、最初は地元民となんやかんやとあったけど……今は、勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?」のリブート作品になります。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...