122 / 191
第十二章
戦災の子-09
しおりを挟む
リェータは、風神の機体を整備している明宮哨の事を、彼女の隣で監視していた。
彼女が下手な細工をしないかという監視の為である。これは修一に命じられた事では無く、彼女が自発的に行っている事である。
「あ、あのぉ」
「何」
「その、何か、問題、ありますか……?」
「無いわ」
哨は英語を喋る事が出来る。リェータも中京語と英語の二か国語を喋る事が出来るので、意思疎通の計れる英語が好ましいと、予め修一から聞かされていた。
そして、今言ったように、彼女の行う整備に問題などない。
むしろ、感心を覚えた程だ。
「貴方は、ずっとシロサカ・オリヒメの整備を担当していたの?」
「え? あー、そ、そうですね」
「道理で。彼の操縦に迷いがないはずね」
この明宮哨という少女の持つ整備技術は非常に高い。
まずは整備における機体状況のチェックを全て目視で行える知識量と、識別能力だ。
通常整備士は自動整備装置というチェックシステムに機体をスキャンさせるが、彼女の場合はこれを用いらず、全て自分の目で機体の状況を見極めてしまう。
勿論見逃しなどの危険性はあるが――自動整備装置とて現状は可能性として考えられる。
むしろ自動整備装置はあくまでシステム上で問題ないかをスキャンするだけのもので、人間の感覚以上のチェックを行えるものではない。
言ってしまうと「規定上問題は無い」として、要チェック整備箇所を見過ごしてしまう事もある。
哨は、規定上問題のあるチェック個所を発見する感覚にも優れている上、即時に解決を行う術も持っている。
動きにも迷いはなく、そして一つ一つの工程が正確だ。
パイロットは、整備士に命を委ねると言っても過言ではない。
整備士が機体のコンディションを引き出す整備をするからこそ、信頼して機体を動かすのだ。
もし、信頼のおけぬ整備士が機体整備を行ったらどうなるか。
仮にリェータやオースィニが、本来百パーセントの実力を引き出せる場面であっても、五十パーセントの実力まで低下してしまう可能性すらあり得る。
機体整備を信頼できず、発揮できるパフォーマンスに不安を感じ、怯えてしまう可能性だってあるのだ。
「あの……少し、世間話しても、いいですか?」
「世間話?」
「どうせ、ボクを監視してるんでしょ? でも、ボクも見られてるだけって、ヤダし……」
確かに監視をするだけでは、彼女の気が散ってしまう事も考えられる。その程度で整備の腕が落ちる人材では無いと思うものの、しかし訝しんで彼女を監視するリェータとしては、ある程度彼女の希望を叶えてやる事も必要かと認識し、頷く。
「そう。構わないけれど、何を話すのかしら」
「えっと、例えば……この風神に乗るっていう、ズィマーさん? って、どんな人なんですか?」
「私の姉」
「え、そうなんですか? じゃあ、リェータさんは、妹?」
「ええ」
「ズィマーさんとリェータさんは、今おいくつなんですか?」
「どっちも十五。姉の方が二日早く生まれている」
「じゃあ、ボクと同い年なんだ。あそこでOMS弄ってる人は、ボクのお姉ちゃんなんだ」
「知っている」
哨が、格納庫の端で複数人のOMS技師に監視されながらも迷いなくキィボードで入力をし続けている姉・梢を指さした。
「妹って、大変だよね。姉のやる事なす事に振り回されるし」
どうやら世間話の結果、哨がリェータに抱く心証が「じっと見てくる怖い女性」から「姉を持つ同い年の妹」に変わったようで、言葉遣いと態度が和らいだ。リェータも特に気にせず、首を横に振る。
「私は、お姉ちゃんの為に出来る事を、するだけ。大変なんて、思った事も無い」
「そうなの? ボクは大変だなぁ。お姉ちゃんってば、ボクの事が好きすぎるし」
「好きでいてくれる事を、喜ばしく思わないの?」
「そりゃ嬉しいけどさ」
「私は、もう十年近くお姉ちゃんから名前で呼ばれた事が無い。ちゃんと話をしていないの」
「そう、なんだ。でも、せっかく一緒の場所で戦ってるんだし、家族のコミュニケーションをすれば」
「無駄。お姉ちゃん、気が狂っちゃってるから」
リェータも、彼女と話をしていて、何故か自分の事を喋ってしまう。
同じ妹という立場こそかもしれない。
彼女と話す事で、リェータの心が、どこか晴れるような気がして――つい、口を開いてしまうのだ。
「貴女は学生よね。中京共栄国ってどういう国か、勉強している?」
「えっと、昔は中華人民共和国って国と、台湾、南北朝鮮っていう国々に別れてて、元々独裁国家だったけど、合併の折に民主主義国家に成り上がった――って歴史の授業で習ったよ」
「そう。けれど実際はそうじゃないの」
「どういう事?」
「今はある程度鎮静化しているけれど、実際の中京は独裁国家の実情を隠しているだけ。今でも反逆民族の虐殺や紛争なんかは起こっているし、半鎖国状態と合併時の通信インフラの崩壊、報道及びインターネット規制で、世界への情報発信を封じているだけ」
「大変な状況なんだね」
「まだマシ。六年前にとある細菌兵器テロが起こって、それ以来は小さな紛争しか起きていないもの」
「細菌兵器テロって、酷い。新ソ連系テロ組織がやったの?」
「違う。中京の過激派による、事故を装ったもの。所謂暴動や反逆に対する報復を一斉に行って、現在無事に生きている者たちは、同じ目に遭わない様に震えて独裁政治に従っているだけの人」
彼女が下手な細工をしないかという監視の為である。これは修一に命じられた事では無く、彼女が自発的に行っている事である。
「あ、あのぉ」
「何」
「その、何か、問題、ありますか……?」
「無いわ」
哨は英語を喋る事が出来る。リェータも中京語と英語の二か国語を喋る事が出来るので、意思疎通の計れる英語が好ましいと、予め修一から聞かされていた。
そして、今言ったように、彼女の行う整備に問題などない。
むしろ、感心を覚えた程だ。
「貴方は、ずっとシロサカ・オリヒメの整備を担当していたの?」
「え? あー、そ、そうですね」
「道理で。彼の操縦に迷いがないはずね」
この明宮哨という少女の持つ整備技術は非常に高い。
まずは整備における機体状況のチェックを全て目視で行える知識量と、識別能力だ。
通常整備士は自動整備装置というチェックシステムに機体をスキャンさせるが、彼女の場合はこれを用いらず、全て自分の目で機体の状況を見極めてしまう。
勿論見逃しなどの危険性はあるが――自動整備装置とて現状は可能性として考えられる。
むしろ自動整備装置はあくまでシステム上で問題ないかをスキャンするだけのもので、人間の感覚以上のチェックを行えるものではない。
言ってしまうと「規定上問題は無い」として、要チェック整備箇所を見過ごしてしまう事もある。
哨は、規定上問題のあるチェック個所を発見する感覚にも優れている上、即時に解決を行う術も持っている。
動きにも迷いはなく、そして一つ一つの工程が正確だ。
パイロットは、整備士に命を委ねると言っても過言ではない。
整備士が機体のコンディションを引き出す整備をするからこそ、信頼して機体を動かすのだ。
もし、信頼のおけぬ整備士が機体整備を行ったらどうなるか。
仮にリェータやオースィニが、本来百パーセントの実力を引き出せる場面であっても、五十パーセントの実力まで低下してしまう可能性すらあり得る。
機体整備を信頼できず、発揮できるパフォーマンスに不安を感じ、怯えてしまう可能性だってあるのだ。
「あの……少し、世間話しても、いいですか?」
「世間話?」
「どうせ、ボクを監視してるんでしょ? でも、ボクも見られてるだけって、ヤダし……」
確かに監視をするだけでは、彼女の気が散ってしまう事も考えられる。その程度で整備の腕が落ちる人材では無いと思うものの、しかし訝しんで彼女を監視するリェータとしては、ある程度彼女の希望を叶えてやる事も必要かと認識し、頷く。
「そう。構わないけれど、何を話すのかしら」
「えっと、例えば……この風神に乗るっていう、ズィマーさん? って、どんな人なんですか?」
「私の姉」
「え、そうなんですか? じゃあ、リェータさんは、妹?」
「ええ」
「ズィマーさんとリェータさんは、今おいくつなんですか?」
「どっちも十五。姉の方が二日早く生まれている」
「じゃあ、ボクと同い年なんだ。あそこでOMS弄ってる人は、ボクのお姉ちゃんなんだ」
「知っている」
哨が、格納庫の端で複数人のOMS技師に監視されながらも迷いなくキィボードで入力をし続けている姉・梢を指さした。
「妹って、大変だよね。姉のやる事なす事に振り回されるし」
どうやら世間話の結果、哨がリェータに抱く心証が「じっと見てくる怖い女性」から「姉を持つ同い年の妹」に変わったようで、言葉遣いと態度が和らいだ。リェータも特に気にせず、首を横に振る。
「私は、お姉ちゃんの為に出来る事を、するだけ。大変なんて、思った事も無い」
「そうなの? ボクは大変だなぁ。お姉ちゃんってば、ボクの事が好きすぎるし」
「好きでいてくれる事を、喜ばしく思わないの?」
「そりゃ嬉しいけどさ」
「私は、もう十年近くお姉ちゃんから名前で呼ばれた事が無い。ちゃんと話をしていないの」
「そう、なんだ。でも、せっかく一緒の場所で戦ってるんだし、家族のコミュニケーションをすれば」
「無駄。お姉ちゃん、気が狂っちゃってるから」
リェータも、彼女と話をしていて、何故か自分の事を喋ってしまう。
同じ妹という立場こそかもしれない。
彼女と話す事で、リェータの心が、どこか晴れるような気がして――つい、口を開いてしまうのだ。
「貴女は学生よね。中京共栄国ってどういう国か、勉強している?」
「えっと、昔は中華人民共和国って国と、台湾、南北朝鮮っていう国々に別れてて、元々独裁国家だったけど、合併の折に民主主義国家に成り上がった――って歴史の授業で習ったよ」
「そう。けれど実際はそうじゃないの」
「どういう事?」
「今はある程度鎮静化しているけれど、実際の中京は独裁国家の実情を隠しているだけ。今でも反逆民族の虐殺や紛争なんかは起こっているし、半鎖国状態と合併時の通信インフラの崩壊、報道及びインターネット規制で、世界への情報発信を封じているだけ」
「大変な状況なんだね」
「まだマシ。六年前にとある細菌兵器テロが起こって、それ以来は小さな紛争しか起きていないもの」
「細菌兵器テロって、酷い。新ソ連系テロ組織がやったの?」
「違う。中京の過激派による、事故を装ったもの。所謂暴動や反逆に対する報復を一斉に行って、現在無事に生きている者たちは、同じ目に遭わない様に震えて独裁政治に従っているだけの人」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
妖狩りの鉄機兵~この復讐は、白髪年齢不詳の少女と共に
ユキトシ時雨
SF
妖怪と人間が互いを憎み合う2038年の日本。
妖怪対策局・祓刃の一員となった克堂鋼一郎は、ヒト型装甲兵器「凱機」を用いて、人に仇なす存在である妖怪を全滅寸前にまで追いつめていた。
「俺は復讐のために、全ての妖怪を殲滅してみせる」
「ほう? それでお前さんは復讐を成し遂げた果てにどうしたいんじゃ?」
鋼一郎の前に現れたのは、謎多き白髪の少女。
そんな出会いを境に鋼太郎は、人妖の生存を巡る乱戦に巻き込まれることに!?
【改訂版】異世界転移で宇宙戦争~僕の専用艦は艦隊旗艦とは名ばかりの単艦行動(ぼっち)だった~
北京犬(英)
SF
本作はなろう旧版https://ncode.syosetu.com/n0733eq/を改稿したリニューアル改訂版になります。
八重樫晶羅(高1)は、高校の理不尽な対応で退学になってしまう。
生活に困窮し、行方不明の姉を探そうと、プロゲーマーである姉が参加しているeスポーツ”Star Fleet Official edition”通称SFOという宇宙戦艦を育てるゲームに参加しようと決意する。
だが待ち受けていたのは異世界転移。そこは宇宙艦を育てレベルアップさせることで生活をする世界で3年縛りで地球に帰ることが出来なかった。
晶羅は手に入れた宇宙艦を駆り、行方不明の姉を探しつつデブリ採取や仮想空間で模擬戦をして生活の糧とします。
その後、武装少女のアバターでアイドルになって活動したり、宇宙戦争に巻き込まれ獣耳ハーレムを作ったりします。
宇宙帝国で地位を得て領地経営で惑星開発をしたり、人類の天敵の機械生命との戦闘に駆り出されたり波瀾万丈の生活をおくることになります。
ぼっちのチート宇宙戦艦を育てて生き残り、地球への帰還を目指す物語です。
なろうでも公開していますが、最新話はこちらを先行公開する予定です。
神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!
芋多可 石行
SF
主人公 須舞 宇留は、琥珀の巨神アンバーニオンと琥珀の中の小人、ヒメナと共にアルオスゴロノ帝国の野望を食い止めるべく、日々奮闘していた。
最凶の敵、ガルンシュタエンとの死闘の最中、皇帝エグジガンの軍団に敗れたアンバーニオンは、ガルンシュタエンと共に太陽へと向かい消息を絶った。
一方、帝国の戦士として覚醒した椎山と宇留達の行方を探す藍罠は、訪ねた恩師の居る村で奇妙な兄弟、そして琥珀の闘神ゼレクトロンの化身、ヴァエトに出会う。
度重なる戦いの中で交錯する縁。そして心という琥珀の中に閉じ込めた真実が明らかになる時、宇留の旅は、一つの終着駅に辿り着く。
神樹のアンバーニオン 3
絢爛!思いの丈
今、少年の非日常が、琥珀色に輝き始める。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
GROUND ZERO
K
SF
「崩壊世界(ゼロ)から始まる―」
何故そうなったの覚えている者は誰一人として存在しない
全てが一度崩壊し人々がこれまでに築き上げてきた文化や技術、法や良識は瓦礫の海に呑み込まれた
堆積した世界の砕片に埋もれた筈の太古の記憶が時折無作法に寝返りを打つ
旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます
竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論
東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで…
※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください
春空VRオンライン ~島から出ない採取生産職ののんびり体験記~
滝川 海老郎
SF
新作のフルダイブVRMMOが発売になる。 最初の舞台は「チュートリ島」という小島で正式リリースまではこの島で過ごすことになっていた。
島で釣りをしたり、スライム狩りをしたり、探険したり、干物のアルバイトをしたり、宝探しトレジャーハントをしたり、のんびり、のほほんと、過ごしていく。
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる