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第六章

記者会見にて-02

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「では、上記内容も含めて、質疑応答へと移らせて頂きます。なるべく多くの記者様にご回答させて頂きたいと思いますので、連続したご質問はお控え頂きますよう、お願いいたします」


 彼女の言葉と共に、記者たちが手元に持つメモやタブレットに目を通し始めた。しかし一番早かったのはやはりと言うか何というか。


「では日刊ドロップの瀬川と申しますが」

「ええ、存じております」


 一番手前の瀬川である。彼は「ありがとうございます」と一礼しながら、質問を口にした。


「所属不明のAD部隊がどういった存在であるか、確認は取れているのでしょうか?」

「いいえ。ディエチは極端な事を言ってしまうと、国家間AD機密協定に加盟していないロシア製のAD兵器ですから、ADの技術発展途上国にも多く流されてる機体です。可能性だけでも多く考える事が出来てしまいます。敵を鹵獲できれば、確認も取れたのでしょうが」

「自衛隊によるスクランブルでは、敵機の鹵獲に失敗したと?」

「自衛隊の方々は、先制攻撃をされ、出鼻を挫かれた中で最大限出来る事を行ってくださいました。これ以上を求める事は傲慢でしょう」


 瀬川は一先ず納得と言った面持ちで「ありがとうございました」と再び礼をし、手を下げた。

 続いて手を挙げた人物は――生徒会長補佐をしている久瀬良司より「ある意味危険人物」と教えられた、朝読新聞社の加納次郎である。


「今回の一件は大変でしたね。秋沢さんも防衛戦に参加されたんでしょうか」

「ええ。とは言っても、基本的にはバックアップ要員でしたが」

「失礼ですが、お年は今」

「十五歳の、何度も申しますが、若輩者で御座います」

「いや、しっかりしてる。でも、そんな将来有望な子供に、AD学園は実弾の装備を許可しているのでしょう?」


 ――ほら来た。


 楠は聞こえぬ様に小さく溜息をついたが、幾人の記者も「アイツまたかよ」と落胆の声を挙げている。

 もう彼にとって……否、彼が籍を置く新聞社としては、この様な点で話題を取れる事が何より喜ばしく、様々な場所で同じ様な問いかけをしているのだろう。


「仰っている意味が分かりかねます」

「いえ、だってね。我々大人だって拳銃一つ持った事ある者は珍しいですよ。それなのに子供が戦場に出る為の装備を、まだ自衛隊に所属している訳でもないのに撃つ事が出来るって、倫理的に信じられないなぁ、と」

「実際には、AD学園に所属するパイロット科の生徒が実弾を取り扱う事は、通常一度しか御座いません。

 それも実習において、教職員及び自衛隊の方々から講習をしっかりと受け、国際AD操縦免許を取得した生徒に限ります。

 まるで自由に実弾を撃てるかの様に仰られる事は、大変遺憾な誤解であると言わざるを得ません」

「で。秋沢さんは、撃ったんですか?」

「撃てはしました。ですが撃ちませんでした。その必要もありませんでしたので」


 楠の声に、明らかな苛立ちが感じられた事は、その場にいた記者は誰もが察していただろうが、当の加納は気付いていなさそうに、気持ちよく言葉を連ねていく。


「ご立派ですよ。やはり、如何ともし難い状況であったとしても、武器を持つなんて野蛮です。

 であるのに、子供が銃を撃てる状況を作り上げた、このAD学園という組織そのものに対して、憤慨な様なものは、感じておりませんか?」


 良く回る舌だ、と楠は今一度溜息をついた。

 しかし今度は加納にも聞こえるよう、深々と頭を垂れて、心底詰まらない男を見る様な目つきで、睨みながら。


「まず一つ、誤解を解かせて頂きましょう。我々生徒会と治安維持部隊である部兵隊において、なぜ実弾の装備が許可されているのか。

 これは防衛省と文科省が設けたAD学園におけるカリキュラムが要因となっております。

 実際に最新鋭AD兵器・秋風を用いた実習型教育システムは、裏を返してしまうと、この機体を鹵獲したいと考える【無法者】を集めてしまう可能性が生まれてしまいます。

 ですが今回の様に実際の襲撃となれば、横須賀基地からのスクランブルや駐屯基地からの出動などは、敵に先んじて動かれてしまいます。

 我々生徒だけ、もしくは教職員だけでも、戦わねばならぬ状況がどうしてもやってきてしまうものです」

「いやだから、その無法者を集めてしまう要因となり得るカリキュラムを組んだAD学園こそ」

「いいえ。私は決して、このカリキュラムが間違いであるとは思っておりません。なぜなら、私たちは戦う事が出来た事によって、生き長らえる事が出来たと思うからです。

 ――もし私たちが、力の無いただの若人だったら? 敵が『ADの鹵獲』という目的すらを持たぬ【無法者】を超えた【ただの異常集団】だったら?

 ……私たちは、ただADに踏みつぶされていたでしょう。流れ弾一つで死んでいたでしょう。これらは全て、自衛手段を行使できるが故、回避できた顛末です」

「そんな仮定は『たられば』でしょ」

「ではお伺いいたします、朝読新聞社、加納次郎様。他の記者の方々もご拝聴願います。もし、私と加納様の受け答えが面白ければ、記事にして頂いて結構ですよ」


 クスクスと、周りの記者から笑いが蔓延った。それとは対照的に、加納の表情は引き締まる。


「――貴方は、戦場のど真ん中に立った時、慎重に整備が成されて確実に敵を撃破出来る武装と、平和を説いた教科書。どちらを用います?」


 一瞬、口を開いた加納が、しかし閉じた。楠も「少し意地悪でしたね」とクスッと笑い、首を横に振った。


「ええ。私も出来れば教科書を用いて、平和を説きたい。

 でも、現実は小説やドラマ、アニメやゲームより、単純では無いのです。戦場のど真ん中で教科書を持って平和を説く者は、何とも場違いです。撃ち殺されても、仕方がないでしょう?」


 ――全て、たらればに終始するのですよ、と楠は言う。


「確かに我々生徒会や部兵隊の面々が戦わなかったとしても、死傷者無しで済む可能性は、ゼロではありません。しかしそれこそ『たられば』です。

 結果として、我々が銃を持って立ち上がったからこそ、今回の結末を迎える事が出来ました。

 ――ならば、この力を誇る事はあっても、嘆く事はありません」

「……ありがとう、ございました」

「いいえ、こちらこそご清聴ありがとうございます。それと加納様、インタビューの時は、新聞社とお名前を名乗られた方がよろしいかと」

「……以後、気を付けさせて頂きます」


 さて、と。楠が息をついた後に時計を見据えた。今のやり取りで予定時間を大幅に超えてしまった。

 記者達も時間が押している事を確認したのか、手を挙げる者はいなかった――が、そこで一人の男が手を挙げた。


「あー。東洋夕刊の藤堂でーす」


 楠は、入室の際に声を挙げた三好以外に、東洋夕刊の記者がいた事に気が付いていなかった。というより、藤堂に関しては予め調べておいた記者のデータには存在しなかった。


「今のやり取りは立派でしたねぇ」

「そんな。私はただ、AD学園の生徒会長として、恥ずべき発言を控えようとしただけで御座います」

「最後にお聞きしたいんですが秋沢さんは、連邦同盟をどう思います? あ、率直な意見で結構」


 この場で【連邦同盟】と言う言葉を聞くとは思わなかった楠は、思わず驚きと言うべき表情を浮かべたが、すぐに引き締めた。


「それは、今回の一件に関係があるのでしょうか?」

「あるでしょ。おそらく件のテロリストは、連邦同盟に加盟していない反連邦国家が後ろ盾についている筈だ。そうじゃなきゃ、わざわざAD学園なんて子供が大勢いる場所に攻撃しかける意味がねぇ。

 無法者は世界に拒絶されるが、しかしそれ以上の利益があるのならば、それをする価値がある――ね?」


 楠が思うに、この藤堂という男は、余程のバカか、余程の切れ者だ。彼女は藤堂を一先ず後者であると踏んで、言葉を慎重に選んだ。
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