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第四章

愛情-02

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  城坂楠が、武兵隊の執務室前に辿り付くと、自身がまとう制服を確認する。

 これより先は『城坂楠』としてでは無く『秋沢楠』として人と出会うのだと念頭に置きつつ、彼女は部屋のドアをノックした。


『どうぞ』


 神崎紗彩子の声。彼女が既に入室を済ませている事を確認しつつ、楠はドアを開けた。

 二人掛けのソファが、机を挟んで二つ置かれており、そのうちの一つに彼女は腰かけていた。

 紗彩子は、残った一つのソファを示しながら「お掛けください」と指示を出してきたので、楠もペコリと頭を下げながら、ソファに腰かけた。


「お話とは、一体なんでしょうか」

「城坂織姫さんの事です」

「城坂さんは、今貴方のご自宅に?」

「気持ちよさそうに眠っていらっしゃいます。どうやら、生徒会の正体を知ってしまい、大変傷心のご様子です」

「はて。生徒会の正体とは何なのでしょうか?」

「とぼけないで頂きたい。

 生徒会は、いえ貴方は【雷神プロジェクト】とやらを推し進めている者の、一人なのでしょう?」


 楠の眉がピクリと動いた事を、紗彩子は見逃すことは無かった。


「彼をプロジェクトから引かせなさい」

「なぜ貴方がプロジェクトの事を知っているかは問い質したい所ではありますが、それはできません。

 雷神プロジェクトは、今後の【戦場】と言う物を一変させる大きなプロジェクトなのです」

「それを否定は致しません。勝手に推し進めればいい。叶うのならば叶えてください、その夢物語を。

 ――ですが織姫さんを、これ以上巻き込む事を、良しとするわけにはいきません」

「なぜ貴方が、城坂さんにそこまで固執するのです? 彼がどうなろうが、貴方には関係ない。

 貴方は以前の模擬戦でもそうでしたが、彼に対して過干渉すぎるのではないでしょうか」

「私が織姫さんを愛しているから――と言えば、答えとして上出来になるのでしょうか」

 紗彩子の放った言葉を聞いて。楠は驚きと共に、彼女の表情を見据えた。

「彼は、今とても傷付いていらっしゃいます。

 自らの出生を聞き、信じた家族に騙された事に……誰よりも今、心が折れそうになっている。

 愛した殿方が、傷付いている現状を見せつけられて――それに憤怒しない女が、どこにいるのでしょう」


 怒りを内包した声を放ち、紗彩子は力強く立ち上がった。


「これ以上、彼を傷つけないで頂きたい! 彼には他に歩むべき道がある。彼には他の幸せを見つける権利がある!

 雷神プロジェクト等と言う、戦いを強いる夢物語を、これ以上彼に押し付けないで下さいっ!!

 彼は――私が幸せにしてみせます。貴方のような女に、これ以上彼を振り回させるわけにはいかないっ!!」


【秋沢楠】……否、【城坂楠】は。

 今、心の底から、目の前にいる女が――大嫌いになった。


「言わせておけば……好き勝手な事を言うな、この……色ボケ女ッ!」

「なっ!?」

「私だってお兄ちゃんが大好き!

 お兄ちゃんがどうして雷神プロジェクトの事を知っちゃったかなんて知らないけれど、今はそんな事どうでもいい!

 アンタなんかに、お兄ちゃんは渡さない!

 お兄ちゃんには必要なの! お兄ちゃんが幸せになる為に、幸せに戦う為に必要だから、私は雷神プロジェクトを推し進めるのっ!

 部外者のアンタが、好き勝手言うんじゃないわよっ!!」

「お兄ちゃん……? あの人が、幸せに生きるために、必要……? 貴方、何を」

「私は城坂楠っ! お兄ちゃんのたった一人の妹で、お兄ちゃんを誰より愛してる、血の繋がった家族なの!

 他人のアンタにとやかく言われる筋合いもないし、私はアンタなんか大っ嫌いっ!!

 私からすれば、アンタの方が、お兄ちゃんを誑かす、魔性の女よっ!!」

「妹? ――ならばなぜ、それこそ彼を傷付けるのです!?

 雷神プロジェクトが彼を幸せにする為に必要と言いますが、彼に戦いを強いる事が、なぜ幸せに繋がるのですか!?」

「部外者に教えるわけないじゃん! いいからお兄ちゃんを返して、私の所に返してよっ!!」

「いいえ、全てを聞くまでお返ししません!

 貴方が愛する兄君を傷付ける理由がはっきりとするまで、貴方の下に返すわけにはいかない――!」


 口論はヒートアップ。

 互いに互いの主張を覆すことは無く、城坂楠と神崎紗彩子は、互いに互いの瞳を睨み合わせながら、叫ぶしか無かった。


 **


「だいぶ帰りが遅くなっちまったなぁ」


 生徒会会計・村上明久は、高速戦パックを装備した秋風に搭乗しながら、夜のAD学園島を走っていた。

 学校行事として秋風に搭乗しているわけでは無い。

 彼の機体は本日中等部の編入試験で使われる事となっていたのだが、試験中に横転事故が起こった結果、先ほどまで中等部教師の下で修理が行われていたのだ。


『帰ってから整備科のパートナーにやらせますけど』

『いいや! 中等部の失態なのだから、中等部でなんとかする!』


 と言われた結果、明久の機体は返してもらえず、しかし明日は朝一で実技授業があるので、置いたまま帰るわけにもいかなかった結果、遅くなってしまった。


 だが明久は「でも夜遅くまで秋風操縦できるなんてある意味ラッキーかも!」等と言葉にしているので、その能天気さが分かるだろう。


  ――そんな時だった。


 空の向こう側。AD学園島の海に面する海岸部から、火の手が上がっている様子が、自身の搭乗する秋風のモニターが捉えた。


「うん、火事?」


 だがその方面には民家はないし、学園指定の寮なども無い筈だ。ある物は――


「駐屯基地からだ」


 自衛隊駐屯基地。総計十機程度の秋風が配備されている小さな基地ではあるが、AD学園がテロや紛争に巻き込まれた場合に出撃できるようになっている。


 更に今、爆風が舞い上がった。

 どうやら上空から【爆撃】を受けているように見受けられた。


「………………え? 爆撃ぃっ!?」


 ウゥーッ!! ウゥーッ!! と。

 AD学園全域に響き渡る、巨大な警報の音。

 眠っている者の目を醒まさせ、また起きている者の身体を畏縮させるほどの轟音で鳴り響いた敵襲警報を聞きながら、明久は溢れ出る冷や汗を拭う事すらできなかった。


『村上、聞こえるか?』

「あ、はいっ、会長補佐っすか!?」


 携帯端末と無線接続を行っているインカムから聞こえてきた、会長補佐である久瀬良司の声に、どもりながらも返答を返す明久。


『君は何故、秋風に搭乗している?』

「さっきまでちょっとしたイザコザがあって」

『武器はあるか』

「え、いや、模擬弾しかないっす」

『今すぐ生徒会用の格納庫へ向かえ。実弾が装填されている装備が一式ある筈だ』

「あの、これマジで、実戦ですか?」

『そうだ。気を引き締めろ。僕もすぐ向かう』
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