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第四章
愛情-01
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神崎紗彩子の自室は、至ってシンプルな部屋作りが施された部屋だった。
オレと楠が住んでいるマンションのように、2LDKの作りは同じであるが、小さなソファと二人掛け用の机と椅子、小さなテレビ以外に物は無く、女の子らしい小物などは皆無だった。
一応小さな本棚のようなものはあったが、全てAD兵器用の資料だったり戦術書だったりする。
そんな部屋の中で、オレと神崎が向かい合って座っている。彼女はオレの話を聞きつつ、顎に手を置いて何か思考しているようだった。
「――まとめると、貴方は【雷神プロジェクト】と呼ばれる計画の為に生み出されたコックピットパーツであり、生徒会は非公式に、プロジェクトを支える次世代の人材を集めている部署である、と」
「そういう事に、なるのかな」
――今日一日泊める事を条件に、何があったかを話しなさい。
そう言い放った神崎に対して、少しだけ迷った上で「口は堅いか」尋ねると頷くので、仕方なく今日あった出来事を語ったのだ。
「あの、これは、機密性高い情報の筈だから、他の奴に喋る事は」
「言った筈です。私の口は堅いのです。誰彼構わず口を開いてしまう程、私は低俗ではありません」
「……助かる」
ホッと息をついた。
この【雷神プロジェクト】自体は、もう実行する事が難しい計画ではあるものの、それを牛耳ってるのが防衛省となれば、まだまだ機密性は高い筈だ。
ならば口止めをしておかなければ、彼女の身分が危険に晒される。
「貴方に、お聞きしたい事があるのです」
「聞きたい事?」
「なぜ、引き金を引く事が出来なくなったのか。貴方ほどの実力者であれば、最初から引き金を引けぬわけでは無い筈。――何があったのか、それが知りたいのです」
それは今まで、誰にも言った事が無い事実。初めて他人へ語る事となる、オレの過去だ。語りたくも無かった。
だけど――彼女には。
神崎にだったら、語ってもいいんじゃないかと、そう思えた。
「……一緒に作戦を行っていた仲間を、オレが撃った弾で、殺してしまった」
「フレンドリーファイア、ですか」
「ソイツの名前はマーク・Jr。黒人の男で、オレの部下。
身長は百九十六センチで、体格はとにかくごつかったよ。
でも黒人差別を是正する為に戦っていて、オレの事を日本人だからってバカにしない。
オレは、ソイツの上官ではあったけど……ソイツの事を、兄のように慕っていた」
だけど、殺してしまった。オレが撃った銃弾で、その黒い肌を、朱色に染めて、殺してしまった。
震える手、体。寒気と同時に吐き気を催す感覚が湧きおこり、オレはブルリと身を激しく震わせていた。
だが――そんなオレの身体を、立ち上がった神崎が、ギュッと、温かな体で、抱き寄せてくれた。
「辛かったでしょう。いえ、今も尚辛いのでしょう」
「……うん」
「いいのですよ、もう、辛さを抱えなくても。貴方は確かに、AD兵器を操縦する為に生まれたのかもしれない。
ですが、人生を決めるのは、決して他人では無い。貴方が決めるのです。貴方が、自分の意思で、ADを操る道を、選ぶか否か」
「……オレ、小さい頃から、ADしか、乗ってこなかった男だから……他の事なんて、わかんねぇよ」
「不器用なお人。貴方はこれからの人生、どれだけの時間が続いていくのか、分かっているのですか?
もし百歳まで生きるのだとすれば、残り八十五年は生きる事となるのです。
五十歳まで生きるとしても、三十五年……長い長い道のりです。
だから、これから見つけて行けばいいのです。それ以外の道を、楽しみを――貴方が、したいと思う事を」
オレがしたいと思う事。オレが成したいと思う事。
それが何かは分からないけど――神崎の言葉を聞いて、少しばかり楽になった自分が居た事は、確かだった。
「……神崎、ありがとう……ありがとう……っ」
彼女の胸で泣き続けた。オレが泣いている間、神崎は慈愛の表情を浮かべながら、オレの頭を撫で続けてくれた。
よく知らないけれど――彼女はまるで、母親のように、強かで、けれど優しい。
そんな温もりを、持っていた気がする。
**
城坂織姫は、泣きつかれて眠ってしまった。
十五歳の少年。だが精神年齢はもっと若く、まるで幼子のようだった。
自身の布団へと彼を寝かせ、寝顔を撫でた神崎紗彩子は、微笑みながら携帯端末を取り出した。
連絡帳に登録してある人物を検索する。
カテゴリー【生徒会役員】の中にある、一人の電話番号――秋沢楠に、電話を掛ける。
『こんばんわ、神崎紗彩子さん』
「ごきげんよう。貴女と少しばかり、お話がしたいと思っております」
『残念ですが、少々立て込んでおります。お話ならば明日お伺いいたしますが』
立て込んでいる、と言う言葉の意味。それはもしや――
「城坂織姫さんをお探しでしたら、我が家でお預かりしています」
『な、っ!』
ビンゴだ。紗彩子は小さく「どうでしょう」と呟きながら、彼女へ交渉する。
「お話、出来ませんか?」
『……場所は、どちらで落ち合いましょうか』
「武兵隊の執務室では如何でしょうか」
既に時刻は夜九時を超えている。本来ならば校舎に入れるわけはないが、紗彩子には部兵隊隊長と言う権限があり、楠も生徒会会長と言う権限がある。入室は容易だろう。
『……かしこまりました』
「では、お待ちしております」
そう言って通話を切った紗彩子は、今も尚寝息を立てる、織姫を見据えた。
「……なんでかしら。あなたの事を、放っておけないのです」
初めて出会い、初めて敗北した殿方。
生意気な所も、しかし人の事を思って行動できる熱意も。
そして――彼が今何より傷付いている事にも。
彼の全てを『愛おしい』と、思ってしまったのだ。
オレと楠が住んでいるマンションのように、2LDKの作りは同じであるが、小さなソファと二人掛け用の机と椅子、小さなテレビ以外に物は無く、女の子らしい小物などは皆無だった。
一応小さな本棚のようなものはあったが、全てAD兵器用の資料だったり戦術書だったりする。
そんな部屋の中で、オレと神崎が向かい合って座っている。彼女はオレの話を聞きつつ、顎に手を置いて何か思考しているようだった。
「――まとめると、貴方は【雷神プロジェクト】と呼ばれる計画の為に生み出されたコックピットパーツであり、生徒会は非公式に、プロジェクトを支える次世代の人材を集めている部署である、と」
「そういう事に、なるのかな」
――今日一日泊める事を条件に、何があったかを話しなさい。
そう言い放った神崎に対して、少しだけ迷った上で「口は堅いか」尋ねると頷くので、仕方なく今日あった出来事を語ったのだ。
「あの、これは、機密性高い情報の筈だから、他の奴に喋る事は」
「言った筈です。私の口は堅いのです。誰彼構わず口を開いてしまう程、私は低俗ではありません」
「……助かる」
ホッと息をついた。
この【雷神プロジェクト】自体は、もう実行する事が難しい計画ではあるものの、それを牛耳ってるのが防衛省となれば、まだまだ機密性は高い筈だ。
ならば口止めをしておかなければ、彼女の身分が危険に晒される。
「貴方に、お聞きしたい事があるのです」
「聞きたい事?」
「なぜ、引き金を引く事が出来なくなったのか。貴方ほどの実力者であれば、最初から引き金を引けぬわけでは無い筈。――何があったのか、それが知りたいのです」
それは今まで、誰にも言った事が無い事実。初めて他人へ語る事となる、オレの過去だ。語りたくも無かった。
だけど――彼女には。
神崎にだったら、語ってもいいんじゃないかと、そう思えた。
「……一緒に作戦を行っていた仲間を、オレが撃った弾で、殺してしまった」
「フレンドリーファイア、ですか」
「ソイツの名前はマーク・Jr。黒人の男で、オレの部下。
身長は百九十六センチで、体格はとにかくごつかったよ。
でも黒人差別を是正する為に戦っていて、オレの事を日本人だからってバカにしない。
オレは、ソイツの上官ではあったけど……ソイツの事を、兄のように慕っていた」
だけど、殺してしまった。オレが撃った銃弾で、その黒い肌を、朱色に染めて、殺してしまった。
震える手、体。寒気と同時に吐き気を催す感覚が湧きおこり、オレはブルリと身を激しく震わせていた。
だが――そんなオレの身体を、立ち上がった神崎が、ギュッと、温かな体で、抱き寄せてくれた。
「辛かったでしょう。いえ、今も尚辛いのでしょう」
「……うん」
「いいのですよ、もう、辛さを抱えなくても。貴方は確かに、AD兵器を操縦する為に生まれたのかもしれない。
ですが、人生を決めるのは、決して他人では無い。貴方が決めるのです。貴方が、自分の意思で、ADを操る道を、選ぶか否か」
「……オレ、小さい頃から、ADしか、乗ってこなかった男だから……他の事なんて、わかんねぇよ」
「不器用なお人。貴方はこれからの人生、どれだけの時間が続いていくのか、分かっているのですか?
もし百歳まで生きるのだとすれば、残り八十五年は生きる事となるのです。
五十歳まで生きるとしても、三十五年……長い長い道のりです。
だから、これから見つけて行けばいいのです。それ以外の道を、楽しみを――貴方が、したいと思う事を」
オレがしたいと思う事。オレが成したいと思う事。
それが何かは分からないけど――神崎の言葉を聞いて、少しばかり楽になった自分が居た事は、確かだった。
「……神崎、ありがとう……ありがとう……っ」
彼女の胸で泣き続けた。オレが泣いている間、神崎は慈愛の表情を浮かべながら、オレの頭を撫で続けてくれた。
よく知らないけれど――彼女はまるで、母親のように、強かで、けれど優しい。
そんな温もりを、持っていた気がする。
**
城坂織姫は、泣きつかれて眠ってしまった。
十五歳の少年。だが精神年齢はもっと若く、まるで幼子のようだった。
自身の布団へと彼を寝かせ、寝顔を撫でた神崎紗彩子は、微笑みながら携帯端末を取り出した。
連絡帳に登録してある人物を検索する。
カテゴリー【生徒会役員】の中にある、一人の電話番号――秋沢楠に、電話を掛ける。
『こんばんわ、神崎紗彩子さん』
「ごきげんよう。貴女と少しばかり、お話がしたいと思っております」
『残念ですが、少々立て込んでおります。お話ならば明日お伺いいたしますが』
立て込んでいる、と言う言葉の意味。それはもしや――
「城坂織姫さんをお探しでしたら、我が家でお預かりしています」
『な、っ!』
ビンゴだ。紗彩子は小さく「どうでしょう」と呟きながら、彼女へ交渉する。
「お話、出来ませんか?」
『……場所は、どちらで落ち合いましょうか』
「武兵隊の執務室では如何でしょうか」
既に時刻は夜九時を超えている。本来ならば校舎に入れるわけはないが、紗彩子には部兵隊隊長と言う権限があり、楠も生徒会会長と言う権限がある。入室は容易だろう。
『……かしこまりました』
「では、お待ちしております」
そう言って通話を切った紗彩子は、今も尚寝息を立てる、織姫を見据えた。
「……なんでかしら。あなたの事を、放っておけないのです」
初めて出会い、初めて敗北した殿方。
生意気な所も、しかし人の事を思って行動できる熱意も。
そして――彼が今何より傷付いている事にも。
彼の全てを『愛おしい』と、思ってしまったのだ。
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