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第十四章

夢-06

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 カルファスは左手首に装着している腕輪に触れながらマリルリンデへと見せつけ、その上で尋ねる。


「私が、暗鬼くんを一回ブチ殺してるのは知ってる?」

「ん? アー、ソレァ知らなンだ」


 興味ない事を初めて聞いたと言わんばかりに、目線を彼女へ決して合わす事なく適当な相槌を打つかのように返事をしたマリルリンデに、カルファスは拍子抜けと言わんばかりに一瞬口を閉ざす。


「……ひょっとして貴方、五災刃と大した連絡を取ってない?」

「オレが連絡取ってンのは愚母っツー母体だけだし、愚母も大した報告は入れてこねェヨ。皇族殺しはヤツら五災刃に任せて、オレァ自由に動いてッからナ」


 キキキ、と笑いながら二者を無視し、シドニアの自室にある資料の背表紙を一つ一つ指さしで確認していく彼に、カルファスが絶えず声をかけ続ける。


「色々と聞かせて貰うわね」

「アァ、別に聞かれて困るよーなこたァねェからドンドン聞きな。五災刃の事だろーが、ヤツ等が困ろーがオレァ何も困らねェ」

「じゃあ、五災刃は……貴方は、何を目的にこんな事を?」

「五災刃がどうかなンざ知らねェが、オレァ『このゴルサって星の人類を絶滅させる』事しか目的にしてねェよ。クアンタにも言ったろォ? オレァ『単純な事』の為に虚力を集めてるッてヨォ」


 サラリと、彼は今まで不明であった自分の目標を言ってのけた。

  そして、その言葉に嘘があるとは、言葉を聞いただけでは思えない程に、淡々とした声。

  マリルリンデは約二十年前の『広報記録』を取り出し、そのページをパラパラとめくりながら「ちげぇ」と口にし、それを乱雑に放棄した。


「貴方はクアンタちゃんと同じフォーリナーなんでしょ? そんな貴方が、どうして人類を滅亡させようだなんて考えるの?」

「そこに種族の違いはいらねェだろォが。気にくわねェから殺す、そンだけのコトだッつの」

「五災刃はどうしてそんな貴方に従っているの? 彼ら災いにとっても、人類っていうのは虚力の補給源でしょう? そんな事をしてしまったら――!」

「あのヨォ、アイツらを人間か何かと勘違いしてねェか? アイツらはオメェ等人間みてェに、絶滅危惧がどうたらとか、食物連鎖の範疇で人間の数をやりくり、なンざ考えてねェよ。……ま、考える個体はあるかもだけどヨォ」


 例えば暗鬼や、豪鬼と言った二人の名有りは、ある程度理知的な考え方が出来る存在であった。

  その存在意義として、そして生存の為に虚力を求める事自体は災いとしての本能であっても、そうした彼らが人間を絶滅させてしまったらどうなるか、考えていないわけではあるまい。


「元々、そういう人間を生かすカウンターとして生まれたのが、姫巫女っていう人間側の防衛機構だゼ? 本来はそうした奴らが適度な戦力バランスを保つ事によって、食物連鎖の頂点であり続けたンだっつの。


 ――そのバランスを崩したのは、このレアルタ皇国って国じゃ、オメェ等皇族側の人間だゼ?」


「え……?」

「なンにも知らねェンだなァ。……まぁ、無理もねェか。そもそもオメェ等が災いについて、データを集める事が出来ただけ優秀ってモンだ。相当の事情通がいたと見てイイだろうヨ」


 菊谷ヤエの事を知らぬマリルリンデは、カルファス達が災いの情報をどうやって得たのかを知らぬのだろう。だが、本題はそこではなく、先ほどのマリルリンデが口にした、皇族側の人間が仕出かしたことについてだ。


「ちょっと、待って? 私たち皇族側の人間が、災いと人間の食物連鎖におけるバランスを崩したって、どういう事?」

「どうもこうもねェよ。……歴史から抹消されてるがヨォ、百年位前にはこの国にも、姫巫女の家系によって災いの数を減らす公的な防衛機構があった。

 ケド災いが減少して姫巫女の存在意義が薄れてきた時、姫巫女の一族が有する政治的権能を恐れた皇族の連中が、姫巫女の一族を殆ど根絶やしにしちまッた。

  ヒデェモンだったゼ? 姫巫女の一族は人間サマを守る為に戦ッてたから、人間サマに対して刃を向けるわけニャいかねェ、ッて無抵抗決め込んだら、一部除いて全員対魔師に虐殺させたンだからヨォ」


 嘘、と。

  アルハットが思わず呟いた言葉に、マリルリンデが視線を彼女へと向けた。


「なンでウソだって?」

「そんな……そんな資料は、残ってないわ。証拠が、証拠がない……!」

「マ、残るハズねェよなァ? なンせ、二十年前に起こった災いの大量発生の時にヨォ、責任追及を恐れた皇族側が一斉に、過去に皇族が関与していた記録を隠蔽をしたモンでな」


 お笑い種じャねェか、と口にしながら、マリルリンデは部屋を出る様に二人の肩を押しのけた。


「どこへ」

「ココに欲しい資料がねェ。多分資料室だ。……アァ、それと」


 ドアを開ける寸前、マリルリンデは先ほどアルハットが閉じて棚に戻した『広報検閲済み回収資料』を取り出し、アルハットへと手渡した。


「オレが求めてるモンじャねェケドよ、コイツは持ってた方がイイゼ」

「な……なぜ?」

「なーに、オメェ等がオレにちゃんと質問すりゃ、分かるコトだヨ」


 幸いにもシドニアの自室と資料室は隣り合っている為、誰にも見られることなく移動は出来た。

  部屋の壁一面にある本棚と、その資料の数々に、マリルリンデは「ご機嫌な数だねェ」と溢しながら、また指を這わせて資料を吟味する。


「続けて、いいかな?」

「アァいいゼ。アルハットはちょっと皇族の闇を垣間見て、ショッキングらしいですがねェ。もっとメンタル鍛えなきゃダメでちゅよアルハットちゃま?」


 ニシシシと笑いつつ、アルハットの目元に指を近付けるマリルリンデだったが――そんな彼の指を握り、反対側に思い切り折り曲げたカルファスは、その痛みを感じる事無く「何すンだ?」と聞いた彼へ、侮蔑の表情を向けた。


「それ以上余計な口を開いてアルちゃんを侮辱したら、マジで殺すから。すり潰して大根おろしに混ぜ合わせた上でクアンタちゃんに食べさせたら、少しは虚力も補給できるよね……!」

「おー怖ェ」


 折り曲げられ、恐らく骨が折れた筈なのに、マリルリンデは気にする事無く指を元に戻し、折り曲げるテストを行うようにした。恐らく、再生したのだろうと予想はついている。


「……質問を続けるね」

「アァ」

「二十年前に起きた、災いの大量発生って言ったよね。レアルタ皇国だと『女性にだけ発生する謎の病』が二十年前にアメリア領を中心に発生していて、私たちはコレを災いによる被害とみているのだけど、その災い達を指揮したのは、貴方?」

「違ェよ。むしろオレァ、オメェ等人間と協力して戦った側だ。つまり――今のクアンタと同じだァな。マ、オレァ皇族には殆ど協力しなかったが。

 ア、そうだ。イルメールは元気かよ。あン時はアイツ、七か八つ位の歳だったし、昔から脳筋だったからオレのコトなンざ覚えてねェだろうが、アイツと一緒に名有りの災いと戦ったコトもある」

「イル姉さまと?」

「アァ。アイツはアレが災いだとか気付いてなかったみてェだし、そもそもリュート山脈の奥で修行してたアイツの所に迷い込んだ名有りの災いと、たまたま遭遇したダケだしナ」


 不思議な事ではない。姉であるイルメールはそもそも考える事、記憶する事が苦手な人物で、クアンタや災いという存在がどういう存在かもしっかり把握をしていないし、そもそもそうした存在であろうと、敵か味方かの違いしか見てないだろう。

  もし彼女が野生の勘を働かせていて、当時のマリルリンデを人間でない存在と見切っていたとして、彼女にとっては対魔師や魔術師等の存在とマリルリンデの違いを明確に把握できる筈もないし、それは相対する災いが名有りであっても同じ事だ。


「……二十年前というと、アルちゃんが生まれた直後位、って事ね」

「あの当時は、アルハット・フォーマが幼名・ミサ……つまり今のアルハットを妊娠してて、そろそろ産まれるって頃かねェ。だから当時のアルハット領はお祭り騒ぎだったし、生誕祭だなンだでレアルタ皇国自体が活気づいてたモンだから、当時の皇国軍人や警兵隊の連中は災いに対する防備なんざ組んでネェ。むしろクーデターや暗殺の方に防備を割いてたモンだ」


 彼の言い分をどれだけ信じればいいかは不明だが、時系列の整理は後でも出来る。

  今は彼の言う言葉を記憶・記録し、後でそれが正しいのかどうかを参照する他、選択肢はない。


「……貴方は、人間と一緒に災いと戦ったって言ったわね」


 アルハットが、先ほど自分の名が出たという理由もあるだろうが、グッと顎を引いて声を出す。

  そして、彼女の聞きたい事は、カルファスの聞きたい事でもある。


「アァ、そーだよ。一度はオメェ等人間を、この手で守ッてる」

「その時、共に戦った人は、誰?」

「もう予想はついてンだろ?」

「……リンナの母親ないし姫巫女の親族、そしてリンナの義父であるガルラさん、そして貴方……と言った所かしら」

「アァ、そうダ。正確に言えば、リンナの本当の親父とも一緒だッたがナ。


 リンナの母である・トレーシーと、リンナの親父であるミクニ・バーンシュタイン、刀鍛冶のガルラと、オレの四人でな」
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