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逸れ者と受付嬢
第10話
しおりを挟む2人がギルドに戻る頃には、既に日も暮れて王都の街にも明かりが灯り始めていた。
シルヴィアはクロカの先を行き、人混みを縫うように進んでいく。相変わらずそこに会話はなく、クロカはその後ろ姿をぼんやりと眺めた。ここ最近で見慣れたその姿が、少し暗い様に見えるのは気のせいかはわからない。
ギルドに着くと一階では冒険者達が酒を飲んで騒いでおり、シルヴィアは階段を上がってクロカを自室に連れ込んだ。そして鞄を壁際に置き、椅子を2つ並べて向かい合って座った。
「それでは、早速シロナ様からの伝言をお伝えします」
「…わかった」
いきなり来たかと思い、クロカはごくりと唾を飲み込んで少し俯いた。目の前の女性とシロナの姿が綺麗に重なり、上手く目線を合わせる事が出来ない。
「…ごめんね」
かけられた言葉に、クロカはビクッと震えてゆっくり顔を上げた。そこには、本当にシロナがいるようで自分の目がおかしくなったのかと困惑する。だがそんなクロカに構わず、シルヴィアは言葉を続けた。
「あの日、あなたに酷い事を言ってごめんなさい。あなたを戦いの場に連れて行って、危険な目に遭わせたくなかったの。でも少しでも隙を見せれば、あなたは私の後を追ってくると思った。だから思ってもない言葉を浴びせてしまったの。本当にごめんなさい。でもー」
「ぶさけるなっ!」
シルヴィアの言葉を遮り、クロカは椅子から弾けるように立ち上がってシルヴィアの胸ぐらを掴み、無理やり立ち上がらせた。その顔は怒りから歪んでいたが、眼には大粒の涙が溜まっていて。
「だから私があんたを嫌うような言葉をかけたってか?そんなの…言われなくてもわかってんだよ!」
「…………………」
怒号を浴びても、シルヴィアは何も言わずにただじっとクロカを見つめる。
「扉越しでもわかった。あんた、私に話しかけながら泣いてただろ?そりゃわかるよ…確かに私は足手まといだし、周りとの意思疎通も下手くそだよ。でも!それでもあんたと一緒に闘いたかった!最後まで…一緒にいたかったんだよ…」
クロカは崩れ落ちて拳を握った。力を込めて掌に血が滲み、床にポタリと溢れる。
涙を止めようにも、自分の意思ではままならない。頭ではシロナが死んでいると理解しても、心のどこかでシロナが生きていると期待していた。
たとえ彼女の創り出した氷が消えても、急いで向かった戦地には彼女の遺品すら残っていなくても、この世界のあらゆる地を彷徨っているのに彼女の魔力を感じなくても。それでも、その希望を捨てる事は出来なかった。
だからシルヴィアが泉に消えてからすぐに帰って来なかった時、現実を受け止めたと共に、少し安心した。きっと自分が泉に入っていたら、泉に魅入られて帰るのを拒んでいただろうから。
シルヴィアは足元で静かに泣くクロカを見て、シロナに言われた事を思い出した。シロナはこうなる事も予想していて、彼女に伝言と共にある事を頼んでいたのだ。
「クロカ」
「…え」
シロナに呼ばれたと思った時には、クロカはシルヴィアにふわりと抱きしめられていた。その温もりは、初めて会った時に感じたものとよく似ている。
「でもこれだけは忘れないで。あなたは自分の事が嫌いなようだけど、私はあなたが大好きよ。綺麗な髪や肌や瞳、少し低い声も実はちょっぴり泣き虫で、意外と怖がりな性格も…。あなたの全てを、私は愛してるわ」
「ゔぅ…!」
「だから生きるのを諦めたりしないで。大丈夫、生きていれば必ず、あなたの心に寄り添ってくれる人に巡り会えるから。遠くから…見守っているわ」
狭い部屋にクロカの泣き声が響き渡り、シルヴィアはそっと彼女の背中を撫でた。
「…悪かった」
「いえ、問題ありません」
数十分後、クロカは鼻を擦りながら立ち上がった。目尻が赤く、時折鼻をすすっているが、その表情は前より少しばかり晴れているようだった。
「とりあえず、今日は一旦宿に戻る。礼はまた明日でもいいか?」
「わかりました」
シルヴィアが頷くとクロカは足早にギルドを後にし、1人になったシルヴィアは椅子に座って花の髪飾りを眺めた。
だが髪飾りに触れようとした所で、部屋の扉が開く音がした。振り返れると、見慣れた同居人が安心した表情を浮かべて立っていた。
「マスター…」
「お疲れ様。依頼、終わったみたいで安心したよ」
「知っていたのですか?」
「依頼者のエルフの子が出ていくを偶然見かけてね。なんだか嬉しそうだったから、依頼が終わったのかと思って」
グレイは話しながら椅子に腰掛けようとしたが、俯くシルヴィアの顔を見て動きを止めた。
「どうかした?」
「…………でした」
「え?今なんて…」
続きを聞こうとして、グレイは目を見開いた。胸をきつく抑える彼女は、泣いていた。右眼から小さな雫が流れ、床にポタリと零れ落ちる。
「家族や友人…大切な人を失う事がこんなにも辛くて苦しいものなら、私は知りたくありませんでした」
「シルヴィア…」
「こんなモノ…私には、必要だと思いません」
グレイは俯く彼女の頭をそっと撫でた。
「確かに人は悲しいものや苦しいものから遠ざかろうとするけど、その中にも必要なものはあるんだよ。全てが悪いものってわけじゃない」
「…わかりません」
「いつかわかるよ。君もそういった感情を受止めて、自分の心に溶け込ませられる日が来るはずだ」
「…そうですか」
シルヴィアは心身ともに疲れたのか、小さな声で頷くとグレイの横を通り過ぎて部屋を出て行った。
1人残されたグレイは机の上の髪飾りを一瞥し、自室へと戻っていった。
受付嬢の少し明るく色がかっていた心が、青く染まっていった。
(挿絵はアナログ30分クオリティです…下手くそで申し訳ない!😭)
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