45 / 67
逸れ者と受付嬢
第1話
しおりを挟む私は自分が嫌いだった。顔や瞳、髪や肌の色はもちろんのこと、性格や名前など私を構成する全てが嫌いだ。
でもアイツは、あの人の生写しのような彼女は、薄暗い私を少しだけ照らしてくれた。彼女はとても、暖かかった。
暑苦しい日差しが受付嬢を照りつけ、騒がしい喧騒が受付嬢の耳に鳴り響く。
ギルドに帰ってきてから数日後、シルヴィアは商店街で明日の朝食の食材を買い揃えていた。メニューはいつも通りの目玉焼きとベーコンを乗せたトーストで、既にパンと卵は購入済みだ。
「毎度あり~」
買った肉をカゴに入れ、ようやく買い物を終えたシルヴィアはギルドに足を向けた。今日は仕事も休みなので、午後にやる事があるとすれば読書かギルドの掃除くらいだ。
『弟は、私の中で生きているの。だから寂しくないわ』
どんなに周りが騒がしくて、気づけばエルマに言われた言葉を思い出してしまう。どれだけ考えても、亡くなった者が人の中で生きている意味がわからなかった。死んでしまえば、そこには何も残らないというのに。
シルヴィアはそんな思考をグルグル巡らせながら、すっかり慣れた植物の足を動かした。
「シロナ!」
だが周りの声をかき消すような叫び声がして、シルヴィアは足を止めて静かに振り返った。
その視線の先には、灰色の薄汚いローブを羽織りフードを深くかぶった者が1人、肩で息をしてシルヴィアにフードの奥から縋るような視線を向けていた。
シルヴィアは何かと思い近づこうとした瞬間、その人物は走り寄ってきて彼女に抱きついた。そこに敵意は微塵もなく、シルヴィアはされるがままになっている。
「良かった…無事だったんだな…!」
耳元で涙ぐんだ少し低い女性の声がしたが、シルヴィアはそれでも誰かわからず、瞬き1つをして首を傾げただけだった。
「…その、悪かった」
ギルドの一階で、ローブを着た女性は消え入るような声を出して俯いた。シルヴィアは『問題ありません』と言いながら紅茶を出したが、女性は一向に手をつけようとしない。
シルヴィアは向かいに座り、紅茶に口をつけた。そんなシルヴィアを、女性はフードの奥から盗み見ては、すぐに視線を逸らし再び見るという動作を繰り返していた。
「私の顔に、何かついていますか?」
バレていないとでも思っていたのか、女性はビクッと震えてゆっくりフードを脱いだ。
その肌は褐色で長い髪は雪のように白く、瞳は紅い。そして両耳はシルヴィアと違い、小さく尖っていた。
「エルフの方だったのですね」
「…まぁな」
女性はそれだけ呟くと、シルヴィアを上から下までじっくり観察した。シルヴィアは特に何もせず、目の前で眉間にシワを刻むエルフをぼーっと眺める。
そして数秒して、女性はため息をついてシルヴィアに生気のない瞳を向けた。
「お前、本当にシロナじゃないんだよな?」
「はい。私はシルヴィアです」
「そっか」
興味を失った女性はすぐにその場を去ろうとしたが、壁に貼られている依頼書を見て動きを止めた。
「…ここってギルドなんだよな?」
「はい。王都ギルドの《ラウト・ハーヴ》です」
返事を聞いて女性はギルドを見渡した。昼下がりなのに酒を飲んで騒ぐ者や、依頼書を提出する冒険者に、それを受け取って笑顔を浮かべる受付嬢など、この場にいるだけでその明るさに呑み込まれてしまいそうだった。
女性はその明るさに嫌気がさしたのか、シルヴィアの方に振り返った。整った顔をしているが、会った時からずっと不機嫌そうな顔をしているので、少し近寄りがたい雰囲気が出続けている。
「…なぁ、依頼してもいいか?」
「問題ありません」
「依頼内容って何でもいいのか?」
「明らかに無謀であったり、内容に報酬が見合わないような物でなければ大丈夫かと」
「…そうか」
淡々と語るシルヴィアに女性は頭を悩ませたが、すぐに意を決して受付に向かった。
その後ろ姿を、シルヴィアは黙って眺めていた。
0
お気に入りに追加
2,042
あなたにおすすめの小説
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~
志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。
けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。
そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。
‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。
「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
僕は弟を救うため、無自覚最強の幼馴染み達と旅に出た。奇跡の実を求めて。そして……
久遠 れんり
ファンタジー
五歳を過ぎたあたりから、体調を壊し始めた弟。
お医者さんに診断を受けると、自家性魔力中毒症と診断される。
「大体、二十までは生きられないでしょう」
「ふざけるな。何か治療をする方法はないのか?」
その日は、なにも言わず。
ただ首を振って帰った医者だが、数日後にやって来る。
『精霊種の住まう森にフォビドゥンフルーツなるものが存在する。これすなわち万病を癒やす霊薬なり』
こんな事を書いた書物があったようだ。
だが、親を含めて、大人達はそれを信じない。
「あての無い旅など無謀だ」
そう言って。
「でも僕は、フィラデルを救ってみせる」
そして僕は、それを求めて旅に出る。
村を出るときに付いてきた幼馴染み達。
アシュアスと、友人達。
今五人の冒険が始まった。
全くシリアスではありません。
五人は全員、村の外に出るとチートです。ご注意ください。
この物語は、演出として、飲酒や喫煙、禁止薬物の使用、暴力行為等書かれていますが、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。またこの物語はフィクションです。実在の人物や団体、事件などとは関係ありません。
転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?
N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、
生まれる世界が間違っていたって⁇
自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈
嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!!
そう意気込んで転生したものの、気がついたら………
大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い!
そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!!
ーーーーーーーーーーーーーー
※誤字・脱字多いかもしれません💦
(教えて頂けたらめっちゃ助かります…)
※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません
失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる