26 / 67
七天聖と受付嬢
第3話
しおりを挟む「ぐっ…!つ、強ぇ…」
「これ全然離れない!」
「お疲れ様でした、試験はこれで終了です」
5分後、訓練所には足に蔦を絡められているクレアと、シルヴィアに寝技を決められているノイシュの姿があった。
開始直後、シルヴィアはまずサポート役のクレアを潰し…倒しにかかった。身体強化魔法なしの体術だけで一瞬で背後に移動してクレアを拘束し、次にノイシュの所へと走っていった。ノイシュはその速さに驚いて剣を突き出したが、シルヴィアは姿勢を低くして剣先を避け、彼の腹に軽く拳をいれる。ノイシュはそこからなんとか回転斬りをしようとしたが、シルヴィアはジャンプをして迫ってくる剣の刃に飛び乗り、刃を踏み台にして更に高く飛んだのだ。
次にノイシュが上を向いた時には、彼女のブーツの靴底しか見えておらず、気づいたら寝技を決められていたという訳だ。
シルヴィアは軽く砂を払って立ち上がり、2人の武器を回収して箱の中に戻した。
「あ、あの…!」
そこで背後から声がして振り向くと、クレアがノイシュに肩を貸していた。ノイシュは鳩尾の痛みが今になってやってきたらしく、少し気分が悪そうだ。
「どうかしましたか?」
「えっと、試験の方は…」
「合格ですよ。お2人は今日から、駆け出し冒険者です」
「ですよね、あれだけ簡単にやられちゃ……って、えっ?!ご、合格ですか?!」
「はい。不合格の方がよろしかったですか?」
「いやいやいや!そんな事ないですけど…」
驚く2人に、シルヴィアは綺麗な冒険者カードを差し出した。2人の名前やランク、住所などの個人情報が記されているもので、ギルドが発行するカードは身分証の代わりにもなる。
「こちらが、お2人の冒険者カードになります。紛失した場合は再発行の手続きと、手数料がかかりますので気をつけてください」
「あの、実技でボロボロだったのにいいんすか?」
「実技で重視されるのは、動きや魔力量などです。相手を倒す事は審査に関係ありません」
「そうなんすか…ありがとうございました!」
2人はカードを受け取ると、嬉しそうにカードを見比べたりした。初々しいその姿に、シルヴィアはそっと胸に手を触れた。なんだか暖かく感じたのは気のせいだろうか。
シルヴィアは意識を戻し、2人にペコリとお辞儀をした。
「今日からお2人は冒険者です。あなた方のご健闘を心より祈っています」
凛とした表情で述べるシルヴィアに、ノイシュだけでなく同性のクレアまで息を呑んで頰を赤らめた。
その頃、ギルドの二階でグレイはカレンダーを見て眉間に深いシワを刻んでいた。今週末の休日にだけ、大きな赤い丸がされている。
「グレイさん、そんなに予定を睨んでも決まっている事は変わりませんわよ?」
ユキノが母親のように助言しても、グレイはピクリとも動かなかった。だが少し表情が戻ったと思ったら、突然椅子から立ち上がり近くの戸棚の前で止まった。
ユキノが頭に?を浮かべていると、グレイは一番上の棚を開け、中から金貨が大量に入った袋を取り出した。そして何も言わず、ドサッと袋をユキノの前に置く。
「臨時ボーナスだ」
「はい?」
「何も言わずに受け取ってくれ」
「…受け取ったら、私は何をさせられるのでしょうか?」
「会議であいつらを束ねる役をやらせてー」
「お断りしますわ」
「なんでだ!」
死にそうな顔で机に這いつくばるグレイに、ユキノは珍しい笑顔で袋を押し返した。
「あなたはギルドマスターですよね?あの方達を束ねるのは、あなたの仕事ですわ」
「だってあいつら全然人の話聞かないし!そもそも1年に1回顔合わせる必要あるか?!どうせどこかでピンピンしてるよ!」
「普段会えない仲だからこそ、こうやって会う日を設けているのでしょう。さぁ、会議まであと4日ですよ」
「マスター辞めようかな…」
「冗談は性格だけにしてください」
「ねぇ、それ結構心にくるよ?」
グレイを軽くあしらいながら、ユキノは容赦なく書類の束を机の上に置いた。
グレイが普段以上にだらけているのにも、理由があった。
それは週末にある『天聖集会』なる物が原因である。天聖集会とは、ギルドに在籍するSランク冒険者から選ばれる集団、通称『七天聖』が全員集まる年に1度だけのイベントの事だ。
本来、王国にある一般的な中小ギルドにはSランク冒険者が1.2名しかいない。だが王国最大ギルド《ラウト・ハーヴ》にはそれが6名おり、彼らはその圧倒的な強さから『天聖』の異名で呼ばれている。彼らに憧れてこのギルドに入る冒険者も少なくはない。
七天聖には魔法の7属性と同じ、火・水・木・土・闇・光・無の7つがある。それぞれに1人が該当し、天聖または好きな聖を名乗ることが出来るのだ。だが彼らは実力があるものの、かなりの変人の集まりとも言われており、グレイは頭を抱えているというわけだった。
そんなグレイに、ユキノは封筒を1枚渡した。しっかりと封がされたそれは、裏面に王国聖騎士団の紋章が描かれている。
「なんだこれ?」
「今朝方、副団長の方から受け取りました」
「あいつか…。国家公認のエリート様がうちに何の用だ?」
知り合いの顔を思い出して余計に憂鬱な気分になりながら封を切れば、中には依頼書が1枚だけ入っていた。グレイはそれに目を通して、小さくため息をつく。
「なるほどな、このタイミングでこれかよ」
「どんな依頼ですか?」
「闇ギルドの掃討作戦だってさ」
グレイは重たいため息を漏らしながら、依頼書にサインをした。
王都の東門を出てすぐの所に、小さな森があった。その森の中心部には大きな切り株があり、周りには様々な種類の花が咲き誇っている。
そして切り株の上で、黄色い着物に身を包んだ女性が1人、木漏れ日を浴びて気持ちよさそうに寝ていた。女性が身じろぎをするたびに、着物がはだけその豊かな胸が零れ落ちそうになる。
「…………んん……」
だが女性が小さな声を漏らした瞬間、森に吹いていた風がピタリと止んだ。それと同時に花が次々と腐って枯れていく。樹々も枯れて朽ちていき、終いには森そのものが消えて元あった草原だけが残った。
「ふぁ~……行くずら」
光天聖改め、《夢の聖》である《ネムリ・ドリーミア》は眠たげな顔で呟くと、のそりと起き上がって下駄の音を響かせながら王都へと歩き始めた。
天聖集会まで、残り2日ー。
0
お気に入りに追加
2,041
あなたにおすすめの小説
追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる