24 / 67
七天聖と受付嬢
第1話
しおりを挟む次の日、シルヴィアは王都の商店街通りを歩いていた。周りの人の種族は様々で、シルヴィアと同じ人間族だけではなく、ドワーフや龍人など他種族の姿も見受けられる。エステリア王国は基本的に人間族の国だが、他種族の移住もある程度は受け入れているためだ。
なので他種族の郷土料理や置物などが魅力的に見えるが、シルヴィアはそれらを素通りして通りを進んでいく。今回の目的は、マスターのおつかいなどではないのだ。
「マスター、朝です」
「………ぉはよ……ってぇぇえええ?!どうしたその目?!」
今朝方、いつも通り彼女が裸のグレイを起こすと、グレイは一瞬で起きてベッドから転げ落ちた。いつもはベッドから出るのに5分ほどかかるのに、今日は一発で起きたのでシルヴィアは少し気分が良い。
彼女は昨日、ギルドに帰ってお風呂に入り、すぐに自室に戻ったのでグレイと会う機会はなかった。なので顔を合わせたのは依頼に行った朝ぶりなのだが、グレイは久々に会った同居人の目が無くなっていたので、寝起きで心臓が飛び出そうになる。
「だ、誰かにやられたのか?!まさか、虐められてたり…?」
「違います」
「安心しろ。シルヴィアを虐めるやつは、この俺が土に還してー」
「マスター、落ち着いてください。近所迷惑です」
シルヴィアは朝から父親のように騒がしい同居人を落ち着かせ、とりあえず朝食の場へと連れて行った。
「なるほどね…まさか爆破機能があったとは」
トーストを齧りながら、グレイは安堵のため息を漏らした。シルヴィアの左目には未だに黒い眼帯が貼られ、海賊船の女船長のようになっている。
「それなら、あいつにまた造ってもらうか」
「どなたですか?」
「まぁ…少し変わったやつがいてな」
義眼はグレイの友人が造った物で、シルヴィアは完成品と使用方法が記された紙をグレイから受け取っただけで、製造者とは会った事がなかった。
グレイはシルヴィアの午前中の仕事を休みだと決めると、彼女に製造者の住む家までの地図を渡した。
「ここ…でしょうか?」
裏路地を抜けたシルヴィアは、地図と現れた家を交互に何度も見た。地図の指定された場所にいるのだが、目の前にはかなり古びた家が1軒だけしかなかった。
二階建ての家は昼間なのにカーテンが閉められており、中の様子が全く伺えない。入り口の扉の横には看板が置いてあるが、風化しているせいか文字が消えかけていた。
シルヴィアは最後に一度だけ地図を確認し、扉をゆっくり開けて中に入った。
家の中はやはり薄暗かったが、狭いフロアにはいくつもの棚があった。棚には本や飾り物、魔石などが並べられており、この店のコンセプトがつかめない。
「あら、いらっしゃい」
シルヴィアが棚を見ながら歩いていると、奥の方から女性の艶かしい声がした。視線を向ければ、カウンターに頬杖をつく長い紫髪の女性が1人。女性は煙管を片手に煙をはくと、妖艶な笑みを浮かべた。
「可愛らしいお客さんね。何の用かしら?」
「マスターが、義眼を新調するならあなたに頼めと言っていたので、ここに来ました」
「義眼…?」
女性はシルヴィアを上から下まで眺め、事を理解したのか再び妖しい笑みを浮かべる。男性がそれを見たら一瞬で心を奪われるのかもしれないが、シルヴィアは瞬きをしただけだった。
「思い出したわ。あなた、あの時の子ね」
「あの時とはどの時でしょうか?」
「こっちの話よ。新しいの持ってくるから、適当に待ってなさい」
女性はそう言い残し、煙と共にカウンターの奥へと姿を消した。
雑貨屋の店主《ヴィオラ・アメジスト》は、倉庫の備品を漁りながら昔の事を思い出していた。
それは全てを流してしまうような凄まじい雨が降る日の事、店の扉が力強く叩かれる音でヴィオラは目を覚ました。
寝起きで煙管をふかしながら扉を開ければ、そこには友人のグレイが青白い顔で立っていた。そしてグレイの手には、彼のコートを被せられた1人の女性もいる。
「ど、どうしたの?顔色が悪いわよ」
その気迫に、さすがのヴィオラも少し面子を食らうが、グレイは息を切らしながら女性に被せていたコートをそっとめくった。
その女性は左目から血を流しており、よく見たら右腕と左足も無くなっていた。
「彼女に…シルヴィアに、魔義眼を与えてくれないか?お前の店にあったはずだ」
「それはいいけど…その子、誰なのよ?あなたの知り合い?」
その言葉に、グレイが一瞬顔を歪ませたのをヴィオラは見逃さなかった。彼のそんな表情を見たのは初めてだが、今はとりあえず義眼を探す事にした。
数分して、ヴィオラは義眼の入った箱を店の中で座るグレイに渡した。女性の方はグレイの肩にもたれかかり、静かに眠っている。
2人ともヴィオラが暖炉の前に案内したおかげか、だいぶ顔色が良くなっていた。
「ごめんなさい。青を希望してたけど、金色の瞳しかなかったの。それでもいいかしら?」
「構わん、使えればなんでもいい」
「説明書も入れてあるから、起きたら彼女に伝えておいて」
「突然来て悪かったな」
「…いいのよ、気にしないで」
ヴィオラは色々聞きたい事があったが、彼の背を見て聞くのをやめた。その後ろ姿は随分悲しいものに見えて、ここで聞くのは地雷を踏みに行くような物だと、女の勘が告げていた。
なのでヴィオラはそっとグレイの背中を優しく抱きしめ、傘を渡してその姿が見えなくなるまで黙って見送った。
場所は変わってとある南の島。島は龍人たちが暮らしており、『灼熱島』と言われている。
その名の通り、島を囲む海は温泉並みに水温が高く、島の年平均気温は30度を簡単に超える。熱に耐性がある龍人族以外が住むには、過酷な環境だった。
だがそんな島の中心にある火山の頂上付近で、1人の龍人が冷や汗を流していた。オロオロする龍人の元に、別の登山をしていた顔見知りの龍人が姿を現す。
2人の前には、ボコボコと空気の泡が吹き出るマグマの池があった。
「お、おい。どうした?大丈夫か?」
「それがまずいんだよ!さっき、この池に男が1人潜っていっちまったんだよ!」
「はぁ?!そいつ死んだな…」
「しかも人間だったんだぜ?!あぁ~…あれだけ忠告したのに!」
「んな馬鹿なー」
そんな2人の近くに突然、池から何かの生物が飛び出してきて地に倒れた。恐る恐る視線を向けると、それは島でも恐れられている池の主の《ヒートアリゲーター》だった。体長は10mを超えており、全身がマグマに包まれている。
((く、喰われる…!))
2人は泡を吹いて倒れそうになるが、いつまで経っても主は動かない。ゆっくり眼を開けてみれば、主は首を斬られ既に絶命していた。
「なっ…!」
「う、嘘だろ…」
2人が眼を見開いていると、続いて池から1人の男性が飛び出してきて2人の近くに着地した。紅髪の男性はズボンだけしか履いておらず、手にはかなり長い太刀の様なものを抱えている。
男性はポカンとする龍人に気づくと、深く頭を下げてその顔に満面の笑みを浮かべた。
「先程の龍人殿、無事であったか!」
「あ、あんた生きてたのか!」
「あぁ!潜る前の忠告、感謝する。お陰で主とも楽しく殺りあえた!」
「こ、これあんたが仕留めたのか?!」
「そうだ!」
男性は近くに置いてあった真っ赤なコートを肩に羽織り、主の体に腕を突っ込み魔石を取り出した。そしてそれをポケットにしまうと、その場を去ろうとする。
「ま、待ってくれ!あんた何者なんだ…?」
「俺とした事が、初対面の者に名乗るのを忘れてしまっていた!嗚呼…なんたる不覚!」
男性は肩に太刀を乗せ、親指で自分を指して分厚い胸を張った。
「俺は《ヘリオス・ソーレ》。七天聖が1人、火天聖改め、《陽の聖》を司る者だ!」
「「は…?」」
2人はポカンとしたが、ヘリオスは気にせず太陽の様に眩しい笑顔を見せた。
「では俺はこれから国に帰る!大事な会議があるのでな。またどこかで会おう!」
それだけ言い残し、ヘリオスは高笑いをしながら姿を消した。
0
お気に入りに追加
2,041
あなたにおすすめの小説
追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる