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ヒビキの奪還編

80話 妖精王に仕える者

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 ふとユタカが地上へ視線を向けると、ヒビキとリンスールが真面目な顔をして話し込んでいる。
 ユタカのいる位置からは距離があるため話し声は耳に入ってこない。
 一体、何を話しているのだろうかと考えるユタカは我が子が珍しく人と会話をしているから、話の内容が気になって仕方が無い。
 出来る事ならヒビキとリンスールの会話に混ぜてもらいたい。
 しかし、ユキヒラよりも先に魔界か人間界に先回りをしなければならない状況の中でヒビキ達のいる地面に降り立つだけの余裕は無い。
 未だに行き先は決まっていないけれど、人間界に向かうための道中に魔界がある。
 魔界の中央に聳え立つ崖の上には魔王城があり、魔王城の玄関ホールには人間界へと続くゲートがある。
 人間界に向かうとしても一度、魔界に降り立たなければならない状況の中で魔王城内で暗黒騎士団のメンバーに出会う事が出来れば心強いなと考えるユタカは、再び全速力で飛行を始めた調査員の後を追う。
 魔力を激しく消費しているため一度、地上へ降り立って休みたいと正直な気持ちを口に出してしまいたい。
 呼吸は乱れて息苦しいけれど弱音を吐いている余裕もない。
 なんとか、気力だけで空を飛び続けるユタカが苦笑する。
 全速力で空を移動することによって、何とか調査員に追い付き肩を揃えた所で異変か現れる。

「妖精の中にも詮索魔法を発動する事の出来る者がいるようね。私達の方へ群れの半数が向かってくるわよ」
 詮索魔法を発動していた調査員が、ひきつった声を上げる。
 穏やかだった雰囲気が急に緊迫したものに変化した。

 前方を飛行していたはずの妖精達が素早く身を翻してユタカのいる方向へ移動する。
 敵か味方かも分からない妖精達の動きに警戒を強める調査員は素早くユタカの背後に移動する。
 詮索魔法内に広がる緑色の光は、風属性の魔法を操る者達が多数そばにいる事を示している。
 ユタカが一早く背負っていた漆黒の武器を手に取り一気に鞘の中から引き抜いた。

「どうしよう。何の情報も無いんだけど、剣を手に取り戦うべき?」
 調査員の指さした先を、目を細めて眺めていた魔王が意識を失っているナナヤと自分の体を包み込むようにして防御壁を張り巡らせる。
 何の情報も得ることなく戸惑うユタカは思ったことを、そのまま口にする。
 防御壁を張り巡らせた魔王の姿を横目に見て確認した調査員はユタカの背中に一度は身を隠したものの、戦う気満々のユタカを守るようにと魔王からの指示を受けて、ユタカを背にかばうようにして移動する。
 懐に手を差し込むと鋭く先のとがった短刀を取り出した。

「ん?」
 調査員の行動を横目に見て確認したユタカが首を傾ける。
 小刻みに震える調査員の手に、しっかりと握りしめられている短刀に視線を向けたユタカは調査員の顔を覗き込む。
 顔面蒼白のまま一点を見つめたまま怯える調査員の視線の先を目で追って視線を移したユタカが息を呑む。
 
 薄い緑色の髪に緑色の瞳、白を基調とした衣服を身に付ける妖精の数はユタカの想像を見事に上回っていた。

 1000人は居るだろうか。
 目の前に立ちふさがる調査員にユタカが視線を向ける。
 ゆっくりと調査員が握りしめている短刀に視線を移すと、ユタカは首をかしげて問いかけた。

「まさか、その短刀で戦うつもり?」
 しっかりと右手に握りしめられる短刀は調査員が護身用として持ち歩いている武器であり、決して大人数相手に振り回すためのものではない。

「そうよ。何か問題でも?」
 強がって見せようとしているものの、短刀を握りしめている手がプルプルと小刻みに震えている事から、調査員が恐怖心に支配されている事が分かる。

「問題ありだよ。無茶しないでよ。弓を使う妖精達相手に短刀を振り回した所で出来る事なんて限られているからね。危ないから君は下がって魔王に向かって放たれた弓だけ短刀で弾いてよ。話し合いを妖精達に持ち掛けてみるけれど、相手が聞く耳を持たなければ僕が妖精達と戦うから」
 情報集めに対しては秀でた能力を発揮する調査員は、攻撃魔法に関しては無知だった。
 ユタカに下がるようにと指示を受けたものの種族は違うとは言え、王であるユタカを最前線で戦わせても良いものだろうかと考え始めた調査員が尻込みする。

「でも……」
 弱々しい口調で言葉を漏らした調査員はユタカに視線を向けるだけで動こうとはしない。
 ユタカは妖精と話し合ってみると言ったけれど、妖精が聞く耳を持たなければ妖精達と戦う事になる。
 妖精の数が1人や2人なら勝機はある。
 しかし目の前に立ちはだかる妖精の数は短時間では数える事が出来ない程、ユタカ達の周囲を囲むようにして陣形を取る。
 戦う事になれば、四方八方から攻撃を受ける事になるだろう。
 ユタカが人間界を治めている王様である事は知っている。
 しかし、いくらユタカが王であっても大勢の妖精を同時に相手して敵うはすがない。
 ユタカの指示に従うべきか、それとも自分の考えに素直になるべきか迷う調査員に向かってユタカは鋭い視線を向ける。

「下がって」
 たじろぐ調査員を見かねたユタカの口調が変わる。
 命令口調で下がるようにと指示を出したユタカに圧倒された調査員はたじろいだ。
 眉尻を下げて背後を振り向いた調査員に向かって魔王は苦笑すると右手を肩の高さまで持ち上げる。
 おいでおいでと手招きをした。

「話し合いで終わると良いな。ここはユタカに任せることにしよう」
 もしも、妖精達と争うことになったとしてもユタカの事だから妖精達を圧倒的な力で強引に倒してしまいそうな気がすると考える魔王は、実際に神殿の中でユタカと戦った経験を持つ。
 ユタカが化け物じみた能力を持っていることを知っているから苦笑する。
 ユタカは強いとはいえ人間の体は脆く壊れやすい。
 大丈夫だろうと考えつつも魔王は人間が脆く儚いことを知っているから不安を取り除くことが出来ない。

「策は?」

「無いよ」
 妖精達と話を進めるにあたって何か策はあるのだろうかと考える魔王の問いかけに対して、ユタカは無いよと即答する。
 ユタカは妖精界から魔界へ向かって高速で飛行を続けたため、体力を激しく消耗していた。
 まともに妖精達と戦う事の出来る状態ではなかった。
 武器を手にして構えを取るユタカと向き合うようにして、薄い緑色の髪の毛と緑色の瞳を持つ妖精が並ぶ。
 その数の多さに圧倒されているユタカが息をのむ。

「長寿であるリンスールは、やはり多くの部下を持つのか」
 大勢の妖精を目の前にして緊張しているのかと思えば、ユタカは予想を遥かに上回る隊の人数に関心を示している。
 手触りの良さそうな白と水色を基調とした布は動きやすいように、裾がスカートのように広がっている。
 すきまから覗くニッカポッカパンツは白く視線を下へ下ろしたため気がついた。妖精達は全て裸足だ。
 女性も男性も同じ服装を身に付けているため、中には性別を見た目から判断する事の出来ない中性的な顔立ちの者もいる。
 剣を構えるユタカに対峙する妖精達の手に握りしめられている武器は、弓矢や槍や短刀と様々で四方八方を囲まれる形になったユタカの額を汗が伝う。

 剣を両手に持ち構えをとるクリーム色の髪色をもつ青年の種族は人間だ。ボサボサの長い髪の毛が顔を覆い隠しているため、その表情を確認する事は出来ない。
 みすぼらしい格好をした青年である。
 見るからに弱そうな青年を目の前にして妖精達が互いに顔を見合わせる。
 
「我が主の知り合いか?」
 すらりとした体型に中性的な顔立ちを持つ妖精がユタカに視線を向けると、妖精王の名前を口にしたユタカに対して疑問を抱いて問いかける。
 声まで中性的である。

「僕達はリンスールに頼まれて魔界に向かっている所だよ。だから、妖精王の部下である君達と戦うつもりは無いのだけど」
 妖精界と人間界は遠く離れているため、魔族を目にする機会はあっても、人間を目にするのは初めての事である。
 興味深そうにユタカを眺める妖精達の視線を一斉に集めながらも、日頃から国民の視線を集めることに馴れてしまっているユタカは平然とした態度をとる。
 妖精の問いかけに対して戦う意思がない事を伝えたユタカを、素直に信用しても良いのだろうかと考える妖精が仲間と顔を見合せる。
 ユタカの真意を確かめるために、妖精達の視線が一点に集中する。
 壊れ物を扱うようにして何重にも張り巡らされた防御壁の中央に腰を下ろしているのは、あどけない顔立ちの少年だ。
 統一された衣を身に纏っている大人達とは違い、金色の刺繍が施された黒い衣装を身に付けている。

「この者の言っている事は事実か? 嘘偽りはないか?」
 性別が声や見た目から判断することの出来ない妖精が、少年に声をかけた。

 ユタカを指差して、嘘偽りではないか確認するようにと指示を出した妖精の言葉に相づちを打つ。

「はい、お兄様。彼には私達の主が施した防御魔法が施されております。仲間である事は間違いないでしょう」
 深い緑色の瞳がユタカを捕らえると、じっくりと足先から頭の先を観察する。
 そして、ユタカに施された防御魔法を目でとらえた少年が、小さく頷いた。

「お兄様って事は男性か」
 真剣な面持ちで話を進める妖精達に対して、ユタカは全く別の事に頭を悩ましていた。
 しかし、少年の言葉を耳にしたユタカの疑問が解消されることになると、考えを口に出してしまったユタカの行動により緊迫した雰囲気が瞬く間に和らぐ事になる。

「我々が君達を疑っている間に、まさか私の性別を気にしていたとは」
 クスクスと笑いだした妖精の表情が瞬く間に穏やかなものに変化する。

「我々の仲間であるのなら無駄に争う事は無いな。我々は第一部隊だ。空から魔界へ向かっている」
 ユタカに向かって手を差しのべた妖精と握手を交わそうとしたユタカの脳裏に一つの疑問が浮かんだ。

 青年は第一部隊と口にした。
 目の前に差し出された手を握り返そうとした所で疑問を抱いたため、ユタカは右手を持ち上げた何とも中途半端な姿勢のまま身動きを止めてしまう。
 ユタカに対して妖精達が疑問を抱く。

「どうかしたか?」
 右手をユタカの目の前に差し出したまま首を傾けた妖精の問いかけに対して、ユタカは苦笑する。
「第一部隊って事はリンスールに仕える妖精は君達だけではないって事だよね?」
 素直に思ったことを口にする。

 四方八方取り囲む妖精の数は、ユタカに仕える銀騎士団の数を遥かに上回っている。
 よくよく思い返せば、調査員は前を飛行していた妖精の半数が自分達の元へ向かってきていると言っていた。
 残りの半数が第二部隊であることが考えられる。

「闇属性を持つ人物が少しずつ迫ってきています。急かすようで恐縮ですが、そろそろ移動した方が宜しいかと」

「我々の部隊は第十八部隊まである。長話をしたいのは山々だが時間が無いようだ。主が魔界へ到着する前に私達で魔族を安全な場所まで避難させなければならないからな。落ち着いてから、ゆっくり話をしよう」
 弟に先へ進むように催促される形となった妖精は深々と頭を下げると苦笑する。
 握手を交わしているだけの時間も無さそうだ。
 妖精達が素早く身を翻すと、武器を持つ手を下ろしたユタカが安堵する。

「第十八部隊まであるんだって言ってたね。もしも、戦う事になっていたらと考えただけでもゾッとする」
 身震いするユタカが剣を鞘に納めたところで魔王が口を開く。

「魔界へ到着したら事情を説明してもらうからな。妖精達が魔界へ向かっている理由と、妖精達の言っていた魔族を逃さなければならない状況とは一体、何が起ころうとしているのか知りたい」
 ユタカの元へ防御壁を解いた魔王が近寄ると、疲れ切った様子のユタカの肩に手を置いた。
 
「魔王は神殿の中にいたから今の状況を分かっていなかったんだね。ごめんね。魔界へ到着したら説明をするから」
 魔王城に到着したら状況を話す事を約束する。
 ユタカが先頭をきって飛行を始めると魔王が、その後を追う。
 最後尾を追う調査員は短刀を懐にしまうと、発動していた詮索魔法を解いた。
 続けて右手の人差し指を額に当てた調査員が紙と筆の出現を念じると、指先に添うようにして黒い紙と筆が出現する。
 空から飛行術を使って国王や魔王と共に魔王城に向かっている事を書き記した。
 魔王が柱に封印を受ける最、魂だけを飛ばした事を記載する。
 上空を飛行していたガーゴイルの巨体を乗っ取った事。
 そして、ガーゴイルの住処である妖精の森の中にある神殿内で時を過ごしていた事を記す。

 妖精王も魔王と同じように魂だけを飛ばして妖精界へ逃れていた。
 その妖精王はヒビキと共に地上を歩き魔界へ向かっている事を記すと紙を四つ折りにして、暗黒騎士団隊長であるギフリードの元へ紙を転移させる。

 四つ折りになった黒い紙は瞬く間に魔王城に居るギフリードの元に届けられた。
 紙を開くと中には白い文字が書き記されている。
 文字に目を通したギフリードが調査員からの手紙を、すぐ隣に佇んでいる鬼灯に手渡した。
 国王が封印から目覚めている事を知らない鬼灯は、文字を読み上げるとすぐにギフリードに視線を向ける。

「なぜ人間界で封印を受けるはずの国王が妖精界から魔界へ? 話が飛躍しすぎているから意味がわからないんだけど」
 どうやら、情報の記された紙を読み上げてはみたものの意味が分からずに疑問を口にする事になったのだろう。
 鬼灯の反応を見たギフリードが苦笑する。
 鬼灯はユタカが国王と同一人物である事を知らない。
 情報を記した紙に国王ではなくユタカと名前を書き記していれば鬼灯が戸惑うことも無かっただろう。
 用紙を鬼灯に渡す前に気付き、口頭で情報を伝えればよかったと今さら後悔するギフリードが情報を記した紙を手に取ると、ペンを取り出して文字を書き込んでいく。

「そうだな。国王から直接、事情を聞いた方が良いか。私が勝手に話をする事でも無いからな」
 ユタカが国王であることは、ユタカが鬼灯に伝えるべき事実である。
 軽々しくユタカが国王である事を伝えてしまうと万一、鬼灯が裏切るような事があれば敵にユタカが国王であることを伝えたギフリードが処罰の対象になる。

「出来れば会いたくないな噂に寄ると国王の性格は無慈悲、表情も乏しく化け物じみた恐ろしい人物と聞くからさ」
 ユタカは国民の目に、どのような人物として映っているのだろうか。
 あれを無慈悲と言うならば、世の中は無慈悲な連中ばかりだと思うのだが。

 ユタカは自分の身を危険にさらしてまで人間界から魔界へ乗り込むような奴である。
 自ら召喚魔法に飛び込み、敵陣に乗り込むような人物を人間界では無慈悲と言うのだろうかと考えるギフリードの脳裏に、国王として振る舞うユタカの姿が浮かぶ。

「確かに表情は乏しいが無慈悲か?」
 ギフリードは国王が表情が乏しい人物である事をあっさりと認めた。
 しかし、思いやりの心やあわれみの心がない人物には思えず、首を傾げると鬼灯が苦笑する。

「いくつも例は上げられるけど過去に人間界で起こった出来事の中に、幼い子供を拐かしては食していた人物がいたんだ。魔界とは違って人間界では共食いは禁止されているし、何より子供を拐かすこと事態許されることではないんだけど。幼い子供を拐かしては食していた男が投獄された。その男を国王自ら公開処刑したと聞く。首と胴体を切り離す際、眉一つ動かさなかった国王の姿を見て人々は恐れ戦いたらしい」
 過去に起こった例をあげた鬼灯により、ギフリードが納得する。

「共食いは魔界でも禁止されているぞ。禁止されているにも拘わらず多くの者がしているが、中には処罰された者もいた。非道な仕打ちを我が子に行い生きたまま少しずつ肉を削り取った者がいた。その者は魔王が直々に手を下した。同じように爪を剥ぎ取り指の骨を一本一本折り曲げていき、目玉を潰さないように眼球と目蓋の隙間に二本の指を差し入れた。空いた手でその者の肉を少しずつ削り取っていったのだが……大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」
 魔界にも似たような前例はあった。
 きっと、罪をおかした者に対して直々に手を下した魔王の姿を見て恐ろしいと恐怖に恐れ戦いた人物も多くいただろう。
 細かく説明をしすぎたか。
 顔面蒼白になり口元を手で押さえた鬼灯が具合悪そうにしている姿を見て、ギフリードが声をかける。

「想像してしまった」
 目蓋を伏せた鬼灯が小さなため息を吐き出した。
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