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ヒビキの奪還編

56話 いざ、妖精王の元へ

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 中央の大きな柱を中心にした円形の階段は、魔術により透明な板が何枚も組み合わされる事によって作られていた。
 透明な板は視界を遮る事がないため底が丸見え。
 そのため、宙に浮いているような感覚に陥ってしまう。

「妖精界のギルドは随分と恐ろしい階段を使っているんだね」
 壁に手を添えつつ、へっぴり腰で足を進めるユタカが呟いた。
 その表情はフードを深く被っているため見ることは出来ないけれど、何となく予想はつく。
 きっと青白い顔をしているのだろうなと考えていたヒビキの目の前で、下を見ずに歩こうとするユタカが足を踏み外して転びそうになった。
 必死に壁に手を添えて崩れた姿勢を正そうとする姿を見て、ヒビキが堪えきれずにクスクスと笑い出す。

 ユタカを視界の片隅に入れていては笑いがおさまらない。
 フードを手に取ったヒビキが顔を俯かせると、ひょいっと頭に被せる。
 笑うヒビキの姿を横目に見て安堵するユタカは、ヒビキの元気が無いことを気にしていた。

「これは螺旋階段と言うのだがね」
 髭を指先で弄りながら階段を指差したナナヤが答える。
 その表情はキリッとしているけど強がっているのか、足は小刻みに震えていた。
 口には出さないけどナナヤも螺旋階段に対して恐怖心を抱いているようで、その足取りは重い。

「螺旋階段は人間界には無いから。二階に移動するために階段をのぼった時も思ったけど恐ろしいね」
 ぶつぶつと呟くユタカの隣でヒビキは乱れてしまった呼吸を整えるため大きく息を吐き出していた。

 階段を下りると建物の1階は多くの妖精達で賑わっていた。

「魔族がいるわ!」
 大きな弓を手に持つ女性が大声を張り上げると、狐耳付きのフードを被るヒビキに妖精達の視線が向けられる。
 妖精は魔族に対して恐怖心を抱いているようで、ヒビキの姿を確認するなり建物の端に移動する。
 ギルド内には数名、魔族の姿がある。
 彼らが付近を通る度に騒ぎ立てるのだろうかと疑問を抱いてしまった。
 妖精達が距離を取ってくれるからお陰で、混雑したギルド内を一直線に移動して建物の出入り口に向う事が出来るけど、妖精達を怖がらせてしまった。

「怖がらせるつもりは無かったんだけどな」
 本音を漏らしたヒビキに対してユタカが肩を震わせながら笑いだす。

「人混みの中を歩きたくはなかったからね。助かったよ」
 口元を手で覆い隠して、本音を漏らしたユタカに同意するようにして燕尾服の男性も首を上下に動かしていた。
 
 一階フロアを一直線に突っ切ると、すぐにギルドの出入り口にたどり着いた。
 ギルドの出入り口を抜けて建物内から足を踏み出す。

「フードを被ってる! 久しぶりに見たわ」
 いち早くヒビキに気づいたサヤが頬を赤く染めながら笑顔で駆け寄った。
 狐耳付きのフードを被るヒビキに対してテンションを上げたサヤが手を伸ばすと、驚いて一歩足を引こうとしたヒビキの腕を取る。
 両手でヒビキの腕に触れて次に指先を移動したサヤが、むにゅっと狐耳を指先でなぞる。

「やっぱり! 思っていた通りモコモコね」
 ずっと、ヒビキの狐耳に触れたいと思っていたサヤが、容赦なくグリグリとフードの上から頭をまさぐった。
 そのため、髪どめが外れて、編み込まれていた髪がほどけてしまう。
 サヤからはフードを被るヒビキの髪の毛がどうなっているのか見えないかもしれないけど、前髪はボサボサの状態で顔を覆い隠してしまっていた。
 
「ユキヒラ君が足を進めちゃってるよ」
 ヒビキに飛びかかったサヤの勢いに驚き、巻き込まれないように一歩足を引いた状態のユタカが恐る恐る声をかける。

「え、あら! 本当ね」
 サヤがヒビキの腕を取りユキヒラの後を追いかけ始める。 
 先を歩くサヤの後ろ姿を眺めていたユタカが視線を下へ下ろす。

「渡し損ねちゃったな」
 ぽつりと呟いた。
 布で出来た袋にはサヤに渡すために購入した紫色のベリーダンス衣装が包まれていた。
 いつ衣装を渡そうかと機会をうかがっていた。
 サヤがヒビキの元に駆け寄ってからユキヒラの元に向かうまで、考えている間に声をかけるタイミングを逃してしまったことに気づく。

「もしかして彼女にプレゼントでも購入したのかね?」
 ユタカの独り言を近くで耳にしている者がいた。
 満面の笑みを浮かべてユタカの横腹を肘でつつきながら問いかけるのは、出会ったばかりの燕尾服の男性である。
 決して親しい仲ではない。

「茶化さないでよ。別に下心があって買ったわけじゃないんだからさぁ」
 にやにやして締まらない表情を浮かべるナナヤに、ユタカが困ったように眉根まゆねを寄せる。

「でも、可愛いと思っているのではないのかね?」
 ナナヤはユタカの横腹を肘でつつく行為を、やめようとはしない。

 確かにナナヤの言う通り、ユタカはサヤの事を我が子のように思っていた。
 しかし、それは親から子への愛情であって決して恋愛感情があるわけではない。
 ナナヤは茶化す相手を間違えていた。

 問いかけに対しての返事がない事が分かると
「いったい何を購入したのかね?」
 質問の内容を変える。

「踊り子さんが着る衣装だよ」
 素直に答えたユタカに、ナナヤは唖然とする。

「ほぇ?」
 聞きたいことは沢山あるのに言葉になって出てこない。
 ナナヤは自分の耳を疑っていた。

「これだよ」
 ナナヤの間抜けな反応に対して踊り子の衣装が、どのようなものか分からなかったのかなと考えたユタカが布で作られた袋を開いて中を見せる。
 あんぐりと口を開き、紫色のベリーダンス衣装を真面目な顔をして眺めたナナヤが怪訝な顔をする。

「まさか盗んできたのではないだろうね?」
 表情を引き締めると真顔で問いかけてきたものだからユタカは慌て出す。

「盗まないよ。後が怖いし、それに布で包まれてるんだからお会計を済ませた物だってわかるでしょ!」
 慌てて言葉を付け加える。

「それだけ高価なものが買えるだけのお金があるのなら、どうして自分の装備を揃えなかったのだね?」
 怒るユタカに対してナナヤは疑問を投げ掛けた。

「装備を揃えなかったからお金が貯まったんだよ。皆は武器や防具が壊れると、すぐに買い替える。けれど、僕は武器や防具が壊れても、それを使い続けていたからお金がどんどん貯まったんだよ」
「自分のためにお金を使おうとは思わなかったのかね?」
「その質問を僕は今朝、サヤにしたよ。サヤは人のためにお金を使いたいっていったんだ。だから、僕はサヤのためにお金を使いたいって思ったんだよ。今気づいたんだけど置いて行かれてる」
 二人とも話に夢中になっていた。
 気づけば先頭を歩くユキヒラは目を細めればうっすら見える程の距離まで足を進めており、その後に続くサヤとヒビキがなかなか追いかけてこないユタカを心配して不安そうに何度も振り返っている。
 走り出したユタカに続いてナナヤがペタペタと奇妙な足音を立てながら走りだす。

「彼女は隣にいる彼にべったり。ライバルはあの少年とみた!」
 ペタペタと奇妙な足音を立てつつも、ユタカを茶化す事を止めないナナヤは横腹を肘で突っついている。

「だから、そんなんじゃないって!」
 ユタカが大声を上げて抵抗をするけどナナヤは、にやにやと締まらない表情を浮かべていた。
 遠く離れていたため、ナナヤとユタカの声がサヤとヒビキに届く事はなかった。
 走り出したユタカとナナヤの姿を視界に入れて、サヤとヒビキが安堵したように互いに顔を見合わせる。

「私達も早くユキヒラを追いかけましょう」
「うん」
 サヤの言葉に頷くと、ヒビキはサヤに腕を引かれるような形で先を歩くユキヒラを追うため走り出した。



「ねぇ。どこに向かうつもりでいるの?」
 突然ユキヒラに向かって、疑問を投げかけたのはサヤだった。
 ユキヒラに自ら声をかけるなんて恐ろしいことをする子だなと考えるユタカは、ドキドキと胸を高鳴らせている。
 ユキヒラは機嫌に波があることが分かっていたため、ユタカは自ら彼女に話しかける事はしなかった。

「向かう先には何が見えるぅ?」
 自分で考えなよぉと文句を言いつつも向かう先を指差してサヤに問いかけたユキヒラはヒントを出す。
 幸い機嫌は悪くはないようで、ほっと安堵するユタカの気持ちなど知るよしもないサヤは呑気に周囲を見渡している。

「大きな木があるね」
 巨樹を指差した。



「彼ら、こっちに向かってきているね」
 巨樹の枝に腰を下ろしている妖精王が、孫のアイリスに声をかける。

「はい。ここにいては鉢合わせをすることになりますね。どうなさいますか?」
 遠くに見えるユキヒラを視界に入れてから、アイリスがリンスールに視線を向ける。

「そうだね。ヒビキ君が鬼灯君やヒナミちゃんやランテさんの元を離れている理由を知りたいからね。会って話をしてみようかな」
 この状況を面白がっているのか肩を震わせて笑うリンスールが、このまま待機することを告げる。

「そうですか」
 笑顔のリンスールとは対照的。
 鋭い視線をユキヒラや国王に向けながらアイリスは小さく頷いた。
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