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ヒビキの奪還編

47話 ヒビキの武器と狐面

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 柔和にゅうわな音を立てて燃えあがる炎は宿の亭主を心底驚かせた。

「わ、わしの宿を燃やさないでおくれよ」
 夕食をつくりながら横目でヒビキとユキヒラのやり取りを眺めていた、ぽっちゃり体系の男性が厨房の中から顔を覗かせる。
 脂汗を布で拭いながら武器を手に取り佇んでいるヒビキを見つめる、けれども返事はない。

 ヒビキは無表情を貫き通しながら宿の亭主に視線を向けて、彼の観察を行っていた。

 男性の種族は妖精か、それとも人間か。
 背中には白い羽が生えている。
 羽の周りには光の粒子が漂っており、羽を羽ばたかせると粒子も一緒になって動き回る。
 しかし、大柄な体系である男性を羽が持ち上げる事が出来るとは思えない。
 耳は丸くお世辞にも綺麗な容姿をしているとは言えない男性の種族は人間と妖精のハーフなのだろう。
 きっと、人間の血を多く引き継いでいるんだろうなと呑気に考えていたヒビキの手から、ユキヒラが強引に剣を取り上げた。

「軽」
 つかを握りしめて軽々と持ち上げる。
 今まで仏頂面を浮かべていたユキヒラが恍惚こうこつとした表情を浮かべて剣を掲げると、手首を動かして剣を頭上で振り回す。
 一回、二回と剣を回転させて三回目で突然、何を思ったのか。
 ヒビキの首めがけて振り下ろす。

「ちょっと、何をしてるの!」
 ユキヒラの突然の行動に真っ先に反応を示したのはヒビキを奪われて膨れっ面を浮かべていたサヤだった。
 ヒビキの首を切り落とそうとしたユキヒラに向かって怒鳴り声を上げる。

「そそそ、そうだよ。何をしてるんだよ。ぼぼぼ、僕の宿で流血沙汰はやめておくれよ」
 次に反応を示したのは、この宿の亭主だった。サヤと共にユキヒラの行動を非難する。
 そして、ヒビキは表情には表してはいないものの、心臓をドキドキと高鳴らせながら心の中で悲鳴を上げていた。
 突然の出来事に足を一歩。たった一歩を引く事が出来なかった。
 そんな暇など全く与えられず、もしもユキヒラが本気を出して攻撃を仕掛けて来たならば、きっと今頃ヒビキの首は飛んでいただろう。

 脈打つ心臓を落ち着かせようとしているヒビキが、ゆっくりと目蓋を閉じる。
 整った呼吸を繰り返して、目蓋を閉じているヒビキが無抵抗のまま佇んでいるためユキヒラが小さなため息を吐き出した。
 なぜ唐突に武器を突き付けてきたのか意味が分からない。
 しかし、それを表情には表す事が出来ないヒビキはユキヒラが口を開くのを待つ。
 ゆっくりと首に押し当てた剣を、ヒビキの目の前に移動させたユキヒラが大きなため息を吐き出した。
 
「この武器は僕には使えないな。武器は返すよぉ」
 急に興味が失せたのか。武器を返すと言ったユキヒラの表情は穏やかなものだった。
 おっとりとした口調でヒビキに声をかける。
 サヤと宿の亭主の言葉を無視したユキヒラが剣から手を放すと、途端に剣は粒子となって消えてしまう。
 そのため、何故ユキヒラが剣を返すと言たのか理由を知る事になった。
 僅かに開いたユキヒラの手の平は皮膚がただれて血が滲んでいた。
 どうやらヒビキの扱う武器は本人以外が手に取ると、たちまち武器を奪った者を攻撃するらしい。
 今までに他の者に武器を貸す事のなかったヒビキが自分の武器の性能について知る事になる。

「はぁ、本人しか扱う事の出来ない特殊武器かぁ」
 傷ついた手のひらを眺めて声を漏らしたユキヒラは、持ち主しか使う事の出来ない特殊な武器がある事に対して興味を示していた。
 ユキヒラの興味が特殊な武器を扱うヒビキに向けられる。

「もしかして、この狐面も君にしか出来ない使い方があるのかな?」
 先程ヒビキから奪った狐面を懐から取り出して、ヒビキの目の前に差し出すと狐面を、そっと手に取ったヒビキが小さく頷いた。
 これには、すかさずユキヒラが食らいつく。

「へぇ。例えば、どんな使い方が出来るの?」
 狐面を両手に持ち佇むヒビキに問いかけた。
 今度は何を、やらかすつもりでいるのやら。
 宿の亭主が不安そうにヒビキを見つめている。

「宿を壊すような真似はしないでおくれよ」
 ヒビキに問いかけるけれどやはり返事はない。



 狐面を手にしたヒビキは、そっと目蓋を閉じると考えこんでいた。
 ユキヒラから狐面を奪い返すために咄嗟に、狐面には自分だけにしか出来ない使い方があると答えたけれど、術が成功をする可能性は極端に低かった。
 10年も前に偶然が重なって発動した術。
 その発動条件は一歩間違えれば大惨事になるだろう。
 失敗すれば命を落とすことにもなる。
 しかし、狐面をユキヒラに悪用させる訳にもいかなくて、渋々と術の発動を試みる。
 
 目蓋を伏せたまま目の前に手を突き出して、武器を出現させようとしたヒビキの手をサヤが掴みとった。
 いきなり横槍を入れられてユキヒラがサヤを睨み付ける。
 腕を掴まれて、ゆっくりと目蓋を開いたヒビキは驚きのあまり目を見開いていた。
 サヤに視線を向けるとサヤの視線は真っすぐユキヒラに向けられている。

 グイグイとヒビキの腕を強引に引っ張りながら歩き出したサヤがユキヒラの、すぐ脇を足早に通りすぎると一気に階段を駆け上る。
 ユキヒラに対して警戒心を、むき出しにしたサヤはプクッと頬を膨らまして膨れっ面を浮かべていた。
 ヒビキを背中に隠すようにして階段を上りきるとユキヒラを睨みつける。
 そんなサヤの態度にユキヒラは大きなため息を吐き出すと足を進める。
 ユキヒラがサヤの脇を通り過ぎた。

「もう武器を奪おうとはしないよ。その子は使えそうだから殺しもしない」
 警戒心を向けるサヤに、その視線うざいからと言葉を続けたユキヒラが指定された部屋の前まで移動する。
 装飾品の施されている大きな扉を開き室内へ足を踏み入れた。
 ユキヒラのヒビキに対する考えが変わった事を知りサヤの表情が一気に明るくなった。

「本当に? 約束よ。もう、この子に悪さをしないでよ」
 一方的にユキヒラに対して口約束を投げかけると、ユキヒラの後に続いて室内に足を踏み入れた。
 ヒビキの肩に右腕を回して、その身体を引き寄せる。

「約束よ」
 返事をしないユキヒラに対して再び一方的に言葉を投げ掛ける。



 室内も、やはり金色に輝いており家具の上には色とりどりの花が飾られていた。
 窓際に設置されているベッドに腰を掛けたユキヒラが扉を背にして佇んでいるヒビキを指差すと
「ちゃんと面倒を見なよ。餌代は自分で稼ぐ。分かったぁ?」
 サヤに視線を向けてヒビキの面倒を見るようにと指示を出す。
 ユキヒラにヒビキを任されたサヤは大きく首を上下に動かした。

「当然よ。この子は私が面倒を見るわ」
 正直ユキヒラの元に置いておくと何をされるか分かったものではないと、不安に思っていたサヤがユキヒラの言葉をすんなりと受け入れる。

「では早速、座って座って!」
 3つあるうちの一つ。
 青いベッドに腰を掛けるように指示を出したサヤが懐からピンク色の髪どめを取り出した。
 そのピンク色の髪どめを一体、何に使う気なのか。
 予想をしたヒビキの額を冷や汗が伝う。
 恐る恐る指示にしたがってベッドの上に腰を下ろしたヒビキの、すぐ隣にサヤは腰を下ろす。
 サヤはヒビキの横髪に手をかけた。
 予感は的中した。

 サヤには白い狐耳付きのケープを纏った姿は女性に見えるのだろうかと、内心ショックを受けていると
「ちょっと待ってぇ。その子、男の子だよぉ」
 ヒビキの髪の毛を編み込み始めたサヤに、これには突っ込まずにはいられなかったユキヒラが、すかさず声をかける。
 ユキヒラがサヤの行動を止めてくれたため、安堵しているとサヤは苦笑する。

「うん。そうなんだけどね。私の宝物を、この子に預けておこうと思ってね。あんたが殺した鬼灯お兄ちゃんから誕生日に貰った私の大切な宝物よ。二つあるから一つは、お守りの変わりとして無茶な戦い方をする、この子に託す事にしたの。本当は、この子にヘアピンを鬼灯お兄ちゃんのお墓に供えて欲しいと頼むつもりだったけど、あんたが感情の欠落した人形に変えてしまったから、それも叶わないし」
 サヤは何もかもユキヒラのせいだと感情のまま思いを口にしたい気持ちを押し殺す。
 思いのまま怒りを、悲しさを、切なさを伝えてしまうと逆上したユキヒラに何をされるか分からないから、深呼吸して感情を落ち着かせるサヤは唇を噛み締める。
 髪を編み込みピンク色の髪どめを付けた自分の姿を想像して、真っ青な顔をしていたヒビキがサヤの思いを耳にして考えを改めた。
 絶対、似合いっこない。
 似合うはずがない。

 頭の中で抵抗を試みていたけど、サヤは叶うことならピンクのヘアピンを鬼灯の元に届けて欲しいと願いを込めた事を知る。
 ユキヒラは怒りを露にするサヤを見てニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべている。
 ユキヒラの逆鱗に触れなくて良かったものの、サヤが余りにも可哀想である。
 無表情を貫き通しながら姿勢を正して椅子に腰かけていたヒビキの耳に編み込んだ髪の毛を引っかけて髪止めを使ってとめたサヤが微笑んだ。

「もしも、鬼灯お兄ちゃんのお墓に行く事があったら供えてください。もっと、ずっと一緒にいたかった。大好きだよってサヤが言ってたって伝えてね」
 サヤを目の前にして表情を変える事は出来ないけれど、鬼灯の姿を思い浮べたヒビキの顔から血の気が引く。
 鬼灯は健在である。
 きっと、髪を結んでいる姿を見たら鬼灯の事だから指をさして笑うだろう。
 鬼灯の反応を予想する。
 もしも、鬼灯と再会する事が出来たらサヤから預かったヘアピンを渡そう。
 サヤの気持ちも伝える事にしよう。
 渡す事の出来るタイミングがあればいいけど先の事など分からない。
 ため息を付く事も出来ないヒビキの目の前で、サヤが口を開いて問いかける。

「ねぇ。着せ替えるための服をいくつか買いたいのだけど。外出をしてもいい? 狐耳付きケープも似合うんだけど、かっこいい服も着ているところを見てみたい」
 ユキヒラに向かって問いかけた。
 サヤはヒビキを、どのように扱うつもりでいるのだろうか。
 外は日が落ちて薄暗くなっているためユキヒラが外出の許可を出すわけも無く。

「明日にしなよぉ」
 大きなため息を吐き出したユキヒラがサヤから視線を逸らす。今日は駄目だと呟いた。
 てっきりユキヒラは狐面の事については諦めたのだろうと思っていた。
 しかし、油断した矢先にユキヒラの視線がヒビキをとらえて声をかける。

「で、その狐面は君だったらどのように使いこなすのかなぁ?」
 見せてと首を傾けたユキヒラからの指示を受ける事になる。
 指示には逆らえない。
 狐面に対して術を発動してしまうと、たった一度術を発動しただけで魔力切れになってしまう。
 狐面をくれた人物は、既にこの世にはいないから扱い方を習う術がなかった。
 もしかしたら、自分が知らないだけで他にも狐面を使った戦い方があるのかもしれないと考えるヒビキは溜め息を付きたいけれども我慢してユキヒラの指示に従おうとする。
 それに命の危険だってあるため正直、術を使いたくはない。
 しかし、術を使わなければ再びユキヒラに狐面を奪われてしまいそうな気がして渋々と狐面を装着したヒビキが小さく頷いた。
 ゆっくりと、ベッドから腰を上げる。
 目蓋を閉じると右手を突き出した。
 頭の中で武器の出現を唱える。
 すると突然、青い炎を纏った刀が現れた。
 へぇと声を漏らしたユキヒラは唇に人差し指の第二関節を当てて考える。
 以前、同じように青い炎を纏った刀を扱っている人物を見た。
 一瞬だけど目の前の少年と人間界でボスモンスター討伐隊の隊長を務めていた青年の姿を重ね合わせる。
 しかし、ありえないかと考えを一変させたユキヒラが見つめる、その視線の先でヒビキは予想外の行動を取る。 

「ちょっ」
 サヤが引きつった声を上げる。
 刀の柄を握りしめたヒビキは、くるんと刀を回転させて刃先を自分に向けていた。

「何してんの?」
 これには冷静にヒビキの行動を見守っていたユキヒラも声を上げる。
 咄嗟にヒビキの行動を止めようとした。
 慌ててベッドから腰を上げた二人の目の前でヒビキが自分の胸に剣を突き立てる。
 切れ味の良い刃は当然の事だけど見事にヒビキの胸を貫通する。

「本当に何してんの! 術を発動するにしたって別のやり方があるでしょぉ?」
 ユキヒラが大声を張り上げる。
 慌ててヒビキに回復魔法を施そうとしたユキヒラの目の前で青い炎はヒビキの体に燃え移り、その身体を包みこむ。
 すると突然ヒビキの足元に巨大な青い結界が出現した。
 目映い光を放つ結界がヒビキの体を、ふわりと浮かすと唐突に暴風が吹き荒れる。
 室内の家具が宙に浮かび花が舞い散る。
 ユキヒラとサヤの体を吹き飛ばして壁に打ち付けられた二人の体めがけて巨大なベッドが降りかかる。
 床を転がってベッドを避けたユキヒラとサヤが、その場に立ち上がると武器を手に取り構えをとる。
 ヒビキに対して警戒心を、むき出しにしたユキヒラが剣の先をヒビキの首筋に突き立てた。
 そして、ヒビキに武器を突き立てているユキヒラの首にサヤが杖の先を突き付けている。

 ユキヒラとサヤの視線の先には、ふわふわと宙に体を浮かしながら二人を見下ろすヒビキの姿があった。
 その体を青い炎が包み込んでいる。
 クリーム色の狐耳を頭から生やした少年は白と青を基調とした、随分と手触りのよさそうな服に体を包み込まれていた。
 袖がふわりと広がっている服は確か人間界に居た頃に見た、踊り子の背後で巨大な扇を手にしていた男性が身に着けていたものに似ている気がする。
 何て呑気に考えていたユキヒラの目の前で突然ヒビキが姿を消した。
 ヒビキは人間界で封印を受けている父の姿を思い浮かべていた。
 術を発動すると、自分の指定した場所に一度だけ一瞬にして移動が出来るから、父の元へと願ったヒビキの体が国王の元へ向かう。
 予想もしていなかったヒビキの行動に対して、ユキヒラが驚きのあまり唖然とする。
 一瞬の沈黙の後、ユキヒラが右手を掲げるとパチンと指を鳴らす。
 すると、宿を囲むようにして青白い光に包まれた結界が出現した。
 そして、もう一度指を鳴らすと妖精の森を包み込むようにして巨大な結界が出現する。

「探しに行くよ」
 普段のおっとりとした口調をやめて、淡々とした口調でサヤに指示を出したユキヒラが走り出す。
 扉を開くと、すぐに大きな音を聞きつけて二階へ上がってきた宿の亭主と鉢合わせをした。
 しかし、亭主の言葉を耳にすることなく横を通りすぎたユキヒラ。その後に続くサヤも深々と亭主に頭を下げはしたものの、真剣な面持ちを浮かべて亭主の横を素通りする。

 二人して宿を抜け出した。
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