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第三話 コンビ打ち
一
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小手指の雀荘『タイガー』にフリー客の姿はなく、卓は立っていなかった。時計は、十五時ちょうどを指している。
矢野は、短くなったメビウス・ライトを灰皿に落とした。ジュッという音に重なり、ドアが開く音がした。一同の視線は、入口にむけられた。
二人組の男が入ってきた。茶髪のいかにもチャラそうな方が、後藤だろう。もう一人の、金髪オールバックが榎本か。身長一八五センチ、体重は百キロ以上ありそうだ。麻雀はともかく、相撲ならこいつが一番強いだろう。
「役者が揃ったようだな」
口ひげをさすりながら、早田が言った。
矢野も早田も、ふだんは新宿の『幻龍』という雀荘で打っている。今日はアンナに立会人を頼まれ、二人で小手指まで来た。
「こちらのアニキたちが立会人ね。アンナのパパ活相手じゃないよな?」
「ふっ、ある意味俺たちは、アンナに惹かれてるよ。アンナの麻雀にな」
言って、早田がセブンスターに火をつけた。矢野も心の中で頷いた。確か早田は自分より九歳上、四十七歳のはずだ。牌に命を削ってきた大の男二人が、当時は未成年だったアンナの強さに舌を巻いた。以来、約一年の付き合いになる。
咳払いをひとつして、矢野は話し出した。
「両チーム揃ったところで、確認を行う。勝負は半荘四回、二人の合計ポイントが上のチームが勝利となる。三万点返し、順位ウマは10・30。〇点はトビで、箱下清算あり。半荘二回で、場替えとする」
全員の顔を見渡し、矢野は続けた。
「勝ったチームは、負けたチームから十万円を受け取る。さらに黒崎・水嶋組が勝った場合、後藤・榎本は今後一切、相手二人への接触、関与を禁ずる。後藤・榎本組が勝った場合、黒崎は、相手二人の言いなりになる」
「ま、待ってください! 言いなりって、アンナさん。そんなのおかしいですよ!」
「ガタガタうるせえぞ! そういう取り決めなんだよ!」
ヨシオが意見したが、後藤が怒声をあげた。ヨシオは下をむいている。
「スリルあるだろ。なあに、勝ちゃあいいのさ」
笑いながら、アンナが言った。
「ハハハ、まったくすげえよな。いまや都内の雀ゴロ連中からも注目されてる、黒崎アンナが勝負するってえから来てみりゃよ、金はおまけみてえなもんで、意地をかけた闘牌ってわけだ。ま、とくと拝見させてもらうぜ」
「まあまあ、ハヤさん」
言いながらも、矢野も同じことを思っていた。当然自信はあるだろうが、アンナだけ賭けるものが大きい。そこまでして白黒つけたい、意地をかけた勝負なのだろう。それを見届けに来た。
「アンナが雀ゴロだって? 確かに強いけどよ」
訝しげに、後藤が言った。どうやらアンナは素性を話していないようだ。それだけ、アンナにとって後藤の存在は軽い、ということでもある。
「なんだ、知らねえのか。日頃から高レートで打ってる俺たちが惚れた打ち手だぜ、こいつは。こないだも何百万勝ったって――」
「声がでけえって、ハヤさん。矢野っち、進めてくれよ」
「マジかよ、雀ゴロとか、何百万とか……」
「ビビってんじゃねえぞ、榎本。アンナはともかく、相方はド素人なんだからよ」
アンナの相方であるヨシオは、うつむいている。アンナが、ヨシオの肩を叩いた。その後、細かいルールの確認を行い、場決めとなった。
「では、場所と親を決めるか。摑み取りでいいな」
矢野は、対局者の四人に、伏せた東南西北の牌を取らせた。仮東となった者がサイコロボタンを押し、親が決まった。
起家の後藤、ヨシオ、アンナ、榎本という並びで、一戦目が始まった。ドラは中。矢野は後藤とヨシオの手牌が見える位置、早田はアンナと榎本の手牌が見える位置に立っている。
親の後藤は第一ツモで四つめの対子ができ、はやくもチートイツのリャンシャンテンだ。
後藤は四筒を切った。チートイへ決めたようだ。
南家のヨシオはメンツ手だ。
ヨシオが選んだのは西だが、切る際に、牌を落とした。慌てて置き直したが、手がふるえている。緊張しているようだ。
(手つきからして素人以下……。コンビ打ち以前の問題だな)
早田の方を見た。渋い表情を浮かべている。早田も、同じことを思っているようだ。
七巡目、後藤がテンパイした。
北切りのダマだが、榎本に『通し』が入った。早田もアンナも、当然気づいている。素人が考えそうなサインだ。
榎本が中を切り、後藤はツモってきた牌を見ながら軽く舌打ちして、わざとらしくツモ切りリーチを打った。同巡、ヨシオもテンパイした。
高目となる伍萬はリーチの現物だ。予想するまでもなく、ヨシオは黙って中を切った。
「ロン!」
後藤が手を開けた。一萬が裏ドラとなり、リーチ一発チートイ表々裏々の親倍、二四〇〇〇点のアガリだ。放銃したヨシオは呆然とし、後藤と榎本はしてやったりといった笑みを浮かべている。
「初歩的な手にやられたな。気にすんなヨシオ、まだ点棒はある」
「はい……」
アンナがフォローしたが、ヨシオからは戦意が感じられない。背中も丸まり、縮こまっている。
一本場、ドラは四索。再び通しが入った。榎本が後藤の切った七筒をポン、切った七萬を後藤がチーした。後藤は三六筒待ちのタンヤオドラ1テンパイ。榎本もテンパイ気配だ。
残り一〇〇〇点しかないヨシオは、九筒を切った。ロンの声はかからない。アンナが、榎本の顔を見ながら、八索を切る。
ニヤリと笑って、榎本が山に手をのばした。
「ツモ。一〇〇〇・二〇〇〇の一本場」
五面待ちのタンヤオ赤ドラ。アンナの八索を見逃してのツモアガリでヨシオが箱を割り、初戦は後藤・榎本組の勝利となった。
続く二戦目も後藤がトップ、二位はアンナ、三位が榎本で、ヨシオは連続ラスとなった。
二戦目を終えての合計点は、黒崎・水嶋組がマイナス119、後藤・榎本組がプラス119だ。
「さて、二戦終わったところで場替えだが……」
「待ってくれ矢野っち、その前に作戦会議だ。ヨシオ、表出ろ」
「は、はい」
答えたヨシオの顔からは、戦意どころか生気すら失われている。連れだって、二人は外へ出て行った。
「へっ。なにが作戦会議だよ。いまさら無駄だっての。ねっ、先輩方もそう思いませんか?」
ドヤ顔で煙を吐き、後藤が言った。
矢野から見れば、この二人も素人だが、コンビとしてはこちらの方が上だ。アンナの実力は申し分ないが、相棒のヨシオが頼りなさすぎる。
(作戦会議とやらがどう出るか……)
窓の外を見つめ、矢野はメビウス・ライトに火をつけた。
矢野は、短くなったメビウス・ライトを灰皿に落とした。ジュッという音に重なり、ドアが開く音がした。一同の視線は、入口にむけられた。
二人組の男が入ってきた。茶髪のいかにもチャラそうな方が、後藤だろう。もう一人の、金髪オールバックが榎本か。身長一八五センチ、体重は百キロ以上ありそうだ。麻雀はともかく、相撲ならこいつが一番強いだろう。
「役者が揃ったようだな」
口ひげをさすりながら、早田が言った。
矢野も早田も、ふだんは新宿の『幻龍』という雀荘で打っている。今日はアンナに立会人を頼まれ、二人で小手指まで来た。
「こちらのアニキたちが立会人ね。アンナのパパ活相手じゃないよな?」
「ふっ、ある意味俺たちは、アンナに惹かれてるよ。アンナの麻雀にな」
言って、早田がセブンスターに火をつけた。矢野も心の中で頷いた。確か早田は自分より九歳上、四十七歳のはずだ。牌に命を削ってきた大の男二人が、当時は未成年だったアンナの強さに舌を巻いた。以来、約一年の付き合いになる。
咳払いをひとつして、矢野は話し出した。
「両チーム揃ったところで、確認を行う。勝負は半荘四回、二人の合計ポイントが上のチームが勝利となる。三万点返し、順位ウマは10・30。〇点はトビで、箱下清算あり。半荘二回で、場替えとする」
全員の顔を見渡し、矢野は続けた。
「勝ったチームは、負けたチームから十万円を受け取る。さらに黒崎・水嶋組が勝った場合、後藤・榎本は今後一切、相手二人への接触、関与を禁ずる。後藤・榎本組が勝った場合、黒崎は、相手二人の言いなりになる」
「ま、待ってください! 言いなりって、アンナさん。そんなのおかしいですよ!」
「ガタガタうるせえぞ! そういう取り決めなんだよ!」
ヨシオが意見したが、後藤が怒声をあげた。ヨシオは下をむいている。
「スリルあるだろ。なあに、勝ちゃあいいのさ」
笑いながら、アンナが言った。
「ハハハ、まったくすげえよな。いまや都内の雀ゴロ連中からも注目されてる、黒崎アンナが勝負するってえから来てみりゃよ、金はおまけみてえなもんで、意地をかけた闘牌ってわけだ。ま、とくと拝見させてもらうぜ」
「まあまあ、ハヤさん」
言いながらも、矢野も同じことを思っていた。当然自信はあるだろうが、アンナだけ賭けるものが大きい。そこまでして白黒つけたい、意地をかけた勝負なのだろう。それを見届けに来た。
「アンナが雀ゴロだって? 確かに強いけどよ」
訝しげに、後藤が言った。どうやらアンナは素性を話していないようだ。それだけ、アンナにとって後藤の存在は軽い、ということでもある。
「なんだ、知らねえのか。日頃から高レートで打ってる俺たちが惚れた打ち手だぜ、こいつは。こないだも何百万勝ったって――」
「声がでけえって、ハヤさん。矢野っち、進めてくれよ」
「マジかよ、雀ゴロとか、何百万とか……」
「ビビってんじゃねえぞ、榎本。アンナはともかく、相方はド素人なんだからよ」
アンナの相方であるヨシオは、うつむいている。アンナが、ヨシオの肩を叩いた。その後、細かいルールの確認を行い、場決めとなった。
「では、場所と親を決めるか。摑み取りでいいな」
矢野は、対局者の四人に、伏せた東南西北の牌を取らせた。仮東となった者がサイコロボタンを押し、親が決まった。
起家の後藤、ヨシオ、アンナ、榎本という並びで、一戦目が始まった。ドラは中。矢野は後藤とヨシオの手牌が見える位置、早田はアンナと榎本の手牌が見える位置に立っている。
親の後藤は第一ツモで四つめの対子ができ、はやくもチートイツのリャンシャンテンだ。
後藤は四筒を切った。チートイへ決めたようだ。
南家のヨシオはメンツ手だ。
ヨシオが選んだのは西だが、切る際に、牌を落とした。慌てて置き直したが、手がふるえている。緊張しているようだ。
(手つきからして素人以下……。コンビ打ち以前の問題だな)
早田の方を見た。渋い表情を浮かべている。早田も、同じことを思っているようだ。
七巡目、後藤がテンパイした。
北切りのダマだが、榎本に『通し』が入った。早田もアンナも、当然気づいている。素人が考えそうなサインだ。
榎本が中を切り、後藤はツモってきた牌を見ながら軽く舌打ちして、わざとらしくツモ切りリーチを打った。同巡、ヨシオもテンパイした。
高目となる伍萬はリーチの現物だ。予想するまでもなく、ヨシオは黙って中を切った。
「ロン!」
後藤が手を開けた。一萬が裏ドラとなり、リーチ一発チートイ表々裏々の親倍、二四〇〇〇点のアガリだ。放銃したヨシオは呆然とし、後藤と榎本はしてやったりといった笑みを浮かべている。
「初歩的な手にやられたな。気にすんなヨシオ、まだ点棒はある」
「はい……」
アンナがフォローしたが、ヨシオからは戦意が感じられない。背中も丸まり、縮こまっている。
一本場、ドラは四索。再び通しが入った。榎本が後藤の切った七筒をポン、切った七萬を後藤がチーした。後藤は三六筒待ちのタンヤオドラ1テンパイ。榎本もテンパイ気配だ。
残り一〇〇〇点しかないヨシオは、九筒を切った。ロンの声はかからない。アンナが、榎本の顔を見ながら、八索を切る。
ニヤリと笑って、榎本が山に手をのばした。
「ツモ。一〇〇〇・二〇〇〇の一本場」
五面待ちのタンヤオ赤ドラ。アンナの八索を見逃してのツモアガリでヨシオが箱を割り、初戦は後藤・榎本組の勝利となった。
続く二戦目も後藤がトップ、二位はアンナ、三位が榎本で、ヨシオは連続ラスとなった。
二戦目を終えての合計点は、黒崎・水嶋組がマイナス119、後藤・榎本組がプラス119だ。
「さて、二戦終わったところで場替えだが……」
「待ってくれ矢野っち、その前に作戦会議だ。ヨシオ、表出ろ」
「は、はい」
答えたヨシオの顔からは、戦意どころか生気すら失われている。連れだって、二人は外へ出て行った。
「へっ。なにが作戦会議だよ。いまさら無駄だっての。ねっ、先輩方もそう思いませんか?」
ドヤ顔で煙を吐き、後藤が言った。
矢野から見れば、この二人も素人だが、コンビとしてはこちらの方が上だ。アンナの実力は申し分ないが、相棒のヨシオが頼りなさすぎる。
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