上 下
148 / 149
第一章

第148話 アンラと

しおりを挟む
 狭い一人部屋、小さな寝台に寝転ぶ俺を見下ろすアンラ、口の端からツーッと酒がこぼれるのが見えた。

 少し間を置いて、ゴトン……ゴトンと、アンラは取り出した本と、口にしていた酒を床に落としちまったようだ。

 その顔は、スッと赤く染まる。
 蝋燭の炎とは違う赤さだと分かり、ドキドキが加速していくのも止められずにいる。

 見惚れていたアンラの喉がコクンと動き、口にふくんだ酒が喉を通ったのだろう。

 ギシッと寝台にされた木箱に手をつき、上ってくると俺の太ももにまたがった。

 ずり上がるように体を動かすたびにギシッ、ギシッときしませ、前屈みに俺の顔の横と、肩へ手を置いた。

 そして耳の先まで真っ赤に染めたアンラの顔が近付いてきた。

 近付いてくると、ふっと飲んだのはワインのようで、アンラから果物の香りが俺の鼻に届き、アンラのアゴを伝っていた赤い雫がポタリと俺のアゴに落ち、喉元を濡らして滑り落ちる。

 俺はそっと頬に手を伸ばし、濡れた唇を親指で拭うと、そのまま銀色でサラサラとした髪の毛を手櫛で撫で上げる。

「……アンラ」

「ケント……」

 鼻と鼻が触れ合い、アンラの真っ赤な目には俺しか映っていない。

 そのまま見つめ合いさらに近付き、閉じていくアンラの目蓋にあわせ――――――目を閉じた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「ふあっ、朝か」

「にゅふふ~、もっと寝てようよ~」

『もうお昼ですよ、宿の方が何度も来てましたから、早く起きて連泊を知らせないと迷惑がかかります』

『ほら、ケント様、アンラ、今、扉の外に宿の方が来ました』

 コンコンとダーインスレイブが言った通り宿屋の人が来たようだ。

『お客さーん、そろそろ本当に起きてくれないと開けますよー、お客さーん』

「すまねえ! 今起きた! すぐ下りてくから飯を頼む!」

 そう言って飛び起きようとしたが、アンラが抱きついてっから首だけ扉に向け、聞こえるように大きめの声で返事をした。

「えぇ~、しかたにゃいなぁ~」

『はいよっ! すぐに準備できますんで、お早く』

 そう言って扉の前を遠ざかる気配が、階段を下りていった。

「寝すぎたみてえだな、アンラ、起きんぞ」

「ふぁぁ、あ~い、おはようケント」

「ああ、おはようアンラ、んっ」

「んっ、にゅふふふ! よーし今日も頑張るぞー!」

 二人で同時に起き上がり、身支度をすませる。

 昨日ドワーフのおっさんに仕立て直してもらった服だ。
 アンラと同じように黒のズボンに白いシャツ、黒ベスト、そしてベルトを締めて解体用のナイフを革で造られた鞘に挿し込む。

 今まではリュックに入れていたが、激しい動きでも簡単には落とさねえように造られていて、これが中々格好良い。

 アンラには無いがまだ造っている最中の物もあるそうで、後日もらいに行く。
 後、俺はこれももらったんだが新しいリュックにクロセルを取り付け背負えば準備完了だ。

「よし、クローセ、ソラーレ行くぞ」

 ソラーレを寝台の上から掬い上げ肩へ。
 クローセはぴょんと寝台からソラーレとは逆の肩に飛び上がり、リュックの蓋を鼻先で器用に開けてスルリと入っていった。

「私も準備完了」

「おっし、忘れ物は無いな、行くぞアンラ」

 そろって部屋を出た俺達は、階段を下り一階の食堂についた。

 朝昼兼用になったごはんを腹に詰め込んで、同じ部屋のまま数日の連泊を頼んで金を先払いしておく。

 宿を出た俺達は、冒険者ギルドに向かい、依頼をすませることにする。

 ギルドの受け付けに行くと昨日いなかったおっさんが、カウンターの奥にいるのが見えた……あれだな。

「すまねえ、ギルドマスターに手紙を渡す依頼を請けている者だ。ギルドマスターはいるか?」

 受け付けの姉ちゃんに依頼書と手紙を見せ話しかけると、俺達の顔を見て少し驚いた顔をしたがすぐに後ろ向き、ギルドマスターを呼んでくれた。

「ギルドマスター、王都からのお手紙が届いています。署名が必要なものなので、こちらに来てください」

 呼ばれて立ち上がったのはおっさんじゃなく、どう見ても俺達と変わらねえ女だ。

「な、なんでしょうか、王都からと聞こえたのですが」

「ギルドマスター、こちらの方が王都からお手紙を持ってきてくれました」

 ソイツがおどおどと『あっ、後ろ通ります』『きゃっ、ご、ごめんなさい大丈夫ですか?』と職員の後ろを通るたびに、一人ずつことわりを入れ、なにもないところでつまずくと、謝りながらカウンターまでやってきた。

「ひゃい! あ、ごめんなさい、ありがとうございます。こちらですか、お預かりいたします」

 スッと手紙をカウンターの上で滑らせ差し出すと、何が怖かったんか分かんねえが、ビクッとした後そっと手を伸ばして手紙を受け取った。

「ねえねえ大丈夫? 小さい子だけどギルドマスターだよね? みんなに苛められてたりするの? ビクビクしすぎだもん」

「ああ、もしそうなら俺が苛める奴をボコボコにしてやるからよ」

「いえいえいえいえ! こ、これは私の性格でして、昔からこんな感じですから、誰にも苛められていません! 皆さんとても優しいですからボコボコしないでください!」

 バタバタと手を振り首を横に振ってはいるが、信じられねえよな。

 だがまわりを見ると、ギルドマスターを見る目がまるで子供を見守る親みてえな顔をして『よし、頑張れギルマス』『大丈夫ですよギルマスちゃん、私達が見守ってますから』と、どうも言ってることは本当の事みたいだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

【R18】酔って溺れて沼の中

堀川ぼり
恋愛
お酒の勢いでワンナイトしてしまった後日、わざわざ会いに来たその男に部屋に連れ込まれる話 ※ムーンライトノベルズにも掲載しています

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

あかり
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

意地を張っていたら6年もたってしまいました

Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」 「そうか?」 婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか! 「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」 その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

処理中です...