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王位継承戦編1日〜3日

第四十一.五話 晩餐会とおにぎりPart1

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「悪かったよ。神聖な儀式だと云うし、関係者以外参加も不可だって、頑なに首を縦に振らなくてさ」

「別に怒ってません」

 どうしようもなかったとは言え、何も告げずに蚊帳の外にしてしまったせいで、ベリルは心なしか頬を膨らませ、仄かに淀んだ雰囲気に包まれていた。
そして、精霊もコルマットも不機嫌そうにこちらに頻りに目を泳がせながら、食事を口に運んでいく。

 二次会兼晩餐会。

 これ程まで心が躍るイベントは無いだろうに……俺の周囲には近寄り難い重苦しき空気を漂わせて、二人の先代と当代勇者という錚々たるメンツを前にしても、誰一人として歩み寄ろうとはしなかった。

「ハァ……勘弁してくれ」

 何か機嫌を直してくれる物はないだろうかと、遂に、優しき垂涎ものの母なる大地の恵みを受けたご馳走を掻き込むようにして頬張ってゆく片手間で、アイテムボックスの中身を隈なく颯と漁っていく。

 だが、少女の心を射止めるような代物が機能性を限りなく追求する俺のアイテム欄に存在する訳も無く、どれを渡しても、無理した半端な笑みが引き攣った顔つきにさせるのが、ありありと目に浮かぶ。

 ということで、一旦は忘れてしまおう。と――洗練された握り心地も重さも食べ易さも兼ね備えた、完璧の木のフォークで新たに机に並べられた逸品。

 掌を翳さなければ、見れない煌々とした眩い光、ふっくらと粒の立った久々の真っ白なお米の山に、喰らいかんと眼前に寄せていくのだが、視線が刺す。

 侮蔑と驚嘆、そして嫉妬の含んだ冷ややかな眼差しがチクチクと頬を突き刺して、とてもじゃないがこの不相応なご褒美を満足して味わえそうに無い。

「それでは先代が食べにくいだろ、もうその辺にしておけ」

 俺を擁護する10代目もあくまで片手間程度であり、完全に白米やら肉の座布団に釘付けであった。

「そうですね、ごめんなさい大人気が無くて……」

 掬い上げた美しきご飯、望むのは俺じゃないか。
奇しくも空の食器を重ねて運ぶ使用人が横切り、緩慢に酷いお預けでフォークを置いて、差し伸べる。

 左手が必死に食い止める掌を、行く使用人へと。

「す、すまないが……海苔は無いか?」

 その一言にピタッと歩みを止めて、頻りに目を泳がせながら振り返り、女性が八面六臂のずっしりとした憔悴をそばかすの目立つ面差しに露わにした。

「の、海苔? ですか?」

「あぁ、それが終わったら……いや何なら別の使用人、俺が行くから、場所だけ教えて欲しいんだが」

「いえとんでもありません! お客様には、最高のおもてなしをするのが、我々の役目! 少々、いえほんの少しのお時間を頂いて宜しいでしょうか?」

「全く構わないよ、後塩も貰えるかな?」

「承知致しました」

 こうして関係に要らぬ溝が出来ぬ前に修復せんと他の食材なども吟味しながら待ち侘びていれば――遂に「お待たせいたしました!」と、意気揚々に、使用人が皿一杯に何の加工も為されていない僅かに褐色を帯びた海藻が載せられており、片手には小皿で頼んだ筈の塩が山のように積み上げられていた。

「そ、それが海苔か?」

「はい」

「まさか普段は廃棄されてる?」

「えぇ、稀に変わり者のお客様に、そのままお出しするくらいで……あっ! し、失礼致しましたっ‼︎」

 何と勿体無い。この国では全然見かけないから、てっきり高価な食材として扱われているとばかり思っていたが、まさかこんな窮地に立たされていたとは。いや文化に、口に合わないのかもしれないな。

 汎用性の高い、いい存在だと思うんだがな……。

 さて、どうするか。今から食卓に出るような歴とした海苔を作り始めたら、どれだけ時間を喰われるか。

「仕方ない、あれを使うか」

【魔力遮断付製造完成短縮小型機械を召喚します】

 皆の意識が別の場所へと散らばっているうちに、徐にアイテムボックス兼掌から忽然とせり出した。
幾重にも重ねられた御馳走の並ぶ長机の内側に、デザイン面も無駄にデティールの凝ったピザ窯並みの大きさの装置を騒々しい音とともに地面に置いて、【埃及び錆を払拭。一部機能の不備を修復します】と、掌で軽く払って、綺麗な新品同様へと元通り。

 いつ聞いても長ったらしい名前だな。これからもちょくちょく使うだろうし、そろそろ改名するか。

 そして――。

「何をされているのですかな?」

 ぞろぞろと人が集まってきた。

「今から私の地方の文化でよく食していた物を作りますので、皆様のお口に合うかはわかりませんが、宜しければ、白米と共にお召し上がりください」

【培養から海苔を製造します。待ち時間――約8分。MPを : 12消費します】

「ほう、白米と一緒にとな」
「流石は謎多き先代様、やる事なす事突飛でいらっしゃる」
「何故、そのような気に?」

「郷愁に駆られてしまいまして、つい衝動的に」

「そうですね。私も母の作るトミーロープを不意に思い出しては、使用人に頼み込んでしまいますよ」
「はは、実は私も、全く料理をしない父が珍しく上手く出来たミートパイに嵌ってしまいまして……」
「それなら――」
 庶民上がりの貴族らの間で完全なる思い出補正の好きなご飯自慢が始まり、その周囲にはそれらを味わえなかった連中が不思議そうに耳を欹てていた。

「何をされているんですか?」

 コルマット達と戯れていたベリルが群がっていた人集りに、目をキョロキョロと泳がして歩み寄り、俺の傍に懐かしの仕事に躍起になる装置に目を奪われ、未だ不服そうな被害者一同と共に首を傾げる。

「おにぎりを何倍も美味しくする影の主役を作ってるんだ」

「おにぎり……ですか」

「どうかしたのか?」

 ポーチの紐を強く握りしめ、差し迫った表情で地に俯く。

「あまり悩まない方がいい。どれだけ考えたって、物事が上手くいく訳じゃないんだから」

「そうですね……でも、私は――」

 ベリルは一歩、後ずさり、踵を廻らせんとする。けれど、傍らのコルマットと精霊が優しく背中を押して、ふらつきながら不規則な歩みで眼前に迫った。

「す、すみません」

 一向に眼を合わせぬベリルまで地に膝を突いて目線を落とし、そっと角ばった細き肩に手を添える。

「ベリル、お前はその歳で良くやっている。確かに今もお前の弟は日々、悪化する病に苦しんでいるだろう。それを治したい気持ちもよく分かる。だが、精神的にも肉体的にも体に無理を強いれば、いずれそれは立ち上がれない程の疲労として祟るだろう。俺も同じ病に侵されたことが、一度だけある」

 その一言にそそくさと顔を上げ、息を呑む。

「想像を絶する痛みと絶望を味わされたよ」

 まるで底無しの泥濘に嵌ったかの如く、一瞬にして瞳から光が失われ、顔が深い淀みに沈んでいく。

「だが、決して死ぬ訳ではない。子供にとっては、死の恐怖を遥かに凌駕する長い苦しみに襲われ続けるのは、永遠もののトラウマになるかもしれない。もう立ち上がれないとこの世を去るかもしれない」

「だったら!」

「ベリル。薬草を取りに行く時、弟はどんな反応を見せた」

「え?」

「弟はどんな風にお前を見送ったのかと聞いているんだ」

「『行かないで』……と」

「なら、尚の事、生きて帰らねばならないだろう。もし愛する者が四肢の一部を欠損する、あるいは――命を落として自分だけが助かったとしれば……どうなると思う?」

「それは……ただの都合の良い解釈に過ぎません」

「かもしれないな。でも、俺は悲しかったよ」

「え?」

「俺の大切な友人達は確かに薬を無事に持ってきた。まぁ帰ってきたのは、体の一部と共にだがな」

「……」

「それでも納得できないと言うのなら、三日だ」

「三日、三日以内に辿り着けるんですか⁉︎」

「あぁこの身に掛けて――勇者として約束しよう」

「……はい、はぃ。ごめんなさい、ごめんなさい。本当にありがとうございます」

 張り詰めた緊張が解けたベリルは、光の灯されていく目を潤ませて、つぶさな涙が零れ落ちていく。

 そして、完璧なタイミングで完成の高音が鳴る。

「さぁ、食べよう。俺は先走りがちだし……お前がいないと、いつか何処かに消えていってしまうかもしれないからな。ちゃんと見張っていてくれよ?」

「はい! レグルス様は目が離せませんから」

 そう言ってベリルは雫の滴る頬を拭い、微笑んだ。側に居た不満げな二人をも笑顔にさせて……。

 舌を出しながら頭を差し出すコルマットをそっと愛撫すれば、其処には小さなコブができていた。

「そうか……お前は――⁉︎」

 今まで煩わしく視界に入り込んで、浮遊し続けていた精霊がぐったりとコルマットの背にへたり込んでしまった。本来、神秘的な淡い緑光を放っている衣服たる葉が黒々と淀み、その色味を失っていた。

「ったく、どいつもこいつも面倒を抱えやがって」
そう山のように積み上がったサブイベントに頭を抱えざるを得なかった。
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