上 下
18 / 49
王位継承戦編1日〜3日

第十七話 夜明け

しおりを挟む
 そんな悲痛な過去を淡々と語っていく中、片手間でスノーウルフよりも低い視線にそっと手を差し出す。

 最初は幾度となく10代目と手を交互に目を泳がせていたが、段々と纏わりついた恐怖の象徴たる身震いが治っていく。

「……」

 土壇場になると何を言えばいいのか解らず、ただ酷く淀んだ虚ろな蒼き瞳だけをじっと見つめていた。

「殉職の報せが届いてからも不幸は続き、大国に不満を持っていた北諸国によって王都の反乱を招き、かろうじて一部に留まっていた暴動は激化し、我々、ノース家にも及ぶことに。父は今回の暴動の主犯格によって相打ちに、母は身籠ったまま惨殺。多くの兄弟が暴徒によって嬲り殺しにされました。その中には、まだ齢5にも満たない無垢な少女も」

 次第に凄惨言い表せない程の悍ましい光景がありありと目に浮かび、頻りに胃中を突く吐き気を催す。

 スノーウルフは恐る恐るではあるものの差し出された掌を籠手越しに匂いを嗅ぎ始め、少しでも指先が動けば、慌ただしく数メートルと後ずさっていくが、直ぐにまた舞い戻って来ては、周りの物などにも匂いを嗅ぐ。

「抵抗も虚しく犯される者、奴隷とされる若き者、手足を切り落とされ、見せ物になる者も居ました。悉く、奴等の行動は自由の意志に反していますが、所詮は自らの欲にも抗えない家畜以下の存在――。そう何度も己に言い聞かせ、反旗を翻した者は、女だろうが子供だろうが見境無く皆殺しにしました」

 次第に10代目の抑揚さえも深き闇に沈んでいく。

 そんな通夜にも等しい真っ暗な雰囲気を漂わせ、地獄に繋がる泥濘に嵌ったかの如く死んだ表情に、ウルフ側が気に掛け、ゆっくりと歩み寄っていく。

「そして、大国の精鋭部隊の強硬的な派遣により、たった一夜にして、無事に暴動は鎮圧しましたが、失われた犠牲は計り知れないものでした。夥しい数の屍に群がる蝿に、屍肉を啄む鳥類、匂いに誘われて壁を乗り越えてくる無数の魔物、その場は一時、完全な混沌と化し、皆が皆、この世には救いの神がいないのだと、認識する最悪の日だったでしょう」

 そして、限りなく緩慢に猛禽たる双眸が俺を凝視する。それと同時に柔らかな総総たる真っ白な毛を、10代目の膝の上にそっと乗せて、舌を出した。それに気が付いたのか、蝶よりも花よりも優しく、まるで昔から慣れているような手つきで愛撫する。

「キュ、ワウッ!」

 耳に響く笛吹き声で軽く鳴くと、嬉しさをアピールするかの如く力の籠っていない声で小さく吠えた。

「家族は誰一人として生き残っていませんでした。帰る家も失い、あったのはただ憎しみだけ。それから俺は主犯格であった異邦人殲滅を心に固く誓い、数年間、何千回の生死を彷徨う過酷な修練に励み、第一目標であった10代目勇者となりました。……」

 10代目は氷灼の双剣を肩に添えて、抱きしめる。
最悪な形で郷愁に駆られたのか……あるいは――。

「それから、どうなったんだ?」

「戴冠式直後であった為、雑用にも等しいゴタゴタに巻き込まれましたが、第10回虹龍討伐作戦にも赴き、数千人の討伐隊の内、数人と共に敢えなく帰還。祖国に帰ってから一番最初に下された命令は、俺が心の底から待ち望んでいた異邦人殲滅でした」

「そう、だったんだな」

「えぇ、そして、今も俺の目的は変わりません」

「なら――」
「ですが、最近では、まるで亡霊を追っているような気分です」

 静寂。

「……」

「……」

 視線がぶつかり合う。

 俺は徐に武器を探し、10代目は柄を握りしめる。

「んんっ! あぁ~!」

 傍らでただ一人、安らぎに身を投じていた少女が伸び伸びと体を限界まで伸ばし、起床の挨拶をし、微睡んだ目を白皙なる手でゴシゴシと擦り始めた。

「もう夜明けですね」

「そうだな」

「そろそろ行きましょう」

「あぁ、身支度を済ませるよ」

 黒き影に覆い尽くされた、決して視線の離さぬ俺たちに次第に昇りゆく朝日が燦々と照らしていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

スキルは見るだけ簡単入手! ~ローグの冒険譚~

夜夢
ファンタジー
剣と魔法の世界に生まれた主人公は、子供の頃から何の取り柄もない平凡な村人だった。 盗賊が村を襲うまでは…。 成長したある日、狩りに出掛けた森で不思議な子供と出会った。助けてあげると、不思議な子供からこれまた不思議な力を貰った。 不思議な力を貰った主人公は、両親と親友を救う旅に出ることにした。 王道ファンタジー物語。

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

食の使徒 素人だけど使徒に選ばれちゃいました。癒しの食事を貴方に 幻想食材シリーズ

夜刀神一輝
ファンタジー
八戸 樹 は平凡な人生に幕を閉じた。    だが樹には強い一つの願望があった。    誰かの為になりたい、人の為に生きたい、日本人として日本人の為に、そう思って生きていても人生とは、そうそううまくいく事もなく、死ぬ最後の時まで自分は誰かの?国の?国民の?為に生きれたのだろうか?と疑問が残る様な人生だった。    そのまま魂が消え終わるかと思われた時に、女神様が現れ、異世界に使徒として転生してほしいと言われる。    使徒として転生してほしい世界では、地球の様に食事や調理法が豊かではなく、また今一進化の兆しも見えない為、樹を使徒として異世界に送り込みたいと、樹は自分は料理人じゃないし、食事も自分で自炊する程度の能力しかないと伝えるが、異世界に送り込めるほど清い魂は樹しかいないので他に選択肢がないと、樹が素人なのも考慮して様々なチートを授け、加護などによるバックアップもするので、お願いだから異世界にいってほしいと女神様は言う。    こんな自分が誰かの為になれるのならと、今度こそ人の役に立つ人間、人生を歩めるように、素人神の使徒、樹は異世界の大地に立つ

弱小転移者の戦旅譚

ぶなしめじ
ファンタジー
アメリカ同時多発テロ事件に巻き込まれた1人の軍人は死ぬ直前に唐突に異世界に転移する。しかし異世界の技「魔法」の適正は無く、魔法が無い体では異世界で生きる事が難しくなると知った彼は唯一残された武器である銃を使うのだが、この世界では拳銃を使った軍人の強さはその世界のチンピラと差程変わりなかった。こうして、最初に助けてくれた国内七位の魔法師エリスや錬金術師転生者のアディルと共に魔法が無くても強くなる方法を模索していく。そんな中、気が付けば街は未曾有の大事件に巻き込まれ・・・。 この物語は、将来語られることの無い一人の男が世界を変えようと最後まで足掻いた物語。その前日譚だ。

処理中です...