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襲来者編0日〜0日

第五話 スローライフの日常Part2

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「遅いっ!」

 思わず心が清々しくなってしまう、淡く清澄なるせせらぎを奏でる川瀬の瞳をキラリと鋭く輝かせ、同様に息さえも忘れるようなを浅葱を帯びた艶やかな長髪を優雅に払い上げ、ふわりと宙に靡かせた。

 水色の髪から白い指が零れ落とすと流れるように腰に手を置き、不満そうにこちらを見つめ始めた。

「あぁ、ごめんごめん」

「探しに行ったら、京介の誘いに負けちゃって」

「もう、いつまでやってんのよ、全く。せめて、仕事が終わってからにしてよね……」

「ただ居眠りしてただけなんだけど」

「本当にそれだけかしら?」

「ううん――――今年も魔物による被害はそこまで出なかったね」

「あ、話逸らした」

「土も悪くないし、作物も良く育ちそうだ」

「何? 『全部、貴方のおかげね』って、そんなに言って欲しいの?」

「いいや、此処らも随分と人が増えたからね。誰も食べるのに困らないよう、俺たちが頑張らないと」

「だったら、もう少し真面目にやってよ」

「こんなに平和だと、ついつい眠くなってしまって」

「京介は寝る事が特技みたいなものだからね」

「あのねぇーマリ!」

「ん?」

「そうやって貴女が甘やかすから、この馬鹿は直ぐに調子に乗るの」

「手厳しいな」

「馬鹿は言い過ぎだよ、こんなに頑張ってるんだから。ねぇ、京介?」

「まぁ、アクアの言うこともごもっともではあるから……次から改めるので、どうか今回はお許しを」

「次やったら承知しないから!」

「じゃあ俺はもう少し先の方を耕しますので、お二人はどうか仲良くやっていてください」

「早く行きなさい!」

「魔物が出るかもしれないから、気を付けてね」

 俺は外柔内剛な両者に手を振りながら、アイテムボックスから【クワを召喚】し、奥地へと進んだ。

「ん?」

 だが、たった一人で寂しく作業に従じるとばかり思っていたが、朧げな人影が浮かび上がっていく。

 数多の其々が異なる影は次第に形を帯びていき、真っ先に視界が捉えた全貌は、やや離れた所から華奢な体つきで不安げに窺う、ネリーシャであった。

 いつ見ても不思議な気分に陥ってしまう可愛らしい長耳をピクピクと欹てて、透き通った鮮やかな若葉に淡い黄金色を帯びた長髪を乱しながら振り返り、宝石のように美しい翠緑色の瞳を眩いほどに、煌々と魅せると、慌ただしく俺に歩み寄っていく。

 胸程度の矮躯に白皙なる骨と皮ばかりの身をすり寄せて、頬を赤く染めながら上目遣いで見上げる。

「レグルス!」

「何してるんだ? こんな所で」

「今、ルイスが最強の技を見せてやるって息巻いてて、子どもたちの前で……」

 そっと重厚的な風切り音のする方に目を向ける。

 筋骨隆々とした長躯に幾つもの浅い傷跡を刻み、下半身にも等しき大剣を大地に突き立てて、無造作な煩わしい緋色に染まった前髪を描き上げていた。

 その周りには、無邪気で明るく甲高い声で、必死におねだりをする子どもたちで溢れかえっていた。
そして、物見遊山で決して側から離れようとしない無垢なアンコールに嬉々として応え、再び、周囲に意識さえ割かずに刃を頭上へと緩慢に翳していく。

「ルイス、ルイスッッ‼︎」

 山々に谺してしまう程の囂々たる怒号を飛ばし、その場にいる者たち全員を振り向かせてしまった。

 狼狽えて震え始めんとするネリーシャの肩に手を添えて限りなく微笑んで、ルイスの元へと向かう。

「レグルス……ど、どうしたんだ?」

「みんな、ちょっと席を外してもらえるかな?」

 酷く怯えて涙目な周りの子どもたちを遠ざけて、一対一で一方的に感情任せに言葉を連ねていった。

「お前、冒険者になりたいんだろ」

「あぁ」

「このままだと最初に殺すのは、あの子たちだぞ」

「……そ、――そうかもしれねぇ」

「いいか、二度とやるなよ。もし、次あんなふざけた事をしたらこれから先一生、剣は教えない……」

「え⁉︎ あぁ、もう二度とやらない‼︎ ちゃんと場所も周りも考えた上でやるさ! だからっ……」

「ハァ……」

 思わず嘆息を漏らしてしまった。まだまだ独りにするには周りが心配で一切、目が離せそうにない。

「はい! もうおしまい! みんな、また今度ね」

「えぇー!」
「もっと見たい~」
「あと少しだけ……見たい」

「悪いなみんな! また今度、見せてやるからさ、今日は運が悪かったと思って、家で練習してくれ」

 愚直というか、清々しい阿呆と言うべきか。

「こう言っているが、別に無理して武器なんて――」

 ルイスがそう言うと、あっさりと散っていった。

「みんな、行っちゃったね」

「武器の何が良いんだ……そんなに平和が嫌かよ」

「レグルス、大丈夫?」

「あぁ、ごめんな、さっきはいきなり大きな声を出しちゃって」

「良いの、気にしないで」

 長耳の先端が桜の花びらのように切られ、微かに
呪縛の魔法陣が胸部に刻まれた一端を見てしまい、逃げるように目を逸らしつつ、クワを拾い上げた。

「さ、仕事だ、仕事」

「クワを下ろすのも鍛錬だ、決して怠るなよ」

 こんな俺が言うのも何だがルイスはまんまと策に乗っかり、意気揚々とクワを大地に振り下ろした。

「じゃあ、私は行くね」

「あぁ、また後で」

 俺はクワを握りしめ、大地に振り下ろす。すると、不意に突き刺すような風が体の内側に吹き込んだ。

「……?」

「ん? どうしたんだよ」

「いや、別に何でも」

 何だか、嫌な風だったな。

 再び、大地に向かっていった。


 
 晴天なる大空に幾多の煌々とした星が浮かぶ頃、俺はマリの傍らの床に胡座をかいて、疲れ切った体の芯にまで染み渡る、温かなスープを飲んでいた。

「どうだ?」

「ぼちぼちですね」

「そうじゃない」

「あぁ、そうですね。まぁ、何と言いますか、節度を持ったお付き合いを……」

「ほう、今日も随分と親しげだったそうだが」

「もうお父さん!」

「あなた、あまり意地悪しないであげてください。京介もわかってるのよ。あぁ、それにしても早く孫の顔が見たいわー。男の子かしら、それとも女の子?」

「ははは、そ、その内ですかね……」

「子どもなんぞ、まだ早いぞ」

 幸福に恵まれたかの如く常日頃から微笑むミラさんとは、まるで相反するかのように如何なる時に於いても厳かな面持ちを浮かべるアザミさんたちは、仲睦まじく互いの肩が触れ合う程に間近な距離に腰を下ろし、燦爛たる焚き火の紅焔にあたっていた。

 心なしか満更でもなく頻りにこちらに目を配るマリと時期尚早の課題に想像を膨らませるミラさん、そして、アザミさんはこんな話題には静かに苛立ちを含んだ眼差しで、睨みを効かせるとばかり思っていたが、真剣な表情でスープの水面を覗いていた。

【第三の目が、侵入者を発見しました】

 そんな矢先、襲来者の小さな足音が大地に響く。
その息を殺してゆっくりと忍び寄っていく存在に、徐に振り返りながら、容器をそっと地面に置いた。

「どうしたの?」

「すみませんが、全員、此処から逃げてください」
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