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第五章 獣人国編

第125話 最優先 ソウの命

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バルチのゲラン軍キャンプでソウとエリカは窮地に陥っていた。
ソウがブルナを救出すべくブルナのテントへ忍び込んだ。

ブルナとの再会は果たしたが、なぜだかブルナがソウを攻撃してソウは大量出血したうえに意識をなくした。

ソウの窮地を察知したエリカがテントへかけつけるが敵にとりかこまれつつあった。

意識の無いソウとドレイモンで行動を制約されているブルナを連れて野営地から脱出するのは不可能に近い。

エリカは神にでもすがりたい気持ちで

「誰か助けて・・」

とつぶやいた。
するとエリカの装着しているインカムから

『了解しました。』

と女性の声がした。

エリカは戸惑った。
ここにはブルナと子供達、意識の無いソウしかいない。

「誰?」

応えが無い。
以前ソウから

「俺の持つ神器を使う際には必ず、その神器の固有名詞を頭につけてから命令しなければうまく動かせない。」

という説明をウルフの運転を習う際に言われたことがある。

(もしかしたら・・・)

エリカはインカムマイクにつぶやいた。

「私の『誰か助けて』というつぶやきに対して『了解しました。』という返答をした者は名乗りなさい。」

インカムのイヤホンから女性の声がした。

『私はマザー、ソウ様の僕です。』

エリカは頭が良い。

「わかったわマザー。さっそくだけど時間が無いの。この状況を打破する方法を教えて。」

『了解です。まずそのテントには約10名の武装兵士が向かっています。それをドローンで排除しましょう。私にはウルフに対する武器使用権限が与えられていないのでエリカ様が命令して下さい。』

(ドローンは映像を送ってくるだけではなくて武器もあるのね・・・)

エリカはインカムマイクに言った。

『ナビさん。私の位置は把握しているわよね。』

『はい。ソウ様と共においでで。』

『では、私達に向かってくる武装兵士をドローンで排除して。できるならば殺さないようにして下さいな。』

『了解しました。上半身を避けて下腿部だけを攻撃します。』

ナビが返答し終わると同時に。

ダダダダダダダ・・・・・

という炸裂音が上空から生じた。
その炸裂音の直後

「ぐあー・・・」

「敵襲!敵襲!」

兵士の声が轟いた。

『排除完了』

これで少しは時間が稼げる。

『マザーさん。次に何をすればいいの?』

『はい。次は代官屋敷方面にミサイルを何発か撃って兵士の注意を外に向けて下さい。』

『ナビさん。代官屋敷方面の人が居ないところにミサイル?を落として下さい。』

『05エラー。ミサイルの種類と発射数を明示願います。』

エリカはミサイルの意味もその効果も知らない。

『種類はお任せで、数は10発くらい?できるだけ人を傷つけないようにね。』

『了解しました。』

ウルフを置いて来た川の対岸から『シュン、シュン、シュン・・』とミサイルの発射音が聞こえた。

その数秒後代官屋敷のある方向が真夏の昼のように明るくなった。
遅れて爆音が届いた。

爆音は衝撃波に近くテントの布を激しく揺らした。
その衝撃が10回続いた。

爆薬を知らないこの世界の兵士は天が崩れて落ちてきたと錯覚するかも知れないほどの閃光と衝撃波の連続だった。

野営中の兵士の気を逸らすだけのつもりだったが、意に反してほとんどの兵士がパニックになって逃げ惑った。

武器も取らずに北の山に逃げ込む者。
川に飛び込んで下流へ逃げる者。
腰を抜かしてその場に座り込む者。
もはや軍隊としては機能していない。

『エリカ様。今です。ソウ様をかついで、その場を離脱して下さい。』

『はい。』

「ブルナさん。手伝って。ソウ様を運ぶわよ。」

「ええ、でも私は野営地を離れてはいけないと命令されています。」

「ええ、わかっているわ。ゲラン第三師団の野営地の地名は?」

「バルチです。」

「わかっているじゃないの。ようするにバルチを出なければいいのよ。さぁ手伝って。」

ブルナの呪縛は心因的なものだ。
ブルナ自身が、その行動が命令違反だと認識すれば、その行動を実行に移せないし、逆にそれが命令違反では無いと認識できれば、その行動を実行に移せるのだ。

ブルナ以外の子供達も先ほどの爆音で正気に戻ったらしいが、目の前の状況が把握出来ずにうろたえている。

「さぁ貴方達もブルナさんと、私を手伝うのよ。手を貸して。」

子供達は頷いた。

エリカの先導で意識の無いソウをエリカとブルナ、それに子供達6人で抱え川まで運んだ。

獣人化したソウなら重くて運べなかったかもしれないが、今のソウは身長170センチ体重60キロの男の子だ。
8人かかりなら容易に運べた。

問題は川向こうのウルフまでの道程だ。
川は渡れるとしても崖をよじ登って山道へ出なければならない。

8人がかりでも意識の無いソウを運ぶのは無理に思えた。
エリカは川岸で再度ソウの様子を見た。

出血は止まっていたが顔色が青い。
心臓に耳をあてると、心臓はしっかり動いていた。

ソウは人間の姿に戻って居るが、基礎的な身体能力、治癒能力は常人のそれを遙かにしのぐはずだ。

『ナビさん。この川の下流で貴方と容易に合流できる場所はある?』

『はい。下流100メートルほどの場所に開けた場所があり、私も河原に降りることが出来ます。』

『わかったわ、その場所で先に待機して。車内の灯りを点して。目印にするわ。』

ブルナの方を見ると子供達全員がブルナにしがみついている。
爆音と目の前には血だらけのソウ。
軍から許可を受けずに持ち場を離れたことなどから全員が不安そうだ。

「いい貴方達。今だけがんばればお母さんの元へ帰れるわよ。だから頑張って。私のことは信じられなくてもブルナさんのことは信じられるでしょ?」

エリカがブルナに視線を合わせた。

「みんな。この人の言うことを聞いて。バルチの街を出なければ命令違反にはならない。だから、私と一緒に来て。私を助けて。」

全員無言で頷いた。

「ブルナさん。川の中に入るわよ。私はソウ様を支えるから、貴方は子供達が離ればなれにならないようにして。」

「はい。」

エリカはソウを入水させ、静かに川を下り始めた。
ブルナは子供達を促して川に入りエリカの後を追った。

川の水は凍るように冷たい。
エリカは川の中でソウが息をできるように気遣いながら、ゆっくりと下る。

テントから100メートルほど下ったところ、東側の河原に小さな灯りが見えた。
ウルフの車内灯だ。

エリカはソウを川岸まで引きずりあげた。
遅れてブルナも子供達をつれて陸に上がった。

エリカの先導でソウをウルフまで運ぶことに成功した。
元居た野営地を見ると、未だに大騒動で兵士達が武器を携えて右往左往している。
どうやら追っ手は無いようだ。

ウルフのサイドドアからソウをウルフに運び入れ、ブルナと子供達を後部座席に乗せ、エリカも運転席に乗ろうとした時。

サイドドアが閉まるのと同時に火の玉がウルフを襲った。
ドガーン!!

火の玉がウルフを包む。
逃げ遅れたエリカが炎に包まれた。

その瞬間、ウルフの自動消火装置が作動してウルフの天井から消化剤がウルフとエリカを包んだ。

倒れたエリカが立ち上がる。
運転席に転がり込んだ。

『ナビさん。攻撃に備えて。』

『了解。』

ウルフの車体は臨戦時のフォルムになった。
エリカは朦朧とする意識の中、窓越しに攻撃者を見た。
白い宗教服に包まれて髪の毛をゆらしている者がウルフの前方20メートルくらいのところに居る。

その者は両手を頭上からこちらに向けて振り下ろした。

ザン!ザン!ザン!

空気が衝撃波となってウルフ全体を襲うがウルフ自体に損害は無い。
ウルフの周囲の草木全てが斜めに切り落とされた。

襲撃者はウルフに走って近づきながら何か叫んでいる。
襲撃者は女だ。

襲撃者が近づくにつれ、音声が明瞭になる。

「ブルナ、アンジン、レニ、サラ、ミト、ヨシカ、ヒュナ、お前達の敵はその女だ。殺せ。」

(しまった。・・・)

ブルナ達が、また正気ではなくなった。
ブルナ達は何の武器も持っていなかったが、素手でエリカに襲いかかろうとした。

エリカは火傷を負っていて思うように体を動かすことが出来ない。

『マザー助けて。』

『了解しました。エリカ様『コックピット』とナビに命令。』

『ナビさん、コックピット』

『了解。』

すると運転席の周囲が透明なシールドで覆われて物理攻撃が無効化された。
ブルナ達はシールドをドンドンと叩くが何の効果も無い。

『ナビさん。前方の白い服を着た女を攻撃。殺してもいいわ。』

『了解。』

ウルフ前部の機関銃がうなりを上げた。
襲撃者は銃座が起動した音に危機を感じ取ったのか道路横の雑木の中に飛んで隠れた。

機関銃は襲撃者を追跡するが倒せたかどうかはわからない。
更にウルフは襲撃者方向へ一発のミサイルを撃ち込んだ。
轟音と共に周囲の草木と土が舞い上がる。

『ナビさん。ここを離脱。できるだけ遠くまで全速で逃げて。』

『了解。』

ウルフは猛スピードで川岸の道をバルチ検問所方向へ向けて走った。

『前方に城壁、破壊して突破しますか?』

『ナビさん。城壁破壊。突き抜けて。』

『了解』

ウルフ左のミサイル発射管が作動してミサイルが一発撃ち出された。
ミサイルは城壁を簡単に破壊した。

ガレキの間をぬってウルフが走る。
城壁を抜ければ、そこは草原、ウルフを遮る物は何も無い。

塀の外に出たウルフは、草原から、より速度を出しやすい街道へ進路を移し、街道へ出てからは時速80キロ程度でバルチを離れる。

進行方向はゲラニ方面だ。

エリカは運転席で前方を見据えながら必死で考えていた。

(おちついて、落ち着くのよエリカ、今何をすべきか、優先順位を決めて行動するのよ。

今なすべき事はシン様の救命、子供達の保護、自分の怪我の治療、敵からの逃走。・・・)

エリカは敵のファイヤーボールでの攻撃で右半身に重度の火傷を負っていた。
衣服が水に濡れていたこととウルフの消化剤のおかげで即死はまぬがれたが着衣は黒焦げになり髪の毛もほぼ焼け落ちていた。

右半身は皮膚が焼けて真皮がむき出しになっている。
右目の視力は全くない。

全身に激痛が走っている。
それでもエリカは自分の怪我はさておいて、まずはソウの救命を優先させることにした。

(最優先事項はシン様の命。それ以外は後回しでいいわ。)

『マザーさん。シン様・・・いえソウ様の命を最優先にします。私のすべきことを教えて。』

インカムマイクは焼けて壊れたが、今はウルフの通信機能でマザーと会話できるようだ。

『はい。ソウ様の状態について、詳細は判明しませんが生命の危機にあるのは確かなようです。早急にメディカルマシンによる診察が必要です。メディカルマシンはソウ様のマジックボックスとキューブに、それぞれ一台ずつ保管されています。ソウ様のマジックボックスは現在使用不可。したがってキューブまでソウ様を運ぶ必要があります。』

エリカの居るバルチからキューブのあるゲラニまではおよそ800キロ、このまま最高速度で走行しても12時間は必要だ。

(ウルフで走っても間に合わないわね。)

『マザーさん。今の私の位置から一番近いゲートはどこかしら。』

『はい。一番近いゲートはバルチのエリカさんの実家、二番目はアウラ神殿、最後がジュベル国首都オラベルです。』

エリカの実家に設置されたゲートをくぐってゲラニにあるキューブへ戻るのが一番の近道だ。

しかし、そうすれば今しがた起こった騒動の原因がソウやエリカによるものだとばれてしまうかも知れない。

ウルフを降りて一人でソウを実家まで運ぶのは相当困難だし、引き返せば追っ手と遭遇する可能性もある。

それにエリカの祖母まで巻き込んでしまう可能性が高い。

(どうしよう・・・)

エリカは悩んだが結論は出した。

『ナビさん。バルチ方向へ引き返して。』

『了解しました。』

エリカは自分の怪我よりも祖母への迷惑よりもソウの命を最優先させることにした。
ウルフはUターンしてバルチ方向へ向おうとした。

その時、ガツンという音と共にウルフが地面を離れた。
みるみる地上が遠ざかる。

(え?何?どうなったの?)
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