上 下
123 / 177
第五章 獣人国編

第123話 エリカとおばあちゃん。

しおりを挟む
俺がバルチの街に到着して2日目の朝を迎えた。
その日早くから俺はウルフをバルチ郊外からゲラニ方向へ走らせていた。

ウルフの運転はヘレナに任せて俺はモニターを注視していた。

ウルフの運転は本来、人狼族しかできない仕組みだが、オーナーである俺がエリカに使用者権限を与えている。

「ナビ。多数の人的反応があれば教えろ。スキャン範囲をできるだけ広くしろ。」

『了解しました。』

ウルフを人目にさらすのが嫌で、今は街道を避けて雪の残る草原を走っている。

操縦は音声操縦では無く、エリカのマニュアル運転だ。
エリカが助手席にいる俺をチラリと見た。

「どうしたエリカ?」

「いえ。なんでもありません。ウフフ。」

へんなやつ・・

バルチを出て30分くらい南に走るとナビが反応した。

「南方約30キロ、街道上に多数の人馬を発見しました。その数およそ1万。」

「わかった。ナビ偵察ドローン発射。映像をモニターに出せ。」

『了解』

ヒュン!

ウルフの上部から偵察用のドローンが飛び立った。

10分くらいでモニターに映像が映し出される。
間違いない。
ゲラン軍第三師団だ。

(この中にブルナがいるんだ。)

しばらくの間、遠距離から一人一人歩兵の姿を映し出したがブルナらしき姿を発見することは出来なかった。

いずれにしても昼間にブルナを救出するのは困難だ。
もちろん力ずくでも救出をすることはできるが、それでは罪のない兵士を傷つけることになるし、場合によってはラジエル侯爵に迷惑をかけてしまうかも知れない。

俺は安全策を取ってバルチの街で夜間、闇に紛れてブルナを救出することにしていた。

「よし今日中にはバルチに到着する。一度バルチまで帰るぞ。」

「はい。シン様。」

エリカはハンドルを切ってバルチ方向へUターンした。

「それで、シン様。どのような作戦ですか?」

エリカには今回の行動の目的をおおまかに話してあったが、詳細な作戦内容は伝えてなかった。

詳細な作戦と言っても、軍の野営地でブルナを見つけて連れ出すだけのことなのだが。

「詳しくは考えていない。とにかくブルナを見つけ出して連れ戻すだけだ。」

「そうでしょうけれど、お話を聞く限りではブルナさんは、奴隷兵なのでしょ?となると野営地から抜け出すことは命令違反になって体が動かないと思いますが?」

俺も奴隷だった時代があるからわかるがドレイモンの術にかかってしまうと、命令権者の命令を無条件に聞いてしまう。

例えば鍵の無い檻に入れられていても『その檻から出るな。』と命令されると、いくらそこから逃げ出したくても『檻から出るな』という命令のために体が『檻の外へ出る』という行動に対して拒否反応を起こしてしまうのだ。
エリカはその絶対的命令のことを言っているのだ。

「ああ、それなら大丈夫だ。俺はドレイモンを単独で解除できる。」

ドレイモンは魔法の一種だ。
術者の魔力より強い魔力を持つ者ならドレイモンを強制解除できる。

そのことは自分自身の体で試しているし、ピンターのドレイモンを解除できたことからも明らかだ。

「え?ドレイモンって強制解除出来るんですか?」

「ああ、精神系の魔法を操ることが出来る者で術者の魔力を上回る魔力の持ち主なら解除できるよ。それとドレイモンをかけた者を殺しても解除はできる。」

「そうですか。私達の常識ではドレイモンは術者以外には解除できないものだとされています。」

「そうなの?実は俺とピンターも元奴隷だよ?俺が自ら解除したけどね。」

「ええー、そうだったんですか。・・苦労なされたんですね。」

「ちょっとだけね。アハハ」

俺はクチル島で奴隷にされ塩田工場で苦役くえきを強いられていた頃を思い出していた。
ブルナは、あの苦労を今も強いられているのだ。
少しでも早く助け出したい。

バルチの手前でウルフを収納しエリカと二人、並んでバルチの検問所を通った。

「シン様、良い日和で良かったですね。フフフ」

顔なじみの門番がニコニコしながら俺に声をかけてきた。

(何が嬉しいんだろう?)

エリカも少し、モジモジしている気がする。

さすがの俺も、エリカが俺に好意を寄せていることには気がついていたが、今までにも『この子はひょっとしたら俺に気があるんじゃないの?』と思って痛い目に遭ったことが何度かあるので、今もその程度に考えている。

「エリカ、このバルチで軍が野営をするならどこらあたりになる?」

「はい。以前の駐屯場所は代官屋敷近くの河川敷でしたから、今回も同じ場所かと。」

代官屋敷なら知っている。
バルチの街の北外れだ。
バルチの街の東に中規模の川が流れているが、その河川敷がかなり広い。

将校は町中や代官屋敷で宿泊するとして、ブルナのような下級兵が野営するとしたら、その河川敷だろう。

エリカを伴い河川敷を下見することにした。
俺一人がこの街をうろついていれば少し怪しいかも知れないが、エリカと二人なら怪しさは薄れる。

河川敷へ行くには街の中央部を通るが、道行く人が微笑みながら俺達二人に会釈する。
以前、獣人軍の侵攻に備えてこの街の人々をアウラ神殿に避難させた時の記憶がまだ街の人々に残っているのだろう。

街の広場を通り過ぎ住宅街の北にある代官屋敷まで来た。
この代官屋敷には見覚えがある。
以前ジュベル軍侵攻の際に急ぎ代官に知らせようとしたところ、女遊びをしていた代官にけんもほろろの扱いを受けた場所だ。

代官屋敷の北東側には広い空き地を経てこの街の側を流れる河川がある。
おそらく第三師団はこの川の西岸に野営をするはずだ。

自国領内とはいえ野営には見張り番が付くだろうから野営地に潜入するには川の東岸から川を渡り陣内に入るのがいいかもしれない。

「エリカ、ここの川は深いのか?」

「いえ、子供の頃、この川でよく遊びましたが、この付近に深い場所はありません。せいぜい腰の高さまでです。対岸にウルフが通れるくらいの山道があるのでそこを拠点にすればいいかもしれませんね。」

俺は戦闘を予定していないが、万が一ブルナ逃亡が発覚した場合はウルフで逃走することも想定しておいた方がいいだろう。

俺はエリカを伴って川辺まで歩いた。
川縁で大きめの石に腰を下ろすとエリカもそれにならって俺の横に座った。

今日は晴天で気温もそこそこ高く、イオンたっぷりの自然の風が心地よかった。
久しぶりに穏やかな気分だ。

「エリカ、この世が毎日平和ならいいのにな。」

川面を眺めていて自然と出た言葉だ。

「ええ。そうですね。このまま時の流れが止まればいいのに。」

エリカは遠くを眺めている。
エリカの髪の毛が風になびいてキラキラ輝いている。

(綺麗な人だな・・・)

俺は立ち上がった。

「さ、向こう岸へ回るぞ。案内してくれ。」

「はい。」

川下へ下ると街の東外れに木製の橋があった。
その橋を渡ると北の山へ通じる道がある。
道の左は川、右は里山だ。

人通りは無く雪が残り穴ぼこだらけだがウルフなら容易に通行できる道幅がある。

上流を向いて左側には雑木があり野営地から道は見えない。
代官屋敷の対岸に少し開けた場所がありウルフで待機するにはもってこいだ。

待機場所から河原に降りてみたが川幅は狭く水深も膝あたりまでしかない。
夜間、静かに渡れば番兵に見つかることも無いだろう。

「エリカ今夜の作戦だが、この場所にウルフを展開するからエリカは車内で待機、ドローンで偵察してくれ。」

俺はエリカにインカムマイクを渡した。

「これは?」

「遠く離れていても会話が出来る神器だよ。」

俺がエリカの後ろからインカムマイクを装着した。
その時エリカの髪の匂いがした。
良い匂いだ。

このインカムマイクはウルフの備品で『ナビ』との交信が可能だ。
俺はマザーを介してウルフのナビゲーションシステム『ナビ』と通話可能だ。
つまり「遠話」のスキルを持たないエリカとも交信が可能になると言うことだ。

俺は口を開かずに遠話でナビに話しかけた。

「エリカ聞こえるか?」

エリカは驚いている。

「はい。聞こえます。とても明瞭に。」

エリカの声も俺にしっかり届いた。

「よし準備OKだな。一度おばあちゃんちまで引き返そう。」

今度は正面からエリカが装着しているインカムマイクを取り外した。
意識したわけで無いが、俺が両手をエリカの頭に伸ばしたことでエリカの顔が目の前に迫った。

エリカの小鼻が少し膨らんだように見えた。
俺も少しドキドキした。

(いかん。そんなつもりじゃないし。そんなこと考えてる場合じゃ無い。)

そんなことってどんなことよ?

エリカに惹かれる俺が居た。


エリカとおばぁちゃんちへ戻ったところ、おばあちゃんが昼食の支度をしていた。

「お帰りなさい。エリちゃん。シン様。」

「だたいま、おばあちゃん。」

「ただいまもどりました。おばあさん。」

おばあさんには作戦の事は話せないので、二人で散歩してくるとだけ言ってあった。

「お昼の支度出来たわよ。シン様も食べていって下さいませんか?」

お昼には戻りますとキューブ側には言ってあったので、テルマさんが昼食の用意をしてくれているかも知れない。

それでも、おばあちゃんのせっかくの好意を無にするのは嫌だったのでドルムさんを通じてテルマさんに詫びを入れた後、エリカと一緒におばあちゃんの手料理を戴くことにした。

テーブルにはパンと少しの肉が入ったスープ、野菜の煮物、干し魚の焼き物が載っていた。

「いただきます。」

俺は両手を合わせて拝んだあとパンに手をつけた。
おばあちゃんが俺を見て微笑んでいる。

「シン様の故郷の礼儀作法ですか?」

「え?」

おばあちゃんは俺を真似て両手を合わせ、頭を軽く下げた。

「ああ、そうです。俺の古里では食事前に両手を合わせて料理を作ってくれた人に感謝の気持ちを伝えます。」

食事前に両手を合わせる日本の作法。
この作法の本当の意味など知らないが俺自信はそんな風に考えていた。

するとエリカも両手を合わせて一礼した。
パンをかじった。

少し堅いが美味しい。
スープも薄味で俺好みの味だ。
豪華な料理ではないが、おばあちゃんの心のこもった料理は、とても美味しく感じられた。

俺の本当の祖母はとっくに亡くなっているが、その祖母を思い出させる、心の暖まる料理だ。

「美味しいです。うん。本当に美味しいです。」

俺は本心で言った。

「まぁ、ありがとうございます。田舎料理でお口に合うか心配でしたの。うふふ」

おばあちゃんは70歳代だろうか、それでも笑うと可愛い。
エリカを連れてきて良かった。

その日の夕刻、ゲラン第三師団が到着した。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

付与術師の異世界ライフ

畑の神様
ファンタジー
 特殊な家に生まれ、”付与術”という特殊な能力を持つ鬼道(きどう)彰(あきら)は ある日罰として行っていた蔵の掃除の最中に変なお札を見つける。  それは手に取ると突然輝きだし、光に包まれる彰。  そして光が収まり、気がつくと彼は見知らぬ森の中に立っていた―――――― これは突然異世界に飛ばされた特殊な能力”付与術”を持つ少年が 異世界で何を思い、何をなすことができるのか?という物語である。 ※小説家になろう様の方でも投稿させていただいております。

斬られ役、異世界を征く!!

通 行人(とおり ゆきひと)
ファンタジー
 剣の腕を見込まれ、復活した古の魔王を討伐する為に勇者として異世界に召喚された男、唐観武光(からみたけみつ)……  しかし、武光は勇者でも何でもない、斬られてばかりの時代劇俳優だった!!  とんだ勘違いで異世界に召喚された男は、果たして元の世界に帰る事が出来るのか!?  愛と!! 友情と!! 笑いで綴る!! 7000万パワーすっとこファンタジー、今ここに開幕ッッッ!!

愛し子

水姫
ファンタジー
アリスティア王国のアレル公爵家にはリリアという公爵令嬢がいた。 彼女は神様の愛し子であった。 彼女が12歳を迎えたとき物語が動き出す。 初めて書きます。お手柔らかにお願いします。 アドバイスや、感想を貰えると嬉しいです。 沢山の方に読んで頂けて嬉しく思います。 感謝の気持ちを込めまして番外編を検討しています。 皆様のリクエストお待ちしております。

プラネット・アース 〜地球を守るために小学生に巻き戻った僕と、その仲間たちの記録〜

ガトー
ファンタジー
まさに社畜! 内海達也(うつみたつや)26歳は 年明け2月以降〝全ての〟土日と引きかえに 正月休みをもぎ取る事に成功(←?)した。 夢の〝声〟に誘われるまま帰郷した達也。 ほんの思いつきで 〝懐しいあの山の頂きで初日の出を拝もうぜ登山〟 を計画するも〝旧友全員〟に断られる。 意地になり、1人寂しく山を登る達也。 しかし、彼は知らなかった。 〝来年の太陽〟が、もう昇らないという事を。  >>> 小説家になろう様・ノベルアップ+様でも公開中です。 〝大幅に修正中〟ですが、お話の流れは変わりません。 修正を終えた場合〝話数〟表示が消えます。

外道魔法で異世界旅を〜女神の生まれ変わりを探しています〜

農民ヤズ―
ファンタジー
投稿は今回が初めてなので、内容はぐだぐだするかもしれないです。 今作は初めて小説を書くので実験的に三人称視点で書こうとしたものなので、おかしい所が多々あると思いますがお読みいただければ幸いです。 推奨:流し読みでのストーリー確認( 晶はある日車の運転中に事故にあって死んでしまった。 不慮の事故で死んでしまった晶は死後生まれ変わる機会を得るが、その為には女神の課す試練を乗り越えなければならない。だが試練は一筋縄ではいかなかった。 何度も試練をやり直し、遂には全てに試練をクリアする事ができ、生まれ変わることになった晶だが、紆余曲折を経て女神と共にそれぞれ異なる場所で異なる立場として生まれ変わりることになった。 だが生まれ変わってみれば『外道魔法』と忌避される他者の精神を操る事に特化したものしか魔法を使う事ができなかった。 生まれ変わった男は、その事を隠しながらも共に生まれ変わったはずの女神を探して無双していく

チート狩り

京谷 榊
ファンタジー
 世界、宇宙そのほとんどが解明されていないこの世の中で。魔術、魔法、特殊能力、人外種族、異世界その全てが詰まった広大な宇宙に、ある信念を持った謎だらけの主人公が仲間を連れて行き着く先とは…。  それは、この宇宙にある全ての謎が解き明かされるアドベンチャー物語。

異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚
ファンタジー
 それはよくあるファンタジー小説みたいな出来事だった。  ラノベ好きの調理師である俺【水無瀬真央《ミナセ・マオ》】と、同じく友人の接骨医にしてボディビルダーの【三三矢善《サミヤ・ゼン》】は、この信じられない現実に戸惑っていた。  俺たち二人は、創造神とかいう神様に選ばれて異世界に転生することになってしまったのだが、神様が言うには、本当なら選ばれて転生するのは俺か善のどちらか一人だけだったらしい。  ちょっとした神様の手違いで、俺たち二人が同時に異世界に転生してしまった。  しかもだ、一人で転生するところが二人になったので、加護は半分ずつってどういうことだよ!!   神様との交渉の結果、それほど強くないチートスキルを俺たちは授かった。  ネットゲームで使っていた自分のキャラクターのデータを神様が読み取り、それを異世界でも使えるようにしてくれたらしい。 『オンラインゲームのアバターに変化する能力』 『どんな敵でも、そこそこなんとか勝てる能力』  アバター変更後のスキルとかも使えるので、それなりには異世界でも通用しそうではある。 ということで、俺達は神様から与えられた【魂の修練】というものを終わらせなくてはならない。  終わったら元の世界、元の時間に帰れるということだが。  それだけを告げて神様はスッと消えてしまった。 「神様、【魂の修練】って一体何?」  そう聞きたかったが、俺達の転生は開始された。  しかも一緒に落ちた相棒は、まったく別の場所に落ちてしまったらしい。  おいおい、これからどうなるんだ俺達。

元銀行員の俺が異世界で経営コンサルタントに転職しました

きゅちゃん
ファンタジー
元エリート (?)銀行員の高山左近が異世界に転生し、コンサルタントとしてがんばるお話です。武器屋の経営を改善したり、王国軍の人事制度を改定していったりして、異世界でビジネススキルを磨きつつ、まったり立身出世していく予定です。 元エリートではないものの銀行員、現小売で働く意識高い系の筆者が実体験や付け焼き刃の知識を元に書いていますので、ツッコミどころが多々あるかもしれません。 もしかしたらひょっとすると仕事で役に立つかもしれない…そんな気軽な気持ちで読んで頂ければと思います。

処理中です...