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第五章 獣人国編

第111話 大きな敵の足元

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俺はガラクと共に城内に潜入して城内の井戸二つを調査した。
途中、サルディア達に調査の妨害を受けたが、最終的には二つの井戸の調査を終えた。

結果から言うと城内二つの井戸のうち、前庭の井戸からソフトボール大の異物を発見した。
その異物は球状、黒色の金属製の物体で一部分から管が出ている。
その管が何かを探すかのようにウネウネと動いていた。

昔、イリヤ様の体内から取り出された注射器と同じ形状のものだった。
ガラクがのぞき込む

「これは?」

「おそらく、これが流行病の原因だろう。球から出ている管から水銀を放出する仕組みになっているようだ。」

俺は、球の管先からしたたり落ちる液体を採取してアナライザーにかけた。
すると未だかって検出したことの無い高濃度の水銀が検出された。

「やはり、そうだ。この球から少しずつ高濃度の水銀が放出されている。」

ガラクだけでなく他の兵士やサルディアもその球体を見つめている。

「こんなことを、誰が・・・」

サルディアがつぶやいた。

問題はそこだ。
誰が何のために、こんなことをしたのか。

「サルディア、心当たりは無いのか?」

サルディアが俺を振り向き、顔を激しく左右に振った。

「ない、ない。少なくてもワシではないぞ。毒水とわかっていながら、それをワシが庶民に売るはずも無い。」

「お前がやったとは言っていないだろう。しかし、この井戸に近づけるのは兵士かお前達しか居ない。だから心当たりは無いかと聞いたのだ。」

サルディアは首をかしげた。

「やはり、心当たりは無い。ワシも兵士達も、そんなことをする動機が無い。下級兵士達の家族は、ほとんど下町に住んでいるし、わしらとて、国民の不幸を自ら招くようなことはしない。それは誓って言える。」

サルディアの言うことにも一理はある。

「それじゃ質問の仕方を変えよう。お前や兵士達以外にこの井戸を利用できる者、最近この井戸を利用した者はいるか?」

「この井戸は兵士しか利用できない。・・・でも・・まさかな。」

サルディアは何か疑問があったのだろうが、それを自ら打ち消したようだ。

「まさか・・なんだ?何がまさかなんだ?」

「この城の兵士以外に、この井戸を利用した者がいるにはいる。しかしあの方が、そんなことをするはずも無い。」

「あの方とは?回りくどい言い回しは止めろ。可能性を質問しているだけなのだから。」

「うむ・・・いやしかし・・・」

俺は恫喝するように言った。

「だれだ!!っさっさと言え!!」

「あ・・う・・・・ライジン将軍・・」

サルディアの説明は回りくどかったが要約すればこうだ。
今から2ヶ月程前、ゲラン国へ報復戦争を仕掛けるためにジュベル国将軍ライジンとその部下達は、ここライベルに立ち寄り、二泊三日ほどかけて食料などの補給を行った。

その間、下級兵士達は城の外で宿泊したがライジンを初めとする軍の幹部は場内で宿泊した。

幹部達は城内の二つの井戸のいずれかを自由に利用できたし今のように水が貴重品では無かったので井戸に見張りは付いていなかった。

ライジン達がライベルを出発して数日後から流行病がはじまった。

ということだった。

「しかし、ライジン将軍に動機はない。あれほど国民思いの武人はいない。」

「それはわかっている。あの男がそんなことをするはずは無い。だが部下も含めると、かならずしもそうとは言えない。」

「お前はライジン将軍を知っているのか?」

「ああ、少しばかりな・・」

サルディアが俺の顔を見直した。

「いずれにしても、原因はわかった。この井戸は当分使うな。汚染された水が全て無くなるまで時間がかかるだろうが、中庭から上流部の水は汚染されていない。住民に中庭の井戸水を分けてやれ。無償でな。」

「無償でか?」

「当たり前だろう!!」

俺は威圧スキルを発動しながらサルディアにそう告げた。

「わかった。ヌーレイ様に相談しながら、できる限りそのようにする。」

「できる限りじゃだめだ。必ずそうしろ。そうじゃないと反乱が起こるかも知れないぞ。ここにいる兵士達も、今回のことを把握したはずだ。このことがわかった上でも料金をとるなら、毒水を売っていたことが住民の耳にもはいるだろうな。それとも何か?情報を遮断するために、ここにいる兵士全員を処刑するか?」

兵士達の動揺は明らかだ。
お互いにヒソヒソと話し合っているが、その表情は険しい。

「あ・・いや・・わかった・・」

俺たちは球体を持ってキューブまで返って来た。

「それは何だ?」

ドルムさんが不思議そうな顔で球体を見ている。

「これが、全ての原因です。この球が井戸の底で、定期的に毒を吐き出していたようです。」

「誰がそんなことを?」

「それを今から調べます。」

俺はタイチさんの前でタイチさんを呼び出した。

「タイチさん、何か良い方法は無いですか?」

『犯人捜しのか?』

「そうです。」

『あるにはあるが、ソウの能力次第だな。』

「どうすれば?」

『ソウの言うとおり、その球が自動的に毒を吐いていたのなら、なんらかの動力源が必要だろう。その動力源はおそらく魔力じゃ。魔力には指紋と同じように波紋というものがある。波紋は一人一人違う形をしておる。常人には見分けはつかんじゃろうが、ソウの持つ鑑定スキルを使えば、ある程度はわかるやもしれぬ。しかし、波形がわかったとしても、波形が誰の者なのか照合するデータベースが無ければ話にならんな。』

「データベースはどこかにありますか?」

『マザーにあるが、どのサンプルも2万年以上も前のサンプルじゃ。役にはたたんな。あと、ソウ自身がデータベースとも言える。サンプル数は少ないが、ソウが過去に会って、その魔力を受けたことがあるならば、それは自動的にマザーに記憶されているはずじゃ。』

つまり俺が出会った人の顔やスタイルを自然に記憶しているように、魔力の波形も、その魔力を体験しているのであれば覚えているはずだと言うのだ。

「マザー。今から鑑定スキルを使って、この球体を調査するが、魔力波形の照合は可能か?」

『はい。ソウ様。可能です。ソウ様がこの世界へ来られてから、ヒールでも攻撃魔法でも、ソウ様が体験された魔力は全てデータベース化されています。照合可能です。』

「わかった。やってみる。」

俺は目をつぶり、イソギンチャクの触手が獲物をまさぐるようなイメージで球体を自分の魔力で包み込んだ。

球体の表面には何も感じるものはなかったが、触手を球体の中に潜り込ませたところ、球体の中心部に他人の魔力を感じることが出来た。

その魔力は、初めて感じる魔力ではなく、以前に感じたことのある魔力だった。
具体的に誰とは言えないが、確かに経験したことのある魔力だった。

「マザーどうだ?」

『データ不足です。もう少し魔力の芯まで探って下さい。』

俺は更に魔力の中心部まで触手を伸ばして、探った。
その魔力は最初のうち白黒画像のようなイメージだったが、精神を集中して探ったところ、徐々に色が付いてきた。
もちろん実際に色彩を感じることはできないが、イメージ的に色が付き、不鮮明だった魔力の輪郭が次第にはっきりしてきた。

「マザー、どう?」

『はい。照合完了しました。ソウ様が過去に攻撃を受けた魔力の波形と一致しました。』

「マザー、誰?」

『この魔力波形と合致する魔力の持ち主は、エレイナです。』

「マザー、エレイナって。ライジン将軍と行動を共にしていたドラゴン使いのエレイナ?」

『そうです。あのドラゴン使いの女性。エレイナの魔力波形に間違いないです。』

井戸に毒を投げ込んだのがエレイナだとすれば、ライジン将軍も共犯者の可能性が出てくる。

しかし、俺は敵とは言えライジン将軍のことをある意味信用している。
あの武人の鏡といえるような人が、毒で自国の住民を苦しめるとは思えない。

「ガラク」

「なんだ?」

「エレイナという女を知っているか?」

「ああ、言葉を交わしたことはないが、ライジン将軍の部下だろう?」

「その女が今回の事件の犯人だ。エレイナについて知っていることを全て教えてくれ。」

「え?ライジン将軍の部下が犯人?・・・にわかには信じられないな。でも、もしその女が犯人だとしても、ライジン将軍は関わっていないはずだ。」

「なぜそう思う?」

「なぜって、ライジン将軍だからだ。」

「答えになっていないな。・・しかし俺も同じ思いだ。」

「ああ、ライジン将軍は他人に毒を盛るような卑怯な真似はしない。絶対しない。俺の命をかけてもいい。」

ガラクの話によると、2ヶ月前ライジン将軍の軍隊がゲランに進軍する際、このライベルに立ち寄った。

ライジン将軍はセト他、オラベル正規軍の幹部を伴っていたが、その中に見慣れない女がいた。

ガラクがセトに「あの女は誰だ?」と質問したところ、ライジン将軍が外国から連れてきた傭兵でエレイナだと答えたが、セトもその女のことに関しては詳しくない様子だった。

「そういえばライジン将軍が行軍する際、往路ではその女を見たが復路では見かけなかったな。」

「つまり、エレイナはジュベル国正規の兵では無く、傭兵ということだな」

「ああ、そのとおりだ。」

俺はセプタの停戦協定を破ったのはエレイナの単独行動ではないかと疑っている。
ライジン将軍が約束を破ってセプタの住民を虐殺したとは、思えないのだ。

エレイナが単独行動でセプタを蹂躙し、ライベルに毒をまき散らしたのなら、納得がいく。
まだ勘の域をでないが、エレイナが単独で起こした軍事作戦だと思うのだ。
俺の直感はよく当たる。

いずれにしろ、俺はライジン将軍、いやルチア達を追跡する予定なので、エレイナのことはライジン将軍を直接、問い正すことにしよう。

ルチア達のことを考えていたところ、タイチさんが話しかけてきた。

「ソウ」

「はい。」

『この球、以前に見かけたことあるぞ。』

「え?どこで?」

『2万年ほど前、俺が住んでいたフレンチという国でだ。』

フレンチ?どこかで聞いたような・・・

『当時、俺たちはフレンチに総攻撃を仕掛けてきた神族と戦っていたが、その時に神族が武器として使っていたのが、この球だ。』

「神族は、その時も水銀を使っていたのですか?」

『いや。ほとんどの場合サリンと言われる毒ガスが球に込められていた。大小様々な球があちこちにばらまかれ、球の近くを通る度にガスが噴出される仕組みだった。この球のせいでどれだけ多くの人が亡くなったものやら。』

普段感情的な発言をしたことのないタイチさんに、大きな感情の起伏が見られた。

「となると、やはり敵はヒュドラ、神族ということですね。」

『そういうことになるな。』

俺は将来戦うであろう巨大な敵の足下が見えたような気がした。
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