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結婚五年目

葛藤

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郁人と結婚してから約五年の月日が流れたが、お盆や年末に俺の実家へ行くくらいで、同棲していた時とさほど変わりない日々を過ごしている。
けれど、世間では結構とんでもない事が起きていた。

今から約三年程前に、男性でも妊娠できる薬が承認されたのだ。

当時はかなり話題となり、保険が適用されるので値段も比較的安く、思ったより多くの人が利用した。
その薬で初めて妊娠、出産した人はニュースでも報じられるくらい注目を集めている。

メカニズムなどはわからないが、妊娠から出産までの流れはこうだ。

承認された薬を三ヶ月間薬を飲むことで、子宮が作られる。
ただ、妊娠をするには性行為ではなく、母体(産む人)のDNAで卵子を作り、体外受精させ、おへそから注射することでできる。これがめちゃくちゃ痛いらしい。
妊娠期間は女性と同じで大体約40週だ。
出産は経膣分娩けいちつぶんべんではなく、全て帝王切開となる。

また、出産時は子宮ごと摘出するため、もう一人子供が欲しい時は先程の行程を繰り返す必要がある。
もちろんこの方法は女性にも有効で、病気などで赤ちゃんが産めなくなってしまった人も利用している。

話題になった当初は、まだ早いかな、なんて考えていたが、気付けばもう33歳だ。
産むなら早い方がいいに決まっているし、郁人との子供も欲しいと考えてはいるものの、俺は少し迷っていた。

自分が子供を産むなど考えた事もなく、わからない事だらけで少し怖い。
それでも、郁人が"欲しい"と言えばすぐにでも病院に行くつもりだったのだが、返答は"少し考えさせてほしい"というものだった。

その時の様子が少しおかしいなと感じたが、郁人の家族は昔から仲が良くなかったという話を聞いていたので、ナイーブな問題かと思って詳しくは聞けなかった。
それ以降、子供の事は話題にも上がらず、郁人はほしくないんじゃないかと思い始めた頃に、地元の友人たちとランチ会を開くことになった。


瑠磨りゅうま!直樹!久しぶり!」

久しぶりに会う友の名前を呼びながら二人に駆け寄る。
いや、正確には三人だ。

「この子がしょうくんか~。初めまして」

近づいて直樹が抱えている子供の頬をつつくと、盛大に逸らされ、直樹の肩に顔を埋めてしまった。

「今人見知り始まっちゃって」

この子は例の薬を使って直樹が産んだ子供だ。
直樹の結婚相手も男の人で、今は生後8ヶ月。
この二人と会う時は夜が多かったが、子供がいるとさすがに夜は出られないので、今回初めてのランチ会となった。

「俺の予定に合わせてもらって悪かったな」

「いや、いいよ。聞きたい事もあったし」

ちなみに、瑠磨は女性と結婚して、今日は連れてきていないようだが、直樹と同じくらいの月齢の女の子がいる。
お店に入ってからも、翔くんは直樹の体に顔を埋め、たまにこちらをちらりと盗み見するが、またすぐに隠すのを繰り返していた。
可愛らしくてつい頬が緩む。

「すっかりパパだなぁ~」

感慨深いものがあり、なんだかほっこりとした気持ちになる。

「いやぁ、まだまだ手探りだよ」

そう言って笑う姿はすっかりパパだ。
各々注文したものが運ばれ、暫く食事を楽しんでから口を開いた。

「直樹は、迷わなかったのか?翔くんを産むこと」

直樹は一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。

「迷わなかった、って言えればかっこよかったんだろうけど、実際は少し迷ったよ。男が出産、なんて未知だったし、注射はめっちゃ痛いっていうし」

でも、と翔くんの頭を撫でながら続ける。

「親に孫見せてあげられるじゃん、って思ってさ」

直樹は一人っ子のため、孫の顔を見せられない事を気にしていて、当時は男と結婚する事も悩んでいた。

わたると結婚するって報告した時も手放しで喜んでくれたからさ、親孝行するなら今じゃん、って」

渉さんは直樹の旦那さんで、俺も二度会ったことがあるが、背が高くて優しい人だ。

「渉も欲しいって言ってくれたから、そっからはもう迷いなんてなかったかな。実際、産んで本当によかったと思ってる」

「ま、大変な事も多いけどね」とおどけていたが、寝てしまった翔くんの頭にキスをする直樹の顔は、本当に幸せそうだ。

「けど、伊織んとこは子供つくらないと思ってた」

「え?なんで?」

「だって....、ねぇ?」

なぜか瑠磨と目を見合わせて同意を求めたが、瑠磨も頷いている。若干言いにくそうにしていた直樹から瑠磨へとバトンタッチした。

「あんだけ伊織を溺愛してたら子供にまで嫉妬しそうじゃんか」

「いやぁ...、そんなことは....」

第三者にもわかるほど俺は溺愛されているのか、と恥ずかしくなったが、ない、と言い切れないのが怖いところではある。

「でも薬ができた当初は"俺たちもいつかほしいな"って話してたんだぞ?」

「へぇ、意外だな。なら悩む必要ないじゃんか」

「それが...、この間、"そろそろ子供のこと真剣に考えてみない?"って言ったら、"ちょっと考えさせてほしい"って言われて...」

「それ以上聞かなかったのか?」

「うん...。郁人、親と仲悪くて、もしそっち関連で悩んでるなら向こうから言ってくるまで待った方がいいかな、と思って...」

例えば、いい父親になれるかどうか、とか。郁人なら心配ないとは思うけど、そういった不安は簡単に拭えるものじゃない。

「ただ単にまだ時期じゃないって思ってるだけかもしれないだろ?」

「まぁ...、そうだけど...」

瑠磨の言う通りかもしれないが、それにしては郁人の歯切れが悪かったような気がする。時期の問題なら、"まだいいかな"とはっきり言うと思うのだ。

「ってか、伊織が産むってのは決まってるわけ?」

「え?あー...、そういえばそれもちゃんと話したことなかったな...」

当然のように、それは俺の役目だと思っていた。
と、いうか言われるまで気づかなかったが、妊娠は性行為によって成立するものではないので、言ってしまえばどちらでも妊娠、出産はできるのだ。
郁人も、それで悩んでいたんだろうか。

「伊織、俺は伊織の相手を思いやれるところは長所だと思ってるけど、これは二人の問題だろ?一人で悩んで解決するようなもんじゃないと思うんだけど」

「う....、確かに....」

直樹に正論を言われ、しゅんと身を縮める。
結局俺は、郁人の考えを聞くのが怖くてただ逃げていただけかもしれない。

「二人ともありがと。今日帰ったらちゃんと聞いてみるよ」

「うん。それがいいよ」

「ところでさぁ、注射ってどんぐらい痛いの?」

それは俺も気になっていた事だ。
直樹はこっちをちらりと見て、

「伊織が怖がるといけないから言わないでおくよ」

と言った。
それはそれで怖いんだが!?

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