年下上司の愛が重すぎる!

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50話

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「んっ...!?」

慌ただしく家に入るなり唇を塞がれた。
あまりにも唐突な出来事に、塞いでいるのが佐原の唇で、それがキスだと気づくのに一拍遅れた。

「な、んッ!ふ、んんっ....、は、ぁ...んっ....」

なにを、と言おうとして開いた口にぬるりとしたものが入り込み、口内を縦横無尽に動き回る。
てっきり怒られると思っていたのに、深くなった口づけに脳が混乱していた。
それともこれは仕返しのつもりだろうか。

どうしていいかわからずに逃げる舌を器用に絡め取られるたびに、身体がびくんと跳ねてしまう。
もう触れてないところなどないのではないかと思うほど長く口内に居座っているのに、止まってくれる気配がない。

「ん、ぁ...はっ、ま、んんっ....はぁ、んっ...」

玄関の扉を背に、後頭部も強く押さえられていて逃げ場がない。唇が離れた時に紡ごうとした言葉も、次の瞬間には佐原の口へと飲み込まれていく。
苦しい、ふわふわする、あったかい、熱い。色々なものが混ざりあってわけがわからなくなってきた。
どちらのものかわからない唾液が口の端から垂れても、拭う余裕がない。

永遠に続くかと思われたキスは、俺の脚から力が抜けたことで終わりを迎えた。
かくん、と膝から崩れ落ちそうになったところを支えてくれたので倒れることはなかったが、ようやく口が離れたのにすぐには喋れなかった。

「姫崎さんっ?大丈夫ですか?」

「はぁ...はぁ...」

くそ、涼しい顔しやがって。俺だけいっぱいいっぱいみたいじゃないか。
睨むために顔を上げると、佐原の顔は見たことのあるしゅんとした表情になっていた。
.....顔変わりすぎじゃないか?さっきまでの怖い顔はどうした。

「すみません、やりすぎましたか...?でも、俺ずっと我慢してて....」

「はぁ.....はぁ.....」

未だ肩で息をしている俺をおろおろと見下ろす姿は、先程とはまるで別人のようだ。
いったいなにがしたいんだ、こいつは。
振り回されているようでなんだか腹が立つ。自分のことを棚に上げているのはわかっていたが、むかつくものはむかつくのだ。仕方ない。

「えと、姫崎さん、キスの時は鼻で息するんですよ?」

「うるせえ!んなことわかってる!はぁ...」

さらにそんなことまで言われ、羞恥と苛立ちがないまぜになる。
わかってはいるが、それが実践できるかどうかは別の話だ。

「つーかお前は怒ってたんじゃないのかよ!」

「え?怒ってなんてないですよ」

「嘘つけ!怖い顔してたじゃねーか!」

「あ、あれは我慢してて...」

「我慢?」

「姫崎さんの顔見たら、.....ところ構わず....その、キス、しちゃいそうで....。抑えてたんです」

「はぁ?」

なんだそれ、とドン引いていると、佐原はむっとした表情をした。

「元はと言えば姫崎さんの所為ですからね」

「なんで俺の」

「あの時、姫崎さんがキスして逃げるから」

「う....」

確かにあれは俺が悪い。自覚があるだけに言葉に詰まった。

「追いかけたくても、できなくて。早く明日になれと思って寝ても夢にまででてくるし.....、もう限界で....」

切羽詰まったような顔に、声に、なんだかものすごく悪いことをした気分になってくる。いや、実際に悪いことはしたのだが、そんなに心労(?)をかけているとは思わなかった。

つか、そんなんで本当に体調は良くなったのか?声は治っているようだが、心なしか顔が赤い気がする。
こいつなら無理しかねん、と額に伸ばすと、その手をとられた。

「姫崎さん、答えてください。あの時の言葉と、キスの意味」

「っ、」

真っ直ぐに見据えられた瞳は、今まで一番熱を帯びている。気を抜いたら飲み込まれてしまいそうなほどに。
掴まれている手は、強く掴まれているわけでもないのに振りほどけなかった。

「....わ、わかってる、んだろ......」

声が震えないようにするのが精一杯で、かなり弱々しいものになってしまった。
最悪だ。この程度でびびってるなんて気づかれたくないのに。

「姫崎さんの口から、ちゃんと、聞きたいんです」

「なっ......」

勘弁してくれ。こっちはまだなんの準備もできてないんだ。そんな顔で、見つめないでくれ。
交わしている視線が、掴まれている手が、こんなにも熱く感じるなんて。俺はどこかおかしいのかもしれない。

「キス、嫌でしたか...?」

「違う!」

咄嗟に力強く否定してしまった。
これじゃあ嬉しいと言っているようなものじゃないか。
俺の答えにふわりと笑う佐原を直視できなくて下を向くと、顎を掴まれて強制的に上を向かされた。とは言えこれも、振りほどこうと思えばできる程の力だ。

「姫崎さん....、早く...、早く言ってください...。俺もう我慢できません....」

そう言いながら、硬いものを押し付けてくる。

「ぁ、ちょ、ちょっと待て...!」

「もう十分待ちました」

「お、俺にとってはまだ十分じゃ....!」

「..........なら、あとどのくらい待てばいいですか?」

かなり不服そうではあるが、ようやく耳を傾けてくれた。ただ、股間は押し付けられたままなので手放して喜べる状態ではない。
ここは慎重に交渉しなくては。佐原が長いと感じてしまえば、せっかく待ってくれそうなのに撤回されかねない。

正直一週間はほしかったが、きっと..いや、絶対に却下されるだろう。それなら三日...二日...

「い、一日だけでいい....」

俺としてはかなり譲歩しての発言だったのだが、思いっきり"は?"という顔をされた。実際声に出していないだけで、心の中では言っていたんだと思う。

「.....そんなに待てるわけないでしょう。せいぜい一時間が限度です」

「いっ...!?」

一時間!?いくらなんでも短すぎじゃ...!

「も、もう一声....」

「三十分」

「短くなってんじゃねえか!」

「だから、限界だって言ってるじゃないですか。ここも、もう痛いんですよ...」

確かに、押し付けられているそれはかなり硬い。

「ちょ、あんま押し付けんな....!」

「姫崎さんが早く言ってくれないからじゃないですか」

「そっ、だけど...!待ってくれるっつっただろ...!」

「だから待ってるじゃないですか」

「っ、これは待ってるって言わねえんだよ...!」

押し付けてくるモノとは別に、唇以外の耳や頬に何度もキスを落としていく。

「姫崎さんのわがまま聞いたんですから、俺のわがままだって聞いてくれてもいいでしょう?」

「わっ...!?」

わがまま!?これわがままだったのか!?
そう言われてしまうと、駄々を捏ねているようにも見えてきて愕然とする。これはもう準備ができていないなどと言っている場合ではない。
これ以上情けない姿を見せてたまるか、と腹を括った。

逞しい胸板を優しく押し返せば、佐原も察したのか少しだけ体を離した。
目が合っただけなのに、ドクン、と心臓が大きく跳ねる。
小さく息を吸って、シンプルに告げた。

「好きだ」

そう伝えた瞬間、細められた佐原の目に透明の膜が張った。そして、それはすぐに溢れ、頬を濡らしていく。

「な、泣くなよ....」

まさか泣くとは思わず、こんなこと初めてでどうしたらいいかわからない。
それでも、ただ静かにぽろぽろと涙を流すだけの佐原に代わって拭ってやった。

「っ、おれも、俺も好きですっ...、姫崎さんっ...」

涙を拭ってやっている手に、俺よりも大きい佐原の手が重なる。
いつもだったら自分よりも大きいことに腹が立っていただろうが、この時ばかりは心臓がきゅうっと締め付けられたように苦しくなった。

こういうのを、愛しい、と言うんだろうか。

こんな感情、抱くとも、抱ける日がくるとも思っていなかった。

「知ってる」

少しだけ強がって、自分から唇を寄せた。
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