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第37話 ベルリン、壁のむこう④

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 ベルリン中央駅ハウプトバーンホーフ

 ガラス張りの駅舎の最上階にあるICE専用ホームに流線形の列車が停車し、開いた扉から乗客が吐き出され、入れ替わるようにこれまた乗客を飲み込んでいく。
 切符の半券を改札に通して、奥へ進むとエスカレーターだ。
 ドイツ国内中からはもちろん、世界中から観光客がドイツ各地や隣国へ行くためにごった返している。
 見習いシスター、フランチェスカが下りながら上を見上げると、ガラスのむこうは曇天どんてんが広がっていた。
 エスカレーターから降りてスーツケースを転がし、案内所からベルリン市内の案内パンフを抜き出す。

「タクシー乗り場は……と、むこうね」

 がらがらとスーツケースを転がしてタクシー乗り場へと向かう。
 
 †††

こんにちはグーテンターク。お泊まりですか?」
「予約したフランチェスカよ。フランチェスカ・ザビエル」
 
 ベルリン市内のシティホテルのフロントで支配人が端末を操作し、予約を確認して頷く。

「こちらがカードキーです。お部屋は3階でございます」
 「ダンケシェーン」とカードを受け取り、スーツケースを手にしたボーイとともにエレベーターへ。

 部屋はレトロな壁紙にベッドと書き物机のみのシンプルな内装だ。
 「なんていうか……キッチュね」と安っぽいを意味するドイツ語で感想を漏らす。

「ここはもともと東ドイツにありましたから。当時のホテルをそのまま利用してるんです。でも懐かしいということで一部のお客さんからは人気があるんですよ」
「ふーん」
 
 荷物を運んでくれたボーイにチップを渡す。
 「こりゃどうも」と礼を言ってドアが閉まると、フランチェスカはベッドにとすんと腰を下ろす。
 首を曲げると、こきりと骨が鳴る音。

「さすがに長時間の列車旅行はこたえるわね……」

 とんとんと首の後ろを叩いて、次にんーっと腕を上に伸ばす。
 途端、くうっと可愛らしい腹の虫が鳴る音。

お腹すいたな……イッヒハーべフンガー

 考えてみれば早朝、パリ北駅で買ったサンドイッチを車内で食べたきりなのだ。
 
「よし!」

 腹が減ってはなんとやら。観光がてら昼食を摂りに行くことにしたフランチェスカは部屋を出る。
 
 †††

 ブランデンブルク門。
 凱旋門の頂上にある四頭の馬に引かれた勝利の女神像が行き来する観光客を見下ろすなか、見習いシスターがピースサインで自撮りを。

「ベルリンといったらやっぱここよね」

 画像を保存して、まっすぐ進むと菩提樹ぼだいじゅの並木道――ウンター・デン・リンデンを歩く。
 すぐそばの車道を車が走るなか、インビスと呼ばれる軽食スタンドの行列に並び、やがて自分の番が来たので注文。するとすぐに出来たてのカリーヴルストが出てきた。
 カリーヴルストはその名の通り、ソーセージにカレー粉をまぶしてケチャップをかけた、ベルリンっ子に人気のジャンクフードだ。
 簡易テーブルのひとつに腰かけ、ソーセージにフォークを刺してぱくりと口に運ぶ。

「んまっ! 前評判通りだわ!」
 
 さすがはソーセージ大国のドイツだ。フォークを刺す手が止まらない。
 たちまちあっという間に平らげ、最後の一本のフライドポテトをひょいっと口に入れ、指についたケチャップを舐める。

「お昼ご飯はおしまい。さて次は……」

 ベルリン中央駅で手に入れた市内の地図を開く。どこに行こうかと地図に目を走らせる。と、フリードリヒ通りのある一点で止まった。

「チェックポイント・チャーリー?」
 
 番号が振られていたので、裏の説明文を読むと東西ドイツに分かれていた頃の検問所だそうな。

 面白そうね……。

 次の目的地が決まり、案内パンフをポケットに戻す。

 †††

 チェックポイント・チャーリー。
 ミッテ地区にある、かつての東西ドイツ分断時代の検問所のひとつである。
 道路の横には占領地区の境界を示した、上から英語、ロシア語、フランス語で書かれた警告板が。
 さらに奥へ進むと検問所のあった所には観光客が米軍とソ連軍の制帽を被って記念写真を。
 
「はいチーズ!」
 
 ソ連軍の制帽を頭に乗せて、フランチェスカが米兵に扮したスタッフの隣で可愛らしく敬礼する。

「どうぞ。モデルが良いと見栄えもいいですね」
「ありがと。よく撮れてるわ」

 スマホを返してもらい、制帽を脱ぐ。ふと、数メートル先に立つ老婆が目に留まった。
 杖をついて立つその老婆はこちらをどこか、淋しげな目で見つめている。
 やがて首をゆるゆると振るとその場を後にした。

「……? ま、いいか。それにしても暑いわね……」

 見上げると空は曇天から晴れており、雲から太陽が顔を覗かせている。
 ぱたぱたと手で扇きながら街並みを歩く。東ドイツ時代から残る旧い建物の一階はほとんどがカフェやレストランに改装されていた。
 テラス席ではコーヒーカップだけでなくビールグラスも見受けられる。
 ビールを喉に流し込む客を見て、見習いシスターは思わずごくりと喉を鳴らす。

 †††

「どうぞ、ベルリナーヴァイゼです」

 ウェイターがテーブルに鮮やかな緑色の液体が入ったグラスを差し出す。

「これホントにビール? メロンソーダっぽいけど……」
「シロップを入れてあるんです。ベルリンでは人気なんですよ。どうぞめしあがれ!グーテアペティーフ!

 そう薦められ、飲んでみると甘酸っぱい喉越しが。

美味しい!レッカー!
 
 ウェイターがにっこりと微笑んで「ごゆっくり」とその場を去る。
 フランチェスカがぐびぐびっと喉を鳴らしてぷはぁっとひと息つき、その聖職者らしからぬ所作に、隣の客が怪訝そうに見つめる。
 「なに? なんか文句ある?」と見習いシスターが睨むと「いや、別に……」と目をそらす。
 そっぽを向いてふたたびビールを呷る。と、向かいの建物が目に入った。
 『Mauermuseum』と書かれている。
 
「壁博物館か……面白そうね」

 空になったグラスを置いて、手を上げて人差し指をぴっと立てる。

お会計をツァーレン ビッテ!
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