上 下
114 / 161

第34話 REMEMBER ME③

しおりを挟む

 マネージャーが異変に気付く30分前――

おいしー!デリシオーソ!

 ホテルのレストランにて見習いシスター、フランチェスカがビュッフェの料理をあっという間に平らげる。
 今日の彼女はいつもの修道服スカプラリオでなく私服だ。

「よく食べますね……」
「だって制限時間あるんだもん。時間内に全部食べなきゃもったいないじゃない!」

 スイーツ制覇してくる! と席を立つ見習いシスターを安藤とその兄、一郎が見つめる。

「にいちゃんごめん。フランチェスカさん誘っちゃって。ビュッフェの話をしたら行きたいって言いだして……」
「いいさ別に。ここは以前仕事をした関係で無料券もらってるしな」

 それに、と続ける。

「女の子のわがままは大目に見るもんだ。それがモテる男の秘訣なんだ」
「……にいちゃんずっと彼女いないよね?」
「う、うるさい! そんなこと言うともう二度と連れてってやらんぞ!」
「今のにいちゃん大人気おとなげないよ!」

 †††

「はー大満腹大満足♡ これで3日はなにも食べなくて済むわ」

 満足げにお腹を押さえながらレストランを出るフランチェスカに安藤は「さっきのスタッフさん、顔が引きつってましたけどね……」と申し訳なさそうな顔だ。

「一郎さん、今日はありがとうございました!」

 ぺこりと頭を下げる。

「いえ、こちらこそお世話になってますから。こんなのお礼のうちに入りませんよ」
 
 フランチェスカが頭を上げてまたまたと返すと、フロントの横で外国人の宿泊客がスタッフに必死になって話しているのが目に入った。

「あの外国人のお客さん、なにか困ってるみたいだね」
「ああ。なんだか言葉が通じないようだな」
 
 弟の隣で兄が頷く。

「ポルトガル語ね。あたし通訳してくる!」

 そう言うと語学に堪能な見習いシスターは颯爽さっそうと駆ける。

 †††

「私はこの写真がどこで撮られたのかを知りたいんです!」
「Having said that,I can only speak English…… (そうおっしゃいましても……私は英語しか対応できませんので……)」

 ポルトガル語しか話せないジョゼはなんとかコンシェルジュに意図を伝えようと必死になっていた。
 身振り手振りを交えても通じない。英語が話せないことにジョゼは苛立ちと焦りを募らせる。
 そんな時だった。横から助け船が現れたのは。

「Com licença. Devo ajudá-lo, se quiser?(すみません、よければお手伝いしましょうか?)」

 流暢りゅうちょうなポルトガル語を話すのは誰あろうフランチェスカだ。
 思いがけない幸運にジョゼは驚いた。
 「ポルトガル語を話せるのですか?」と少女に問い、彼女が「はい!シム!」と答えるとジョゼは思わず破顔した。

「助かります! 実は……」

 フランチェスカが事情を聞き、それをコンシェルジュに通訳する。

「……お話はよくわかりました。ですが、この写真は見たところ古いものですし、住所がわかるようなものがありません……」

 お力になれず申し訳ありませんと頭を下げる。

「そうですか……わかりました」

 フランチェスカの通訳を聞き、ジョゼが落胆する。

「お邪魔しました……」

 そう言って踵を返すと、後ろから「あの」と見習いシスターの呼び止める声。

「はい?」
「なにか事情があるようですが、もしよければ話してもらえますか? 力になれるかどうかはわかりませんが……」
「そう言っていただけると嬉しいです! 私は……」

 先を続けようとしたところへエレベーターからマネージャーが降りるのが見えた。

「ここではまずいので、近くのカフェで話しませんか?」

 ジョゼはマネージャーに見つからないよう三人にそう提案した。

 †††

「なるほど。つまり、この写真の人に会いたいということですね?」
「はい……あ、申し遅れましたが、私はジョゼ・ブランコと言います。ブラジルから来ました」
 
 ホテルから離れた喫茶店でジョゼから話を聞き、その内容を安藤兄弟にも伝える。

「その、手がかりは写真しかないのですか?」と次郎。
「はい……わかっているのは彼が日本人でサブローという名前と、バイオリンが趣味だったことしか……スラムで育った私にバイオリンを教えてくれたのです」
 
 聞けばその日本人が帰国した後も独学でバイオリンを続け、上達していくうちに路上での演奏による稼ぎが増えていき、やがて音楽学校に入学したのだそうな。

「彼に会って、お礼が言いたいのです。彼がいなければ、今の私はあり得ません」
 
 テーブルに置かれた写真を見つめる。

「もちろんバカな事を言っているのは承知しています。初めて会ったとき、彼は二十代くらいでしたから、生きていればかなりの高齢になっているはずです……」

 でも、と続ける。

「やっと日本に来られたのです。彼に会ってお礼を言いたいのです。もし、すでに亡くなっていたとしても、せめて墓参りを……」

 ぎゅっと両の拳を握り締める。

「写真を拝見しても?」
「ええ、どうぞ」

 フランチェスカが写真を取った時、着信音が鳴った。

「私のです。ちょっと失礼……」
 
 そう言うとジョゼは席を立って喫茶店の外へと出る。
 フランチェスカがふたたび写真に目を戻す。やはりコンシェルジュの言うように住所がわかるようなものは見受けられない。裏返してみるが、何も無かった。
 わかるのは家の正門に『鷹取たかとり』という表札がかかっていることだけだ。

「たぶん、この人の名前は鷹取三郎ね……でも手がかりが少なすぎるわ」
「せめて住所が分かればいいんですけどね……」

 安藤が写真を取って隅々まで見るが、結果は同じだった。写真をフランチェスカに返す。
 ふと窓のほうを見る。窓の向こうではジョゼがスマホで誰かと話をしているのが見えた。どうやら切羽詰まっている様子だ。

「なんとかしてあげたいけどね……」
 
 ガラスに溜息をつく顔が映る。
 その時、思いついた。そして写真に目を戻す。

 ――いけるかも!

 †††
 
「すみません、仕事の電話でして……」

 マネージャーとの通話を終えたジョゼが詫びながら席につく。
 当然のことながらマネージャーに居場所をしつこく聞かれた。だが、ここで戻るわけにはいかない。

「セニョールジョゼ」
「はい?」
「あなたの恩人の居場所がつかめるかもしれません」
 
 一瞬、彼女がなにを言ってるのか理解できなかった。

「すみません、ええと……それはどういう意味で?」
 
 写真には彼の居場所が分かるものはなかったはずだ。
 「ここを見てください」と見習いシスターの少女が指さす先には写真の左側、電柱だった。
 そこからつつ、と上の方へ指を滑らせる。そこにはカーブミラーが。

「このミラー、よく見ると向かいの電柱が映ってるんです。もしかしたら、住所がわかるものが映っているかもしれません」
 
 「まさか!」とジョゼは写真を手に取る。しかし小さすぎてハッキリとは見えない。
 
「し、しかし……この写真で分かるとは思えませんが……」
「大丈夫です。私にはとても頼りになるアシスタントがいますから。ね? 一郎さん」

 映像クリエイターである一郎にウインク。

「必ず、恩人に会わせてみせますわ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々

饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。 国会議員の重光幸太郎先生の地元である。 そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/

処理中です...