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番外編
結婚報告
しおりを挟む「はい、どうぞ。」
ガチャ
中から本部長の声が返ってきて、弦が扉を開け入室をすると、柏木本部長が席を立って満面の笑みで私達を迎えてくれた。
「いやいや。猫実くんに仲原さん、よく来たね。」
「失礼します。猫実です。柏木本部長、本日はお時間取っていただき、有難うございます。」
弦が本部長にそういって頭を下げるので、私も合わせて頭を下げた。
「ははは、固くならなくていいよ。今からお茶持ってきて貰うから、とりあえず、そこに掛けてなさい。」
本部長は私達を応接のソファに掛けるようにと促した後、内線で誰かにお茶を頼むと、少ししてから私達の向かいのソファに腰をかけた。
それとほぼ同時のタイミングで、マネージャーの瀬田さんがお茶をトレーに乗せて入室してきた。
「あ、瀬田さん……」
「どうも。」
瀬田さんはにこりと笑顔を向けて私と弦に挨拶をすると、本部長と私達の目の前に手際よくティーセットを並べ、何故か瀬田さんまで本部長の隣に腰を降ろした。
本部長が瀬田さんが着席するのを待っていたかのように口を開く。
「して、今日はふたり揃ってここにやって来たという事だけど、もしかすると喜ばしい報告があるのかな?」
「はい。僕達結婚することになりましたので、今日はその報告に。」
本部長の言葉に弦がしっかり、そしてハッキリと答えると、本部長は私達を交互に見てにっこりと微笑んだ。
「そうか、それはめでたいね。まずは婚約という形かな?結婚式と入籍はいつの予定だい?」
「式は実家との兼ね合いもありますので、これから考えますが、入籍は本日この後、役所の夜間窓口に婚姻届を提出してきます。」
「本日?!それは…随分と急だね。渉くん、聞いてた?」
「いえ、近々とは聞いてましたが、流石に今日の今日とは…おい、猫実。どういうことか説明しろよ。」
弦の発言に、本部長と瀬田さんが驚いて瞠目した。
そりゃそうだ、まさか、今日挨拶に来て今日入籍してくるなどと誰が思うだろうか。
瀬田さんの言葉に弦は肩を竦めると、困ったような笑みを浮かべながら、全然申し訳なくなさそうな口調で謝罪の言葉を言った。
「驚かせてすみません。僕が一日でも早く結婚したくて、急ですが、今日婚姻届出しに行くことになりました。」
寧ろ全開ににこにこしてそう言う弦に、瀬田さんは若干呆れたような表情を浮かべながらお茶を啜った。一方の本部長は何故か感慨深いような表情をして、うんうんと頷くと噛み締めるように言う。
「そうか。猫実くんが…そうか。やっと見つけたんだね、よかった。」
「…はい。」
「何はともあれ、我社のスーパーエース同士の結婚か、めでたいね。実にめでたい。猫実くん、仲原さんおめでとう!」
本部長の言葉に頬を綻ばせて弦が頷くと、その弦の返事に本部長は満足そうに微笑み、両手をパンと打ち私達に祝辞を送った。
その祝辞にふたり揃って頭を下げた後、頭を上げると弦は持ってきた婚姻届を応接のローテーブルに広げて置き、本部長に婚姻届の証人欄の署名をお願いすると、本部長はにっこり笑うと瀬田さんにペンを持ってくるように指示した。
「もちろん。書かせてもらいますよ。」
本部長は瀬田さんからペンを受け取ると証人欄に記入を始めた。その間に瀬田さんがタブレットでスケジュールを確認してから、弦に訊ねた。
「それで、次の全体MTG…あぁ、ちょうど今週末にあるね。そこで結婚の発表で良いかな?」
「あぁ、なるべく早い方がいいから、急で申し訳ないけど、今月のMTGでお願いしたい。」
そう答える弦の言葉から、次の会議での結婚発表をする事が確定となる。
営業部内の社内結婚の場合、この営業部全体MTGで発表と祝辞をするのが慣例となっていた。
弦と会社で再会したきっかけもこの全体MTGで、誠治と宮田さんの婚約発表の日だった。
その全体会議で、しかもこんなに早く私も結婚の発表をする事になるとは、夢にも思わなかった。
あの日私があの席に座らなければ、弦は私にジャケットを貸すことはなかったし、出会う事も無かったかもしれない。
誠治に振られてあの席に座って
ジャケットを通じて弦と知り合って
弦が私の恩人で初恋の人だってわかって
そして、その恩人で初恋の人と結婚をする
思い返してみると、なんだか不思議な縁の巡り合わせだったなと思うけど、そんな不思議な縁があったことに今、心から感謝している。
今更ながら結婚する実感が湧いてくると、なんだか色んな感情が綯い交ぜになって感極まってじわりと涙が滲んできた。
薄らと涙の滲んだ瞳で横の弦に視線を送ると、弦もこちらをみて優しく微笑んだ。
こんな幸せでいいのだろうか。
幸せを噛み締めるように、繋いだ手をぎゅっと握りしめた。
ふと、視線を正面に戻すと、そんな私達を見て何故か目の前の瀬田さんまで涙目になっている。
「猫実、わかった。…本部長もそれでいいですか?」
「うん、もちろん。はぁ…渉くん、君は相変わらず泣き虫だね。」
「申し訳ありません…でも、なんか、感極まっ、て……」
鼻声で話す瀬田さんのその様子に、弦と本部長は顔を見合わせて困ったように笑った。
弦は婚姻届を本部長から受け取ると、クリアファイルに入れて鞄にしまい、私に席を立つように促した。
「それでは、お時間いただきありがとうございました。」
弦がそう言うと、本部長と瀬田さんも立ち上がり、ふたりで部屋の出口まで見送りに来てくれた。
「ふたりとも、結婚おめでとう。いつまでも、幸せにね。仲原さん、古くからの友人として、いや、親友として、猫実を…弦を頼みます。」
涙目の瀬田さんにそう言われて、私まで連られて涙目になった。
「瀬田さん、ありがとうございます。はい、もちろんです。弦の事、絶対に幸せにします。」
瀬田さんの言葉にそう答えると、隣の弦が額に手を当てて笑み崩れた。
「ふっは、幸せにします、って……名月、もう俺は十分に幸せだよ。それに、それ、俺のセリフ。名月の事、絶対に幸せにするから。」
「弦…私だって、もう十分に幸せだよ。」
弦を見つめてそう言うと、弦は蕩けてしまいそうな程幸せそうに顔を綻ばせて、私をみつめた。
「名月、心から君を愛……」
「あーーー……おふたりさん、続きは家に帰ってからにして貰える?忘れているようだけど、ここ、会社。」
呆れ返ったような瀬田さんの声にハッとして周囲に視線を巡らせると、残業で残っている人達の視線が私達に集まっていた事に気が付き、羞恥のあまり一気に顔が熱くなった。
隣の弦はと言うと、特に気にした様子も無く、私の腰を抱き寄せて楽しそうに笑っている。本当にハートの強い人だ。
この一件できっと明日から今まで以上に生暖かい目で見られるようになるのは言うまでもないだろうな、乾いた笑いを浮かべながらそう思った。
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厄日とはいえ、なかなかな出だしですよね…苦笑
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少し長いお話ですが、楽しんで頂けると嬉しいです♡
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