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第二章 黒猫の恋人
第66話 昼休みの出来事
しおりを挟む12時ちょっと前にカフェに到着して、スマホの確認をする。
研修は11時30分頃に終わるはずだから、そろそろ返信が来てもおかしくないのだが、メッセージは既読になってはいるもののまだ返信は来ていなかった。
アイスコーヒーでいいのかな?それともラテ?
名月の希望が知りたくて電話を掛けてみるが、出ない。
どうしたんだろう、新卒社員に囲まれてるのか?
いや、初日でそれはないだろう……
名月からなかなか返事が来ない事に一抹の不安を感じ、手早くオーダーを済ませ商品を受け取ると、急いで大会議室へ向かった。
◇◇◇
大会議室のある25階に到着すると、会議室の扉は開いていて、中から名月の声と知らない男の声がする。
なっちゃんって誰の事だ……名月の事か?
胸騒ぎがして会議室の後ろのドアから覗き込むと、背の高い若い男が名月を愛おしそうに抱きしめている姿が目に入った。
一瞬にしてカッと頭に血が上り、身体中の血が沸騰する。
何が起こった?何故名月は他の男と抱き合っている?
いや、名月は身を捩っているから抱き合っているというか相手が無理矢理抱き込めたのか。
やがて名月は男を押しのけ身を離すと、男は逃がさないというように名月に腕を伸ばし捕まえようとした。
そんな事はさせないと、咄嗟に俺は名月に電話を掛ける。
ピリリリリリ
名月のケータイの着信音が静かな会議室に鳴り響くと、すんでのところで男の動きが止まり、その隙に逃げるようにさっと講師席の方向に踵を返し避難しようとする名月に、男は縋るように叫んだ。
「なっちゃん!明日またお昼に少し話したいな。俺、なっちゃんとの約束を守るために日本に帰ってきたんだから……」
名月が振り返りもせず、ごめん…、と言うと、男は伸ばした腕を下げ、泣きそうな顔をして出入口へと踵を返し歩き始める。
ていうか、誰だよあの男。
名月……そんな目で他の男見るなよ。
その後姿を、振り返り複雑な表情で見ている名月に胸がチリチリと疼いた。
随分と親しそうな雰囲気を醸し出していたふたりの関係もきになるが、それよりも、名月の心を少しでも乱した男に少し興味が湧く。
先程の出入口から会議室を出てエレベーターホールに向かうには、今俺のいる会議室の後方の出入口の横を通り過ぎなければならない。
ちょうどいい、どんなやつなのか見てやろうと俺はその場で腕を組み待つことにした。
暫くすると、さっきの男が前方の出入口から出てきてこちらに歩いて来る。ドアを閉めた時に胸の名札が見えたので、今年入社の新卒社員だと言う事が分かった。
ふぅん、森川仁成……ね。
俺の視線に気がついたのか、森川はちらりとこちらを見るとぺこっと会釈をした。
その時、俺が手に持っていたスマホのロック画面に気が付いたのか、森川は目を見開いて立ち止まり、俺の顔とロック画面の俺と名月が一緒に写っている写真を驚いた顔でマジマジと凝視して固まった。
その様子に俺はわざと余裕たっぷりに笑んでみせる。
「ん?何?俺の顔に何かついてる?」
「あ、いや……何でもないです…」
森川は表情を強ばらせたまま気まずそうにふいと視線をそらしたが、俺は表情を崩さず森川を見据え続けた。
「君…森川くんは今年の新卒だね?…ああいう事は研修を終えて一人前になってからにしようね。まぁ、名月は渡さないけど。」
俺はそれだけ言うと、会議室前方の出入口へ歩を進めるべく森川に背を向ける。すると、俺の言葉を受けた森川は感情を顕にして後ろから俺を呼び止めた。
「さっきの見てたんですか?ていうか、あなたはなっちゃんの何なんですか?」
俺は足を留めくるりと顔だけ振り返ると、敵意を剥き出しにして睨みつけてくる森川に、にっこり笑みを浮かべる。
「んー、君には関係ないかな。部外者は引っ込んでようね。後、人の女に気安く触ったり、勝手に名前呼ばないでくれる?……次はないよ。」
「っ!!!関係あります!俺はなっちゃんと一緒になる約束を…」
「だから?君が何を言おうと、名月は俺の女だから……もういいかな?愛しい名月を待たせてるんだ。それじゃあ、研修頑張ってね。」
恐ろしい程に冷えた声で牽制を込めて言うと、悠然と微笑み会議室へ向かう。
背後から物凄い威圧を感じたが知った事か。
誰が何と言おうと名月は俺の女だ。
名月の心が離れようが他に移ろうが、それこそ一生誰にも触れさせる気はない。
だから森川の約束など、俺にとってはどうでもいいのだ。
残念だが、お前が名月に触れることは叶わないよ。
会議室に入る直前、ちらりと廊下で立ち尽くす森川に視線を送ると、先程同様に敵意を剥き出しで睨みつけているので、俺はそんな森川に不敵な笑みを送ると、森川の視線を無視して会議室に入り、扉を閉めた。
講師席の方を見ると、ちょうど名月はスマホ確認で画面に釘付けで、俺が会議室に入った事には気が付いていないようだった。
暫く見ていると、何だか慌てた様子でスマホを耳に当てていたので、多分……俺に電話をかけたのだろう。
名月がスマホを耳に当てたのとほぼ同時に、手元のスマホが震えたので、画面を見ずに即通話ボタンを押す。
「もしもし?」
俺は受話器越しに話しながら名月横に立つと、目をまん丸に見開いて勢い良く名月が振り向いた。
「えっ?弦?なんで……」
嬉しそうに目をキラキラさせながら訪ねる名月に頬が綻んだ。
あぁ、やっぱり可愛いな。
顔を蒸気させ喜びを全身で表現する名月の可愛らしい様子を見ると、際限なく愛しさが溢れてくる。
同時に名月の心がちゃんと俺に向いている事を実感し、安堵した。
今この時、俺の中には名月しかいて欲しくないので、先程の胸糞悪い出来事を一時頭の隅に追いやる。
「返事、待ちきれなくてきちゃった。コーヒー買ってきたからここで一緒に食べよう?」
俺が笑いながらカフェの紙袋を見せると、名月は嬉しそうにぱぁっと表情を明るくして、いそいそとお弁当の準備を始めた。
「長机だと向かい合わせは面積的に厳しいから互い違い?…んー、どうしようかなぁ?」
右往左往している姿が可愛くて、つい吹き出してしまう。
「ふふっ、隣合わせでいいんじゃない?そしたら少しでもくっついていられるし。ほら、時間無くなっちゃうから早く食べないと。」
「う、うん、そうだね!そうしよ。」
俺の提案に、名月は満面の笑みで頷いた。
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