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第二章 黒猫の恋人
第54話 いつもの朝
しおりを挟む暖かいぬくもりを感じながら、いつもの習慣通り携帯のアラームがなる前に目覚めた。
ベッドサイドの時計を見ると間もなく6時。目の前には、ぐっすりと熟睡する愛しい弦の綺麗な寝顔がある。
もういい加減に慣れなければと思うのだが、いつ見ても思うが、弦は目を瞑っていてもわかる程のイケメンで、目を覚ます度に心臓がドキドキと早鐘を打つ。
整った形の良い眉毛に長いまつ毛、すっと通った鼻筋に形の良い富士山型の薄い唇…どれをとっても美形だなぁと観察しながら思う。
こんな美形のイケメンが私の彼氏だなんて、正直今でも信じられない。
弦のちょっと高めの体温に無意識に頬を寄せると、とくんとくんと心地の良い心臓の音が聞こえて瞼が重くなってきたが、朝食とお弁当の支度をしなきゃなので、後ろ髪を引かれつつもベッドから抜け出る。
顔を洗って歯を磨き、髪をくるりとバンスクリップでまとめると、キッチンに向かう。
お弁当は週末に作り溜めておいた常備菜と2品程を作って詰めるだけなので、手早くササッと済ませ朝食の準備に取り掛かる。
今日の朝食は、夕飯の残りのポトフとブリオッシュのモンティクリストとミニサラダだ。
スープを温めながらサラダを作り、モンティクリストの下拵えまで終えたら、毎朝のコーヒー担当の弦を起こしに寝室へ向かう。
月日が経つのはあっという間で、気が付くと弦と暮らし始めて既に1ヶ月が過ぎて季節は4月。
元々弦の家には物が少なく、色々と買い揃えないと行けない物があった。
お互いに忙しい役職者の為、買い物等はネットで済ませることを提案したのだが、弦が一緒に見て決めたいというので休日の度に買い物に出て、少しずつだが調理器具や食器等の生活に必要な物を揃えている。
弦曰く、買い物もデートみたいで楽しい、だそうだ。
私も…そう思う。
徐々に弦との生活が出来つつあるのが嬉しくもあり、少々擽ったくもある。
そんな弦との生活は、最初の騒動以降は驚く程に順調で、弦は相変わらず強引でマイペースな所は変わらないし、嫉妬深くて独占欲も強いけれど、とても優しく穏やかに私を愛してくれている。
過去の話をした事によって心のタガが外れたのか、弦はあの一件から吃驚する程甘い。
甘いと言っても嫌な甘さではなく、フルーツとホイップとシロップたっぷりのパンケーキのように、口の中が色んな味でほわほわっと幸せになる、そんな甘さだ。
甘さ加減は激甘だが……
そして弦は最初の宣言通り、ドロッドロに甘やかしてくるので毎日ドキドキしっぱなしで、困ったことにこのままだと、本当に弦がいないとダメになりそうなのが専ら最近の悩みだ。
毎日が幸せ……
そう思える日が来るなんて夢にも思っていなかったから、もしかしたら夢なのではないかと思う時がある。
目が覚めた時、あの時のようにひとりになっていたら……
そんな悪夢を見て飛び起きた時に、隣にを見ると弦が居てくれてホッとする。
幸せだと思えば思う程、悪夢を見た時の恐怖が大きくて不安になるけど、その不安を凌駕する程の幸福を弦が与えてくれる。
後は、いつかこの悪夢を見ない日がくるのを願うばかりだけど……
そんな事を考えていると、いつの間にか寝室に到着していた。
弦はリネンにくるまりながら気持ち良さげに寝息を立てている。どうやらまだ夢の中にいるようだ。
ベッドに腰掛け弦の顔を覗き込むと、朝だからなのか、少し髭が伸びていて、なんだか気が抜けた感じが堪らなく愛おしい。
「おはよ。弦、朝だよ起きて……って、きゃっ!」
寝ている弦に声を掛けて触れようと手を伸ばすと、グイとリネンの中に引き込まれ、あっという間に弦の胸に抱き込まれた。
「名月、おはよ。…いい匂いがするね。今朝は昨日のポトフかな?」
顔を上げると満面の笑みの弦に覗き込まれ、唇にちゅっとキスをされる。
「起きてたの?そう、ポトフ。あと、モンティクリスト焼くだけでご飯出来るよ?」
「ふふふ、ポトフ、美味しかったから嬉しいな…でも先に名月が食べたくなっちゃった。ねぇ、食べさせて?」
耳元で甘く囁き、弦は私の髪を止めていたクリップをパチンと外すと、顔中に啄むようにキスを落とし寝巻きの中にするりと手を入れてきた。
そこで私ははっとして慌てて弦の胸を押し返して言った。
「んもぅ、会社遅れちゃうからダメ。ほら、早く起きてください。」
「ねぇ、お願い……だめ?」
弦は私にキスをしながら、寝巻きをたくし上げ胸をやわやわと揉み始める。
気持ちが良くて流されそうになるが、残念ながら今日は朝イチに部会があるため、早めに行って資料に目を通したかった。
ふるふると頭を振り、気持ちを切り替える。
「んっ……弦、ダメです。朝イチ部会……だから…」
「くすっ、部会じゃなきゃいいの?」
弦は意地悪く言う。
いや、部会じゃなくてもダメなんですけど……
返答に困って、涙目で弦を見上げると、弦はにっこり笑うと、あっさりと私から身体を離す。
「ふふ、冗談。んー、仕方ないから起きるかな。続きはまた今晩…ね? 最近名月忙しそうだから我慢してたけど、今日は週末だから我慢しなくてもいいよね?」
ん?今……我慢…我慢っていった……?
私の聞き間違いであって欲しい、そんな気持ちを込めて聞き返してみる。
「我慢って……弦、その…毎晩してるよね?」
「うん、してるけど大分加減してるよ?」
弦は不思議そうな顔をして、何を当たり前の事を、とでも言いたそうな顔で、しれっととんでもない事を言ってのけた。
き、聞き間違いではないんですね……
頭が痛くなってきた……
「へ?加減…って……?毎日3回はしてると思うんだけど……充分……」
「何言ってるの?たった3回じゃ足りないよ、全然足りない。」
真顔で恐ろしいことをいう弦に、頭がグラグラしてきた。
顔が引き攣る私を横目に、弦はにっこりと綺麗な笑みを浮かべて言った。
「だから、今夜は満足するまで沢山しようね。」
「満足……た、沢山……満足するまで沢山ってどのくらい……?」
弦の恐ろしい絶倫発言に固まっている私に、弦は答える代わりに艶然と笑みを向けると額にちゅっとキスをして、ベッドを降りスタスタと寝室の出口へ向かう。
弦はドアから出る時に、くるりと振り返り固まっている私に声を掛けた。
「ほら、いつまでも固まってないで。コーヒー入れるよ?」
____________
☆注釈
モンティクリストとは、カナダの朝食で、名前はカッコイイけどなんてことはない
『フレンチトースト+クロックムッシュ』
の事。
外が甘くて中にチーズとハムの塩味で甘塩っぱくて美味しいお料理です。
朝から高カロリー……(^^;;
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