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第七章 帰郷
第122話 命を懸けて
しおりを挟む「勇者はだいたい七歳から八歳くらいの頃に突然目覚めるわ。そして、その多くの勇者達は成人の年齢を越える事が無いの」
レイチェルがゆっくりとした噛み砕くような口調で、勇者についての宿命を語り出した。
勇者は成人、つまりこの世界では十四歳って事だよな。
それを越える事が無い?
つまり皆十五歳になる前に死んじまうだと?
「な、なんで……?」
「そりゃあ、力を持つ者は子供だろうと戦いに繰り出されるからよ」
戦いに繰り出され、そして死ぬと言う事か……?
「そんな! そんな馬鹿な事が有ってたまるかっ!」
俺は理不尽な現実に吠えた。
怒りで頭が沸騰しそうだ。
「ふぅ、ショウタ。あなたは本当に純粋なのね」
レイチェルが優しい目をして怒りに打ち震えてる俺の頬を優しく撫でた。
少し肩が震えてる様に見える。
そうか、レイチェルには英雄として人々を守って死んだ旦那がいたんだ。
そして、その娘まで同じ宿命を背負ってしまった事に、神の思し召しとして頭では分かっていても、心は悲しみで溢れているのだろう。
顔も少し赤い。
気丈に振る舞う事で涙を堪えているのか。
『準聖女』として神に文句を言えないだろうしな。
そう思い至った俺は少し冷静になった。
「お前は……、レイチェルはそれで良いのか? コウメが……。可愛い娘なんだろ?」
教会の一員に取っては辛い質問だろう。
けど、レイチェルの母親としての想いを知りたかった。
「あのね、コウメは幸運な方なのよ」
「こ、幸運? なんでだ?」
「そりゃ、この国は平和だったし、魔族だなんだってのはほんの最近だけよ。それに国王に大事にされていたから他国への魔物討伐の要請も滅多に無かったしね」
あぁ、そうか。
国王はコウメの事を予言に出て来る勇者と思って死なねぇように、神の使徒たる俺が現れるまで保護していたって事か。
「そうか……。そうだよ! 俺がコウメの代わりにこれからも魔物を倒してやればいいんじゃねか」
少なくとそうすれば戦いで死ぬって事はない筈だ。
「ふふっ。……あんた、最初にコウメと戦った時、どう思った?」
唐突にレイチェルが俺に尋ねて来た。
最初にコウメと戦った時……か。
コウメの奴ってば、俺がギルドの地下でダンスの講師をしてる最中にいきなり現れて、喧嘩を吹っかけて来たんだよな。
「そうだな。 まぁ、勇者ってのはすげぇと思ったぜ。あんなにちっこいのにとんでもねぇ力だったしよ。……ただ」
「ただ?」
「あぁ、ただ、経験が無さ過ぎだ。保護されていたからと言う訳じゃねぇ。幼い所為か攻撃が真っ直ぐ過ぎる。雑魚にゃそれでも十分力押しで何とかなるが、頭の回る奴相手にゃ通用しねぇだろうよ」
さっきの模擬戦ではかなりマシになっていたが、それでもまだ足りねぇ。
もっと鍛えてやらんとな。
「そう、それが勇者の死因なのよ」
「今のが勇者の……死因?」
「えぇ、有り余る圧倒的な力が通用しない敵が居る。それは何も魔物だけじゃないわ。人間にだって悪い奴らはいっぱい居るの。力に酔った幼い子供達にはそんな奴らを相手するのは酷な事よ」
そうだ、勇者の力がどれだけ強くても、所詮子供。
それに幼さゆえに力にのぼせ上がって周り全てを見下しちまうだろうし、そんな猪突猛進馬鹿相手の対抗策ならいくらでも有るさ。
「それにね、勇者に戦い方を教えられる者などそうそう居ないの」
「あぁ、それは確かにな。存在が特殊過ぎるしよ。本人達も弱い奴相手に教わりたくねぇだろうし」
「うん。ここでもコウメは幸運に恵まれた。小さい頃は旦那が剣の稽古をつけてやっていたし、勇者の力に目覚めてからも偶にダイスが相手をしてくれていたからね」
「そうか、言われると確かに決め技を使うまでの動きは悪くなかった、それはそう言う理由なんだな」
太刀筋も悪くなかったし、トリッキーな動きでヒヤッとさせられる事も幾度か有ったしよ。
基礎は英雄に鍛えられ、勇者となってからは英雄候補のダイスに鍛えられたって訳か。
「けど、他の勇者はそうはいかなくてね。未熟なまま命を落とす者もいる」
そうだよな、それにコウメにしたってまだまだ未熟だったんだ。
ダイスも勇者相手に勝てる戦いは出来るが、鍛えてやるような戦いは難しいだろうさ。
特に勇者の魔法に関しては紋章のバックアップが有ったとしても、使い方は教えてくれても戦い方や応用なんてのは無理のようだしな。
「あっ、そうだ。俺が鍛えてやれば良いんじゃねぇか。俺なら勇者の魔法も使えるしよ。それを使った戦い方まで教えてやれる。これなら神に酷ぇ宿命を押し付けられた子供達が、戦いで死んじまう事を止められるかもしれねぇ。いや、そもそも俺が戦い自体を解決しちまえば……」
「フフフ」
俺が神の被害者が死なねぇ様な策をあれこれと考え込んでいると、急にレイチェルが笑い出した。
顔を上げるとレイチェルは少し困った顔で俺を見て笑っている。
「な、なんだよ。なに笑ってんだ?」
「本当にあんたは純粋だねぇ」
くっ、また言われちまったぜ。
仕方無ぇだろ。
神のおもちゃは俺一人で十分なんだっての。
「わ、悪いかよ!」
「悪かないけど、あんた忘れてるんじゃない?」
「忘れてる? 何をだ?」
「最初にあたしに聞こうとした事よ」
最初に聞こうとした事……あっ!
「そうだ! 今のはただの対処法だ! 俺が聞きたかったのはそこじゃねぇ。おい! コウメの寿命! あれはマジなのか?」
そうだよ! 診察魔法はあくまで現時点での肉体寿命が分かるだけじゃねぇか。
寿命が三十歳だろうが、八十歳だろうが、不摂生すれば寿命は減るし、健康に気を付けていれば長くなる。
それどころか病気や事故に遭えば寿命なんて関係無く死んじまう。
戦いで死ぬ事と寿命は別の話じゃねぇか!
「えぇ、コウメの寿命はあなたの診察魔法の結果通り十五歳まで。これは別にコウメだけじゃないわ。運良く戦いを生き延びたとしても、勇者の力を得た者の肉体寿命は成人になる頃に尽きるのよ」
『勇者に大人は居ない』と言う言葉は本当に例え話じゃなかった。
その言葉に俺は目の前が真っ暗になった。
どれだけ俺がコウメ達勇者鍛えようと、その身に降り掛かる災厄を全て払い除けようとしても皆十五歳で死んじまうってのか?
「な、何か方法は無いのか?」
俺の力なら何とか変えられねぇか?
それとも、魔族を全部倒せば死ぬ運命は変えられるんじゃねぇのか?
縋る思いでレイチェルに問いかける。
「一部例外が無い訳でもないわ。成人を越えても生き残っている勇者は稀だけど存在する」
「なっ! そ、それはどうすればいいんだ? どうやったらコウメは助かる?」
理を破る者が居る。
俺はその存在に一縷の望みを掛けた。
「ごめんなさい。それはあくまで例外よ。それにコウメの場合は無理なのよ」
「な、何で!」
「だって、あんたと出会ってしまったから……」
「なっ!」
そ、そんな、俺と出会ったから?
俺が『神の使徒』だからなのか?
俺の所為でコウメは助からねぇって言うのか?
俺はその事実に負けてその場に崩れ落ちた。
そして俺は絶叫した。
脳裏にコウメの無邪気な姿が走馬灯の様に流れて来る。
「ねぇショウタ。コウメを大切にしてあげてよ」
「あぁあぁ、楽しい思い出をいっぱい作ってやるぜ!」
あと六年、残り短いコウメの人生だ。
望む事は何でもやってやる!
それこそ、俺の命を懸けてな!
「プフゥッ」
ん? プフゥ?
なんだ? 今のは笑い声か?
声の主はレイチェル……だよな?
なんだってこのタイミングで笑うんだよ。
俺は顔を上げてレイチェルを見た。
「なっ!!」
そこに有ったのは、これ以上ないってくらいのにやけ顔。
まるで目から涙を流しそうな程笑いを堪えていると言う感じだ。
俺はその顔の意味が分からなくて頭が真っ白になった。
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