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第六章 邂逅
第103話 重要な事
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「先生! 落ち着いてください! 気持ちは分かりますが抑えてっ!」
「先生が何だろうと僕は構わないのだ!」
二人の必死な言葉で少し冷静になった。
いや、そんな事は分かっていたさ。
俺の身体が普通の人間の物じゃないって事はな。
十年前、力が目覚め大消失を起こしたあの日、まるで俺の身体は卵の殻が割れ、その中から新たなる自分が現れたかと言う感覚を味わった。
そう、あれは言うなれば羽化だったのかも知れねぇ。
あの日から俺は人間じゃなくなったんだろう。
だから、俺の罪がバレる以上に、俺が人間じゃなくなったって事がバレるのが嫌でこの大陸に逃げて来たんだ。
「お、お許しを。主よ怒りをお鎮め下さい。『神の土』とはそう呼ばれているだけで、本当に土な訳ではありません。我々の構成体とは違う神の御身体。それを創世神話に準えて『神の土』と呼称しているに過ぎないのです」
神の怒りに触れたと思い込んで必死に弁解する治癒師。
そう言えば、メアリが俺に『神の使徒』と言った時も俺は怒鳴りつけちまって泣かしてしまったな。
それが今じゃ自分から名乗ったりしてるんだから世話無いぜ。
治癒師の俺に許しを請うその哀れな姿に、メアリの泣き顔が重なり俺の中の怒りが消え去っていく。
……いや、メアリみたいな美少女どころか、モブっぽい顔したおっさんなんだけどな。
おっさんと言っても俺より年下だろうけどよ。
「……あぁ、すまねぇな。声を荒げてよ」
頭の冷えた俺は、取りあえず治癒師に謝った。
それと共に俺を掴んでいた二人も笑顔に戻り、その手を放し再び席に着く。
治癒師は俺の言葉に安堵し、その場で平伏した。
その姿はまるで女神降臨事件の際に、クーデリアに平伏した大司祭の様だ。
ははっ、なんだってんだよ、俺が土から作られた人間だって?
まるで俺の世界の聖書に出て来る話と一緒じゃねぇか。
神に作られたアダムって奴。
ちっ、この世界にそんなもの混ぜるなよ。
しかも俺を当事者なんかにするなってんだ。
「じゃ、先生は人間との間に子供を作れないのか?」
気持ちの整理が付かないまま沈黙が流れていたが、それを破るかの如く、急にコウメが治癒師に対して突拍子も無い質問をした。
おいおい、子供が作れねぇとか別にどうでもいいだろ、そんな事。
「なに言ってんだコウメ。今そんな話をしている時じゃねぇよ」
「これは重要な事なのだっ!」
俺の注意に何故かコウメは反論して来る。
あまりの剣幕に俺は少したじろぐ。
いや、重要かって言うと、そりゃ重要ではあるけどよ。
人との間に子が生せるならギリ人間だろうぜ。
だが今はもっと重要な話が有るし、それにそんな事は魔法じゃ分からねぇだろ。
「それなら大丈夫ですよ。『診察』の結果、生殖能力には『可』と出てましたから」
「それは良かったのだ~」
「分かるのかよっ! どんな魔法だよ! 凄過ぎんだろっ!」
って、なんでコウメの奴はそんなに嬉しそうな顔をしてるんだ?
考えたくもねぇや。
ダイスの奴も似た様な顔してやがるし、お前は男だろ。
改めてだが、『診察』恐るべしだな。
こんな面白魔法今まで使って来なかったのがマジで勿体無いぜ。
そうだ、そんなに色々分かるんならついでに聞いておくか。
「他には俺に付いて何が分かったんだ? 構成体が違うのに子供が作れるってのは意味が分からねぇしよ」
「はい、あなた様の御身体は、構成体以外基本的に普通の人間と同一で有りました。骨格や内臓も丈夫さを無視したら同じです。ここは『神の落とし子』様と異なりますね。彼の御身体はその全てがアダマで満たされておられましたから」
「は? それって生きてるのか? 石像とかじゃなく?」
「えぇ、生きておられます。少なくとも『診察』の結果、『生存』となっておりました」
どう言う事だ?
中身が全部アダマとか訳の分からない物質で中身が詰まってるってのに生きているとか、そんなのまるでリビングスタチューって奴じゃねぇか。
そんな事より聖都の地下に封印されている正体不明の生き物……。
それって、もしかして封印されている魔族とかじゃねぇだろうな?
一度探りに行ってみるか……。
……いや、無理だわ。
さすがに聖都に無理矢理乗り込む訳にもいかねぇ。
俺の事がバレたら『聖人』に祭り上げられるかもしれねぇし、それどころか大聖堂の地下に侵入しようものなら、下手すりゃ『神の敵』認定だ。
それに治癒魔法には邪悪な者を感知する魔法は幾つか有るんだし、もし魔族だったとしても、誰かは気付いていただろ。
何よりどうせ神の事だ、そいつが魔族であれ神の御子であれ、来るべき時が来たら俺の前に現れるんだろうさ。
『三大脅威』みてぇによ。
そんな神の好きそうなギミックを残しておく訳無ぇや。
「ふ~んそれについては良く分からねぇけど、取りあえず俺が普通の人間と同じ作りってのには安心したぜ。自分の体の中なんて分からねぇしな。本当に土が詰まってたなんて笑い話にもならねぇよ」
最初土で出来た人形みてぇな事言うから、下手したら身体の中がゼンマイ仕掛けになのかと焦ったぜ。
思ったより人間寄りだった事に安堵して治癒師の顔を見ると、その顔は少し眉を潜めている。
「ただ……」
「はぁ? ちょっと待て。『ただ』ってなんだよ。まだ何か違いが有るのか?」
勘弁してくれよ。
どうなってんだよ俺の身体!
「はい、寿命が無いんです」
「寿命が……無い? え? 俺もう死んじゃうのか?」
「せ、先生。そんな……」
「いやだ! 先生! 死なないで~」
「ち、違います、違います。そう言う意味じゃなくて、寿命の項目が空欄なんですよ。『診察』は現時点でのおおよその肉体的寿命が分かるんです。しかし貴方様の場合無いんですよ。それが!」
……『診察』の効果凄過ぎるだろ。
どんだけすげぇ魔法なんだよ! 肉体的寿命が分かるって機能盛り過ぎだ!
いや、まぁあくまで『現時点での肉体的』って事なんで、あと十年生きるとしても次の日事故で死んじまうって事までは分からないだろうし、不摂生したらそれより早死にする事も有り得るって話だろうけどよ。
けど、マジでそんな面白魔法だったなんて……、母さんがそんな事教えてくれなかったってのも『分配』と同じで神の罠なんじゃねぇの?
しかし、その寿命の項目が無い俺ってのはどう言う事なんだ?
「どう言う意味だよ。それ」
「要するにですね。貴方様は不死と言う事になります」
「ブゥゥゥゥーー!! 不死っ?! いや、それ、お前……」
ふ、不死だと?
……いや、実際心当たりは沢山有る。
何度もそうじゃねぇかってのは考えて来た。
力に目覚めてから一切老化しねぇ身体になっているのは自覚しているしよ。
今はまだ不精な格好で誤魔化せてはいるが、あと十年も経てば今の若さを誤魔化せないだろう、とな。
神の奴、俺を死なせない様にしているんじゃねぇかと思っていたが、それが、こんな事で本当だったと分かるとは思わなかった。
「だから、我が主よ。貴方様は神の御子なのです!」
完全に教信者の目になって俺に向かって祈り出しやがった。
もうこれ口止めとか無理じゃね?
目を放したら勝手に吹聴し出すかもしれねぇ。
『御子が降臨なさった』ってよ。
やべぇな、ずっと一緒に行動する訳にも行かねぇし……。
本当はこんな手は使いたくは無かったんだが、背に腹は代えられねぇな。
「忘却!」
俺が魔法を唱えると治癒師は一瞬気の抜けた顔をしたかと思うと、急に我に返り辺りをキョロキョロしだした。
今の魔法は、指定範囲内のある項目の記憶を失わせると言う凶悪な高等魔法だ。
似た様な魔法で失念ってのも有るが、そいつは短期間忘却状態異常を与える魔法なんで今回は意味が無ぇし、魔力マシマシで効果時間伸ばしても仲間の治癒師に気付かれて回復される恐れもある。
もっとマシマシで回復されねぇ事も出来るには出来るが、そんな事しようものなら、何かを隠してますってのがバレバレで怪しさ倍増だ。
こいつは総本山で修業したってエリートみてぇだし、教皇とかが乗り出して解呪しようとして来たらさすがにヤバいぜ。
だから、一般には知られてねぇ禁呪とされている『忘却』を使った。
と言っても、何でも忘れさせられる訳じゃねぇ。
その範囲内で忘れさせられるのは対象一人に一項目だけ。
それ以上忘れさせようとしても魔法は失敗するし、時間が経ち過ぎても効かないって言う使い所が難しくいまいち使えねぇ魔法では有るが、消えた記憶は治癒魔法でも回復出来ないので今回ばかりは有効だ。
っで、今忘れさせたのは『俺の診察の結果』……ってのは範囲が広すぎるから無理だな。
だから『俺の身体の構成物』にした。
一応これが無ければ俺はただの強い人みたいなものだ。
いや、俺の事を御子と言った事や、寿命が無いとかは覚えているだろうが……。
「あ、あれ? 今私は何と大それた事を……。あわあわあわ……」
ほらな。
根拠を覚えてないんじゃ、『神の落とし子』とか言う奴の身体に触れる許可が出る様なエリート信者にしたら、信仰対象以外の者に対して祈るなんてのは罰当たり以外何物でも無い。
しかも、『神の落とし子』ってのは教会の最高機密っぽいし、そんな情報を一般人に漏洩しちまったんだ。
今の出来事は恥ずべき事として黙っていたいと思うだろ。
特にこいつはかなり凶信者的な所もあったしよ。
『普通じゃない数値に勝手に盛り上がった結果、恐れ多い事に俺の事を御子と勘違いして、機密漏洩を犯した』
そう言う風に脳内解釈して、その他の記憶も勘違いとして一緒に封印されるさ。
恐らく機密がバレたら破門で済まないだろうしな。
必死になるだろう。
「あ、あの今の事はどうか内密に……」
治癒師は焦って俺に口止めをしてきた。
ふぅ『神の使徒』って事を言わなくて良かったぜ。
それはそれで信仰の対象になってもおかしくねぇしな。
ただ数値に関しては補足情報で誤魔化すか。
「あぁ、急な事でびっくりしたが、分かった黙っておくよ。ただ俺が強いって事も伏せておいてくれ。実は俺の両親はあの『二人のケンオウ』でな。これが広まると人が寄って来て面倒臭ぇんだ。これはお互いの為だぜ」
俺の事を喋るとお前の事も言うぞ的なニュアンスで口止めをした。
凶信者なこいつにとっちゃ一番の殺し文句だ。
それにしても『二人のケンオウ』の名声は伊達じゃねぇな。
境界の最高機密と比べると軽過ぎねぇかと心配だったが、そんな事は無ぇようだ。
俺の数値の高さに『なるほど! それでなんですね! しかし、二人のご子息に会えるなんて感動です』と納得してくれている。
このまま上手い事、『神の御子』から『ケンオウの息子』に記憶が置き換わってくれるといいんだがな。
うん、この治癒師の顔を見ると、期待出来そうだ。
しかし、俺の両親の情報って色んな奴に効果抜群だな。
これに関してはちょっと、神に感謝したくなっちまったぜ。
ただ、心なしか治癒師の目のキラキラ具合が、俺の事を『御子』と呼んでた時と同じ輝きなのが気になるが……。
こいつ凶信者じゃなくて、ただミーハーなだけじゃねぇのか?
「先生が何だろうと僕は構わないのだ!」
二人の必死な言葉で少し冷静になった。
いや、そんな事は分かっていたさ。
俺の身体が普通の人間の物じゃないって事はな。
十年前、力が目覚め大消失を起こしたあの日、まるで俺の身体は卵の殻が割れ、その中から新たなる自分が現れたかと言う感覚を味わった。
そう、あれは言うなれば羽化だったのかも知れねぇ。
あの日から俺は人間じゃなくなったんだろう。
だから、俺の罪がバレる以上に、俺が人間じゃなくなったって事がバレるのが嫌でこの大陸に逃げて来たんだ。
「お、お許しを。主よ怒りをお鎮め下さい。『神の土』とはそう呼ばれているだけで、本当に土な訳ではありません。我々の構成体とは違う神の御身体。それを創世神話に準えて『神の土』と呼称しているに過ぎないのです」
神の怒りに触れたと思い込んで必死に弁解する治癒師。
そう言えば、メアリが俺に『神の使徒』と言った時も俺は怒鳴りつけちまって泣かしてしまったな。
それが今じゃ自分から名乗ったりしてるんだから世話無いぜ。
治癒師の俺に許しを請うその哀れな姿に、メアリの泣き顔が重なり俺の中の怒りが消え去っていく。
……いや、メアリみたいな美少女どころか、モブっぽい顔したおっさんなんだけどな。
おっさんと言っても俺より年下だろうけどよ。
「……あぁ、すまねぇな。声を荒げてよ」
頭の冷えた俺は、取りあえず治癒師に謝った。
それと共に俺を掴んでいた二人も笑顔に戻り、その手を放し再び席に着く。
治癒師は俺の言葉に安堵し、その場で平伏した。
その姿はまるで女神降臨事件の際に、クーデリアに平伏した大司祭の様だ。
ははっ、なんだってんだよ、俺が土から作られた人間だって?
まるで俺の世界の聖書に出て来る話と一緒じゃねぇか。
神に作られたアダムって奴。
ちっ、この世界にそんなもの混ぜるなよ。
しかも俺を当事者なんかにするなってんだ。
「じゃ、先生は人間との間に子供を作れないのか?」
気持ちの整理が付かないまま沈黙が流れていたが、それを破るかの如く、急にコウメが治癒師に対して突拍子も無い質問をした。
おいおい、子供が作れねぇとか別にどうでもいいだろ、そんな事。
「なに言ってんだコウメ。今そんな話をしている時じゃねぇよ」
「これは重要な事なのだっ!」
俺の注意に何故かコウメは反論して来る。
あまりの剣幕に俺は少したじろぐ。
いや、重要かって言うと、そりゃ重要ではあるけどよ。
人との間に子が生せるならギリ人間だろうぜ。
だが今はもっと重要な話が有るし、それにそんな事は魔法じゃ分からねぇだろ。
「それなら大丈夫ですよ。『診察』の結果、生殖能力には『可』と出てましたから」
「それは良かったのだ~」
「分かるのかよっ! どんな魔法だよ! 凄過ぎんだろっ!」
って、なんでコウメの奴はそんなに嬉しそうな顔をしてるんだ?
考えたくもねぇや。
ダイスの奴も似た様な顔してやがるし、お前は男だろ。
改めてだが、『診察』恐るべしだな。
こんな面白魔法今まで使って来なかったのがマジで勿体無いぜ。
そうだ、そんなに色々分かるんならついでに聞いておくか。
「他には俺に付いて何が分かったんだ? 構成体が違うのに子供が作れるってのは意味が分からねぇしよ」
「はい、あなた様の御身体は、構成体以外基本的に普通の人間と同一で有りました。骨格や内臓も丈夫さを無視したら同じです。ここは『神の落とし子』様と異なりますね。彼の御身体はその全てがアダマで満たされておられましたから」
「は? それって生きてるのか? 石像とかじゃなく?」
「えぇ、生きておられます。少なくとも『診察』の結果、『生存』となっておりました」
どう言う事だ?
中身が全部アダマとか訳の分からない物質で中身が詰まってるってのに生きているとか、そんなのまるでリビングスタチューって奴じゃねぇか。
そんな事より聖都の地下に封印されている正体不明の生き物……。
それって、もしかして封印されている魔族とかじゃねぇだろうな?
一度探りに行ってみるか……。
……いや、無理だわ。
さすがに聖都に無理矢理乗り込む訳にもいかねぇ。
俺の事がバレたら『聖人』に祭り上げられるかもしれねぇし、それどころか大聖堂の地下に侵入しようものなら、下手すりゃ『神の敵』認定だ。
それに治癒魔法には邪悪な者を感知する魔法は幾つか有るんだし、もし魔族だったとしても、誰かは気付いていただろ。
何よりどうせ神の事だ、そいつが魔族であれ神の御子であれ、来るべき時が来たら俺の前に現れるんだろうさ。
『三大脅威』みてぇによ。
そんな神の好きそうなギミックを残しておく訳無ぇや。
「ふ~んそれについては良く分からねぇけど、取りあえず俺が普通の人間と同じ作りってのには安心したぜ。自分の体の中なんて分からねぇしな。本当に土が詰まってたなんて笑い話にもならねぇよ」
最初土で出来た人形みてぇな事言うから、下手したら身体の中がゼンマイ仕掛けになのかと焦ったぜ。
思ったより人間寄りだった事に安堵して治癒師の顔を見ると、その顔は少し眉を潜めている。
「ただ……」
「はぁ? ちょっと待て。『ただ』ってなんだよ。まだ何か違いが有るのか?」
勘弁してくれよ。
どうなってんだよ俺の身体!
「はい、寿命が無いんです」
「寿命が……無い? え? 俺もう死んじゃうのか?」
「せ、先生。そんな……」
「いやだ! 先生! 死なないで~」
「ち、違います、違います。そう言う意味じゃなくて、寿命の項目が空欄なんですよ。『診察』は現時点でのおおよその肉体的寿命が分かるんです。しかし貴方様の場合無いんですよ。それが!」
……『診察』の効果凄過ぎるだろ。
どんだけすげぇ魔法なんだよ! 肉体的寿命が分かるって機能盛り過ぎだ!
いや、まぁあくまで『現時点での肉体的』って事なんで、あと十年生きるとしても次の日事故で死んじまうって事までは分からないだろうし、不摂生したらそれより早死にする事も有り得るって話だろうけどよ。
けど、マジでそんな面白魔法だったなんて……、母さんがそんな事教えてくれなかったってのも『分配』と同じで神の罠なんじゃねぇの?
しかし、その寿命の項目が無い俺ってのはどう言う事なんだ?
「どう言う意味だよ。それ」
「要するにですね。貴方様は不死と言う事になります」
「ブゥゥゥゥーー!! 不死っ?! いや、それ、お前……」
ふ、不死だと?
……いや、実際心当たりは沢山有る。
何度もそうじゃねぇかってのは考えて来た。
力に目覚めてから一切老化しねぇ身体になっているのは自覚しているしよ。
今はまだ不精な格好で誤魔化せてはいるが、あと十年も経てば今の若さを誤魔化せないだろう、とな。
神の奴、俺を死なせない様にしているんじゃねぇかと思っていたが、それが、こんな事で本当だったと分かるとは思わなかった。
「だから、我が主よ。貴方様は神の御子なのです!」
完全に教信者の目になって俺に向かって祈り出しやがった。
もうこれ口止めとか無理じゃね?
目を放したら勝手に吹聴し出すかもしれねぇ。
『御子が降臨なさった』ってよ。
やべぇな、ずっと一緒に行動する訳にも行かねぇし……。
本当はこんな手は使いたくは無かったんだが、背に腹は代えられねぇな。
「忘却!」
俺が魔法を唱えると治癒師は一瞬気の抜けた顔をしたかと思うと、急に我に返り辺りをキョロキョロしだした。
今の魔法は、指定範囲内のある項目の記憶を失わせると言う凶悪な高等魔法だ。
似た様な魔法で失念ってのも有るが、そいつは短期間忘却状態異常を与える魔法なんで今回は意味が無ぇし、魔力マシマシで効果時間伸ばしても仲間の治癒師に気付かれて回復される恐れもある。
もっとマシマシで回復されねぇ事も出来るには出来るが、そんな事しようものなら、何かを隠してますってのがバレバレで怪しさ倍増だ。
こいつは総本山で修業したってエリートみてぇだし、教皇とかが乗り出して解呪しようとして来たらさすがにヤバいぜ。
だから、一般には知られてねぇ禁呪とされている『忘却』を使った。
と言っても、何でも忘れさせられる訳じゃねぇ。
その範囲内で忘れさせられるのは対象一人に一項目だけ。
それ以上忘れさせようとしても魔法は失敗するし、時間が経ち過ぎても効かないって言う使い所が難しくいまいち使えねぇ魔法では有るが、消えた記憶は治癒魔法でも回復出来ないので今回ばかりは有効だ。
っで、今忘れさせたのは『俺の診察の結果』……ってのは範囲が広すぎるから無理だな。
だから『俺の身体の構成物』にした。
一応これが無ければ俺はただの強い人みたいなものだ。
いや、俺の事を御子と言った事や、寿命が無いとかは覚えているだろうが……。
「あ、あれ? 今私は何と大それた事を……。あわあわあわ……」
ほらな。
根拠を覚えてないんじゃ、『神の落とし子』とか言う奴の身体に触れる許可が出る様なエリート信者にしたら、信仰対象以外の者に対して祈るなんてのは罰当たり以外何物でも無い。
しかも、『神の落とし子』ってのは教会の最高機密っぽいし、そんな情報を一般人に漏洩しちまったんだ。
今の出来事は恥ずべき事として黙っていたいと思うだろ。
特にこいつはかなり凶信者的な所もあったしよ。
『普通じゃない数値に勝手に盛り上がった結果、恐れ多い事に俺の事を御子と勘違いして、機密漏洩を犯した』
そう言う風に脳内解釈して、その他の記憶も勘違いとして一緒に封印されるさ。
恐らく機密がバレたら破門で済まないだろうしな。
必死になるだろう。
「あ、あの今の事はどうか内密に……」
治癒師は焦って俺に口止めをしてきた。
ふぅ『神の使徒』って事を言わなくて良かったぜ。
それはそれで信仰の対象になってもおかしくねぇしな。
ただ数値に関しては補足情報で誤魔化すか。
「あぁ、急な事でびっくりしたが、分かった黙っておくよ。ただ俺が強いって事も伏せておいてくれ。実は俺の両親はあの『二人のケンオウ』でな。これが広まると人が寄って来て面倒臭ぇんだ。これはお互いの為だぜ」
俺の事を喋るとお前の事も言うぞ的なニュアンスで口止めをした。
凶信者なこいつにとっちゃ一番の殺し文句だ。
それにしても『二人のケンオウ』の名声は伊達じゃねぇな。
境界の最高機密と比べると軽過ぎねぇかと心配だったが、そんな事は無ぇようだ。
俺の数値の高さに『なるほど! それでなんですね! しかし、二人のご子息に会えるなんて感動です』と納得してくれている。
このまま上手い事、『神の御子』から『ケンオウの息子』に記憶が置き換わってくれるといいんだがな。
うん、この治癒師の顔を見ると、期待出来そうだ。
しかし、俺の両親の情報って色んな奴に効果抜群だな。
これに関してはちょっと、神に感謝したくなっちまったぜ。
ただ、心なしか治癒師の目のキラキラ具合が、俺の事を『御子』と呼んでた時と同じ輝きなのが気になるが……。
こいつ凶信者じゃなくて、ただミーハーなだけじゃねぇのか?
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