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第六章 邂逅

第100話 秘密の抜け道

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「先生! こっちです」

 追って来る新聞記者や野次馬達を振り払うべく俺達は裏路地を走る。
 さすが王都。
 裏路地だろうが人通りは多く、ぶつからない様に走るのに一苦労だ。

「あっ! あそこを曲がったぞ! 追え!」

 背後からそんな叫び声が聞こえて来た。
 おいおい、まるで犯罪者扱いじゃねぇか。
 酷ぇ奴等だぜ。
 衛兵が駆けつける前に撒かないとヤベェな。
 勘違いで独房に入れられるなんてのは二度と御免だぜ。

 俺達が逃げていながらいまだに振り払えないのは、勿論奴等の足が速いからな訳じゃねぇ。
 ダイスにしても俺にしても本気では走しってはおらず、あくまで常識的な範囲で足が速い奴程度に抑えている。
 そりゃ、本気で走れば一瞬で追っ手から逃れる事は容易いだろうが、そんな事をしたら少なくとも俺は英雄ダイスと同じレベルの身体能力を持っているって事を自ら宣伝する事になっちまうからな。
 噂の教導役に付いてだが、聞いた所によると俺が今まで苦心して偽装していた通り『教えるのは上手いが、本人自体は強くない奴』に収まっている。
 今現在その教導役と疑われて追われているんだ。
 それがそんな身体能力を持っている奴だとバレてみろ。
 一気にスポットライトが当たっちまう。
 そうなりゃ、聖人候補として神の使徒を探している教会に目を付けられる可能性は高いだろ。
 ダイスもそれに気付いて速度を落としてくれてんだ。
 本当に気の利く奴だぜ。
 とは言う物の、そのダイスが右や左と俺に指示を出しながら先導しているが、なんか微妙に城から遠ざかってる様な気がするんだが……?

「おい、ダイス! この道で本当に合ってるのか? この道は城と逆方向だぜ?」

 今の指示で曲がった道は城を背にして走る形になっている。
 もしかしてダイスの奴、走っている内に城に逃げるって目的忘れてるんじゃねぇか?

「こっちで良いんです。確かこの辺……あっ、あった。先生、あそこの右手の角を曲がったすぐ先にもう一つ右に曲がる道が有ります。そこを曲がったらスピードを上げて下さい」

「お、おう。分かった」

 どうやら目的を忘れた訳じゃなさそうだな。
 しかし、何かを探してたみてぇだが、何を探してたんだ?
 それにスピードを上げるって、見られたらヤバいんだが大丈夫なのか?

「行きますよ。何が有っても立ち止まらずに俺の後を付いて来て下さいね」

「おい、なんだよその不安になるような言い方」

「大丈夫ですって、俺を信じて下さい」

 う~ん、こいつがここまで自信満々に言うって事は大丈夫だとは思うんだが、本当に信じて良いんだよな?
 まぁ、なる様にしかならねぇか。
 俺はコウメを抱いたまま覚悟を決め、ダイスに倣って通りの角を曲がり、更にもう一度右折……?

 え? ダイスが消えた?

 先に曲がった筈のダイスの姿が見えない。
 しかも、すぐ目の前には壁が有った。

 ダ、ダイスはどこ行った? いや、その前に止まらないと壁にぶつかる!
 俺だけなら壁をぶち破るだけで済むが、抱っこしているコウメは無事じゃ済まねぇぞ!

 突然の出来事に混乱して足を止めようとした……その時。

『ダメですよ先生! 止まらないでそのまま走って下さい!』

 と、何処からともなくダイスの声が聞えて来た。
 まるでトンネルの中から聞こえてくるような妙に響く乱反射した声。
 どうやら壁の向こうからの様だが、いつの間に壁の向こうに行ったんだ?
 チラッと周囲を見たが扉の類は見つからない。
 有るのはコの字に取り囲まれた壁だけだ。
 飛び越えるにしても、そもそもこの道は建物の凹みなだけで、目の前の壁にしても塀じゃねぇ。
 しかも、かなりの高さの建物なんで脚力関係のブースト盛り盛りでもしねぇと素では無理だ。
 如何に英雄に相応しい力を持っていても、魔法の使えないダイスがそんな芸当出来る訳ねぇし、俺でさえもう時間が無ぇよ!

「ぶ、ぶつかる!! コウメ! しっかり掴まっていろよ!」
「ふひひ~先生に抱っこされてるのだ~」

 おい! まだそんな事言ってるのかよ!!
 くそっ! 仕方無ぇ!
 俺はコウメを守る為、体を捻りショルダーアタックの様な姿勢で壁との激突に備えた。
 王都内の建物をぶっ壊したりしたら勘違いじゃなくマジで捕まるんじゃねぇか?
 そんな心配をしながら俺は壁と衝突…………。


 しなかった。

「え? あれ? なんだ?」

 壁にぶつかったと思った瞬間、急に視界から光が消え周囲が真っ暗となった。

「先生! もう大丈夫です! 止まって下さい! その先階段です! って、あぁ……」

 訳も分からずそのまま走ろうとした時、横からダイスの声が聞えて来たが、時既に遅し。
 電車は……電車じゃねぇな。
 俺は急に止められねぇぜ。

「な! き、急に何言って、おわっ! や、やばい。 おいダイス! コウメを受け取れ!」

 真っ暗な中、そのまま走り続けダイスの言う通り、階段と思われる段差に足を取られた俺は、張り付いているコウメを無理矢理引き剥がし、ダイスの声がした方に放り投げる。
 暗くて良く見えねぇが、ダイスの「分かりました」と言う声と、ガシッと言う何かを受け止める様な音からすると放り投げたコウメをちゃんと受け止めたようだ。

 う~ん、コウメを道連れに階段落ちなんて事にならずに済んだが、引き剥がす時にビリリと布が避ける様な音が聞えたし、急に脇辺りが涼しくなりやがった。
 コウメの馬鹿力め~、結構丈夫な服だってのに破れちまったじゃねぇか。
 新しい服を買う前だったてのが、まだ救いじゃあるがよ。
 トホホ。

「おっ、ゴッ、ゴワッ。あだだだだだ」

 階段から落ちていると中と言う現実から暫し逃避していた俺だが、真っ暗な視界の状態では姿勢制御もままならねぇ。
 訳も分からないまま階段を転げ落ちる。
 とは言っても俺の場合、連続的にピコピコハンマーで全身を叩かれる程度のダメージしか喰らわないので言う程痛くはないが、気持ち良いもんじゃねぇし正直鬱陶しい。
 転げ落ちながら気付いたが、どうやらここは真っ暗な訳じゃ無いようだ。
 所々に蝋燭の明かり程度の光を放つ魔道具が壁に掛かっており、夕暮れとは言えまだ明るかった外から急に薄暗い場所に来た所為で目が付いて来なかっただけな様だ。
 冷静になった俺は回る視点のまま周囲を確認すると、ここは地下に続くトンネルでその方向は城に向かっている。
 ダイスが言った通り、ここは城に続く裏道。
 しかも仕組み自体は良く分からんが、恐らく魔法か何かで隠された秘密の抜け道って奴の様だ。

「っと、いつまでも転げてても仕方無ぇなっと」

 目さえ見えれば転げ落ちる慣性なんざ問題無い。
 転がるタイミングを見計らい、片手で階段を思いっ切り押して飛び上がり、空中で態勢を整え地面に着地した。
 綺麗な着地! とは言えず、格好付けて飛び上がったものの、どうやらあと数段で階段が終わりだった様で、階段への着地を想定していた俺は間抜けな格好になってしまった。

「なんだ。もう階段終わりだったのかよ。わざわざ飛び上がる事も無かったな」

 恥ずかしさを誤魔化す為にわざとぼやいてみたが、誰が見ている訳でも無い。
 ……いや、誰か居る?

「ぶっ、ぐっ。ごくん。だ、誰だ! 盗賊か! どうやってここに来た!」

 誰だと思って目を向けると、どうやらここ階段の下は衛兵の詰め所を兼ねていた様で、時間的に夕食だったのだろう、幾つかのテーブルの上には食事が並んでおり、それを口に入れていた数人の兵達が飲み込みながらも立ち上がり武器を片手に俺を威嚇して来た。

「ちょ、ちょっと待て。俺は怪しいもんじゃねぇよ」

 いや、上半身ビリビリの服で階段から転げ落ち、最後に変に格好付けてジャンプしながら着地を失敗する奴なんて確実に怪しい奴なんだが、ここで捕まる訳にはいかねぇ。
 月並みなセリフだが何とか誤解を解かなければ。

「今のが怪しくなかったら、なんだと言うのだ! しかも服も破れているし怪しい事この上ない! 大人しくしろ!」

 尤も過ぎる言葉だぜ。
 俺も丁度同じ事を考えていたし。

「ち、違うって。俺はダイスに連れられて……」

「え? ダイス殿に?」

 ダイスの名を出した途端、じりじりと詰め寄っていた衛兵達の動きが止まった。

「そうです皆さん。お騒がせしてすみません。その人は俺の知り合いです。新聞記者達の取材がしつこくて一緒にここに逃げ込んだんですよ」

 衛兵達が止まったと同時にダイスの声が周囲に響く。
 目を向けると階段にダイスが苦笑して立っていた。
 隣にはコウメが俺の服の切れ端を持って『てへっ』って顔しながら頭をポリポリ掻いている。

「あっダイス殿。それに隣の女の子は……勇者様ではないですか! あなた達のお連れの方でしたか」

 隊長っぽい奴が、二人の姿を見てそう声を出した。
 それと共に周りの衛兵達も武器を下げて警戒を解いている。

「そうなんですよ。先生すみません。ちゃんと説明しなかった所為で……」

 今のダイスの発言で、周囲から『あぁ、なるほど。あるある』と言う事が聞えて来た
 他にも有るのかよっ! 危ねぇな!
 俺じゃ無きゃ下手したら死ぬぞ?
 再発防止を考えろよ。

「そうだぜダイス! 先に教えてくれ。コウメにケガさせる所だったぞ」

「うぅ、すみません。なにぶん急な事でしたし、うちの王都にも同じ仕掛けが有って小さい頃から使い慣れてたもんで、つい説明するの忘れてました」

 申し訳なさそうにダイスが謝っている。
 確かに急いでいたし、走りながら説明ってのも難しい状況だったのは分かるが、立ち止まらずに走れと言っておきながら、その先には階段なんてマジでトラップじゃねぇか。
 しかし、ダイスの国にも有るって事は、こう言うのって城下町のお約束みたいなもんなのかね。
 もしかして、暗くてすぐ階段が有るのってのも、ここからの侵入者を想定したまさにトラップその物なのかもしれねぇな。
 俺はそれに綺麗にかかっちまったと言う事か。

「あれなんだったんだ? 壁かと思ったらすり抜けたぞ? 幻術って訳でも無さそうだったが?」

 あの壁が幻術じゃねぇ、あそこには確実に質量を持った壁が存在していた。
 空気の流れがそこで遮断されていたからだ。
 幻術ならその壁を通り越して空気は流れるからな。

「あれはですね。このアミュレットを持っている者を通すって仕組みなんですよ。数秒間は他の者も通れるんですが、すぐに閉じます。だから走って下さいって言ったんですよ」

「へぇ~、さすが王都。そんなのが有るのか。しかし、なんでお前がそれ持っているんだ? それともそれって各国共通なのか?」

「いえいえ、違いますよ。今までも今日みたいなしつこい新聞記者に追われるって事が一度や二度じゃなかったんです。それを見兼ねた国王が渡してくれたんです」

「なるほどな。あんな騒動が有ったってのに衛兵達が駆けつけて来ねぇと思ったら慣れっこだったからって事か」

 便利そうだ、俺も貰おうかな。
 ……いや、止めておこう。
 そもそも、王都に来なきゃこんな事にはならないだろうし。
 それより俺の街にこの機能を付けて欲しいぜ。

「自分の事より僕の事を心配してくれるなんて、先生は本当に優しのだ~」

 コウメが先程の俺の言葉に感激した様で、俺の服の切れ端を相変わらず持ったまま嬉しそうにそう言って来た。
 いい加減それ捨てろよ。

「まっ怪我が無かった様で良かったぜ」

 そう言ってコウメの頭を撫でてやると嬉しそうにされるがままになっている。
 その様子に周囲の衛兵達からどよめき声が上がった。

「おい、あの人誰だ? ダイス殿だけじゃなく勇者様とも親し気だぞ?」
「それに二人共、あの人の事を先生って呼んでいる」
「もしかして、この人が噂の教導役って事なのか? 確か名前はシータだったけ?」

 おいおい、なんかさっきの新聞記者達と同じような事を言いだしやがったぞ?
 また追われるって事は無いよな?
 しかし、ここでもシータって間違われているが、どれだけ俺の名前を間違えた奴の発言権はデカいんだよ。
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