75 / 162
第五章 変革
第75話 三大脅威
しおりを挟む
「今のお前の強さの理由が分かった気がするぜ。なんせ最強の剣士と最強の魔術師の息子なんだからな」
翌朝、祭壇の探索を開始する為に皆で朝食を取っていると先輩がそう言ってきた。
ったく、またそれかよ。
解禁したからって、あまり公言されるのは勘弁して欲しいんだが。
俺は心の中でそう呟いた。
ここにはダイスと既に俺の事を知っているジョン以外に、何も知らなかったバース放牧場の従業員兼諜報員、何か正式名称は王国直轄魔族監視官とか言っていた三人が居たんだが、昨日の段階で色々とバレてしまった所為で、俺の事に関して情報が解禁されちまっている。
何故バレたかと言うと、興奮した先輩が色々と質問や両親を褒め称えたりしている最中、止める間も無くボロボロと俺の事を喋ったからだ。
しかし、怒る気も湧いて来なかった。
まず、目の前に二メートル近い筋肉達磨のおっさんが居る事を想像して欲しい。
ここで、まず普通なら思考が停止する。
例え知り合いだったとしてもだ、暑苦しい事この上ないからな。
それが、子供の様なキラキラした目で、小さい頃から俺の両親に憧れていたとか矢継ぎ早で言われてみろ、思考がオーバーヒートして返す言葉なんて出て来ねぇよ、……暑苦しい事この上ないからな。
それで、俺が呆然としている中、マシンガン張りの言葉の羅列の途中に『世界最強』だの『魔族を倒した者』だけならまだ良いが、『神の使徒』だの『理を破る者』と言った言葉まで出てしまったら誤魔化しようがない。
途中、ダイスとジョンが止めようとしてくれていたが、暴走した筋肉達磨は留まる事を知らず、一頻り喋り終えてから周囲の異様な雰囲気に気付き、四方一キロには届こうかと言う謝罪の言葉と共に土下座してきた為、怒る気も失せてしまった。
なんせ、ここで素直に許さないと縋り付きながら泣いて謝って来そうだったからだ。
そんな事されたら、暑苦しいと言う言葉が現界突破しそうだったしな。
……いや、許したら許したで『ありがとう! すまんすまん』と大声で泣きながら抱き付かれたんだから、どちらに転んでも暑苦しかったんだから最悪だぜ。
まぁ、抱き付かれる回数的に少なくて済んだ、初回宥恕を選択した俺グッジョブだな。
縋り付かれた後に、抱き付かれるなんて二重の責め苦になる所が、抱き付かれる一回で済んだんだからよ。
まぁ、そんなこんなで俺の秘密を知っている奴が新たに三人も追加されちまったが、幸いな事にこの三人もその役職的に、俺の事は国家機密として誰にも喋らないと言ってくれた。
……パジャマ男だの、幼女を抱きながらパンイチで走ってくる変態だのと言う不名誉な噂がバース放牧場で流行っているんで、全く信用出来無ぇんだけどな。
ジジイも背負ってたんだからその分中和してくれよ。
幼女だけで噂流すな!
まぁ、俺の情報を他国に洩らしても戦争の火種しか成り得ねぇし、国の機関で働いておまんま食ってる公務員が、おいそれと情報を売り渡す真似はしねぇだろ。
元より信仰心が高い世界なんだ。
『神の使徒』の情報を売り飛ばすなんてしたらどんな神罰が下るかってのも有るしな。
先日本物が降臨したってんだから尚更だぜ。
それに技術とかでもねぇし、喋ったからといって俺の力を手に入れられる訳でもねぇ。
もし、その所為で仮に戦争になったとしたら、俺は間違い無くこの国を守る為に戦うだろう。
それだけこの国には守るべき大切な物が多くなっちまった。
すぐさま相手の王宮に乗り込んで説教してやるさ。
ただその際、ちょっときつめのお仕置きもしてやるけどな。
実の所、先日魔族を倒しちまった所為で、ジョン達監視官が職にあぶれるんじゃねぇのかと心配したが、俺が魔族を倒す数日前に、国王から今後もし魔族が討伐された以降の処遇に関しての規律改定の書簡が届いたそうだ。
それによると、待遇はそのままでバース放牧場の従業員を今後も務めるか、それともそうなった際に設立される国外魔族調査部門への異動を選択すると言う物だったらしく、監視官の間では近々魔族が倒されるのではないかと噂していたらしい。
今この場に居るジョン含む四人は全て魔族調査部門への移動を希望していたようで、三人にしても魔族が倒された現場をその目で確認する為に今回同行した様だ。
しかも、俺達が帰って来た当初は、俺達が口裏を合わせて勇者であるコウメが倒したと報告したので、皆も当たり前の様にそう思っていたのだが、ジョンや治癒師のねぇちゃんの俺に対してのまるで信者かと思うような態度や、コウメ自身の俺への懐き具合から、彼らの中で俺に対しての『もしかして』と言う疑問は有ったらしい。
その理由が、『変態なのに皆から好かれる筈がない』と言う不名誉な事だったってぇのはムカつくが。
勿論バース放牧場に残る監視員も居る様だ。
なんたってこの国においてバース毛の織物は、今では需要の高い交易品の一つでも有る為、魔族監視の必要が無くなった今後は従業員共々一般枠からも採用し、国挙げての本格的に一大産業として発展させていく事になるらしい。
……全てが終わったら俺も就職させてもらおうか。
国王も娘に頭が上がらないただの好々爺かと思っていたが、さすが一国の王だぜ。
その後の事もちゃんと考えていたとはな。
「先輩! 俺の両親がどれだけ憧れの人だったか知らねぇけど、街に戻ったら喋らねぇでくれよ?」
「あぁ、すまん。だけど、今だけは語らせてくれ! 昨晩も興奮して寝れなかったんだよ」
ふぅ、良い歳したおっさんが興奮して寝れなかったってよ。
どうやら、俺の両親って奴はこの世界に差し込まれた設定として、最強の冒険者だったと言うのは先輩が語った通りだが、なぜこの大陸で育った先輩がそこまで知っていたかと言うと、その活躍が吟遊詩人の語り部達の手によってこの大陸にも伝わって来ていたとの事だ。
ダイスやジョン含む監査官四人も勿論知っていた様だが、どうやら伝わり方が人々の噂とかではなく脚色された詩と言う形でこの大陸に入って来た為、『旅する猫』同様におとぎ話的なフィクションと思っていたらしく、現地で実在すると言う話を直接聞いた先輩と違って、実話だったのかと驚いていた。
先輩が言うには、当時幼かった先輩が城に招聘された吟遊詩人の謳う、俺の両親達の活躍の詩に魅せられて、いつか冒険者になるって言う決意をしていたらしい。
ホテルで聞いた話じゃ死んだ事にしたのは国の為だとか何とか言っていたが、どうやら最初から出奔する機会をずっと伺っていた様で、政変や『大陸渡り』の出現はまさに渡りに船だったと言い出した時は、さすがに『不謹慎だろ』と突っ込んでしまった。
本当は俺が村の出身と言うのを知った時に、すぐにでも『ケンオウ』について真偽を問い質したかったみたいなのだが、さすがにあの場では叔父である国王の手前、空気を読んで黙っていたらしい。
それに俺が本当に過去に向き合う気になるまで我慢していた様で、聞きたいと言う気持ちをずっと抑え込んでもやもやしていたみたいだ。
だから、昨日俺がハリー達の事を聞く気になったって時に、やっとその事が聞けるってんで、なんかもじもじしてやがったんだな。
いや、両親は実在しねぇし、そもそもその村には俺含めて誰も住んじゃいなかったっての。
怒らなかった理由の最大の原因はこれだな。
裏事情を知っている俺としては、俺の両親に対する先輩のキラキラした眼差しが、あまりにも可哀想でいたたまれなくなってしまったからだ。
「まるで天空を思わせる様な巨体と広い心の持つ一騎当千の剣士、そして大地を包むような慈愛に満ちた千を越える大いなる魔法を操る魔法使い。そして、その二人が織りなす冒険譚。いや~吟遊詩人が謳うソォータ様のご両親の物語に、小さい頃は私も心をときめかした物ですよ」
先輩に続いてジョンが嬉しそうに言って来た。
他の三人もなのだが、既に俺の呼び方が様付になっている。
知らない奴が居る場所では絶対その呼び方を止める様には言っているが、本当に大丈夫なのかね?
しかし、なんか俺の両親かっこよく脚色され過ぎだわ。
これも、アレだな。
俺を表舞台に立たせて、皆に崇めさせる為のギミックだったんだろうぜ。
なんせ勇者を越える最強の二人の息子なんだ。
もしかして最初からそれを公言していたら、逃亡生活なんてしなくて良かったとか言うんじゃねぇだろうな?
『村人達を切ったのも何か理由が有ったんだ!』とか擁護されてよ。
さすがに当時そんな事言われてたら性格歪むわ!
……いや、今も十分歪んじまってるんだけどな。
「おいおい、確かに父さんはデカくて強かったし、母さんは優しくて色んな魔法を使えたが、広い心を持ったと言うより、無口で自己主張しない性格だっただけだし、大地を包む慈愛とやらは目下俺にしか注がれてなかったぞ? 近所の友達とかには厳しくて、陰で鬼ババァって呼ばれてたしな」
俺の言葉に『聞きたくなかった~』と何人かが理想と現実の落差に悲鳴を上げていた。
慰めとして、冒険者時代はそうだったのかもしれねぇなとフォローをしておいた。
いや、そんな時代は存在してねぇんだけどよ。
「しかし、その様な偉大な方達も『大陸渡り』には勝てなかったとは……、残念な事です。いつかこの世界の『三大脅威』すら打ち破ってくれるのではとまで謳われていらしたのに……。恐らく魔竜はそれを恐れ奇襲したのではないでしょうか?」
あ~、なるほど。
神の奴はこの世界での俺の両親の認識を、そう言う感じの落とし所に治めたって事か。
それなら急に俺の村が襲われたって言う辻褄が合う。
俺の両親の噂が冒険中俺の耳に入って来なかったのは、ある意味三大脅威に対する絶望感から来るお通夜状態だったからかもしれねぇ。
倒すと期待していた者達が、奇襲であっさり死んだんだ。
そりゃ現実逃避したくもなるわな。
「え~と、三大脅威って確か陸海空に関係するんだよな? 空の『大陸渡りの魔竜』の他ってどんな奴なんだ?」
「ん? 知らないのか? お前は誰も知らない様なとんでもない事まで知っている癖に、誰でも知っている様な事を知らなかったりする所が有るよな」
ギクッ! ……先輩め、鋭い突っ込み入れやがる。
この世界に来て二十四年だが、その半分は逃亡生活で消費されていたんで、生き抜くのに不要な情報は時間の無駄とあえて無視して来た。
この世界の基本的情報にしたって、不本意ながら超田舎者と言う設定の様だし、父さんしても母さんにしても冒険に必須な情報は色々と教わったが、一般知識に関してはかなり欠落している事が多々有る様だった。
これに関しては恐らく記憶の中に詰め込む情報の取捨選択と言う意味合いも有ったと思うが、情報を統制する事による秘匿情報の段階的解禁と言う動線誘導なんじゃねぇのかと今では思っている。
まぁ、分配の魔法の場合の様な身バレを無意識に行わせる罠と言うのも含まれていると思うが、要するに俺の知識はこの世界の一般人と比べて相当歪である事は間違いない。
「仕方無ぇだろ。俺は田舎者なんだしよ。それに両親から色々と教わりはしたが、かなりレベルの偏った英才教育だったからな。ある意味それらの知識にしても、その『ケンオウ』ってので今になってやっと納得いったくらいなんだぜ? 現役当時の事は全く教えてくれてなかったからな」
「す、すまん。責めたつもりじゃないんだ。ま、まぁどんな考えで素性を隠していたかは今となっては分からないが、恐らく深い考えが有ったのだろう」
いや、はっきり分かってるよ。
『ケンオウ』にしても『三大脅威』にしても、今頃になってHOTな話題に挙がったって事は、イベントの発生条件が揃ったって事なんだろうぜ。
「あぁ、そうだな。まぁいいや。で、他のはどんなのか教えてくれよ」
「よし、まずは陸だな。陸の脅威は『城喰いの魔蛇』と言う奴だ。大地に突如底の見えない程の深さが有る大穴が開く事が有る。これは『城喰い』の仕業と言われているな。その姿は途轍も無く大きな蛇であり、その名の通り昔とある国の王都を住人ごと丸呑みしたとの逸話が残っている」
「お、おう。そいつはすげぇな」
凶悪過ぎるだろ! 空から飛んで来るのが見える魔竜と違って、下からいきなりやって来られちゃどうしようもねぇよ。
そんな巨体が地面の中を移動するって事は、女媧と同じく大地属性のマスタークラスって事だろう。
恐らく音も無く動けるに違いない。
聞いておいて良かったぜ、これからは逆土槍の魔法は封印しねぇといけねぇわ。
もし範囲内に偶々魔蛇が居たりなんかすると一巻の終わりだぜ。
女媧モドキの時、調子に乗って広範囲で使っちまったが、今思うと背筋が凍るな。
「残る一つは海だ。海の脅威は『島削りの魔鯨』と呼ばれている。姿は牙の生えた巨大な鯨で、全長は数百メートルではないかと言われているぞ。と言っても全身を見た者は居ないらしい。なんせ牙一本が俺達の街にある教会の尖塔程も有るって話なんだからよ。そして、その名の通り過去に幾つもの島をその牙で削り取り海に沈めたと伝わっているんだよ。この大陸の南端にも大きく削られた跡が残っているぞ。俺も一度見た事が有るが、普通に峡谷かと思った程だ」
そんなん勝てるかーーー!!
神の奴、盛り過ぎだ!
俺、今後絶対船には乗らねぇぞ。
次乗る事が有ったら絶対遭遇イベント勃発確定って事じゃねぇか!
魔竜でさえ大概だと思っていたが、他の二つは神出鬼没な蛇と海のデカ物なんてどう対処したら良いんだ。
勝ち筋が見えねぇよ!
願わくば俺の物語の中にそいつらの討伐イベントが組み込まれていない事を祈るしか無ぇな。
「出来るならそいつらとは会いたくねぇや。父さんらも勝手な期待を持たれんのが嫌だから引退したんじゃねぇのか?」
「ガハハハ、違いない。俺も『大陸渡り』を直接見た事があるが、ありゃダメだ。元から人間に如何こう出来る代物じゃないぜ」
俺の言葉に先輩が笑いながら同意した。
先輩の言う通りだぜ。
実際に見た事ある奴にゃアレが倒す倒せないとか、そんな次元を超越した存在てのが嫌でも分かる。
まさに災害、いや天災だ。
係わり合いになるのはごめんだぜ。
「そ、そんなぁ~」
ジョン達はそれを聞いて情け無い声を上げた。
まぁ、憧れを打ち砕いたのは申し訳無ぇが、その憧れはそのまま俺にスライドするのは目に見えてるんで、今の内に否定させて貰っておかねぇとな。
翌朝、祭壇の探索を開始する為に皆で朝食を取っていると先輩がそう言ってきた。
ったく、またそれかよ。
解禁したからって、あまり公言されるのは勘弁して欲しいんだが。
俺は心の中でそう呟いた。
ここにはダイスと既に俺の事を知っているジョン以外に、何も知らなかったバース放牧場の従業員兼諜報員、何か正式名称は王国直轄魔族監視官とか言っていた三人が居たんだが、昨日の段階で色々とバレてしまった所為で、俺の事に関して情報が解禁されちまっている。
何故バレたかと言うと、興奮した先輩が色々と質問や両親を褒め称えたりしている最中、止める間も無くボロボロと俺の事を喋ったからだ。
しかし、怒る気も湧いて来なかった。
まず、目の前に二メートル近い筋肉達磨のおっさんが居る事を想像して欲しい。
ここで、まず普通なら思考が停止する。
例え知り合いだったとしてもだ、暑苦しい事この上ないからな。
それが、子供の様なキラキラした目で、小さい頃から俺の両親に憧れていたとか矢継ぎ早で言われてみろ、思考がオーバーヒートして返す言葉なんて出て来ねぇよ、……暑苦しい事この上ないからな。
それで、俺が呆然としている中、マシンガン張りの言葉の羅列の途中に『世界最強』だの『魔族を倒した者』だけならまだ良いが、『神の使徒』だの『理を破る者』と言った言葉まで出てしまったら誤魔化しようがない。
途中、ダイスとジョンが止めようとしてくれていたが、暴走した筋肉達磨は留まる事を知らず、一頻り喋り終えてから周囲の異様な雰囲気に気付き、四方一キロには届こうかと言う謝罪の言葉と共に土下座してきた為、怒る気も失せてしまった。
なんせ、ここで素直に許さないと縋り付きながら泣いて謝って来そうだったからだ。
そんな事されたら、暑苦しいと言う言葉が現界突破しそうだったしな。
……いや、許したら許したで『ありがとう! すまんすまん』と大声で泣きながら抱き付かれたんだから、どちらに転んでも暑苦しかったんだから最悪だぜ。
まぁ、抱き付かれる回数的に少なくて済んだ、初回宥恕を選択した俺グッジョブだな。
縋り付かれた後に、抱き付かれるなんて二重の責め苦になる所が、抱き付かれる一回で済んだんだからよ。
まぁ、そんなこんなで俺の秘密を知っている奴が新たに三人も追加されちまったが、幸いな事にこの三人もその役職的に、俺の事は国家機密として誰にも喋らないと言ってくれた。
……パジャマ男だの、幼女を抱きながらパンイチで走ってくる変態だのと言う不名誉な噂がバース放牧場で流行っているんで、全く信用出来無ぇんだけどな。
ジジイも背負ってたんだからその分中和してくれよ。
幼女だけで噂流すな!
まぁ、俺の情報を他国に洩らしても戦争の火種しか成り得ねぇし、国の機関で働いておまんま食ってる公務員が、おいそれと情報を売り渡す真似はしねぇだろ。
元より信仰心が高い世界なんだ。
『神の使徒』の情報を売り飛ばすなんてしたらどんな神罰が下るかってのも有るしな。
先日本物が降臨したってんだから尚更だぜ。
それに技術とかでもねぇし、喋ったからといって俺の力を手に入れられる訳でもねぇ。
もし、その所為で仮に戦争になったとしたら、俺は間違い無くこの国を守る為に戦うだろう。
それだけこの国には守るべき大切な物が多くなっちまった。
すぐさま相手の王宮に乗り込んで説教してやるさ。
ただその際、ちょっときつめのお仕置きもしてやるけどな。
実の所、先日魔族を倒しちまった所為で、ジョン達監視官が職にあぶれるんじゃねぇのかと心配したが、俺が魔族を倒す数日前に、国王から今後もし魔族が討伐された以降の処遇に関しての規律改定の書簡が届いたそうだ。
それによると、待遇はそのままでバース放牧場の従業員を今後も務めるか、それともそうなった際に設立される国外魔族調査部門への異動を選択すると言う物だったらしく、監視官の間では近々魔族が倒されるのではないかと噂していたらしい。
今この場に居るジョン含む四人は全て魔族調査部門への移動を希望していたようで、三人にしても魔族が倒された現場をその目で確認する為に今回同行した様だ。
しかも、俺達が帰って来た当初は、俺達が口裏を合わせて勇者であるコウメが倒したと報告したので、皆も当たり前の様にそう思っていたのだが、ジョンや治癒師のねぇちゃんの俺に対してのまるで信者かと思うような態度や、コウメ自身の俺への懐き具合から、彼らの中で俺に対しての『もしかして』と言う疑問は有ったらしい。
その理由が、『変態なのに皆から好かれる筈がない』と言う不名誉な事だったってぇのはムカつくが。
勿論バース放牧場に残る監視員も居る様だ。
なんたってこの国においてバース毛の織物は、今では需要の高い交易品の一つでも有る為、魔族監視の必要が無くなった今後は従業員共々一般枠からも採用し、国挙げての本格的に一大産業として発展させていく事になるらしい。
……全てが終わったら俺も就職させてもらおうか。
国王も娘に頭が上がらないただの好々爺かと思っていたが、さすが一国の王だぜ。
その後の事もちゃんと考えていたとはな。
「先輩! 俺の両親がどれだけ憧れの人だったか知らねぇけど、街に戻ったら喋らねぇでくれよ?」
「あぁ、すまん。だけど、今だけは語らせてくれ! 昨晩も興奮して寝れなかったんだよ」
ふぅ、良い歳したおっさんが興奮して寝れなかったってよ。
どうやら、俺の両親って奴はこの世界に差し込まれた設定として、最強の冒険者だったと言うのは先輩が語った通りだが、なぜこの大陸で育った先輩がそこまで知っていたかと言うと、その活躍が吟遊詩人の語り部達の手によってこの大陸にも伝わって来ていたとの事だ。
ダイスやジョン含む監査官四人も勿論知っていた様だが、どうやら伝わり方が人々の噂とかではなく脚色された詩と言う形でこの大陸に入って来た為、『旅する猫』同様におとぎ話的なフィクションと思っていたらしく、現地で実在すると言う話を直接聞いた先輩と違って、実話だったのかと驚いていた。
先輩が言うには、当時幼かった先輩が城に招聘された吟遊詩人の謳う、俺の両親達の活躍の詩に魅せられて、いつか冒険者になるって言う決意をしていたらしい。
ホテルで聞いた話じゃ死んだ事にしたのは国の為だとか何とか言っていたが、どうやら最初から出奔する機会をずっと伺っていた様で、政変や『大陸渡り』の出現はまさに渡りに船だったと言い出した時は、さすがに『不謹慎だろ』と突っ込んでしまった。
本当は俺が村の出身と言うのを知った時に、すぐにでも『ケンオウ』について真偽を問い質したかったみたいなのだが、さすがにあの場では叔父である国王の手前、空気を読んで黙っていたらしい。
それに俺が本当に過去に向き合う気になるまで我慢していた様で、聞きたいと言う気持ちをずっと抑え込んでもやもやしていたみたいだ。
だから、昨日俺がハリー達の事を聞く気になったって時に、やっとその事が聞けるってんで、なんかもじもじしてやがったんだな。
いや、両親は実在しねぇし、そもそもその村には俺含めて誰も住んじゃいなかったっての。
怒らなかった理由の最大の原因はこれだな。
裏事情を知っている俺としては、俺の両親に対する先輩のキラキラした眼差しが、あまりにも可哀想でいたたまれなくなってしまったからだ。
「まるで天空を思わせる様な巨体と広い心の持つ一騎当千の剣士、そして大地を包むような慈愛に満ちた千を越える大いなる魔法を操る魔法使い。そして、その二人が織りなす冒険譚。いや~吟遊詩人が謳うソォータ様のご両親の物語に、小さい頃は私も心をときめかした物ですよ」
先輩に続いてジョンが嬉しそうに言って来た。
他の三人もなのだが、既に俺の呼び方が様付になっている。
知らない奴が居る場所では絶対その呼び方を止める様には言っているが、本当に大丈夫なのかね?
しかし、なんか俺の両親かっこよく脚色され過ぎだわ。
これも、アレだな。
俺を表舞台に立たせて、皆に崇めさせる為のギミックだったんだろうぜ。
なんせ勇者を越える最強の二人の息子なんだ。
もしかして最初からそれを公言していたら、逃亡生活なんてしなくて良かったとか言うんじゃねぇだろうな?
『村人達を切ったのも何か理由が有ったんだ!』とか擁護されてよ。
さすがに当時そんな事言われてたら性格歪むわ!
……いや、今も十分歪んじまってるんだけどな。
「おいおい、確かに父さんはデカくて強かったし、母さんは優しくて色んな魔法を使えたが、広い心を持ったと言うより、無口で自己主張しない性格だっただけだし、大地を包む慈愛とやらは目下俺にしか注がれてなかったぞ? 近所の友達とかには厳しくて、陰で鬼ババァって呼ばれてたしな」
俺の言葉に『聞きたくなかった~』と何人かが理想と現実の落差に悲鳴を上げていた。
慰めとして、冒険者時代はそうだったのかもしれねぇなとフォローをしておいた。
いや、そんな時代は存在してねぇんだけどよ。
「しかし、その様な偉大な方達も『大陸渡り』には勝てなかったとは……、残念な事です。いつかこの世界の『三大脅威』すら打ち破ってくれるのではとまで謳われていらしたのに……。恐らく魔竜はそれを恐れ奇襲したのではないでしょうか?」
あ~、なるほど。
神の奴はこの世界での俺の両親の認識を、そう言う感じの落とし所に治めたって事か。
それなら急に俺の村が襲われたって言う辻褄が合う。
俺の両親の噂が冒険中俺の耳に入って来なかったのは、ある意味三大脅威に対する絶望感から来るお通夜状態だったからかもしれねぇ。
倒すと期待していた者達が、奇襲であっさり死んだんだ。
そりゃ現実逃避したくもなるわな。
「え~と、三大脅威って確か陸海空に関係するんだよな? 空の『大陸渡りの魔竜』の他ってどんな奴なんだ?」
「ん? 知らないのか? お前は誰も知らない様なとんでもない事まで知っている癖に、誰でも知っている様な事を知らなかったりする所が有るよな」
ギクッ! ……先輩め、鋭い突っ込み入れやがる。
この世界に来て二十四年だが、その半分は逃亡生活で消費されていたんで、生き抜くのに不要な情報は時間の無駄とあえて無視して来た。
この世界の基本的情報にしたって、不本意ながら超田舎者と言う設定の様だし、父さんしても母さんにしても冒険に必須な情報は色々と教わったが、一般知識に関してはかなり欠落している事が多々有る様だった。
これに関しては恐らく記憶の中に詰め込む情報の取捨選択と言う意味合いも有ったと思うが、情報を統制する事による秘匿情報の段階的解禁と言う動線誘導なんじゃねぇのかと今では思っている。
まぁ、分配の魔法の場合の様な身バレを無意識に行わせる罠と言うのも含まれていると思うが、要するに俺の知識はこの世界の一般人と比べて相当歪である事は間違いない。
「仕方無ぇだろ。俺は田舎者なんだしよ。それに両親から色々と教わりはしたが、かなりレベルの偏った英才教育だったからな。ある意味それらの知識にしても、その『ケンオウ』ってので今になってやっと納得いったくらいなんだぜ? 現役当時の事は全く教えてくれてなかったからな」
「す、すまん。責めたつもりじゃないんだ。ま、まぁどんな考えで素性を隠していたかは今となっては分からないが、恐らく深い考えが有ったのだろう」
いや、はっきり分かってるよ。
『ケンオウ』にしても『三大脅威』にしても、今頃になってHOTな話題に挙がったって事は、イベントの発生条件が揃ったって事なんだろうぜ。
「あぁ、そうだな。まぁいいや。で、他のはどんなのか教えてくれよ」
「よし、まずは陸だな。陸の脅威は『城喰いの魔蛇』と言う奴だ。大地に突如底の見えない程の深さが有る大穴が開く事が有る。これは『城喰い』の仕業と言われているな。その姿は途轍も無く大きな蛇であり、その名の通り昔とある国の王都を住人ごと丸呑みしたとの逸話が残っている」
「お、おう。そいつはすげぇな」
凶悪過ぎるだろ! 空から飛んで来るのが見える魔竜と違って、下からいきなりやって来られちゃどうしようもねぇよ。
そんな巨体が地面の中を移動するって事は、女媧と同じく大地属性のマスタークラスって事だろう。
恐らく音も無く動けるに違いない。
聞いておいて良かったぜ、これからは逆土槍の魔法は封印しねぇといけねぇわ。
もし範囲内に偶々魔蛇が居たりなんかすると一巻の終わりだぜ。
女媧モドキの時、調子に乗って広範囲で使っちまったが、今思うと背筋が凍るな。
「残る一つは海だ。海の脅威は『島削りの魔鯨』と呼ばれている。姿は牙の生えた巨大な鯨で、全長は数百メートルではないかと言われているぞ。と言っても全身を見た者は居ないらしい。なんせ牙一本が俺達の街にある教会の尖塔程も有るって話なんだからよ。そして、その名の通り過去に幾つもの島をその牙で削り取り海に沈めたと伝わっているんだよ。この大陸の南端にも大きく削られた跡が残っているぞ。俺も一度見た事が有るが、普通に峡谷かと思った程だ」
そんなん勝てるかーーー!!
神の奴、盛り過ぎだ!
俺、今後絶対船には乗らねぇぞ。
次乗る事が有ったら絶対遭遇イベント勃発確定って事じゃねぇか!
魔竜でさえ大概だと思っていたが、他の二つは神出鬼没な蛇と海のデカ物なんてどう対処したら良いんだ。
勝ち筋が見えねぇよ!
願わくば俺の物語の中にそいつらの討伐イベントが組み込まれていない事を祈るしか無ぇな。
「出来るならそいつらとは会いたくねぇや。父さんらも勝手な期待を持たれんのが嫌だから引退したんじゃねぇのか?」
「ガハハハ、違いない。俺も『大陸渡り』を直接見た事があるが、ありゃダメだ。元から人間に如何こう出来る代物じゃないぜ」
俺の言葉に先輩が笑いながら同意した。
先輩の言う通りだぜ。
実際に見た事ある奴にゃアレが倒す倒せないとか、そんな次元を超越した存在てのが嫌でも分かる。
まさに災害、いや天災だ。
係わり合いになるのはごめんだぜ。
「そ、そんなぁ~」
ジョン達はそれを聞いて情け無い声を上げた。
まぁ、憧れを打ち砕いたのは申し訳無ぇが、その憧れはそのまま俺にスライドするのは目に見えてるんで、今の内に否定させて貰っておかねぇとな。
0
お気に入りに追加
734
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~
平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。
三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。
そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。
アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。
襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。
果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜
平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。
『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。
この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。
その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。
一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる