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第四章 予兆

第50話 父親

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「貴様! また姫様に対して無礼な口を! しかも王の御前で!」

 護衛のねぇちゃんが、又もや俺の言葉に対して怒鳴り声を上げた。
 更に腰の剣に手を掛けている。
 う~ん、しまった。
 さっき、口の聞き方に注意しようとか思ってた所なのに、いきなりやっちまった。

「先生!!  そんな言い方って酷いですわ!!」

 姫さんが少し涙目になりながら怒っている。
 そりゃ尤もだ、さっきの俺の発言は怒っても仕方が無ぇ。
 これは、本格的にマズイか? え~と、この部屋の窓は……げっ、この部屋窓有りやがらねぇ。
 アレか? 要人用のセキュリティ部屋って事か?
 外も廊下には騎士達が並んでいたし、逃げるのは難しいか……。
 前門のトラ、後門の狼って所か?

「貴様ぁ! そこになおれ! その首すっ飛ばしてくれる!」

 姫さんの怒りに呼応して護衛のねぇちゃんは更にヒートアップしていっている。
 とうとう剣を抜いてきた。
 王の御前で簡単に剣を抜いて良いのか? との疑問も拭えないが、無礼者相手にはそう言うものなのか。

 しかし、部屋には他にも近衛騎士らしき奴らは居るが、誰一人護衛のねぇちゃんに習って構える奴は居なかった。
 それ所か、全員目を剥きながら口をあんぐり開けて姫さんの事を凝視している。
 それは、近衛騎士達だけじゃなく国王まで同じ表情だ。

 訳が分からねぇが、全員こちらに敵意を向けているんじゃなければ、まだ何とかなりそうだ。
 取りあえず今回の事もこいつが原因と言えなくもねぇんだし、責任を擦り付けるか。

「ちょっと、待ってって。あ~、ちょっとお待ち下さい。先程の言葉の無礼を断罪する前に私の言葉をお聞きする時間を下さい」

「問答無用だ! 一度ならず二度までも姫に無礼な口を利くとは勘弁ならん!」

 俺も人の事を言えたもんじゃねぇが、このねぇちゃんもかなりの物だよな。
 全く聞く耳持ちやがらねぇ。そもそもお前に言ったんじゃ無ぇよ!

「お待ちなさい、ジュリア!!」

「ひ、姫様……」

 今にも切り掛かろうとしていたねぇちゃんを、まだプリプリと頬を膨らませて怒っている姫さんが止めてくれた。

 ふぅ~、助かったぜ。

 素直に切られる気はさらさら無ぇが、かと言って反撃なんかして怪我させようものなら、さすがに洒落にならねぇ。
 一級犯罪者の烙印を押されちまう。

「先生! 先程の言葉の言い訳、聞いてあげなくも無い事も無いです。言ってみなさい」

 『どっちだよ!』と、恐らくこの部屋に居る皆が同じツッコミをしたんじゃないだろうか?
 まぁ、何とかこの場を収める切っ掛けを掴めたので良しとするか。

「有難き幸せ。姫様、先程の私の言葉の意味は……」

「先生。その言葉遣いしっくり来ません。ダンスの時の様な言葉で仰って下さい」

「え?」

 何言ってるんだ、姫さんは? 今まさにその言葉遣いでこの窮地に陥っている訳だが……。
 あっ! あのキザったらしい喋りの方の事か!

「では、レディ。その御耳に、私めの……」

「それも違います! その遊び人みたいな言葉遣いは先生に似合いませんわ」

「えぇっ!」

「ぷっ!」

 ち、違うのか? クソッ、周りの奴ら吹き出しやがった!

「がはははは」

 先輩は声を出して笑ってやがる。
 国王の前だってのに、俺の暴言以上に無礼だと思うんだが、護衛のねぇちゃんは先輩の傍若無人を、見て見ぬ振りしてやがる。
 くそっ! これが肩書きの差って奴か。

「先生の普段の喋り方で結構です」

「い、いや。さすがにそれは私と言えども、王の前でその様な言葉遣いは……」

「私が許可したのです。誰にも文句は言わせません」

 うわっ! わがまま姫再びだ!
 護衛のねぇちゃんが絶句してる。
 国王に目を向けると全てを悟ったと言うか諦めたと言うか、そんな顔で頷いた。

 国王の許可が出たし仕方無いか。

「まず、国王。これからは無礼な言葉になりますが申し訳ありません」

 一応念の為に先に謝っておこう。
 姫さんが良いと言っても父親だしな、おっさんが娘に対して生意気な口利いてたらムカつくだろう。

「うむ。こいつがこう言うのなら構わん。許す」

 遠い目をして国王が頷いた。
 もうこれだけで姫さんの普段の行動が目に浮かぶぜ。

「ええと、姫さん。まずは謝らせてくれ、すまん。で、俺がさっき言った言葉は、元はと言えば、こいつがメアリに昨日の内に姫さんが帰るって言ってたのを聞いたからなんだよ。だからビックリしたんだ」

「なっ! そ、それは……」

 俺が護衛のねぇちゃんを指差して理由を言うと、護衛のねぇちゃんはひどく慌てだした。
 くくくっ、責任を押し付けてやったぜ。ザマァ見ろ。

「あぁ、そう言う事でしたか。なるほど、確かに昨日帰る予定でしたが、一昨日は結局あの後先生に会えませんでしたし、昨日は昨日で塔の上にいらっしゃったので、終わったら逢いに行こうと思っていたのですが、その、ほら、女神様が御姿を御現しになられましたでしょ? ですので、会うどころじゃありませんでしたし。だから、本日ここにお招きしたのです」

 あれ? 護衛のねぇちゃんの事は、普通にスルーされたぞ?
 クソッ! 護衛のねぇちゃんの奴、『思惑が外れて残念だったな』とでも言っているようなドヤ顔してやがる。

 しかし、なんか姫さんの話しぶりからすると、俺に会うのが前提みてぇじゃねぇか?
 俺に会うまで帰らないつもりだったって事かよ。
 庶民の俺に会う事なんかどうでもいいだろうに。
 しまったな、こりゃ。
 メアリはああ言ってたが、逆に会った方が早くオサラバ出来たんじゃねぇか。

「そう言えば、何で俺が教会の塔に居た事が分かったんだ? 警備計画が漏れてたのか?」

 まぁ、姫さんは王族なので別に良いけどよ。
 国王なら兎も角、ただの出席者である王女様ってのにまで漏れているのはあまり言い気分じゃねぇな。

「いえ、警備とかは興味有りませんので知りませんでしたわ」

「え? じゃあなんで? 俺の居場所が?」

 最初キョロキョロとはしていたが、結構迷い無く俺の方を見なかったか?
 ふと見上げて目が合ったとか言う距離じゃ無ぇし、明らかに俺を探している風だったんだが……。

「そりゃぁ、決まっていますわ」

 姫さんは然もおかしいと言う様に笑い出した。
 え? 何が決まってるんだ? 俺が塔に登ってるのが決まってるって?
 もしかしてアレか? 何とかは高い所が好きとか言う奴。

「女の感って奴ですわ。先生の気配を感じましたので」

 ゾクッ!

 な、何だそれ? 感って言うレベルの的確さじゃなかったぞ?
 回りの皆も、なんか絶句を通り越して、異様な空気を醸し出して来てるし。
 これ以上、理由を聞くのは怖すぎるので、ちょっと話を変えるか……。

「そ、そうは言うがよ。なんか帰らなきゃいけねぇ、用事が有ったんじゃねぇのか?」

「あぁ、用事ですか? まぁ、なんと言いますか、つまらない用事ですわ。遠国の王子とのお見合いなんて、私《わたくし》端から乗り気で有りませんでしたし」

「ブゥゥーー!」

 姫さんの言葉に盛大に吹き出してしまった。
 ちょっと待て、封建社会の王族の女性って、ある意味それ婚姻が仕事じゃねぇのか?

「国王? こんな事を言っていますが良いんですか?」

「儂としては、少しホッとしておるのだよ」

「えぇ!」

 なんか安堵している顔振りで、そんな事を言う国王。
 国王と言えども、やっぱり父親。娘が嫁に行くのが寂しいのか?

「父親である儂が言うのもなんだが、顔は見ての通り別嬪だし、その佇まいは王族として何処に送り出しても恥ずかしいものではない」

 確かに国王の言う通り、顔は悪く無ぇし、雰囲気もこれぞ王族!! と言う感じだ。
 しかし、親バカだなぁ~。
 
「……黙っておればな」

「え?」

 んん? 今国王が変な事を言ったぞ?
 しかも、なんか疲れ切った顔で。

「先程言った通り、こやつはこの外見から高嶺の花として、わが国だけじゃない近隣諸国の王侯貴族から、婚姻の申し込みは引く手数多なのだ」

「はぁ、先日の舞踏会でも、人気が凄かったのは実感しました」

 『踊らずの姫君』とかなんとかで、俺が始めて人前で踊った男として、結構回りの男達から敵視されていたし。
 まぁ、その後、姫さんが皆と踊るようになったから、逆に俺が呼び水となったと感謝もされたが。
 先輩もトップニュースになるとか言っていたしな。

「まぁ、儂としてもそれは鼻が高いのだが、おぬしはもう分かっているであろう? ……性格の方がちょっとアレな事を。それにダンスも……」

「あぁ、アレですね。分かります」

「アレってなんですか! お父様! それに先生まで!」

 アレって、要するに自己中心のワガママ姫って事だな。
 舞踏会なんざ、ある意味国交を深める儀式みたいなものだ。
 その誘いを一国の姫が断ると言う意味は軽いものじゃないだろう。
 案外『踊らずの姫君』と言う、不可侵的な異名を広めたのは国王によるものだろうな。
 『踊れずの姫君』を誤魔化し工作する為に、王様も色々と苦労したんだろうなぁ。

「何度か、見合いをさせた事は有るのだが、悉《ことごと》くな。悉《ことごと》く相手に女性に対するトラウマを植え付けて追い返していたのだよ。特に今回はあまり親交の無い国であったので、国際問題にならないか冷や冷やしておったのだ」

 うん、分かる分かる。
 この姫さんも、存外口が悪いからな。
 しかも、相手を追い込む事に対して悪知恵が働きやがるんで、甘やかされて育ったお坊ちゃん達にゃあ、劇物となってもおかしくねぇな。

「それは、相手が私に釣り合う相手ではなかっただけの事ですわ!」

 あぁ、初めて会った時もそんな事言っていたよな。
 ん? そう言えばダイスの事だけは気になるとか言ってなかったっけ?
 もしかして、こいつダイスの事が好きでそれ以外の男は興味無いとか、そんな感じなのか?

「姫さんはダイスの事が好きなのか?」

「は? はいぃっ? なんでそんな事?」

 姫さんは意表を突かれた様で驚いている。
 おぉ! これは図星か?

「初めて会った時、そんな感じの事を言ってただろ? 気になってるみたいな」

「う、そ、それはそうですが……」

「そうなのか? ふむ、ディオン殿なら昔は兎も角、今の名声は元より家柄的にも悪くない。それに百戦錬磨の彼なら娘のわがままを抑え込む事が出来るやもしれんな」

 ダイスの正体は西の方に有る国の何番目だかの王子だからな。
 他国の王族と婚姻するのは特に障害も無く、お互いの国益にもなるしめでたい事だ。
 ダイスの性格も今じゃ穏やかだし、こいつのわがままも許容して上手くやっていけるだろう。
 特に彼女が居るって話もないしお似合いカップルになるんじゃねぇか?

「……失態でしたわ。先生にその様な印象を植え付けてしまうなんて……」ボソッ

「ん? 姫さん何か言ったか?」

「い、いえ。別にディオン様が好きと言う訳じゃありませんわ。あくまで最近の噂話で、少し興味を持っただけです」

「え? そうなの?」

「はい。元々ディオン様とは幼い頃に会った事がありますが、あの頃のディオン様はワガママな傍若無人さで、正直顔が良いだけの、とても王族とは思えない方でしたわ」

 『お前が言うな!』と、確実にこの部屋の皆が心の中でツッコミを入れただろう。
 護衛のねぇちゃんでさえ、姫さんが言った瞬間すごい勢いで姫さんを見て、思わず出そうになった言葉を飲み込んでる顔したもんな。

「そんないけ好かなかった方が、ここ数年めっきり人が変わって英雄候補なんて言われてるんですもの。少し恥をかかせてやろうと思いまして、ダンスの相手にと思っただけですわ」

 なるほど、元々『踊らずの姫君』継続の生贄として選んでいたのはダイスだったのか。
 それで居なかったから、ダイスの関係者で周りからチヤホヤされていた俺に標的を移したんだな。

「先生とダンスを踊らせて頂いて理解いたしましたわ。ディオン様が変わられたのは全て先生のお陰と言う事が」

「だから買い被り過ぎだって。あの時も言っただろ? 俺はちょっと基礎教えただけだ。今ダイスが立派になってるのはあいつ自身の努力の結果なんだよ」

 ちょっとだけ、人格矯正はしてやったがな。
 しかし、その後の奴の功績は自身の努力の結果だ。
 俺のお陰なんかじゃねぇさ。

「またまた~、ご謙遜を~。先生は本当に奥ゆかしいですわね」

「だからぁ……」

「なるほどのぅ。あの悪童ディオンが変わった理由が分かったぞ。全ておぬしのお陰なのだな」

「あの聞いていましたか? 俺のお陰じゃないですって」

「いや、この娘の変わりようで分る。ここまで素直に人の事を褒めるなぞ、今まで有り得なかったのだよ。それに昨日からの家臣皆への態度もとても穏やかになっておった」

 なんか、よく分からない褒め方されてるが、どう言う事なんだ?
 あまり姫さんが変わったと言う印象は無いんだが。

「父親として礼を言わせてくれ。ソォータ殿、ありがとう」

 なんと、驚いた事に国王が俺に対して頭を下げて来た。
 周りの近衛騎士達は、そのあまりの衝撃的な光景によって、一斉にどよめきが起こる。

 そりゃあ、そうだろう。一国の国王が一介の冒険者に対して頭を下げたんだ。
 俺もビビった。

 また一歩のんびり暮らす夢から遠ざかった様な気がするぜ……。
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