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第四章 それでは皆様
第65話 嬉しい
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「それではよろしいですかな?」
執事長の開始確認の言葉にオーディックが木剣構えて頷いた。
ローズも同じく頷く。
静まり返った訓練場。
ローズとオーディックは7mばかり距離を開けて対峙している。
その場に居る皆は、今から始まる二人の戦いに固唾を飲んでただじっと見守っていた。
「では、始めっ!」
執事長が試合開始の合図をする。
それに合わせて誰かがゴクリと唾を飲んだ音が聞こえた。
「ちぇあーーーっ!!」
合図の後、間を置かずに攻撃を仕掛けたのはローズだった。
正中線に構えた姿勢を素早く沈ませてまるでバネの様に力を溜めて一気に開放して、オーディック目掛けて踏み込んだ。
ここ数週間、毎日執事長に鍛えられているローズ。
既に元の肉体とほぼ互角にまで仕上がっており、その踏み込みスピードはまるで閃光の如き一瞬の瞬きにも満たない刹那でオーディックを木剣の間合いに捉えるまでに肉薄する。
「速いっ!! けどっ!」
ローズの屋敷の衛兵なら今の動きに反応すら出来ずに敗北を喫していただろうが、オーディックは驚きながらもその動きに合わせて上半身をすっと反らした。
オーディックの顎先数㎝を切り上げる剣先が通り抜ける。
ビョウッ。
空気を切り裂く音を立てた剣先は振り切り終わる前に空中でピタッと止まった。
その動きにオーディックはぎょっと驚く。
その動揺を察知したローズは、次の瞬間更に一歩踏み出して止めた木剣をオーディックに向けて切り下ろす。
「おわっと!」
バキンッ!
追撃が来ると思っていなかったオーディックだが、振り下ろされるローズの剣を神速の如き反射神経により木剣で受け止める。
そして、二人はそのままの姿勢で動かなくなった。
訓練場の真ん中でお互い離れた位置で構えていた二人が、一呼吸にも満たない後には互いに剣を交わしている。
今目の前で起こった事をその目で追えた者はどれ程いただろうか?
「やるじゃないかローズ! ちょっと焦っちまったぜ」
ギリギリと音を立てる交わる木剣を介してオーディックがにこやかな笑顔でローズに話し掛ける。
ローズも同じ様なにこやかな顔で微笑んで返した。
「それは私もです。正直こんなにあっさりと止められるなんて思ってもみませんでしたもの。ちょっとショックですわ」
ローズはそう言って木剣を握る手に力を込めて、自身の身体を押し付けるようにオーディックに肉薄した。
そして鍔迫り合いの形で対峙する。
これは何もローズの力にオーディックが押し負けた訳ではない。
引くと追撃が更に来ると言う懸念と、無理に押し返そうとするとローズに怪我をさせるのでは? と言う心配がそうさせた。
いや、それ以上に顔を真っ赤にして一生懸命力を入れてるローズが、自分に密着する様に近付いて来ようとするのが嬉しくて思わず力を抜いてしまったと言うのが大きい。
早朝から稽古に精を出したローズの額はてらてらと汗が輝いていた。
お互いの息が掛り合う程の近距離。
そして、鼻腔をくすぐるローズの匂い。
オーディックは今最高の気分だった。
愛する者と剣の稽古で共に汗を流すなんて思ってもみなかった事である。
他の国なら女性が戦士となる事はそう珍しくない事らしい。
たまに他国から流れてきた旅人の中に帯刀している女性の姿を街で見掛ける事もあった。
先の戦についての授業でも他国の騎士の中に部隊長として名を連ねている女性の名が何度となく登場する。
そう言えば最近良く噂で聞く有名な傭兵団の団長も女性だったか?
オーディックはふと剣の交差を挟んだ先のとてもいい笑顔をしているローズの顔を見て思い出した。
しかしながら、この国において女性は家を守る者として戦場に立つ事は無かった。
女性とて剣を取らない者が居ない訳ではないが、それもあくまで護身術程度のもので、およそ人と戦う為の術ではない。
得てすれば暴漢に襲われた際に自らの貞淑を守る為、その剣で自死する事が美徳とさえされていたのだ。
さすがにそれは蜘蛛の巣が張った古い考えで、平和の世が続く昨今では女性兵士の数も増えて来た。
オーディックの家ではサーシャの意向でブティックやランジェリーショップ等々の男子禁制の場には、積極的に女性剣士を衛兵として雇い入れており、それはベルクヴァイン家の屋敷内でも同じ事。
サーシャお付きの護衛として公私に渡って活躍している。
とは言え、それはあくまで一般市民か良くて騎士家の息女と言う身分が低い者ばかり。
子爵以上の身分の令嬢が剣を振るい、男性相手に試合するなどこの国では聞いた事がない。
ましてや、王国でもトップクラスの実力者である自分と対等に戦える者など男性でも上から数えられる程しか居ないと自負している。
しかし、目の前であわや一撃を喰らい掛ける程の猛攻を見せた対戦者は、伯爵令嬢であり自分の意中の人であった。
熱血キャラのオーディックにとって、これ以上望むべくもない最高のシチュエーション。
彼の身体は歓喜に打ち振るえていた。
「オーディック様? 私、とても強くなったでしょう?」
このまま時が止まりずっとこうしていたいと思っていたオーディックに、ローズが皆に聞こえない程の小さな声で話し掛けてくる。
不意を突かれた形のオーディックは一瞬意味を捉えかねていた。
『強くなった? それはどう言う意味だ? いや、実際に強いのは認めるがよ』とオーディックは心の中でその言葉の真意を考える。
しかしてオーディックは一つの解に辿り着く。
「お、おい。もしかしてお前……?」
恐る恐るローズに尋ねた。
もし、自分の想定の答えじゃなかったら? そんな予防線を込めた少し遠回りな質問。
『だって、覚えていないって言っていたじゃねぇか』と、違った時のショックを軽減する為だ。
「私達が最初に出会ったお母様の葬儀の日。心配して下さるオーディック様に私は宣言いたしましたわよね。『強いレディ』になるって」
オーディックはローズの言葉に衝撃を受けた。
先程の歓喜など比べ物にもならない程の喜びだ。
先日自分の事を必要だと言ってくれた時以上の喜びが血管をを介して全身を巡っているかの錯覚に囚われた。
思わずこのままローズを抱き締めたくなる思いを必死で押し留めた。
「おいおい、その言葉覚えていたのかよ。忘れてるって言ってたじゃないか。人が悪いぜ」
あえていつも通りの言葉をローズに返した。
『ここじゃまずい。人目が多いしよ』と周囲の目に気付いて何とか冷静に戻る事が出来た為だ。
「そう……ですか。いえ、先日ふっと思い出したんです。ごめんなさい」
ローズが少し表情を陰らせながらそう言った。
オーディックは冷静を装う為に自分の言葉が強くし過ぎたか? と、慌てて弁明をする。
「ち、違うってお前を責めた訳じゃねぇって! 思い出してくれて俺は嬉しいぜ」
「そう言って頂けると私も嬉しいですわ」
ローズの表情が少し戻った事にホッとしたオーディックは場を和ませようと軽口を叩く。
「けどよ。強いってのは別に物理的って話じゃねぇんじゃねぇの? 俺はびっくりだぜ」
これはある意味、オーディックの本心であった。
この娘は強くなると言って悪辣なわがまま令嬢に育ってしまったが、今度は剣士として強くなろうとしているのか?
本当に困った奴だと、心の中でおっちょこちょいな幼馴染を愛しく思うと共にこれからも見守ろうと心に決めた。
「あら、私の目標は心技体全てにおいて強くなる事ですわ」
ローズはそう言ってペロッ舌を出しながら悪戯っ子の様な笑顔を浮かべた。
その顔を見たオーディックは―――。
ぷちん
「ローズゥーー!」
あまりのローズの可愛さに色々と堪えていた心の中の線が切れてしまった。
ものの見事にぷっつりと。
オーディックは思わず目の前のローズを抱き締めようと剣を弾いて手を広げた。
「え? えぇ! キャーー!! ってい!」バシッ! 「グエッ」ドサッ。
突然のオーディックの行動に驚いたローズは、手を広げて覆い被さって来ようとするオーディックに対して、思わず身の危険を感じてガラ空きの胴目掛けて木剣を振り抜いてしまった。
ローズの事が大好きと言う思いが暴走している今のオーディックにとって防御のぼの字も頭の中には無かった為、その一撃はまともに入ってしまい痛みの余りその場に倒れ込む。
「ご、ごめんなさい。オーディック様! お怪我は有りませんか?」
寸止めと言うルールであったにも拘らず、咄嗟の事で思いっきり剣を振り抜いてしまったローズは慌ててオーディックの元に駆け寄った。
当てた後に気付いてすぐに力を弱めたとは言え、いい感じに横腹に入った手応えは両手に残っているので大怪我とまではいかないものの、かなりの痛みが有る筈だ。
ローズは自分のやってしまった事におろおろと慌てていた。
「だ、大丈夫だローズ。ちっとばかし油断しただけだぜ。しかし、やるなローズ! 俺の技を破るとは!」
オーディックは痛みを堪えながら立ち上がり、ローズに心配を掛けさせないようにと軽口を叩いた。
あと先程皆の前と言う事も忘れてローズ愛しさから抱き付こうとしてしまった事を誤魔化す為に、あれは技だったと言い張る事にした。
さすがにいきなり抱き付くのは犯罪だし、それでローズに嫌われたくない。
自分でも苦しいかな? と思いながらも一縷の望みを掛ける。
「まぁ、そうでしたの! 確かにとても恐ろしい技だったのか、身の危険を感じてしまって思わず剣を当ててしまいましたわ。本当にごめんなさい」
どうやらローズはオーディックの言葉を信じた様である。
よもや試合中に相手が抱き付いて来るとは思いもよらず、あの行動は何か理由が有るのかと考えていたところに『技を破った』と褒められたのだ。
少しばかり試合でハイになっているローズは、『未知の技を破った自分凄い!!』と上機嫌になってしまっていた。
だが、勿論周囲の皆はそんな事が嘘だと気付いている。
オーディックが『俺の技を破るとは!』と言った瞬間、『絶対嘘だ!!』と心の中で総突っ込みを入れていた。
ただ、オーディックの気持ちも痛い程分かるので声に出すまではしない。
衛兵達にしても試合中のキラキラ輝くローズを見て何度同じ思いに囚われたか。
しかしながらそんな隙を見せようものなら一瞬で勝負が決まってしまうので最近では自重している。
それに比べてオーディックの腕は明らかにローズより上であるのは明白であり、動きに余裕があった。
そして初めての対戦であったのだから愛しさが暴走してもおかしくないだろう。
とは言え、『お嬢様になんと不埒な事をしでかしたのか』と言う気持ちは有るので、横腹への一撃に苦しんでるオーディックを見て『ザマァみろ』と心の中でほくそ笑んでいた。
「本当に大丈夫ですか? 結構良い感じに入ってしまった感じなんですが……」
ローズが心配そうにオーディックに寄り添いながら声を掛けている。
密着するローズにオーディックは嬉しそうだ。
「大丈夫大丈夫! ローズから受けた痕はある意味勲章モノだぜ! もっと貰っても全然構わないさ。むしろ嬉しい」
ローズに心配掛けさせないようにとオーディックはそう言うのだが、上手い言葉が見付からず端から聞くと段々とヤバい事を言い出している。
ローズは、『あ、あれ? もしかしてオーディック様もフレデリカ系なのかしら?』と若干引き気味になりながらも、自分に心配させない為に言ってるのだろうと無理矢理納得させた。
だが、周囲の皆は『なるほど!』と目からウロコが落ちるかの如くキラキラとした眼差しでローズを見詰めていた……。
『ローズからの傷を受けし者』と言う称号が、本人の知らない所でステータスとして持て囃される未来が訪れるかは誰も知らない。
執事長の開始確認の言葉にオーディックが木剣構えて頷いた。
ローズも同じく頷く。
静まり返った訓練場。
ローズとオーディックは7mばかり距離を開けて対峙している。
その場に居る皆は、今から始まる二人の戦いに固唾を飲んでただじっと見守っていた。
「では、始めっ!」
執事長が試合開始の合図をする。
それに合わせて誰かがゴクリと唾を飲んだ音が聞こえた。
「ちぇあーーーっ!!」
合図の後、間を置かずに攻撃を仕掛けたのはローズだった。
正中線に構えた姿勢を素早く沈ませてまるでバネの様に力を溜めて一気に開放して、オーディック目掛けて踏み込んだ。
ここ数週間、毎日執事長に鍛えられているローズ。
既に元の肉体とほぼ互角にまで仕上がっており、その踏み込みスピードはまるで閃光の如き一瞬の瞬きにも満たない刹那でオーディックを木剣の間合いに捉えるまでに肉薄する。
「速いっ!! けどっ!」
ローズの屋敷の衛兵なら今の動きに反応すら出来ずに敗北を喫していただろうが、オーディックは驚きながらもその動きに合わせて上半身をすっと反らした。
オーディックの顎先数㎝を切り上げる剣先が通り抜ける。
ビョウッ。
空気を切り裂く音を立てた剣先は振り切り終わる前に空中でピタッと止まった。
その動きにオーディックはぎょっと驚く。
その動揺を察知したローズは、次の瞬間更に一歩踏み出して止めた木剣をオーディックに向けて切り下ろす。
「おわっと!」
バキンッ!
追撃が来ると思っていなかったオーディックだが、振り下ろされるローズの剣を神速の如き反射神経により木剣で受け止める。
そして、二人はそのままの姿勢で動かなくなった。
訓練場の真ん中でお互い離れた位置で構えていた二人が、一呼吸にも満たない後には互いに剣を交わしている。
今目の前で起こった事をその目で追えた者はどれ程いただろうか?
「やるじゃないかローズ! ちょっと焦っちまったぜ」
ギリギリと音を立てる交わる木剣を介してオーディックがにこやかな笑顔でローズに話し掛ける。
ローズも同じ様なにこやかな顔で微笑んで返した。
「それは私もです。正直こんなにあっさりと止められるなんて思ってもみませんでしたもの。ちょっとショックですわ」
ローズはそう言って木剣を握る手に力を込めて、自身の身体を押し付けるようにオーディックに肉薄した。
そして鍔迫り合いの形で対峙する。
これは何もローズの力にオーディックが押し負けた訳ではない。
引くと追撃が更に来ると言う懸念と、無理に押し返そうとするとローズに怪我をさせるのでは? と言う心配がそうさせた。
いや、それ以上に顔を真っ赤にして一生懸命力を入れてるローズが、自分に密着する様に近付いて来ようとするのが嬉しくて思わず力を抜いてしまったと言うのが大きい。
早朝から稽古に精を出したローズの額はてらてらと汗が輝いていた。
お互いの息が掛り合う程の近距離。
そして、鼻腔をくすぐるローズの匂い。
オーディックは今最高の気分だった。
愛する者と剣の稽古で共に汗を流すなんて思ってもみなかった事である。
他の国なら女性が戦士となる事はそう珍しくない事らしい。
たまに他国から流れてきた旅人の中に帯刀している女性の姿を街で見掛ける事もあった。
先の戦についての授業でも他国の騎士の中に部隊長として名を連ねている女性の名が何度となく登場する。
そう言えば最近良く噂で聞く有名な傭兵団の団長も女性だったか?
オーディックはふと剣の交差を挟んだ先のとてもいい笑顔をしているローズの顔を見て思い出した。
しかしながら、この国において女性は家を守る者として戦場に立つ事は無かった。
女性とて剣を取らない者が居ない訳ではないが、それもあくまで護身術程度のもので、およそ人と戦う為の術ではない。
得てすれば暴漢に襲われた際に自らの貞淑を守る為、その剣で自死する事が美徳とさえされていたのだ。
さすがにそれは蜘蛛の巣が張った古い考えで、平和の世が続く昨今では女性兵士の数も増えて来た。
オーディックの家ではサーシャの意向でブティックやランジェリーショップ等々の男子禁制の場には、積極的に女性剣士を衛兵として雇い入れており、それはベルクヴァイン家の屋敷内でも同じ事。
サーシャお付きの護衛として公私に渡って活躍している。
とは言え、それはあくまで一般市民か良くて騎士家の息女と言う身分が低い者ばかり。
子爵以上の身分の令嬢が剣を振るい、男性相手に試合するなどこの国では聞いた事がない。
ましてや、王国でもトップクラスの実力者である自分と対等に戦える者など男性でも上から数えられる程しか居ないと自負している。
しかし、目の前であわや一撃を喰らい掛ける程の猛攻を見せた対戦者は、伯爵令嬢であり自分の意中の人であった。
熱血キャラのオーディックにとって、これ以上望むべくもない最高のシチュエーション。
彼の身体は歓喜に打ち振るえていた。
「オーディック様? 私、とても強くなったでしょう?」
このまま時が止まりずっとこうしていたいと思っていたオーディックに、ローズが皆に聞こえない程の小さな声で話し掛けてくる。
不意を突かれた形のオーディックは一瞬意味を捉えかねていた。
『強くなった? それはどう言う意味だ? いや、実際に強いのは認めるがよ』とオーディックは心の中でその言葉の真意を考える。
しかしてオーディックは一つの解に辿り着く。
「お、おい。もしかしてお前……?」
恐る恐るローズに尋ねた。
もし、自分の想定の答えじゃなかったら? そんな予防線を込めた少し遠回りな質問。
『だって、覚えていないって言っていたじゃねぇか』と、違った時のショックを軽減する為だ。
「私達が最初に出会ったお母様の葬儀の日。心配して下さるオーディック様に私は宣言いたしましたわよね。『強いレディ』になるって」
オーディックはローズの言葉に衝撃を受けた。
先程の歓喜など比べ物にもならない程の喜びだ。
先日自分の事を必要だと言ってくれた時以上の喜びが血管をを介して全身を巡っているかの錯覚に囚われた。
思わずこのままローズを抱き締めたくなる思いを必死で押し留めた。
「おいおい、その言葉覚えていたのかよ。忘れてるって言ってたじゃないか。人が悪いぜ」
あえていつも通りの言葉をローズに返した。
『ここじゃまずい。人目が多いしよ』と周囲の目に気付いて何とか冷静に戻る事が出来た為だ。
「そう……ですか。いえ、先日ふっと思い出したんです。ごめんなさい」
ローズが少し表情を陰らせながらそう言った。
オーディックは冷静を装う為に自分の言葉が強くし過ぎたか? と、慌てて弁明をする。
「ち、違うってお前を責めた訳じゃねぇって! 思い出してくれて俺は嬉しいぜ」
「そう言って頂けると私も嬉しいですわ」
ローズの表情が少し戻った事にホッとしたオーディックは場を和ませようと軽口を叩く。
「けどよ。強いってのは別に物理的って話じゃねぇんじゃねぇの? 俺はびっくりだぜ」
これはある意味、オーディックの本心であった。
この娘は強くなると言って悪辣なわがまま令嬢に育ってしまったが、今度は剣士として強くなろうとしているのか?
本当に困った奴だと、心の中でおっちょこちょいな幼馴染を愛しく思うと共にこれからも見守ろうと心に決めた。
「あら、私の目標は心技体全てにおいて強くなる事ですわ」
ローズはそう言ってペロッ舌を出しながら悪戯っ子の様な笑顔を浮かべた。
その顔を見たオーディックは―――。
ぷちん
「ローズゥーー!」
あまりのローズの可愛さに色々と堪えていた心の中の線が切れてしまった。
ものの見事にぷっつりと。
オーディックは思わず目の前のローズを抱き締めようと剣を弾いて手を広げた。
「え? えぇ! キャーー!! ってい!」バシッ! 「グエッ」ドサッ。
突然のオーディックの行動に驚いたローズは、手を広げて覆い被さって来ようとするオーディックに対して、思わず身の危険を感じてガラ空きの胴目掛けて木剣を振り抜いてしまった。
ローズの事が大好きと言う思いが暴走している今のオーディックにとって防御のぼの字も頭の中には無かった為、その一撃はまともに入ってしまい痛みの余りその場に倒れ込む。
「ご、ごめんなさい。オーディック様! お怪我は有りませんか?」
寸止めと言うルールであったにも拘らず、咄嗟の事で思いっきり剣を振り抜いてしまったローズは慌ててオーディックの元に駆け寄った。
当てた後に気付いてすぐに力を弱めたとは言え、いい感じに横腹に入った手応えは両手に残っているので大怪我とまではいかないものの、かなりの痛みが有る筈だ。
ローズは自分のやってしまった事におろおろと慌てていた。
「だ、大丈夫だローズ。ちっとばかし油断しただけだぜ。しかし、やるなローズ! 俺の技を破るとは!」
オーディックは痛みを堪えながら立ち上がり、ローズに心配を掛けさせないようにと軽口を叩いた。
あと先程皆の前と言う事も忘れてローズ愛しさから抱き付こうとしてしまった事を誤魔化す為に、あれは技だったと言い張る事にした。
さすがにいきなり抱き付くのは犯罪だし、それでローズに嫌われたくない。
自分でも苦しいかな? と思いながらも一縷の望みを掛ける。
「まぁ、そうでしたの! 確かにとても恐ろしい技だったのか、身の危険を感じてしまって思わず剣を当ててしまいましたわ。本当にごめんなさい」
どうやらローズはオーディックの言葉を信じた様である。
よもや試合中に相手が抱き付いて来るとは思いもよらず、あの行動は何か理由が有るのかと考えていたところに『技を破った』と褒められたのだ。
少しばかり試合でハイになっているローズは、『未知の技を破った自分凄い!!』と上機嫌になってしまっていた。
だが、勿論周囲の皆はそんな事が嘘だと気付いている。
オーディックが『俺の技を破るとは!』と言った瞬間、『絶対嘘だ!!』と心の中で総突っ込みを入れていた。
ただ、オーディックの気持ちも痛い程分かるので声に出すまではしない。
衛兵達にしても試合中のキラキラ輝くローズを見て何度同じ思いに囚われたか。
しかしながらそんな隙を見せようものなら一瞬で勝負が決まってしまうので最近では自重している。
それに比べてオーディックの腕は明らかにローズより上であるのは明白であり、動きに余裕があった。
そして初めての対戦であったのだから愛しさが暴走してもおかしくないだろう。
とは言え、『お嬢様になんと不埒な事をしでかしたのか』と言う気持ちは有るので、横腹への一撃に苦しんでるオーディックを見て『ザマァみろ』と心の中でほくそ笑んでいた。
「本当に大丈夫ですか? 結構良い感じに入ってしまった感じなんですが……」
ローズが心配そうにオーディックに寄り添いながら声を掛けている。
密着するローズにオーディックは嬉しそうだ。
「大丈夫大丈夫! ローズから受けた痕はある意味勲章モノだぜ! もっと貰っても全然構わないさ。むしろ嬉しい」
ローズに心配掛けさせないようにとオーディックはそう言うのだが、上手い言葉が見付からず端から聞くと段々とヤバい事を言い出している。
ローズは、『あ、あれ? もしかしてオーディック様もフレデリカ系なのかしら?』と若干引き気味になりながらも、自分に心配させない為に言ってるのだろうと無理矢理納得させた。
だが、周囲の皆は『なるほど!』と目からウロコが落ちるかの如くキラキラとした眼差しでローズを見詰めていた……。
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