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第二章 誰にも渡しませんわ
第39話 飛び切りの笑顔
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「ようこそいらっしゃいました皆さま」
明くる日の午後、ローズは既にラウンジに集まっていたイケメン達の前に姿を現し挨拶をする。
イケメン達を待たせていた理由は勿論ローズのドレスアップの準備の為だ。
ラウンジに現れたローズの姿を見てイケメン達は声も出ないと言った顔をしていた。
「あ……あの、このドレス似合っていませんか?」
ローズは挨拶の返事もお披露目した衣装の感想も述べず固まったままのイケメン達の意図が分からずに恐る恐る尋ねる。
もしかして、このドレスが似合っていなかったのだろうか? 一応ゲームでローズが来ているドレスに似ていう物をチョイスした筈なのに、と心の中で焦っていた。
ローズは衣装選びの際にドレッサールームを見て驚いた事を思い出す。
ゲーム中はローズが着ているドレスと言えば、今着ている赤いドレス。
胸元にバラの花を象った飾りが付いている豪華なドレスだ。
だから、その一着しか持っていないのかと思ったらとんでもない。
野江 水流が住んでいたアパートの部屋が幾つ入るんだと言う程の広さがあるドレッサールームに所狭しと並んでいるドレスの数々。
赤いドレスなんて逆に少ない。
白だの青だの黄色だの色取り取りの数十着の豪華なドレスが型崩れしない様にトルソーに掛けられていた。
ここに来てからと言うもの普段着……と言ってもそれはそれでとても上等な代物なのだが、主にそれか寝間着、それに朝練の際の練習着くらいしか着ておらず、それにしても多少のバリエーションが有るとは言え、毎朝フレデリカがローズの部屋に持って来る為、ドレッサールームの存在を知らなかったのだった。
勿論、ゲーム中にもこの部屋の存在自体テキストにさえ出て来る事は無かった。
艶やかなドレスが並ぶあまりもの荘厳な光景に驚愕の声を上げると共に、心の中で『開発者め! 着せ替え衣装の画像を用意するのが面倒臭いからって手を抜くな!』と大絶叫をした。
そんな絢爛豪華なドレス達を尻目に、出来るだけゲームに登場するドレスに似たものを選んだのだが、何か不味かったのだろうか?
やっぱり使用人が薦める青いドレスにした方が良かったのだろうか?
だって、自分はお洒落なんて分からないんだから。
相変わらず口を開けたまま固まっているイケメン五人を見ながら、ローズは泣きたくなって来た。
『お洒落なんて分からない』
この言葉は中の人である野江 水流が自身を語るに置いて適切な言葉と言えよう。
元の世界において女性的な正装する機会など今まで無かったローズ。
動きやすい服が好きだったローズは、基本ボーイッシュなパンツルックを好んで着ていた。
なにせ友達の結婚式でさえ、ジャケットにスラックスと言う姿で参列していた徹底振りである。
朝が早い高校教師と言う事も有るのだろうが、化粧でさえ恋に恋する恋愛マスターに有るまじき手抜きの産物、化粧水パッパ、乳液ヌリヌリ、ファンデもムラさえなければパフでぱふぱふオールオッケー。
一応口紅は塗るものの、マスカラなど一度塗る時に目に入ってしまったトラウマでそれ以降買っていない。
スキンケア? 何それ美味しいの? まだ若いし大丈夫っしょ! を合言葉に生きて来たのである。
その女子力に対して真っ向から勝負を挑むその姿勢の権化とも言える程の不精さが理由で、社会人になって以降更に恋愛から遠ざかった理由ではあるが、さすがにそれには最近肌の張り具合と共に気付き始めているものの、何分そっち方面に疎い生活をしていた所為で、何から始めたらいいのかネットで調べようかなと検討を始めるレベルにお洒落に興味が無い生活だった。
『いつか白馬の王子が迎えに来る』と言う妄想で、貴族のイロハの勉強をしておきながら、女性として一番大切な物が欠如していたお馬鹿さんだったのである。
神童も二十歳過ぎれば只の人と言う言葉が有る様に、高嶺の花も二十歳過ぎれば只の人。
正確には就職してからなので多少の誤差は有るものの、学生時代は常に同年代のトップに立って皆を導いて来た事によって、一身に羨望を集めていた事で高嶺の花と成り得ていたのである。
しかし、現在は毎日毎日昼夜忙しい高校教師生活。
確かにトップに立って生徒達を導いてはいるが、それは単に仕事だからだ。
生徒達から尊敬はされど、学生時代の様に心の奥底からの衝動に突き動かされ縦横無尽に走り続けていた時程の輝きは放たれる筈もなく、ただただ燻るのみ。
そりゃあ、うっすいメイクでも元が美人である為に、それなりの見栄えになるので、年頃の男子生徒や手狭な出会いで済まそうとしている若い男性教職員等からはチヤホヤされるものの、ガッチリとお洒落に日夜研鑽努力している女性達と一緒に並ぶと霞んでしまう。
悲しいかな、社会人になって以降の野江 水流は、お洒落は初心者以下、魅力もかつての輝きを失い地に落ちた。
要するに、女子力において同年代の女性に太刀打ち出来る筈も無く、所謂スライムレベルのクソ雑魚な存在と言えるのだった。
それなのに、今日はイケメン達の為に精一杯お洒落をした姿を見て貰おうと頑張った。
いや、本人は使用人達がせっせと化粧やら髪のセットをしてくれているのを成すがままにされているだけで、実際に頑張ったのは使用人達なのだが、そこはそれやる気とかそう言う精神的な意味で。
しかし、イケメン達は固まったまま何も言ってくれない。
お洒落不精で初心者のローズが不安になって泣きたくなるのも仕方の無い事だった。
そんなローズの目に涙が浮かびそうになったその時――。
「皆さま! いつまでお嬢様に恥をかかせている気ですか? 女性がドレスの感想聞いているのです。それを黙っているなど紳士として情けないないですよ!」
突然後ろで控えていたフレデリカが声を上げた。
貴族に対してとても失礼な物言いだが、これに関してはイケメン達が失礼に当たるのでそれぞれのお付きの使用人達も何も言えなかった。
それどころか、下手すれば各々自分が言おうかとさえ思っていた程である。
イケメン達はその声で皆我に返ったようだ。
顔を真っ赤にして慌てていた。
「……ありがとう。フレデリカ」
固まったイケメン達にどうしたら良いのか分からなかったローズは、涙が零れる寸前に声を上げてくれたフレデリカの方に顔を向け礼を言った。
フレデリカはその言葉を笑顔で受け取り、ローズにイケメン達を見る様に右手で促す。
どう言う事だろうと促されるままイケメン達に目を戻すと、なんとそこには全員頭を下げていた五人が居た。
「すまん! ローズ。フレデリカの言う通りみっともない真似をしちまった!」
「本当に申し訳ない。王国貴族としてあってはならない事」
「ローゼリンデ様に恥を掻かせてしまうなど騎士としてバルモア様に顔向け出来ない……。どうかお許しください」
「うわぁ~ん、お姉ちゃんごめんなさい~」
「あぁ~、ローズの顔を曇らせてしまうなんて僕とした事がとんだ失態だった。許しておくれ」
何事かと思った束の間、皆が口々に声を上げる。
一斉に言うものだから一瞬何を言っているのか分からなかったが、内容を咀嚼すると皆謝ってくれている様だ。
「あ、あの、皆さま顔を上げて下さいな」
ローズは顔を上げる様に声を掛けると、イケメン達はとても反省をしている顔でローズの事を見て来た。
カナンなんかは目に涙を浮かべていたし、ディノは我が身一生の不覚とばかりに土下座をしそうな勢いだ。
「固まっちまったのは、アレだ。あまりの綺麗さに言葉を失っちまった。いや、お前のドレス姿なんざ何度も見て来たってのに情けねぇ」
「私も何度も見て来たと言うのに、今日のローズは、そのなんと言うか……」
「お姉ちゃんって、今まで正装する時っていっつも怖い顔してたもん。今日のお姉ちゃんはとっても優しい顔してるからびっくりしちゃったんだよ~。ごめんなさい~」
「そうそう、とっても綺麗だったんで、僕とした事が思わず固まってしまったんだ。はははは~」
「本当に、お美しい……」
口々に黙っていた理由を述べてくれた。
一人述べていないように聞こえる者が居たが、理由自体は口にしているのでアリだろう。
その目には誤魔化しやお世辞と言った嘘の色は見えず、本心から言ってくれている様だ。
今の外見はローズの身であれど、中身はお洒落不精な野江 水流、こんなにストレートな言葉で男性から褒めて貰った事が無かった為、嬉しさのあまり感極まってしまった。
「お、おい、ローズ。どうしたんだ? やっぱり怒ったのか?」
「ううん。違うの。皆の言葉が嬉しくて……。今まで褒め言葉って言ったらお世辞ばっかりだったものだから……」
思わず零れたローズの言葉は元の世界での話なのだが、この世界と綺麗にリンクした。
元の世界において学生時代は野江 水流の勘違いによる物が大きいし、高校教師となって以降は手近な相手で済ませようと口説いてくる同僚男性教師のおべっかだったりしたのだが、しかしこの世界においても伯爵の娘と言う地位が目当ての者達による心の無い空虚な褒め言葉ばかり。
それが、元のローズが悪役令嬢に育ってしまった原因の一つでもあったと言えるだろう。
この言葉にイケメン達は自らの過去に言った言葉を思い出し、その心当たりの数々に心を痛めた。
幼馴染で熱血キャラのオーディックも本音で喋ってはいるが、付き合いが長いから扱いが慣れているだけで、心が籠もっていたかと言えば確かに違う。
ローズがここまで思い詰めているとは思ってもいなかったのだ。
あの日あの時ローズが言った『強いレディになる』と言う言葉。
これを見守ると誓った筈なのに、いつの間にかその言葉に甘えていた。
確かにローズは強くなった。
それが故に、一人の女性としてローズの事を見ていなかったと反省した。
シュナイザーに関しては、元よりローズの事を敵と思っていたし自身を認めさせたい一心でこの屋敷に来ていたのだから、その言葉は嘘に塗れていた。
先日自らの心の内の本当の想いに気付いた今となって、吐き出して来た悪意の数々を思い出し胸が締め付けられる。
ディノだってそうだ。
元々伯爵家の屋敷に来た事だって只の任務だった。
上司からの密命と言う名の白羽の矢。
尊敬するバルモア様の令嬢だからと、ローズの酷い言葉にも耐えてきた。
元より自分の口から出る言葉に心など籠もり様が無かったのだ。
それが、先日彼女に絶対の忠誠を誓う事となる。
それ以降は彼女に対して想いを素直に語っていたつもりだが、やはり密命の事は絶対の秘密。
自分の言葉には今も昔も真実などなかった事に気付き愕然とした。
カナンもやはり真実は言っていない。
普段は怖いローズだが、自分には何故か甘くいつも可愛がってくれる。
だから嫌われないように、出来るだけ子供っぽく振舞って好かれようとして来たのだった。
言うなればこれは演技、それも王都に居る短い間だけの事だ。
そう思っていた。
しかし、最近ローズは自分だけじゃなく誰にも優しくなってしまった。
嫉妬だろうか? やけに胸がざわついて、今まで以上にローズに甘えてしまう自分が居た。
どうやら、それは演技ではなく本心から甘えているようだ。
何故か自分で感情のコントロールが上手くいかない。
だがしかし、今のローズの涙でその理由に気付く事が出来た。
演技と割り切っていた自分の中には、いつの間にか別の感情が育っていたのだと。
この事実にカナンは自分の立場に思い悩む事となる。
五人の中で一人ホランツだけは少し違う。
ローズの言葉に苛立ちを覚えていた。
それはローズに向けての感情ではない、その言葉によって心が締め付けられる気持ちとなった自分に対してだ。
遊び呆けている公爵家の三男坊が別派閥の令嬢の屋敷に来る理由。
それは只の趣味と実益を兼ねての遊びだった。
実は女好きが祟って領地内で少々問題を起こしてしまい、そのほとぼりが冷めるまで身を潜める為にこの王都へ逃げて来たホランツにとって、ローズとの逢瀬はただの暇潰しの様なもの。
噂の我が儘お嬢様を手懐けてやろうという下衆な目的で近寄っただけだったのだ。
その筈なのに、何故たかが一人の女の言葉にこんなにも心が揺さぶられているのだと、今までの数多の女性を泣かせてきた自分に有るまじき失態が許せなかった。
だが、内心今の感情を簡単に言葉に出来る事は気付いている。
それは何も先日のローズの心変わりからではない。
すぐに落とせると思っていたローズだが、あれこれと今まで培ったテクニックを尽くしても一向に靡かない。
絶対の自信を持っていた女誑しのプライドを傷付けられたホランツは、必ず落としてやると言う意地でローズの家に通い詰めて来た。
その筈なのだが、いつのまにか目的が変ってしまっていた。
変わった事に気付いていたが、想いを偽りその感情を心の奥に押し込めて気付かないようにしていた。
何故ならば、その感情に気付いてしまうと、もうローズに会う事が出来くなるだろう事が分かっていたから。
イケメン達五人はそれぞれの想いを胸に、慌ててローズの元に駆け寄って、謝り励まし慰めた。
「皆さま、本当にお優しいのですね。ありがとうございます。とっても嬉しいですわ」
イケメン達の言葉に、何とか涙を止める事が出来たローズは、そう言って笑顔を見せた。
それは、ローズの中の人が学生時代に見せた輝きにも似た、眩しいくらいの飛び切りの笑顔であった。
明くる日の午後、ローズは既にラウンジに集まっていたイケメン達の前に姿を現し挨拶をする。
イケメン達を待たせていた理由は勿論ローズのドレスアップの準備の為だ。
ラウンジに現れたローズの姿を見てイケメン達は声も出ないと言った顔をしていた。
「あ……あの、このドレス似合っていませんか?」
ローズは挨拶の返事もお披露目した衣装の感想も述べず固まったままのイケメン達の意図が分からずに恐る恐る尋ねる。
もしかして、このドレスが似合っていなかったのだろうか? 一応ゲームでローズが来ているドレスに似ていう物をチョイスした筈なのに、と心の中で焦っていた。
ローズは衣装選びの際にドレッサールームを見て驚いた事を思い出す。
ゲーム中はローズが着ているドレスと言えば、今着ている赤いドレス。
胸元にバラの花を象った飾りが付いている豪華なドレスだ。
だから、その一着しか持っていないのかと思ったらとんでもない。
野江 水流が住んでいたアパートの部屋が幾つ入るんだと言う程の広さがあるドレッサールームに所狭しと並んでいるドレスの数々。
赤いドレスなんて逆に少ない。
白だの青だの黄色だの色取り取りの数十着の豪華なドレスが型崩れしない様にトルソーに掛けられていた。
ここに来てからと言うもの普段着……と言ってもそれはそれでとても上等な代物なのだが、主にそれか寝間着、それに朝練の際の練習着くらいしか着ておらず、それにしても多少のバリエーションが有るとは言え、毎朝フレデリカがローズの部屋に持って来る為、ドレッサールームの存在を知らなかったのだった。
勿論、ゲーム中にもこの部屋の存在自体テキストにさえ出て来る事は無かった。
艶やかなドレスが並ぶあまりもの荘厳な光景に驚愕の声を上げると共に、心の中で『開発者め! 着せ替え衣装の画像を用意するのが面倒臭いからって手を抜くな!』と大絶叫をした。
そんな絢爛豪華なドレス達を尻目に、出来るだけゲームに登場するドレスに似たものを選んだのだが、何か不味かったのだろうか?
やっぱり使用人が薦める青いドレスにした方が良かったのだろうか?
だって、自分はお洒落なんて分からないんだから。
相変わらず口を開けたまま固まっているイケメン五人を見ながら、ローズは泣きたくなって来た。
『お洒落なんて分からない』
この言葉は中の人である野江 水流が自身を語るに置いて適切な言葉と言えよう。
元の世界において女性的な正装する機会など今まで無かったローズ。
動きやすい服が好きだったローズは、基本ボーイッシュなパンツルックを好んで着ていた。
なにせ友達の結婚式でさえ、ジャケットにスラックスと言う姿で参列していた徹底振りである。
朝が早い高校教師と言う事も有るのだろうが、化粧でさえ恋に恋する恋愛マスターに有るまじき手抜きの産物、化粧水パッパ、乳液ヌリヌリ、ファンデもムラさえなければパフでぱふぱふオールオッケー。
一応口紅は塗るものの、マスカラなど一度塗る時に目に入ってしまったトラウマでそれ以降買っていない。
スキンケア? 何それ美味しいの? まだ若いし大丈夫っしょ! を合言葉に生きて来たのである。
その女子力に対して真っ向から勝負を挑むその姿勢の権化とも言える程の不精さが理由で、社会人になって以降更に恋愛から遠ざかった理由ではあるが、さすがにそれには最近肌の張り具合と共に気付き始めているものの、何分そっち方面に疎い生活をしていた所為で、何から始めたらいいのかネットで調べようかなと検討を始めるレベルにお洒落に興味が無い生活だった。
『いつか白馬の王子が迎えに来る』と言う妄想で、貴族のイロハの勉強をしておきながら、女性として一番大切な物が欠如していたお馬鹿さんだったのである。
神童も二十歳過ぎれば只の人と言う言葉が有る様に、高嶺の花も二十歳過ぎれば只の人。
正確には就職してからなので多少の誤差は有るものの、学生時代は常に同年代のトップに立って皆を導いて来た事によって、一身に羨望を集めていた事で高嶺の花と成り得ていたのである。
しかし、現在は毎日毎日昼夜忙しい高校教師生活。
確かにトップに立って生徒達を導いてはいるが、それは単に仕事だからだ。
生徒達から尊敬はされど、学生時代の様に心の奥底からの衝動に突き動かされ縦横無尽に走り続けていた時程の輝きは放たれる筈もなく、ただただ燻るのみ。
そりゃあ、うっすいメイクでも元が美人である為に、それなりの見栄えになるので、年頃の男子生徒や手狭な出会いで済まそうとしている若い男性教職員等からはチヤホヤされるものの、ガッチリとお洒落に日夜研鑽努力している女性達と一緒に並ぶと霞んでしまう。
悲しいかな、社会人になって以降の野江 水流は、お洒落は初心者以下、魅力もかつての輝きを失い地に落ちた。
要するに、女子力において同年代の女性に太刀打ち出来る筈も無く、所謂スライムレベルのクソ雑魚な存在と言えるのだった。
それなのに、今日はイケメン達の為に精一杯お洒落をした姿を見て貰おうと頑張った。
いや、本人は使用人達がせっせと化粧やら髪のセットをしてくれているのを成すがままにされているだけで、実際に頑張ったのは使用人達なのだが、そこはそれやる気とかそう言う精神的な意味で。
しかし、イケメン達は固まったまま何も言ってくれない。
お洒落不精で初心者のローズが不安になって泣きたくなるのも仕方の無い事だった。
そんなローズの目に涙が浮かびそうになったその時――。
「皆さま! いつまでお嬢様に恥をかかせている気ですか? 女性がドレスの感想聞いているのです。それを黙っているなど紳士として情けないないですよ!」
突然後ろで控えていたフレデリカが声を上げた。
貴族に対してとても失礼な物言いだが、これに関してはイケメン達が失礼に当たるのでそれぞれのお付きの使用人達も何も言えなかった。
それどころか、下手すれば各々自分が言おうかとさえ思っていた程である。
イケメン達はその声で皆我に返ったようだ。
顔を真っ赤にして慌てていた。
「……ありがとう。フレデリカ」
固まったイケメン達にどうしたら良いのか分からなかったローズは、涙が零れる寸前に声を上げてくれたフレデリカの方に顔を向け礼を言った。
フレデリカはその言葉を笑顔で受け取り、ローズにイケメン達を見る様に右手で促す。
どう言う事だろうと促されるままイケメン達に目を戻すと、なんとそこには全員頭を下げていた五人が居た。
「すまん! ローズ。フレデリカの言う通りみっともない真似をしちまった!」
「本当に申し訳ない。王国貴族としてあってはならない事」
「ローゼリンデ様に恥を掻かせてしまうなど騎士としてバルモア様に顔向け出来ない……。どうかお許しください」
「うわぁ~ん、お姉ちゃんごめんなさい~」
「あぁ~、ローズの顔を曇らせてしまうなんて僕とした事がとんだ失態だった。許しておくれ」
何事かと思った束の間、皆が口々に声を上げる。
一斉に言うものだから一瞬何を言っているのか分からなかったが、内容を咀嚼すると皆謝ってくれている様だ。
「あ、あの、皆さま顔を上げて下さいな」
ローズは顔を上げる様に声を掛けると、イケメン達はとても反省をしている顔でローズの事を見て来た。
カナンなんかは目に涙を浮かべていたし、ディノは我が身一生の不覚とばかりに土下座をしそうな勢いだ。
「固まっちまったのは、アレだ。あまりの綺麗さに言葉を失っちまった。いや、お前のドレス姿なんざ何度も見て来たってのに情けねぇ」
「私も何度も見て来たと言うのに、今日のローズは、そのなんと言うか……」
「お姉ちゃんって、今まで正装する時っていっつも怖い顔してたもん。今日のお姉ちゃんはとっても優しい顔してるからびっくりしちゃったんだよ~。ごめんなさい~」
「そうそう、とっても綺麗だったんで、僕とした事が思わず固まってしまったんだ。はははは~」
「本当に、お美しい……」
口々に黙っていた理由を述べてくれた。
一人述べていないように聞こえる者が居たが、理由自体は口にしているのでアリだろう。
その目には誤魔化しやお世辞と言った嘘の色は見えず、本心から言ってくれている様だ。
今の外見はローズの身であれど、中身はお洒落不精な野江 水流、こんなにストレートな言葉で男性から褒めて貰った事が無かった為、嬉しさのあまり感極まってしまった。
「お、おい、ローズ。どうしたんだ? やっぱり怒ったのか?」
「ううん。違うの。皆の言葉が嬉しくて……。今まで褒め言葉って言ったらお世辞ばっかりだったものだから……」
思わず零れたローズの言葉は元の世界での話なのだが、この世界と綺麗にリンクした。
元の世界において学生時代は野江 水流の勘違いによる物が大きいし、高校教師となって以降は手近な相手で済ませようと口説いてくる同僚男性教師のおべっかだったりしたのだが、しかしこの世界においても伯爵の娘と言う地位が目当ての者達による心の無い空虚な褒め言葉ばかり。
それが、元のローズが悪役令嬢に育ってしまった原因の一つでもあったと言えるだろう。
この言葉にイケメン達は自らの過去に言った言葉を思い出し、その心当たりの数々に心を痛めた。
幼馴染で熱血キャラのオーディックも本音で喋ってはいるが、付き合いが長いから扱いが慣れているだけで、心が籠もっていたかと言えば確かに違う。
ローズがここまで思い詰めているとは思ってもいなかったのだ。
あの日あの時ローズが言った『強いレディになる』と言う言葉。
これを見守ると誓った筈なのに、いつの間にかその言葉に甘えていた。
確かにローズは強くなった。
それが故に、一人の女性としてローズの事を見ていなかったと反省した。
シュナイザーに関しては、元よりローズの事を敵と思っていたし自身を認めさせたい一心でこの屋敷に来ていたのだから、その言葉は嘘に塗れていた。
先日自らの心の内の本当の想いに気付いた今となって、吐き出して来た悪意の数々を思い出し胸が締め付けられる。
ディノだってそうだ。
元々伯爵家の屋敷に来た事だって只の任務だった。
上司からの密命と言う名の白羽の矢。
尊敬するバルモア様の令嬢だからと、ローズの酷い言葉にも耐えてきた。
元より自分の口から出る言葉に心など籠もり様が無かったのだ。
それが、先日彼女に絶対の忠誠を誓う事となる。
それ以降は彼女に対して想いを素直に語っていたつもりだが、やはり密命の事は絶対の秘密。
自分の言葉には今も昔も真実などなかった事に気付き愕然とした。
カナンもやはり真実は言っていない。
普段は怖いローズだが、自分には何故か甘くいつも可愛がってくれる。
だから嫌われないように、出来るだけ子供っぽく振舞って好かれようとして来たのだった。
言うなればこれは演技、それも王都に居る短い間だけの事だ。
そう思っていた。
しかし、最近ローズは自分だけじゃなく誰にも優しくなってしまった。
嫉妬だろうか? やけに胸がざわついて、今まで以上にローズに甘えてしまう自分が居た。
どうやら、それは演技ではなく本心から甘えているようだ。
何故か自分で感情のコントロールが上手くいかない。
だがしかし、今のローズの涙でその理由に気付く事が出来た。
演技と割り切っていた自分の中には、いつの間にか別の感情が育っていたのだと。
この事実にカナンは自分の立場に思い悩む事となる。
五人の中で一人ホランツだけは少し違う。
ローズの言葉に苛立ちを覚えていた。
それはローズに向けての感情ではない、その言葉によって心が締め付けられる気持ちとなった自分に対してだ。
遊び呆けている公爵家の三男坊が別派閥の令嬢の屋敷に来る理由。
それは只の趣味と実益を兼ねての遊びだった。
実は女好きが祟って領地内で少々問題を起こしてしまい、そのほとぼりが冷めるまで身を潜める為にこの王都へ逃げて来たホランツにとって、ローズとの逢瀬はただの暇潰しの様なもの。
噂の我が儘お嬢様を手懐けてやろうという下衆な目的で近寄っただけだったのだ。
その筈なのに、何故たかが一人の女の言葉にこんなにも心が揺さぶられているのだと、今までの数多の女性を泣かせてきた自分に有るまじき失態が許せなかった。
だが、内心今の感情を簡単に言葉に出来る事は気付いている。
それは何も先日のローズの心変わりからではない。
すぐに落とせると思っていたローズだが、あれこれと今まで培ったテクニックを尽くしても一向に靡かない。
絶対の自信を持っていた女誑しのプライドを傷付けられたホランツは、必ず落としてやると言う意地でローズの家に通い詰めて来た。
その筈なのだが、いつのまにか目的が変ってしまっていた。
変わった事に気付いていたが、想いを偽りその感情を心の奥に押し込めて気付かないようにしていた。
何故ならば、その感情に気付いてしまうと、もうローズに会う事が出来くなるだろう事が分かっていたから。
イケメン達五人はそれぞれの想いを胸に、慌ててローズの元に駆け寄って、謝り励まし慰めた。
「皆さま、本当にお優しいのですね。ありがとうございます。とっても嬉しいですわ」
イケメン達の言葉に、何とか涙を止める事が出来たローズは、そう言って笑顔を見せた。
それは、ローズの中の人が学生時代に見せた輝きにも似た、眩しいくらいの飛び切りの笑顔であった。
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