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第二章 誰にも渡しませんわ
第34話 フレデリカ
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「本当にもう心配したんですよ!」
「ごめんなさい。あまりに木々の木陰が気持ち良かったからつい」
六人目のイケメンと思われるオズとの出会いから数刻、湯浴みを終えたローズの髪のセットをしているフレデリカが注意のお小言をしきりに言っている。
オズにその気が無かったとは言え、不審者に女一人で挑もうなどよく考えたら危険な事この上ない。
もし、相手に危害を加える意思が有ったならば、それに他にも仲間が居たならば怪我では済まない事だって考えられたのだ。
それでも負けはしないと思っていたが、オズの信じられない身体能力を目の当たりにして、それは間違いだったと思い知った。
人の背の何倍も有る屋敷の塀を、まるで走るかのようにスルスルと登っていく姿。
あんな事は元の世界の自分でも無理だろう、それこそ爺ちゃん先生か高校時代の先輩くらい。
もしかしたら執事長も出来るのかしら? とローズは思う。
要するに、相手は自分より遥か上の実力者。
あの身体能力で襲い掛かって来られていたら、如何に相手が素手で自分が杭と言う武器を持っていようが敗北していたと悟ったのだ。
またもやローズは調子に乗っていた。
あれから数度、執事長と手合わせしたが、相変わらずその強さの尻尾すら掴ませてくれない。
それでも確実に強くなって来ていると実感していたが、それは自分の思い上がりだったと言う事を反省した為、ローズは素直に謝ったのだった。
オズの事はフレデリカに喋っていない。
どうやら、ここに来た事をオズは知られたくないようだったから秘密にしておこうと思ったのだ。
それに喋ると二度と会えない気がした。
『ふふふ、イケメンとの二人だけのひ・み・つ』と、そう言う恋愛物でよく有る『二人だけの隠し事』と言う、今までの人生で体験した事が無かったトキメキなシチュエーションを味わいたかったと言うのが理由の八割を占めていたのだが。
『今度ゆっくり話したいと言っていたのだもの。また会える筈だわ』
来たる日の再会を夢見てローズは一人ニマニマと顔を綻ばせる。
せっせとローズの髪をセットしているフレデリカは、そのローズの笑顔を鏡越しに見ながら、自身もお嬢様の幸せそうな笑顔を見れて嬉しい、と心が温かくなるのを感じていた。
そんな、朝の幸せな一時だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「え? お嬢様の昔の交友関係ですか?」
珍しい事に今日はイケメン達が誰も来れないらしい。
ここ最近毎日誰かしら来ていたのでローズは少しがっかりしたが、忙しいのなら仕方が無いと諦めた。
学生のホランツや悠々自適な三男坊のホランツはさておき、騎士団に所属しているディノや、既にこの国の未来の重鎮候補であるオーディックやシュナイザー達は、わざわざ時間を割いて来てくれているのだ、わがままを言って無理をさせられないわ、と心の中で寂しさを紛らわす為に呟いた。
宮廷貴族である為に、主人不在のこの屋敷においてその令嬢であるローズにするべき仕事はあまりない。
バルモアの弟のテオドールの様に領地を持っていれば、その領地経営や他にもするべき仕事は沢山有るのだろうが、そもそも地方貴族は今回のバルモアの様に、他国への使者や国境の砦に赴任任務など申し付かる筈も無いのだから、そもそもそんな仮定は有り得ない事。
となれば、今ローズがすべき事は将来家督を継ぐ者として、貴族の仕来りや立ち振る舞い。
それにこの国の裏の事情や派閥問題等々のお勉強が重要課題だ。
その為、現在ローズはフレデリカを家庭教師に、シュタインベルク家と交流の有る貴族家のレクチャーを受けていた。
本来その様な政治的事柄についてメイドが家庭教師をする事などはなく、専門の政治学者等を雇うものなのだが、フレデリカは特別だった。
孤児として修道院で育ったフレデリカだが、親の遺伝子が素晴らしかったのか、幼少の頃より周囲から神童と呼ばれていた天才で、年老いた司祭やシスターの代わりに様々な祭事を一人で取り仕切る程の才を有していた。
また、国政とは中立の態度を取る教会組織において、その国の貴族の派閥や政治問題と言った物事は一見無関係に思えるが、実はそうではない。
祭事において、各貴族の席の配置や読み上げる際の家名の順序と言った事には非常に気を使わなければならなかった。
名誉や誇りを重んじる貴族達にとって、下手すれば刃傷沙汰までまで発展する事も有り得るデリケートな問題である。
その様な様々な事情も踏まえて祭事の進行を滞りなく終える為には、高度な政治的知識が必要であった。
国家の一大事ともなり兼ねないこの大役を、成人もしていない一人の修道女が担当していたのだからフレデリカが如何に天才だったかが分かるだろう。
勿論彼女は努力家でもある。
修道女として働く傍らで、暇を見つけては国立図書館に足繁く通い、また懺悔室に入り上流階級の懺悔と言う名の噂話で情報を仕入れていた。
以上の事から、ことこの国の政治に纏わる知識においてフレデリカ以上の者は存在しないのだ。
その知識量の事については執事長以下、使用人全員知っておりローズの家庭教師をするフレデリカに疑問は持っていない。
それどころか、以前の性悪ローズの防波堤として利用していた所も有り、心を入れ替えた心優しい今のローズとお近付きになりたいと思っている使用人達も、まるで独占している様なフレデリカの態度に強く言えないでいた。
この様な傑物がなぜ現在ローズのメイドをしているかと言うと、それはフレデリカを養っていた修道院に問題が有った為である。
修道院を経営していた司祭は、フレデリカの才をこの国だけじゃなく教会側にも知らせていなかった。
それは何故か?
簡単な事である、ただ単に自分達が楽をしたいから。
全ての面倒事をフレデリカに振って、祭事の時のみ壇上に立ちその素晴らしい進行の称賛は自身が受ける。
更に欲を掻き、とうとうフレデリカの才で金儲けをしようと考えた。
まず始めたのが王都の大神殿で行われる祭事のプロデュースの請け負い。
フレデリカが作成した祭事の計画書を教会に高値で売り付けたのだ。
だが、まだこれくらいなら問題無かった。
しかし、数多の称賛と金に欲に目が眩み、修道院の司祭を始めた頃の正しい志を忘れてしまったのだろう。
フレデリカが知り得た貴族の情報で、その貴族達に脅迫紛いな事をする様になってしまったのだ。
それで更に私腹を肥やした司祭だったが、ある時に脅した相手が悪かった。
それは王国騎士団の英雄であるバルモア子飼いの若い貴族であったのだ。
脅された若い貴族はバルモアに泣き付いた事で司祭の悪事が発覚する。
貴族のスキャンダルと言う国家の恥にも通じる事だけに、公にされる事なく秘密裏に調査され悪事を働いていた司祭共々処理された。
これに関しては教会側も責任を感じて調査に協力し、悪事に係わった司祭とシスターは破門され監獄送りとなる。
そこで登場したのがフレデリカの存在。
調査の過程で彼女の存在を知ったバルモアは、彼女を不憫に思い何とか助けられないかと彼女の存在を隠した。
貴族の情報を握っているのは彼女である。
そんな爆弾の如き彼女の存在が明るみに出ると、情報の漏えいを恐れ幽閉されるか殺されるか。
どちらにせよこの先の彼女は幸せな人生など歩める筈も無く、人として終わったも同然であった。
そこでバルモアはフレデリカにある提案をする。
我が家のメイドにならないか? と。
こうしてフレデリカはシュタインベルク家にメイドとしてやって来る事になった。
だが、フレデリカは伯爵に対して一つの提案をする。
それは、既に性悪令嬢として噂になっていたローズのお付きとなる事だった。
それを聞いたバルモアは喜び二つ返事で了承する。
喜んだ理由は、これ程の人物ならローズの事を正しく導いてくれると思ったからだったが、それが野江 水流としての意識に目覚める前の性悪令嬢の名を極めたローズとなるのだから皮肉な結果となった。
これに関してはフレデリカに問題が有る。
これも簡単な事であった。
それはフレデリカの困った性癖に由来する。
孤児として理不尽にもこの世に一人取り残されたフレデリカは、その心的要因によって極度の精神的なM気質を発症させていた。
とは言え、痛いのやただ単に辛いのが好きな訳では無い、全てギリギリ一歩間違えば地獄行きと言うスリルに快感を覚えると言う厄介極まるモノで、その為なら様々な血の滲む様な努力も彼女にとってはご褒美と同じ意味を持つ。
そして、自身の采配によって祭事が行われている事も愉悦の一時であった。
一歩間違えば国家の一大事となる。
彼女はそんな地雷原の上で綱渡りをする様な刹那的行為に対して快感に酔いしれていたのだ。
司祭からの様々な無理難題も喜びであり楽しみだった。
そんな彼女であるのだから、性悪令嬢のメイドとなるのは最高の環境で有り、そしてこれはフレデリカの心の中で秘められた事実。
この国家を揺るがしかねない一連の修道院問題だが、実は全てフレデリカの策略である。
ローズの存在を知ったフレデリカが、そのメイドとなる為にわざとバルモアの部下のスキャンダル情報を司祭に告げ、そうなる様に誘導したのだった。
そんなフレデリカがお付きとなったのだからローズが真人間に育つ筈がない。
そのまま性悪令嬢道を全うさせようと思っていた……。
が、ここに至って事情が変わって来る。
先日急にローズが心を入れ替えて優しくなってしまった。
だがしかし、この国には性悪ローズのメイドより過酷な職場は存在しない。
ここより温い職場に行くのは死ぬ様なものだ。
それどころか伯爵家を追放されたメイドなど何処も雇い入れると言う事はしないだろう。
刹那的な快楽を求めていたフレデリカだが、自身を汚く貶める行為は望んでいない。
だから路頭に迷ったとしても娼婦に身を窶すのは死んだ方がマシと思っていた。
だが、孤児として生き残った自分がこんな所で死ぬのは嫌だ、と当初はこの夢のような職場を解雇されるかもしれないと言う恐怖で混乱してローズを元の性悪令嬢に戻そうとしたが、その考えはすぐに消え去る。
なぜならば、それは心を入れ替えたローズの中に、自分が本当に求めていた楽園の姿を見たからだ。
性悪令嬢のメイド生活も悪いものではなかった。
ギリギリに怒られる程度にディスり、そしてその通り怒られる。
最初はそれで良かったが、十年近く経てば飽きも来るものだ。
そして最近になってある事に気付いた。
『お嬢様の行為には愛が無いわ』と。
いつもイライラしているローズは怒りの捌け口をフレデリカに向けるだけであった。
その行為には愛が無い。
しかし、心を入れ替えたローズは、ただ優しいだけじゃない。
お仕置きもご褒美もしてくれる。
そして、そこには愛が有った。
そう、ここに至って事情が変わったと言うのは、小さい頃の心的要因によって愛を知らず病んでしまったフレデリカの心に愛が注がれ、厄介な性癖がここに来て完成に至ったと言う事である。
自身の才を如何無く発揮する場を与えて貰い、そしてその対価としてご褒美もお仕置きもして頂ける。
あの時ローズが言った『いいえ、フレデリカ。私が調教を施すのは貴女にだけよ。他の者は放っておきなさい』と言う言葉。
即ちその行為は自身に対してのみ行われるのだ。
この言葉を受けてフレデリカの心は、夢は決まった。
親からの愛を享受する前に孤児となった理不尽な運命を呪い、ただ単に刹那的に我が身を傷付けていた過去は捨てたのだ。
目の前にいる人物は真の主。
自分と同じく愛を失っていたローズ。
そして、突然愛に目覚めて、自分に愛と生きる道を授けてくれたローズ。
この人と共に歩いて行こう。
そう心に決めたのだった。
勿論この事はローズは知らないし、元よりそんな風に思われているなんて事も思いもよらない。
フレデリカの事は昔の友人に似ているちょっとアレな困ったちゃんとしか捉えていなかった。
「どうしたの? フレデリカ。急に黙ったりして」
ローズはオズの正体を知るべく、幼い頃であった可能性の有る人物を調べようと、過去の交友履歴を尋ねた所、自分の顔をじっと見詰めたまま固まってしまったフレデリカに声を掛けた。
内心、何かまずい事を聞いたのかしら? と焦っている。
知らない事を尋ねた際のフリーズにしては、いつもの様に無表情では無く、顔が上気して頬を赤く染めていたので、それが焦りに拍車を掛けた。
「いいえ。何でも有りません。少し昔の事を思い出していただけです」
フレデリカはニッコリと笑いそう言った。
「ごめんなさい。あまりに木々の木陰が気持ち良かったからつい」
六人目のイケメンと思われるオズとの出会いから数刻、湯浴みを終えたローズの髪のセットをしているフレデリカが注意のお小言をしきりに言っている。
オズにその気が無かったとは言え、不審者に女一人で挑もうなどよく考えたら危険な事この上ない。
もし、相手に危害を加える意思が有ったならば、それに他にも仲間が居たならば怪我では済まない事だって考えられたのだ。
それでも負けはしないと思っていたが、オズの信じられない身体能力を目の当たりにして、それは間違いだったと思い知った。
人の背の何倍も有る屋敷の塀を、まるで走るかのようにスルスルと登っていく姿。
あんな事は元の世界の自分でも無理だろう、それこそ爺ちゃん先生か高校時代の先輩くらい。
もしかしたら執事長も出来るのかしら? とローズは思う。
要するに、相手は自分より遥か上の実力者。
あの身体能力で襲い掛かって来られていたら、如何に相手が素手で自分が杭と言う武器を持っていようが敗北していたと悟ったのだ。
またもやローズは調子に乗っていた。
あれから数度、執事長と手合わせしたが、相変わらずその強さの尻尾すら掴ませてくれない。
それでも確実に強くなって来ていると実感していたが、それは自分の思い上がりだったと言う事を反省した為、ローズは素直に謝ったのだった。
オズの事はフレデリカに喋っていない。
どうやら、ここに来た事をオズは知られたくないようだったから秘密にしておこうと思ったのだ。
それに喋ると二度と会えない気がした。
『ふふふ、イケメンとの二人だけのひ・み・つ』と、そう言う恋愛物でよく有る『二人だけの隠し事』と言う、今までの人生で体験した事が無かったトキメキなシチュエーションを味わいたかったと言うのが理由の八割を占めていたのだが。
『今度ゆっくり話したいと言っていたのだもの。また会える筈だわ』
来たる日の再会を夢見てローズは一人ニマニマと顔を綻ばせる。
せっせとローズの髪をセットしているフレデリカは、そのローズの笑顔を鏡越しに見ながら、自身もお嬢様の幸せそうな笑顔を見れて嬉しい、と心が温かくなるのを感じていた。
そんな、朝の幸せな一時だった。
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「え? お嬢様の昔の交友関係ですか?」
珍しい事に今日はイケメン達が誰も来れないらしい。
ここ最近毎日誰かしら来ていたのでローズは少しがっかりしたが、忙しいのなら仕方が無いと諦めた。
学生のホランツや悠々自適な三男坊のホランツはさておき、騎士団に所属しているディノや、既にこの国の未来の重鎮候補であるオーディックやシュナイザー達は、わざわざ時間を割いて来てくれているのだ、わがままを言って無理をさせられないわ、と心の中で寂しさを紛らわす為に呟いた。
宮廷貴族である為に、主人不在のこの屋敷においてその令嬢であるローズにするべき仕事はあまりない。
バルモアの弟のテオドールの様に領地を持っていれば、その領地経営や他にもするべき仕事は沢山有るのだろうが、そもそも地方貴族は今回のバルモアの様に、他国への使者や国境の砦に赴任任務など申し付かる筈も無いのだから、そもそもそんな仮定は有り得ない事。
となれば、今ローズがすべき事は将来家督を継ぐ者として、貴族の仕来りや立ち振る舞い。
それにこの国の裏の事情や派閥問題等々のお勉強が重要課題だ。
その為、現在ローズはフレデリカを家庭教師に、シュタインベルク家と交流の有る貴族家のレクチャーを受けていた。
本来その様な政治的事柄についてメイドが家庭教師をする事などはなく、専門の政治学者等を雇うものなのだが、フレデリカは特別だった。
孤児として修道院で育ったフレデリカだが、親の遺伝子が素晴らしかったのか、幼少の頃より周囲から神童と呼ばれていた天才で、年老いた司祭やシスターの代わりに様々な祭事を一人で取り仕切る程の才を有していた。
また、国政とは中立の態度を取る教会組織において、その国の貴族の派閥や政治問題と言った物事は一見無関係に思えるが、実はそうではない。
祭事において、各貴族の席の配置や読み上げる際の家名の順序と言った事には非常に気を使わなければならなかった。
名誉や誇りを重んじる貴族達にとって、下手すれば刃傷沙汰までまで発展する事も有り得るデリケートな問題である。
その様な様々な事情も踏まえて祭事の進行を滞りなく終える為には、高度な政治的知識が必要であった。
国家の一大事ともなり兼ねないこの大役を、成人もしていない一人の修道女が担当していたのだからフレデリカが如何に天才だったかが分かるだろう。
勿論彼女は努力家でもある。
修道女として働く傍らで、暇を見つけては国立図書館に足繁く通い、また懺悔室に入り上流階級の懺悔と言う名の噂話で情報を仕入れていた。
以上の事から、ことこの国の政治に纏わる知識においてフレデリカ以上の者は存在しないのだ。
その知識量の事については執事長以下、使用人全員知っておりローズの家庭教師をするフレデリカに疑問は持っていない。
それどころか、以前の性悪ローズの防波堤として利用していた所も有り、心を入れ替えた心優しい今のローズとお近付きになりたいと思っている使用人達も、まるで独占している様なフレデリカの態度に強く言えないでいた。
この様な傑物がなぜ現在ローズのメイドをしているかと言うと、それはフレデリカを養っていた修道院に問題が有った為である。
修道院を経営していた司祭は、フレデリカの才をこの国だけじゃなく教会側にも知らせていなかった。
それは何故か?
簡単な事である、ただ単に自分達が楽をしたいから。
全ての面倒事をフレデリカに振って、祭事の時のみ壇上に立ちその素晴らしい進行の称賛は自身が受ける。
更に欲を掻き、とうとうフレデリカの才で金儲けをしようと考えた。
まず始めたのが王都の大神殿で行われる祭事のプロデュースの請け負い。
フレデリカが作成した祭事の計画書を教会に高値で売り付けたのだ。
だが、まだこれくらいなら問題無かった。
しかし、数多の称賛と金に欲に目が眩み、修道院の司祭を始めた頃の正しい志を忘れてしまったのだろう。
フレデリカが知り得た貴族の情報で、その貴族達に脅迫紛いな事をする様になってしまったのだ。
それで更に私腹を肥やした司祭だったが、ある時に脅した相手が悪かった。
それは王国騎士団の英雄であるバルモア子飼いの若い貴族であったのだ。
脅された若い貴族はバルモアに泣き付いた事で司祭の悪事が発覚する。
貴族のスキャンダルと言う国家の恥にも通じる事だけに、公にされる事なく秘密裏に調査され悪事を働いていた司祭共々処理された。
これに関しては教会側も責任を感じて調査に協力し、悪事に係わった司祭とシスターは破門され監獄送りとなる。
そこで登場したのがフレデリカの存在。
調査の過程で彼女の存在を知ったバルモアは、彼女を不憫に思い何とか助けられないかと彼女の存在を隠した。
貴族の情報を握っているのは彼女である。
そんな爆弾の如き彼女の存在が明るみに出ると、情報の漏えいを恐れ幽閉されるか殺されるか。
どちらにせよこの先の彼女は幸せな人生など歩める筈も無く、人として終わったも同然であった。
そこでバルモアはフレデリカにある提案をする。
我が家のメイドにならないか? と。
こうしてフレデリカはシュタインベルク家にメイドとしてやって来る事になった。
だが、フレデリカは伯爵に対して一つの提案をする。
それは、既に性悪令嬢として噂になっていたローズのお付きとなる事だった。
それを聞いたバルモアは喜び二つ返事で了承する。
喜んだ理由は、これ程の人物ならローズの事を正しく導いてくれると思ったからだったが、それが野江 水流としての意識に目覚める前の性悪令嬢の名を極めたローズとなるのだから皮肉な結果となった。
これに関してはフレデリカに問題が有る。
これも簡単な事であった。
それはフレデリカの困った性癖に由来する。
孤児として理不尽にもこの世に一人取り残されたフレデリカは、その心的要因によって極度の精神的なM気質を発症させていた。
とは言え、痛いのやただ単に辛いのが好きな訳では無い、全てギリギリ一歩間違えば地獄行きと言うスリルに快感を覚えると言う厄介極まるモノで、その為なら様々な血の滲む様な努力も彼女にとってはご褒美と同じ意味を持つ。
そして、自身の采配によって祭事が行われている事も愉悦の一時であった。
一歩間違えば国家の一大事となる。
彼女はそんな地雷原の上で綱渡りをする様な刹那的行為に対して快感に酔いしれていたのだ。
司祭からの様々な無理難題も喜びであり楽しみだった。
そんな彼女であるのだから、性悪令嬢のメイドとなるのは最高の環境で有り、そしてこれはフレデリカの心の中で秘められた事実。
この国家を揺るがしかねない一連の修道院問題だが、実は全てフレデリカの策略である。
ローズの存在を知ったフレデリカが、そのメイドとなる為にわざとバルモアの部下のスキャンダル情報を司祭に告げ、そうなる様に誘導したのだった。
そんなフレデリカがお付きとなったのだからローズが真人間に育つ筈がない。
そのまま性悪令嬢道を全うさせようと思っていた……。
が、ここに至って事情が変わって来る。
先日急にローズが心を入れ替えて優しくなってしまった。
だがしかし、この国には性悪ローズのメイドより過酷な職場は存在しない。
ここより温い職場に行くのは死ぬ様なものだ。
それどころか伯爵家を追放されたメイドなど何処も雇い入れると言う事はしないだろう。
刹那的な快楽を求めていたフレデリカだが、自身を汚く貶める行為は望んでいない。
だから路頭に迷ったとしても娼婦に身を窶すのは死んだ方がマシと思っていた。
だが、孤児として生き残った自分がこんな所で死ぬのは嫌だ、と当初はこの夢のような職場を解雇されるかもしれないと言う恐怖で混乱してローズを元の性悪令嬢に戻そうとしたが、その考えはすぐに消え去る。
なぜならば、それは心を入れ替えたローズの中に、自分が本当に求めていた楽園の姿を見たからだ。
性悪令嬢のメイド生活も悪いものではなかった。
ギリギリに怒られる程度にディスり、そしてその通り怒られる。
最初はそれで良かったが、十年近く経てば飽きも来るものだ。
そして最近になってある事に気付いた。
『お嬢様の行為には愛が無いわ』と。
いつもイライラしているローズは怒りの捌け口をフレデリカに向けるだけであった。
その行為には愛が無い。
しかし、心を入れ替えたローズは、ただ優しいだけじゃない。
お仕置きもご褒美もしてくれる。
そして、そこには愛が有った。
そう、ここに至って事情が変わったと言うのは、小さい頃の心的要因によって愛を知らず病んでしまったフレデリカの心に愛が注がれ、厄介な性癖がここに来て完成に至ったと言う事である。
自身の才を如何無く発揮する場を与えて貰い、そしてその対価としてご褒美もお仕置きもして頂ける。
あの時ローズが言った『いいえ、フレデリカ。私が調教を施すのは貴女にだけよ。他の者は放っておきなさい』と言う言葉。
即ちその行為は自身に対してのみ行われるのだ。
この言葉を受けてフレデリカの心は、夢は決まった。
親からの愛を享受する前に孤児となった理不尽な運命を呪い、ただ単に刹那的に我が身を傷付けていた過去は捨てたのだ。
目の前にいる人物は真の主。
自分と同じく愛を失っていたローズ。
そして、突然愛に目覚めて、自分に愛と生きる道を授けてくれたローズ。
この人と共に歩いて行こう。
そう心に決めたのだった。
勿論この事はローズは知らないし、元よりそんな風に思われているなんて事も思いもよらない。
フレデリカの事は昔の友人に似ているちょっとアレな困ったちゃんとしか捉えていなかった。
「どうしたの? フレデリカ。急に黙ったりして」
ローズはオズの正体を知るべく、幼い頃であった可能性の有る人物を調べようと、過去の交友履歴を尋ねた所、自分の顔をじっと見詰めたまま固まってしまったフレデリカに声を掛けた。
内心、何かまずい事を聞いたのかしら? と焦っている。
知らない事を尋ねた際のフリーズにしては、いつもの様に無表情では無く、顔が上気して頬を赤く染めていたので、それが焦りに拍車を掛けた。
「いいえ。何でも有りません。少し昔の事を思い出していただけです」
フレデリカはニッコリと笑いそう言った。
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