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第二章 誰にも渡しませんわ

第25話 接近

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「そう言えばローズ。君って最近剣の稽古をしてるようだね」

「えぇっ! な、なんでそれを……?」

 『イケフェス in ML with シュナイザー様』が大盛り上がりの内に無事閉幕し、まだ少し余韻に浸っていたローズに対して、ホランツが先日より朝練を始めていた事について尋ねて来た。
 それに対してローズは激しく動揺する。

 何故ならば、この事に関しては余所の者には喋らぬよう皆にお願いをしていたからだ。
 貴族令嬢が朝から屈強な衛兵達と一緒に訓練場で汗を流しているなんて言うのはさすがにはしたない。
 如何に中の人が体育会系現文教師の野江 水流だとは言え、いつか王子様が迎えに来てくれる事を夢見て貴族令嬢の特訓を密かに励んでいた事から、この様な事を貴族令嬢がすると言うのはお家の恥と言う事は心得ている。
 ならば、なぜこんな事をしているのかと言うと、それは野江 水流だからと言う事になるのだが、それはそれこれはこれだ。
 屋敷の皆に広まるのは仕方無い。
 既にローズの中では屋敷の使用人達は仲間……いや、それどころか家族みたいなものと思い始めており、多少身内に恥がバレてもそれって愛嬌じゃね? と勝手にポジティブに考えているのだが、余所の貴族にバレるのは話が違う。
 それは取り巻きイケメン達も例外ではない。
 貴族令嬢は可憐でお淑やかな存在であるべき者。
 それが、剣を振るうなんて事を知られた日にゃ嫌われるのではないかとビビっていた。
 逆にそれを理由に寄って来る者が居たら、それはそれでちょっと嫌だと思っていたりするので、そう言う理由で外部の者には黙っている様にとお願いをしていたのだ。

 『えーー! どうしよう! 数日でバレるなんて思わなかったわ。カナンちゃんにも秘密にしていたのに。ホランツ様は何処で知ったのかしら?』

「おっ? ローズ。お前剣の稽古なんてしてるのか?」

 ホランツの話に興味を持ったオーディックが話し掛けて来た。
 熱血キャラである彼ならばそう言う反応するだろうなとローズは思う。
 そして、その次に来る言葉も想像が出来た。

「俺が腕前を見てやるよ。一試合しようぜ」

「あはははは……私のはダイエットを兼ねた健康体操みたいな物ですから、そんな腕前とか……」

 予想通りの反応に愛想笑いで返すローズ。
 熱血キャラのオーディックならこう言ってくるのは当たり前。
 そして、恐らく試合してもオーディックだけは自分の事を嫌わないだろうと言う事も分かっていた。
 とは言え、この『メイデン・ラバー』。
 ステータスに筋力値が存在する癖に別にバトルイベントなどは存在しない。
 ならば、その筋力値は何に使用するのかと言えば、錆びた扉を開けるとか固く締まった瓶の蓋を開けるとかそんなイベント進行のフラグ解除用だったのだ。
 なので、各キャラがどれだけの戦闘力を持っているかなんて事は、キャラ付け説明でチラッと一文出るだけで本当の事は分からない。
 全くゲーム中に説明が無かった『もやし爺』こと執事長なんてとんでもない強キャラが存在したくらいだ。

 試合をしても色々と誤魔化しようは有るとは思うが、生来の負けず嫌い故か一度試合が始まると相手が強者であればある程手を抜く事など出来ずに本気になってしまう性分なのは自覚していた。
 そして、オーディックの実力は騎士団長のお墨付きとゲーム内で語られている事から、強者であり確実に本気を出してしまう可能性が高い。
 執事長との試合で慢心は反省しているものの、もしそのお墨付きとやらが想像以下の実力で、下手に勝ってしまったりするとさすがのオーディックと言えども嫌われるかもしれないし、そこからこのイケメンの集いに亀裂が入り自然消滅する可能性だってあるとローズは考えていた。
 ただでさえ剣を振るう貴族令嬢と言うだけでオーディック以外のイケメン達に嫌われる恐れが有るのに、それ以上のリスクをわざわざ犯すローズではない。

「何を言っているのだオーディック。どこの世界に貴族令嬢に試合を申し込む馬鹿が居る。仮にそんな事してローズに怪我でもさせてみろ、ここに居る皆だけではない。お前の尊敬するバルモア伯爵が黙っていないだろう。なにより俺が許さ……ゲフンゲフン。いや、何でも無い」

 シュナイザーが少し不機嫌な口調でオーディックを窘めた。
 確かにその言葉は当たり前。
 ホランツもカナン、それにラウンジに居る使用人達もうんうんと頷いている。
 そのフォローにローズは安堵した。
 そして、最後にシュナイザーが持ち前のドジスキルを発揮して、自分の本心を語り掛けた事も聞き逃さなかった。
 本来ならこのまま『イケフェス in ML with シュナイザー様』第二幕の火蓋が切られる事になるのだが、さすがに今の今拡大版を閉幕した事も有って予算も体力も0となっているローズ達は、これ以上無理は出来ぬと泣く泣く開幕を断念した。
 しかし、心の中がハッピーなのには変わりない。
 不機嫌なのは自分を心配してくれているからだと知って有頂天である。

「う~ん、そうだな。仕方無ぇか」

 シュナイザーの尤もな言葉にオーディックは頭を掻いて同意している。
 確かに、貴族令嬢に試合を申し込むなど軽率だったと反省している様だ。

「あ、あのホランツ様? どこで私が鍛錬……ゲフンゲフン。健康体操をしている事をお知りになったのですか?」

 オーディックの要求を躱せた事に安堵したローズは、ホランツが何処で聞いたか確かめたくて聞いてみた。
 別に喋った者を罰する気持ちは毛頭無いが、それでも知って置きたいと思ったからだ。

「あぁ、それ直接見たんだよ~。先日カナンがこの屋敷に泊まっただろ? あの時、実は僕も一緒に泊まっていてね。早朝庭を散歩していたら道場から音が聞こえてね。覗いたらローズが一人で木剣を素振りしているのを見たのさ」

「まぁ、そうでしたの! それは気付きませんでしたわ」

 その答にローズはホッと胸を撫で下ろした。
 使用人から漏れたんじゃない。
 その事実が嬉しかった。

 『良かった~。うちの使用人が喋ったんじゃなかったのね。少しでも疑ってごめんなさい。それにその日って確か朝練初日よね? 軽くアップしただけだったからはしたない所までは見られてない筈だわ。けど、カナンちゃんってホランツ様が居る事なんで黙っていたんだろう?』

「おい! ホランツ! カナンは従兄弟だし成人前だから仕方無ぇけど、何で成人していて、しかも対立派閥の子息のお前がローズの家に泊まってんだ!」

 オーディックがホランツに対して吼えた。
 とは言え、その内容は正しいが、心の内の七割は嫉妬である。
 同じ派閥、そして幼馴染と言えどもローズの家で泊まった事などない。
 それは一般的に貴族としてあまり褒められた行為ではないとされているからだ。
 地方貴族ならば、その屋敷に訪ねた際にそこで宿泊する事は仕方無いにしても、宮廷貴族のように王都に屋敷を構えている場合において、その家に泊まる事は婚約者でも無い限り有り得ないとされている。
 従兄弟であるカナンですらこの王都に寮住まいしているので、屋敷に泊まる事にオーディックやシュナイザー、それにディノもあまり快く思っていなかった。
 それはホランツも同じと思っていたが、カナンと一緒に泊まると言う離れ業をするとは!
 この場に居るオーディックもシュナイザーも抜け駆けされたと言う思いの反面、そんな手が有ったのかと少し感心もしていた。

「いや~、だからローズにも内緒にしていたんじゃないか~。カナンから勉強を頼まれていてね。仕方無く泊まったって訳さ。ほら、僕ってカナンが通っている学校を首席で卒業したじゃない? だからね」

「うん。ホランツお兄ちゃんに無理言って頼んじゃったんだ。次の日苦手教科のテストだったんでどうしてもって……。お姉ちゃん、ごめんなさい」

「いいのよ、いいのよ。カナンちゃん。私が教えてあげれたらいいのだけど……」

 元の世界では高校教師だったとは言え、正直この世界の勉強がどんなものかいまいち分かっていない。
 歴史や文化などは書物大好きフレデリカのお陰で分かる様になってきたとは言え、この世界の学校のレベルが分かっていないのに人に教える事など出来ない。
 いや、と言うよりも自分も同じ学園を卒業したらしい。
 しかし、そんな記憶を持っていないにもかかわらず、家庭教師中に当時の事を聞かれたとしても、その思い出を語る事が出来ない為に、そこから正体がバレる可能性が有るので、下手に過去に繋がることについての接触は避けたいからだった。

「ならん、ならん! 未婚の男女が夜通し一つの部屋で二人切りになるなど言語道断! そんな羨ましい事など……い、いや何でもない。兎に角駄目なものは駄目だ」

 シュナイザーはまたもや自爆で自身の本音をポロッと言いかけて顔を真っ赤にしていた。
 『本当に最近のシュナイザーはローズの事になるとこれだ』とイケメン達は全員ジト目でシュナイザーを見ている。

「まぁ、いいや。しかし、ホランツはローズの訓練を見ていたのか。ずりぃぜ! じゃあよ、俺も訓練に同席だけでもさせてくれねぇか?」

「え? そ、それは」

 ホランツだけが訓練を覗いていたと言う事に不満の言葉を上げたオーディックはさすが熱血キャラと言うべきか、体育会系な思考の持ち主の様で、ローズが剣を振るう所をどうしても見たいようだ。
 ローズの中の野江 水流的にはその思考は理解出来るし、正直自分が同じ立場なら同じように試合を申し込んでいただろうと思っている。
 正直オーディックだけなら見せても良いかと思わないでもないのだが、一人見せたら他のイケメン達も見たいと騒ぐだろう。
 ワンチャン見られても嫌われないかもしれない。
 しかし、あくまでこれからの自分は"野江 水流"ではなく、見目麗しい伯爵令嬢である"ローズ"として生きると心に決めたのだから。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お嬢さん……、えぇとエレナだったね。執事長がお会いになるそうだ。さあ、お入りなさい」

 執事長に書面を渡しに行った門番が門の外で待っているエレナと名乗った少女の下に帰ってくると門を開けながらそう言った。
 その少女……エレナは嬉しそうにその門をくぐり門番に礼を言う。

「ありがとうございます。門番さん」

 門番は新たな同僚の挨拶に笑顔で応えた。
 目の前の少女は話し振りは庶民の娘のようだが、それにしては何処となく上品な雰囲気が漂う容姿をしていた。
 金髪で前髪が少し目に掛かっているが、髪の隙間から覗く瞳は碧眼でとても綺麗なアーモンドアイ。
 顔立ちも整っており、一見貴族の娘と言われても納得しかねない風貌である。
 一瞬『はて、どこかで見た事があったか?』と門番の脳裏に小さな疑問が浮かんだが、それが何なのかは思い付かずやがて思考の渦に沈んでいった。

「じゃあ、案内しようか。私の後ろを付いて来なさい」

「はい、お願いします」

 エレナは人好きのする仕草と声で門番の言葉に答え彼の後ろを付いて歩く。
 使用人とすれ違う度に愛くるしく挨拶をするエレナ。
 誰だろうと首を傾げながらも使用人達は挨拶を交わす。
 しかし、その口角が少し歪に上がっている事に気付く者は誰一人居なかった。
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