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第一章 私の取り巻きイケメンは私の物

第1話 これは夢かしら?

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「終わった~! 全ルート攻略ぅ~!」

 月曜日の深夜ワンルームマンションのとある一室に、その部屋のあるじの嬌声が響いた。
 彼女の名前は野江 水流のえ みずる
 進学校として地元で有名な私立高校の教師で31歳独身である。
 彼氏いない歴=年齢である彼女だが、別に男が嫌いだとか恋愛に関して興味が無いと言う訳でも無く、容姿に関しても人並み以上には整っており、本人もいまだ恋に恋する乙女であった。

 そんな彼女がなぜ『彼イコAge』なのかと言うと、生まれ持っての不運の所為かそれとも前世の業の為か、彼女が誰かを好きになると必ずその人との橋渡しを同級生や後輩からお願いされると言う、不幸な星の下に生まれてしまった事に起因する。
 そんなお願いなんか無視して好きな人と付き合ったら良かったのだが、更に不幸な事に彼女は小さい時から周りから慕われ、また自身も生来の面倒見の良さからそれに応えるべく生きて来た事も有り、進んで橋渡し役を買って出ると言う悲しい行為を続けて来てしまった。
 知らない間に周囲から『必中のキューピッド』やら『恋愛マスター』などと呼ばれてしまい、連日の様に数多の相談に乗っていた彼女。
 高校、大学、そして今では職場の同僚に生徒達、そんな相談に乗っている内に自身の恋愛はどんどん遠ざかり、気付いたらあっと言う間にアラサーという始末。

 恋愛経験0な彼女がなぜ恋愛相談に乗れるのかと言うと、彼女の趣味は恋愛マンガや恋愛小説はたまた乙女ゲーなど、ありとあらゆる恋愛物を読み漁り遊び尽くすと言う物だった。
 要するに彼女の助言は全てそれらからの受け売りだったのだ。
 だがしかし、これも運命による物なのか才能か。
 何故か空想の中の恋愛ノウハウがあらゆる相談にジャストフィットし、相談者の恋愛成就に結び付くと言う奇跡を起こしていた。
 それはある意味当たり前だったとも言える。
 何故なら相談者の相手と言うのは、元々自分が好きだと思った相手なのである。
 要するに相談される前から情報を収集して攻略法を練っていた相手と言う事なのだから。

 また、更に不幸は重なった。
 彼女は数多の恋愛物を貪る内に少々特殊な性癖と言うべきか、自らを物語の主人公に敗北するライバルに自己投影してそこにカタルシスを得ると言う、厄介な恋愛観を育んでしまっていた。
 その為、好きになった相手への橋渡し行為に対して、それなりに満足する体質と言う大変な困ったさんとなり果ててしまっていたである。

 そんな彼女が、こんな月曜の夜中に何を騒いでいたかと言うと、毎日が忙しい高校教師生活の中、久々に宿直も部活の顧問としての仕事も、また課題の添削なんてのも何もない三連休を迎える事が出来たのだが、その貴重な休日を街に繰り出して運命の人との出会いを探す……などはせず、以前購入していたまま忙しくて手付かずだった乙女ゲーの完全攻略に費やしていたのだ。
 そして連休三日目の夜となる先程、遂に全ルートの攻略を成し遂げた為の喜びの叫びであった。

 その乙女ゲーの名前は『メイデン・ラバー』。
 ある日彼女がとある中古屋で乙女ゲーを漁っている際に見つけたゲームだ。
 恋愛マスター恋愛物オタクを自負する彼女は日々あらゆる恋愛物をチェックしていたが、何故かそのゲームの事について噂も聞いた事が無かった。
 不思議に思いながらも、『これはもしかして大変な掘り出し物を発見したかも?』と思い喜んだ。
 妙に安い値段だったので一瞬脳裏に『クソゲーかも?』と言う言葉が浮かんだが、だからと言って恋愛マスターが、恋愛物から逃げるのは女がすたると気を取り直し購入したのだった。
 給料日まであと四日、懐事情的に優しかったと言う事も大きな理由だろう。

 彼女は家に帰ってそのゲームの事をネットで調べたのだが、何度検索してもゲーム情報どころかメーカー名すらヒットしない。
 手探りでゲームするには日々の忙しさが許してくれず、元々攻略法を見ながら効率良くゲームをするタイプだった彼女は、いつか時間が出来たらやってみようと思っていた。
 そして、やっと念願だった何もない連休をゲットした彼女は、この正体不明の乙女ゲームの攻略に臨んだ。

 『メイデン・ラバー』
 このゲームは、とある伯爵家の屋敷にメイドとして奉公に来た庶民の女の子が主人公。
 ライバルはそのお屋敷のわがままで性悪な一人娘、いわゆる悪役令嬢と言う奴だ。
 攻略対象はその悪役令嬢の取り巻きイケメンの五人衆。
 それぞれ、熱血タイプ、冷血タイプ、おっとりタイプ、俺様タイプ、後はショタ、とテンプレあるあるのイケメン揃い。
 そんなイケメン達相手に、度重なる悪役令嬢の妨害を退けて、なんとか結ばれると言うストーリーだった。
 攻略法が何処にも無い為、総当たりのトライ&リトライの末、連休三日目である月曜の夜中になってやっと全ルートの攻略を成し遂げた。
 明日から普通に仕事なのに、こんな事をしているからいつまで経っても彼氏が出来ない事に彼女は気付いていない。
 実はこの三連休にそれとなく同僚のそこそこイケメンな教師から誘いを受けていたにも関わらず、自身の恋愛には少々鈍感になっていた彼女は、相手の想いに全く気付く事もなく笑顔で断ってしまっていた。

 兎にも角にも、目的を達成した彼女は、現在念願の全ルートを攻略した嬉しさのあまり、エンディングが流れるモニターを前にしてブギウギを踊っている。

「なかなか歯応えが有ったけど、恋愛マスターと呼ばれるあたしには簡単だったわね」

 そんな事を言っているが、コマンド総当たりの果ての所業であり、そして浮かれてブギウギを踊っている姿では説得力が無い。

「これで明日から快く仕事に行けるわ」

 ぐぅぅぅーーー。

 突然部屋に大音響でヒキガエルを絞るような不快な音が響き渡った。
 それはうら若き……と言うに少々とうが立っているが、乙女にあるまじきお腹の音である。
 その音に野江 水流は踊るのを止めて背中とくっつきそうになっているお腹を摩った。

「あ~、ゲーム攻略の為にこの三日間満足に物を食べて無かったわ。それに三徹したし、ちょっと限界かも。ふぅ、昔はこれくらいなんともなかったんだけどな~。私も歳……。いえいえ、まだまだ私は若いんですぅ~」

 彼女はそんな良く分からない事を言いながら、何か食べようと冷蔵庫に向かった。
 そして、冷蔵庫の扉に手を掛けようとした、その時……。

「あれ? なんか目の前がクラクラする。流石に三徹してのブギウギは無謀だったかしら……? あ、これはだめ……かも」

 ドタンッ!!

 彼女はその言葉を発し終える前にその場に崩れ落ちた。
 そして、そのままピクリとも動かない。
 寝息さえも聞こえない中、セレナーデ調のエンディング曲だけが静かに流れていた。

 やがてそのメロディも終わり静寂が訪れたかと思った矢先、突然モニターからアラームの様な音が鳴り響く。
 驚いた事にモニター画面にはゲームエンディングを表す『Fin……』の文字が緩やかにフィードアウトし、新たに二つのメッセージが浮かび上がって来た。
 
 『攻略キャラクター2名追加、新ルート解放』

 しかし、彼女はそのメッセージに気付く事は無く、ただその場で倒れたままだった……。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……じょうさま、お嬢様。そろそろ起きて頂けませんでしょうか?」


 遠くで彼女を呼ぶ女性の声が聞こえて来た。
 彼女は、その声に反論する。

「う~ん、まだ眠いの。起こさないで……」

「と申されましても、朝食の時間に遅刻されます。今日は旦那様が隣国への使者として出立される日なのですよ」

 彼女を呼ぶ声は起こす理由を説明した。
 彼女はその言葉が理解出来ないでいた。
 まだ眠りの微睡まどろみの中に漂っている状態の意識では仕方が無い……、いや、そうでなくとも彼女は理解出来ない事を、その声は話していた。

 『何言ってんだこいつ? 私は三徹した所為でまだ眠いのよ。朝食なんてカップ麺で済ますし、旦那様って誰よ……? え? と言うか、この声自体誰の声?』

 理解不能な言葉の数々に、微睡の中から意識が急浮上した。
 うっすら残る記憶では、固い台所の床で寝落ちした筈。
 それなのに今寝ている所はふっかふかのベッドの上?
 昔、頑張った自分へのご褒美として、都内の超高級ホテルのスイートルームに一人・・で泊まった事が有ったが、それを遥かに凌駕する程の心地良さ。
 この非現実な出来事に彼女は混乱する。

 『え? これは、夢かしら……? なんか目を開けるのが怖いわ。こっそり手を抓って確かめましょうか……、いったい! 痛いじゃない! え?どう言う事?』

 ガバッ!

 夢じゃないと気付いた彼女は、酷い表情で勢いよく起き上がった。
 理解不能な現在の状況、いまだ三徹の疲れ冷めやらぬ体、更には夢かどうか試す為に思いっ切り抓った痛みに耐えている、そんな困惑とも怒りともつかないとんでもない表情だ。
 声を掛けていた女性はそれを見て恐怖に慄く。
 まるで彼女の怒りを買うと処刑でもされるかのような怯え方だ。

「ひぃぃぃ! 申し訳有りません、お嬢様! お休みの所、無理矢理起こすような事をしてしまって!」

 彼女はその声を無視して辺りを見渡した。

 『どこここ? あたしの部屋じゃないわよね? だって、この部屋とっても豪華だし、あたしの部屋なんか5~6個は余裕で入るわよ?』

 部屋の中は豪華絢爛、贅の限りを尽くしたような調度品の数々。
 上を見上げれば天蓋がこのベッドを包んでいる。
 垂れている布は上質なシルクだろうか?
 窓から射し込む光に純白に輝いている。

 『見た事無い筈なのに、どこかで見た事が有る……?』

 こんな豪華な部屋、超高級ホテルのスイートでも有り得ない。
 まぁ、超VIPルームなら別かもしれないが、少なくとも彼女が泊まった部屋は一般人がなんとか泊まれる程度の部屋だ。
 そんなVIP専用の部屋など、一見さんである彼女は泊まる事が出来ない、……VIPな宿泊料含めて。
 けれど、彼女の記憶の中にはこの部屋の記憶が有った。
 それもつい最近、いやつい最近なんてものじゃない。
 この三日間・・・・・何度も見た部屋の光景グラフィックだ。

 彼女は慌ててベッドから飛び起きて、視界の隅に入っていたとても豪華な鏡台ドレッサーの前まで走り出した。
 その鬼気迫る様子に、声を掛けていた女性は、これから起こる自身への責め苦に絶望して泣きながら命乞いをしている。
 しかし、彼女はそんな事もお構いなしに鏡台の前に立つと自身の姿を確かめた。
 鏡に映っていたのは、金髪碧眼の気のきつそうな女性の姿。
 年は二十歳前と言う所か。
 最近は肌の張りに少々気になっていた彼女だが、指に触れる頬の肌の艶に暫し感動した。

 『違う違う! なにこれ? この顔、この姿。寝起きだから髪がまだセットされていないけど、この姿もゲームの中・・・・・・・・・に出て来たわ』

 理解を超える出来事にまだ頭の整理が付いていない。

 『待って、これってあれよね? いや、そんなまさか。もしかして私……』

「なによこれぇーーーーーーーっ!!」

 とうとう理解が追い付かず、頭がオーバーヒートした彼女の叫び声が部屋中に木霊した。
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