暁光のレムレス

夜門シヨ

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8篇

20頁

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 嫌われ者であり、醜い巨人族の血を持つ彼ならば、きっと皆納得するだろう、と。ニョルズは議会で彼の名を出し、邪神ロキを地下牢へと追いやった。トールが真犯人を見つけることがない限り、邪神ロキの死刑は確定だろう。
 邪神ロキが犯人に仕立て上げられたことにより、元ヴァン神族達は浮かれていた。
 最高神オーディンも弱っている今なら改めて奴を殺す作戦も出来るだろう、光の神バルドルもいない今なら次期最高神は我等のニョルズ様だろう、などと騒いでいた。
 そんな彼等に嫌気を差していたフレイとフレイヤの耳に、ある話が流れ込んでくる。

「なぁ、あの邪神の子供達は今はどうなってるんだ?」
「あの子達か。今は部屋でじっとしてるようだな。特に何らかの罰は与えられていなようだ」
「ほぅ、随分と優しいものだな。彼等は邪神ロキと違って仲が良い者が多いようだしな。そのおかげだろう」

 そんな会話をする数人のうち一人が、「それじゃあ」とある事を提案する。

「我等が奴等に罰を与えないか?」

 フレイとフレイヤの全身が震え上がった。

「奴等は父親を救おうと、あの最高神の命令を無視したんだ。やはり、それなりの罰は必要だろう」

 そんな一人の提案に、その場で話していた者や周辺に居た者達も集まって、その提案に賛同し始める。

「我等ヴァン神族以外にも、アース神族の中ではその子供達も死刑にするべきだと言う考えを持つ者達は多く居るからな」
「奴等も、醜き巨人族の血を引いておるし。殺してしまっても、何も問題はないだろう」

 あぁ、これは。間違ってしまっている、と。
 だから彼等は。

「貴様等」
「覚悟はよろしくて?」

 同族を裏切った。
 
***

「友達の父親を陥れて、友達を殺してまで。ヴァン神族を復活させるなど、我々は望んでいない! そんなものに誇りなど……持つ事など出来ない。今までよりも一層、醜いものにしかならん」
「だからこそ我々は! 恨まれてもいい、殺されてもいい、その権利が貴方達にはあるから、その覚悟が我々にはあるから。だから……!」

 フレイヤは瞳に涙を浮かべ、そのまま膝をついて涙を流していく。
 二人の話を聞き終えた兄妹。ナルは彼等から隣にいる兄に目線を移す、と。ナリの瞳は豊穣の兄妹を睨み、その拳は震えていた。
 そんな兄の手を、妹は自身の両手でぎゅと握ってやる。その温もりに気付いたナリは、心配げに見つめる妹に「ありがとう」と微笑みを向ける。そこからナリは「よーし。フレイ!」と彼の名を呼ぶ。

「一発殴らせろ!」

 あの優しげな笑みはなんだったのか。途端にナリの目はギラギラと光らせながら、指を鳴らしながら殴る準備を始めている。

「兄さん! なんで?」

 慌てる妹に「まぁまぁ、ナル。にいちゃんに任せろ」とそんな彼女を、なぜか兄の方がなだめていた。そして、ナリは妹から豊穣の兄妹達へと視線を戻す。

「悪りぃのはアンタ達の父親だしさ。苛々を、アンタ達にぶつけるのもどうかと思うけど。自分達の気が晴れねぇって言うんなら、この拳を受け入れろよ」

 ナリの言葉を聞いたフレイは、考える事無く「あぁ、分かった!」と歯を食いしばり、彼の前に立つ。

「思いっきり来いっ!」
「言われなくて……もっ!」

 フレイの言葉にニッと口角を上げたナリは、腕を後ろに引き、思いっきり前へ、フレイの右頬に容赦なく拳をぶつける。フレイはナリの拳を受け止めると、一歩後ろへとよろめく。彼の右頬は赤くじんじんと腫れてしまっている。
 そんな兄の決意を見届けた妹フレイヤは拳をギュッと握り、「私も!」と声をあげる。

「ナル、妾を殴って!」

 フレイヤの申し出に、まさか自分にも向けられると思わなかったナル。
 しかし、フレイヤのまっすぐな眼差しに彼女は戸惑いを消せずにいるものの、唇をギュッと結び、フレイヤの目の前へと立つ。そして、「いきますよ!」とフレイヤの頬に両手を近付け、目を瞑り、頬肉をひとつねり持つ。

「いっ!」

 そのつまんだものを、ナルは強く引っ張った。

「たぁーいっ!」

 その痛みに耐えられず、フレイヤは涙を浮かべながら悲鳴をあげる。ナルが彼女の頬から手を離すと、フレイヤは涙目のままつねられた頬を優しく撫でる。
 ナリとナルは互いに目を合わせ、口元に笑みを浮かべて頷き合う。

「父さんのことは完全には許さねぇ。けど……話してくれたことには感謝する。だから……」
「「だからこれで、また友達だ」」

 ナリとナル、二人の言葉と微笑みに、フレイとフレイヤはぽかんと口を開けているものの、彼等も薄暗かった顔に痛そうな赤い色が染められながら、その口元をぎこちなく緩めていった。

「「ありがとう」」

 四人は互いに握手を交し、ちぎれそうになっていた関係を僅かな一本で繋ぎとめた。これが、彼等の長所で。短所なのだろう。彼等が父のように冷酷になれたらどれだけ良かっただろうか。

「おやおや、これはどういうことですかね」

 そんな兄妹達の背後から、とある声が聞こえてくる。彼等がそちらを振り向くと、一人の男神がいた。彼はにっこりと微笑むも、豊穣の兄妹の表情は険しいものである。

「フレイ様、フレイヤ様。探しておりましたよ」

 どうやら、この男神は豊穣の兄妹の仲間、要するにヴァン神族のようだ。

「なかなか戻られないとのことで、探しに参りました。ニョルズ様も心配されておりますよ。さぁ、共に戻りま……なんの真似です?」

 そんな彼に対し、豊穣の兄妹はそれぞれ武器を構えた。

「ニョルズが心配をしている? 嘘はもっと上手く吐くことね。あの方が心配しているのは、我々の安否ではなく計画漏れが起こることへの心配では?」
「我々は戻らん。我々がやってきた事を自白し、罪を償う」

 豊穣の兄妹の宣言に、男神は「それは残念ですね」とにこりと微笑みながら指を鳴らすと、木の影に隠れていた神族達が姿を現れる。兄妹達はあっというまにヴァン神族に囲まれてしまう。彼等は腰に差していた鞘から剣を抜き、剣先を構える。

「さてさて。お二方にはみっちりと、罰を受けていただかなければ」
「いいえ。そんなことはさせない」
「はい?」

 そんな言葉を放ったのは、ナルであった。ナルは彼等を睨み、手を前へと突き出す。

「罰を受けるのは……貴方達よ!」

《ナウシズ》

 いつもよりも強く凛とした声音で唱えた魔術が、神族達を弾き飛ばしていく。それにより、一人の手から剣が離れる。

「兄さんっ!」
「おう!」

 ナリは地面を強く蹴り、宙に舞う剣を掴み取る。そのまま重力に従って彼は地面へと落ちる。着地に合わせて、すぐさま残っている神族達に斬りかかっていく。それを皮切りに、豊穣の兄妹も戦闘へと加わっていく。

「くそっ、気味の悪いものを使いおって! お前ら! 相手はたったの四人だ! 怯むではないぞ!」

 神族達も自身の魔法や剣術を駆使するものの。ナルの魔術とフレイヤの魔法、ナリとフレイの身のこなしや剣さばきに翻弄されてしまっている。続々と神族達は彼等に倒されていき、ナリ達が優位の立場へと上りつめていく様子に、先導していた男神はこの状況に歯軋りをする。仲間内で戦闘に乱れが生じ始め出した所で。「ナリ、ナル!」とフレイが兄妹の名を叫ぶ。

「先に行け! この森を抜けた先に、貴様らの相棒がいる!」

 フレイの提案にナリは「でも」と眉をひそめるものの、彼はギュッと目をつむり、「分かった」と背に迫ってきていた相手を峰打ちで倒しながら返事をし、戸惑うナルの腕を強く掴んで駆けだした。
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