暁光のレムレス

夜門シヨ

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3篇

13頁

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 ナリはそれを見て、エアリエルへと近付き、彼女の瞳から流れるものを優しく親指で拭う。

「なぁ、エアリエル」
「はい、なんでしょう」
「……さっき俺達に襲いかかってきたレムレスは……アンタなのか?」

 おそるおそるエアリエルに問いかけると、彼女は苦しげな表情でこくんと頷く。
 
「アレは……私の後悔です」
「後悔?」
「えぇ。レムレスとは、そういう存在なんです。貴方を守れなかった、貴方の傍にいれなかった、私の後悔。忘れられない、諦め切れない貴方への想い」
 
 彼女は弱々しく話していくのを、ナリは黙って聞いていた。そして、一番重要なことを彼女に問いかける。

「アンタは……全部知ってるのか? 俺のことを」

 ナリの問いかけに、エアリエルは首を傾げる。そんな彼女に、彼は自分が記憶喪失である事を彼女に話した。それを聞いた彼女は驚きで勢いよく立ち上がり、ナリの瞳を見つめる。見つめながら、再び顔をくしゃくしゃにさせて「そう、ですか。すべて、覚えていないのですね」と呟いては、ナリの頬に優しく触れる。
 
「……本当に、思い出したいのですか? 辛くても? 哀しくても?」

 するりと頬をひと撫で。そのこそばゆい感覚に、ナリは身体をビクリと震わせる。
 哀しい、辛い。その単語に結びついて、ナリは二つの夢を思い出す。一つ目は、豊穣の兄妹の見た夢。二つ目は、自身が見ている妹の夢。そのどちらもが、悲しく辛いものであった。それが夢ではないのだと。真実なのであると、彼女は知っている。
 そう確信した時には、遅かった。

「――っ」

 ナリの足元に黒い靄がまとわりついて動けない。
 
「思い出さなくていいんです。だからこの世界がある」
「え?」
「愛してますよ、ナリ様。ダカラ〉

 彼女の瞳が血のように赤い瞳へ、髪も光の見えない黒へと変わる。
 
〈イッショニナロウ〉
 
 エアリエル――レムレスの口元が歪む。歪む。視界が、世界が、歪む。歪む。歪んでいく。
 頭痛、吐き気、汗がダラダラと身体が流れていく。それでも、女から目を離せず。彼の思考は再び闇の中へと。

「――っ!!!!」

 ナリは自身の足の甲に、剣を突き刺した。剣が刺された場所から、どくどくと赤黒い血が傷穴から溢れ出していく。しかし、その痛みと引き換えに、彼の意思は鮮明になる。彼の行動に、レムレスは驚きで絡んでいた黒い靄共々その傍から離れた。
 ナリは痺れる痛みに唇を噛み締めながら耐え、レムレスとなった彼女に声をかける。
 
「ごめん」
〈……〉
「一緒には、なれない。俺は、俺達は……きっと、受け入れなくちゃ、いけないんだっ。だから今……ここにいるんだと思う」

 ナリはそう言い切った後、無理矢理だけれど彼らしいまっすぐで眩しい笑顔を見せる。その笑顔を見たレムレスは黒い靄を揺らしながら狼狽え、顔の部分だけ黒い靄がうっすらと消えていく。そして彼女は、震えながらも彼と同じように、けれども悲しげな笑みを見せる。
 
「えぇ。えぇ。貴方はそういう人ですよね」

 エアリエルは、両の手を大きく広げる。

「ナリ様。どうか、私を殺してください」
「――っ! 何言ってんだ!」

 エアリエルの言葉に、ナリは痛みなど忘れるほどの怒号を発する。そんな彼と真逆で、彼女は冷静なままだった。血迷ったわけでもなく、冷静に考えての発言だったのだ。

「では、言葉を変えましょうか。……どうか、私を救ってください」
「救う?」
「えぇ。このままでは、私はレムレスに飲み込まれる。そして今度こそ、ナリ様を……そして、貴方の大切な方達を殺してしまうでしょう」

 彼女の決意は固かった。ナリは唇を噛み締めながら、剣を握る手を強めて――手放す。その行動にエアリエルが拍子抜けしている間に、ナリは彼女へと近づいて――優しく抱きしめた。

「な、ナリ様っ!」
「分かってたろ? 俺がこういう奴だって」

 ナリの言葉に彼女は狼狽えながら、彼に絡もうとする黒い靄を必死に制御しようとする。ナリはその靄を見ながら、彼女に言い放つ。

「エアリエル。それがアンタの後悔だっていうんなら……俺の傍にいろよ」

 ナリの言葉に、エアリエルはまたも思考を停止してしまい。だんだんと彼の言っている事を理解すると、彼女の黒い靄は身体の部分もだんだんと薄くなっていく。

「私は……また、貴方の剣になってもいいのですか?」
「あぁ、そう言ってる」

 ナリの決意に輝く瞳をまっすぐと見つめるエアリエル。彼女の身体から、黒い靄が完全に消え去ると。またも彼女の瞳から大粒の涙を流しながら、彼女は花が咲くように微笑んだ。--少しして、彼女の涙がおさまっていくと。
 
「けれどナリ様。貴方の剣になれたとしても。私はやはり、この後悔をずっと押さえつけられる自信はありません。貴方の剣になる以上に、あの時の貴方を守れなかったという後悔が一番強いのだから」
「……」
「だから、少し眠らせていただきます」
「えっ? 眠る? 」
「はい。大丈夫。呼んでくだされば、お力だけは、お渡し出来るようにしますから」
「ま、待って。まだ何も俺の記憶を聞けてないの、にっ」

 動揺するナリの前に彼女は再び跪いて、彼の右手の甲に口付けをする。

「風の精霊エアリエル――真名、リリィ。此度も貴方の剣となりましょう。……ナリ様。私の主。私の愛しい人。どうか、記憶のないまま。この明けない夜の世界で、お幸せに」

 風が吹く。強い風が、彼等の周りを踊っている。
 風の強さに目をくらましている、と――ぽとん、と何かが地面へと落ちる。ナリは瞬きを数回し、目の前にいたはずの彼女がいないことに少しばかり慌てながら、地面へと目を向ける。そこには、彼女の瞳と同色の宝石が輝いていた。ナリはそれを拾い上げては強く優しく握り、言葉をかける。
 
「おやすみ。……リリィ」

 ――フラッ
 ナリは緊張の糸が切れたのか、そのまま地面へと頭から倒れる。
 が。それをロキが受け止めた。どうやら、途中から二人に気づかれぬように物陰で見守っていたようだ。気を失っているナリの顔を、憂いた瞳で見つめながら優しく撫でるロキ。そんな彼の肩に、一匹の黒いリスが乗ってくる。

〈一時はどうなることかと思ったが。なんとか丸く収まったな〉
「……ロプト」
〈……昨日も言ったが、質問は無しだ。……さぁ、帰りな。あの子が待ってる〉

 ロキの言葉を予想したロプトはすかさず遮り、ロキの肩から近くの暗闇へと飛び降りて、姿をロキと同じ人型へ変化させる。暗闇には、赤い瞳だけが怪しく光っている。奴は闇から本を取り出しては、ペラペラと捲っている。

〈なぁ、ロキ。……まだ、兄妹を見てなんとも思わないのか?〉

 奴の言葉にロキは意味が分からず固まっていると、〈いや、なんでもない〉とロプトは闇の中へと消えていった。そんな奴の消えた先を見つめながらロキは。
 自分の胸に手を当て、強く握るのであった。

「……苦しい」
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