10 / 57
3篇
10頁
しおりを挟む
「は? 女の影?」
鍛錬場についてからロキが颯爽と姿を消したことで不機嫌気味に剣の素振りをしていたナリ。
「そうそう。ナリはまだ見たことないか?」
そんな彼に、兵士二人はある話題を持ちかけてきた。
はじめはロキと共にいるナリを遠ざけていた兵士達。だが、毎日熱心に鍛錬をこなす素直なナリに、兵士達はだんだんと彼に心を許しているのだ。
「……女の形したレムレスなんじゃ」
「俺達もそうかと思ったんだけどなぁ。どうやら、そうじゃないらしいんだ。目も赤くないし、身体も黒い靄で出来ていなかった」
兵士達の話をまとめると。
皆が寝静まった時間に、女がシクシクと泣きながら徘徊している、らしい。ある時、巡回担当であった兵士がその女を間近で見てしまった。女は、女神に匹敵するほどの美しさであったのだと。
その女と目が合った兵士。女はただ一言――。『チガウ』と言った。
「んで、目が覚めたらその兵士は廊下で倒れてたってわけ!」
「もしかして、幽霊かも!」
その話で盛り上がる兵士達はブルブルと震え出す。そんな彼等に、ナリは苦笑いを見せる。
「いやいや。あんたらも一応幽霊みたいなもんだろ? そこで怖がるのかよ?」
そう、ここにいる兵士達は皆、死んでしまった人間の戦士だ。
彼等は、戦いで死んだという栄誉のおかげで、今もこうして神の国で戦士として生きているのだ。ナリがそう言うものの、兵士達は「それとこれとは違うんだよなぁ」と口を揃えて言うのである。
「それは、もしかしたら妖精族の仕業かもな」
「あっ。フレイ」
兵士達とナリの所に、フレイが現れる。兵士達は彼が登場すると、すかさず敬礼の姿勢を見せた。そんな彼等の行動を何度も見ているナリだが、その度に「やっぱり偉いんだな、こいつ」と思うのである。
「なぁ、フレイ。妖精族って?」
「悪戯好きな者達さ。白妖精と黒妖精がいてな。白はこちらから接触しなければいいが。問題は黒だ。今回は、話を聞く限り、実害的な物がないのなら、白妖精だろう」
フレイの話にナリは「ふーん」と軽く流す。
「……貴様も気をつけろよ。黒に魅入られたら」
そんな彼の態度に、フレイは釘を刺すかのように言い放つ。
「喰われるからな」
◇
時間は経ち。
ナリはフレイとの稽古を終えて、今は図書室にいるというナルの元へと向かっていた。目的地に到着し、そこの大きな扉を力を込めながらも、そっと開ける。中には、女騎士や兵士、神族が楽しく穏やかな時間を過ごしている。
キョロキョロと広い図書室で探し回っていると、奥の方でナルとホズが共に集中して読書をしている姿が目に入った。「あんな文字ばっかの紙の束の何が面白いんだか」とナリは不思議そうに思いながら彼等に声をかけようとしたが、ここは図書室だということをすぐに思い出し、そっと彼等の背後に忍び寄る。
ちなみに、ナルの読んでいた本の中身をチラリと覗き込むと、何かしらの物語であるのだけは分かった。欲に忠実な妹である。
「やぁ、ナリ君」
「えっ」
しかし、目が見えないはずのホズに早速気づかれてしまった。
「ん? あれ、お兄ちゃん。いつの間に?」
「今だよ今。なぁ、ホズさん。なんですぐに気づいたんだ?」
「もう長いこと僕は盲目で過ごしているんだ。気配や足音で分かるものなんだよ。特にこういう静かな場所だと、ナリ君が僕らに声をかけようとしているのもわかったよ?」
「そっ、そっから? ……ちなみに、本を読むのもそういうので出来るもんなの?」
ナリが首を傾げながらそう聞くと、ホズは読んでいた本を優しく撫でる。
「これは例外。……兄様が、僕の読みたい本にちょっとした魔法をかけてくれるんだ。触れたら、そこに書かれた文字が頭の中に流れ込んでくる。それが、僕が本を読める仕組みだよ」
「へぇ。魔法ってすげぇんだな」
「それに関してだけは、魔法を兄様に遺伝させたあの方――オーディン。そして、オーディンに知識を与えた世界樹に感謝するべきかもしれない」
ホズは少し苦しげに話した。その言葉の中にあった【世界樹】という単語に、兄妹は窓へと視線を向ける。
【世界樹】――この世界にはじめから存在する大樹。この世界に根を張り、世界を葉で包み込み、優しくあたたかに見守ってくれている存在。それでも、世界が夜に閉ざされているからか、その世界樹も悲しんでくれているのか、萎れてしまっているようにも兄妹は見えていた。
その周辺には一度入れば迷ってしまう程の深い深い森があり、そう容易く世界樹の根本へと向かうことは出来ないようになっている。しかし、オーディンは世界樹を深く信仰しているためか、そんな森のすぐ近くにこの神の国は建てられているのだ。
「世界樹、か。あの最高神オーディン様に知識を与えたってことは、本当にすごい存在なんですね」
「そうだね。だから、オーディンは……あの世界樹のために完璧になろうと、完璧でいようとしているんだ」
ホズはまた苦しげに言葉を紡ぎながら、自分の完璧でない目を手で覆う。そんな様子に気づいたナルは、彼にあることを聞こうとした。
「あの、ホズさんって……オーディン様のこと」
「…………………………僕は――」
「よっ!」
「「「わっ!」」」
重苦しい変な空気の中に、陽気な空気――ロキが現れた。彼が突如として現れたことに暫し硬直状態であったナルとホズだが。ナリだけは彼へと颯爽と飛びかかる。
「ロキ! どこ行ってたんだよ! この約束破りめ!」
「あっははっ、悪い悪い! ……おい、謝ったんだから頬を引っ張るな、馬鹿ナリ!」
「馬鹿はロキだよ! バーカ!」
これは約束を破ったロキが悪いのだろうが。暴言を吐きながら、取っ組み合いを始めてしまったナリとロキ。そんな彼等の行動にホズとナルは呆れ顔をして深く溜息を吐きながら、こう言い放つのである。
「「ロキ/お兄ちゃん、図書館はお静かに」」
鍛錬場についてからロキが颯爽と姿を消したことで不機嫌気味に剣の素振りをしていたナリ。
「そうそう。ナリはまだ見たことないか?」
そんな彼に、兵士二人はある話題を持ちかけてきた。
はじめはロキと共にいるナリを遠ざけていた兵士達。だが、毎日熱心に鍛錬をこなす素直なナリに、兵士達はだんだんと彼に心を許しているのだ。
「……女の形したレムレスなんじゃ」
「俺達もそうかと思ったんだけどなぁ。どうやら、そうじゃないらしいんだ。目も赤くないし、身体も黒い靄で出来ていなかった」
兵士達の話をまとめると。
皆が寝静まった時間に、女がシクシクと泣きながら徘徊している、らしい。ある時、巡回担当であった兵士がその女を間近で見てしまった。女は、女神に匹敵するほどの美しさであったのだと。
その女と目が合った兵士。女はただ一言――。『チガウ』と言った。
「んで、目が覚めたらその兵士は廊下で倒れてたってわけ!」
「もしかして、幽霊かも!」
その話で盛り上がる兵士達はブルブルと震え出す。そんな彼等に、ナリは苦笑いを見せる。
「いやいや。あんたらも一応幽霊みたいなもんだろ? そこで怖がるのかよ?」
そう、ここにいる兵士達は皆、死んでしまった人間の戦士だ。
彼等は、戦いで死んだという栄誉のおかげで、今もこうして神の国で戦士として生きているのだ。ナリがそう言うものの、兵士達は「それとこれとは違うんだよなぁ」と口を揃えて言うのである。
「それは、もしかしたら妖精族の仕業かもな」
「あっ。フレイ」
兵士達とナリの所に、フレイが現れる。兵士達は彼が登場すると、すかさず敬礼の姿勢を見せた。そんな彼等の行動を何度も見ているナリだが、その度に「やっぱり偉いんだな、こいつ」と思うのである。
「なぁ、フレイ。妖精族って?」
「悪戯好きな者達さ。白妖精と黒妖精がいてな。白はこちらから接触しなければいいが。問題は黒だ。今回は、話を聞く限り、実害的な物がないのなら、白妖精だろう」
フレイの話にナリは「ふーん」と軽く流す。
「……貴様も気をつけろよ。黒に魅入られたら」
そんな彼の態度に、フレイは釘を刺すかのように言い放つ。
「喰われるからな」
◇
時間は経ち。
ナリはフレイとの稽古を終えて、今は図書室にいるというナルの元へと向かっていた。目的地に到着し、そこの大きな扉を力を込めながらも、そっと開ける。中には、女騎士や兵士、神族が楽しく穏やかな時間を過ごしている。
キョロキョロと広い図書室で探し回っていると、奥の方でナルとホズが共に集中して読書をしている姿が目に入った。「あんな文字ばっかの紙の束の何が面白いんだか」とナリは不思議そうに思いながら彼等に声をかけようとしたが、ここは図書室だということをすぐに思い出し、そっと彼等の背後に忍び寄る。
ちなみに、ナルの読んでいた本の中身をチラリと覗き込むと、何かしらの物語であるのだけは分かった。欲に忠実な妹である。
「やぁ、ナリ君」
「えっ」
しかし、目が見えないはずのホズに早速気づかれてしまった。
「ん? あれ、お兄ちゃん。いつの間に?」
「今だよ今。なぁ、ホズさん。なんですぐに気づいたんだ?」
「もう長いこと僕は盲目で過ごしているんだ。気配や足音で分かるものなんだよ。特にこういう静かな場所だと、ナリ君が僕らに声をかけようとしているのもわかったよ?」
「そっ、そっから? ……ちなみに、本を読むのもそういうので出来るもんなの?」
ナリが首を傾げながらそう聞くと、ホズは読んでいた本を優しく撫でる。
「これは例外。……兄様が、僕の読みたい本にちょっとした魔法をかけてくれるんだ。触れたら、そこに書かれた文字が頭の中に流れ込んでくる。それが、僕が本を読める仕組みだよ」
「へぇ。魔法ってすげぇんだな」
「それに関してだけは、魔法を兄様に遺伝させたあの方――オーディン。そして、オーディンに知識を与えた世界樹に感謝するべきかもしれない」
ホズは少し苦しげに話した。その言葉の中にあった【世界樹】という単語に、兄妹は窓へと視線を向ける。
【世界樹】――この世界にはじめから存在する大樹。この世界に根を張り、世界を葉で包み込み、優しくあたたかに見守ってくれている存在。それでも、世界が夜に閉ざされているからか、その世界樹も悲しんでくれているのか、萎れてしまっているようにも兄妹は見えていた。
その周辺には一度入れば迷ってしまう程の深い深い森があり、そう容易く世界樹の根本へと向かうことは出来ないようになっている。しかし、オーディンは世界樹を深く信仰しているためか、そんな森のすぐ近くにこの神の国は建てられているのだ。
「世界樹、か。あの最高神オーディン様に知識を与えたってことは、本当にすごい存在なんですね」
「そうだね。だから、オーディンは……あの世界樹のために完璧になろうと、完璧でいようとしているんだ」
ホズはまた苦しげに言葉を紡ぎながら、自分の完璧でない目を手で覆う。そんな様子に気づいたナルは、彼にあることを聞こうとした。
「あの、ホズさんって……オーディン様のこと」
「…………………………僕は――」
「よっ!」
「「「わっ!」」」
重苦しい変な空気の中に、陽気な空気――ロキが現れた。彼が突如として現れたことに暫し硬直状態であったナルとホズだが。ナリだけは彼へと颯爽と飛びかかる。
「ロキ! どこ行ってたんだよ! この約束破りめ!」
「あっははっ、悪い悪い! ……おい、謝ったんだから頬を引っ張るな、馬鹿ナリ!」
「馬鹿はロキだよ! バーカ!」
これは約束を破ったロキが悪いのだろうが。暴言を吐きながら、取っ組み合いを始めてしまったナリとロキ。そんな彼等の行動にホズとナルは呆れ顔をして深く溜息を吐きながら、こう言い放つのである。
「「ロキ/お兄ちゃん、図書館はお静かに」」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。
Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)
青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。
ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。
さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。
青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。
義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる