ブレザーを脱ぎ捨てたら

ゆん

文字の大きさ
上 下
22 / 30

やっぱりなにか

しおりを挟む
それからおーちゃんの話も色々聞いた。

高校出た後、早朝はコンビニ夜は居酒屋でバイトしながらイラストの専門学校に通い、3年後にイラストレーターになったこと。


「うちは母ちゃんだけしかいねえし、そん時は母ちゃん病気しててほんっとに金がなくってよ。もっかいやれって言われてもぜってぇヤだな、あの生活」


今は主に生活のためにイラストの仕事は続けてるけど、いずれは油彩だけで食べていけるようになりたいんだって。

おーちゃんは苦笑いしながら言ったけど、俺も……そしてきっとしーちゃんも、まるで違う世界の話を聞いてるように本当には共感できなくて、ちょっとだけおーちゃんを遠く感じた。

だけど……なんか、すっごいかっこいいなって思った。

 自分の力で生活して、自分の手で未来を切り開いてってるって感じが。

俺は自分が経済的に恵まれた家に生まれたことを本当に感謝してるしそこに不満は全然ないんだけど、この環境じゃおーちゃんが持ってる「生き抜く強さ」は持ち得ないもんね、やっぱり。

俺の周りには本当に素敵な大人がたくさんいるけど、おーちゃんは今までに出会ったことのないタイプの人。

しーちゃんが惹かれるのが、前よりももっと分かる感じ。


「ちょい、便所」


おーちゃんは立ち上がって、カウンターを回り込んだ向こう側へ行った。

ぐるりと見渡した店内はほぼ満席なのに、その割にほとんどの人が本を読んでるせいか、とっても静か。

ゆるやかに流れるジャズ風アレンジのBGMに紛れて微かなおしゃべりがさざ波のように聞こえてる。


「おーちゃんて、かっこいいね……」


本人がいたらちょっと気恥ずかしくて言えないことをぼそぼそと囁いた。


「だろ。すげーんだ、先生は。でも……実は俺も初めて聞く話ばっかだったの。瑞希だと話しやすいのかな。瑞希ばっか見てたしな……」


しーちゃんが少し寂しそうに言うのがちょっと胸にきゅんと痛くてさ。俺も途中で思ったから。おーちゃん、やけに俺にばっか喋るなあって。


「ほら、俺が初対面だから……気ぃ遣ってくれたんじゃない?」

「うん……そうかもな」


 しーちゃんは小さく笑うと、カップを揺すってカフェオレをゆらゆらさせる。


「でもやっぱ……避けられてたんだなって思った。今日話してて。 俺……多分なんかしちゃったんだ……」


しーちゃんはそう言ってカップをテーブルに置いて、揺れるカフェオレの水面を見つめた。


「でも、本当にしーちゃんが何かしたんなら言ってくれるでしょ?おーちゃんの性格なら」


確かに俺にばっかり喋ってたけど、俺はおーちゃんがしーちゃんを見てたあの優しい目を知ってるし……

まあだからって、初対面の俺を気遣って積極的に俺に話し掛けてくれたってのも、なんとなく違和感なんだけど。

なんかおーちゃんそういう気遣いってしなさそうで。


「言ってもキリがねえから面倒になったのかもしんねえじゃん……」


おーちゃんを見つけた時の嬉しそうな顔から一転、しょんぼり萎れちゃったしーちゃんがどうにも可哀想で、なんて声かけようって考えてるうちにおーちゃんが戻ってきちゃって。

あー……しょうがない。また後で2人になった時に話そう。


「お前ら、まだいる?俺そろそろ帰るけど」


おーちゃんは席には座らずにテーブルの上の写真をまとめて小さなカバンに仕舞うと、木製の筒状の伝票立てから伝票を取って俺たちを見た。

見てから……「士央、どうした。腹でも痛いんか?」と、少し首をかしげてしーちゃんの顔を伺うようにする。


「いえ……痛くないです。 俺たちも帰ります。まだ買い物の続き、あるし……」


しーちゃんはおーちゃんを見ないように立ち上がると、「あ、瑞希良かった?まだいたい?」って、まるでおーちゃんを見ないで済む、って感じに縋るような視線を向けてくる。


「ううん、いいよ。まだ回りたいところあるしね」


おーちゃんが俺たちの会話を聞いて納得したようにカウンターに行きかけたら、先生、ってしーちゃんが慌てて呼び止めて「それ払います」と、手を出した。


わー!しーちゃん!って内心で思ってたら、おーちゃんは呼び止められてこちらを向いてた顔をふいと向こうへ向けてそのまま行っちゃって。

俺は追おうとしたしーちゃんを止めて、耳元に「おーちゃんに払ってもらった方がいいよ」って囁いた。


「なんで。先生、苦しいって言ってたろ。俺は金持ってるし……」


しーちゃんの目にはほんっとに悪気が無くて、もう……もう焦れったい……!


「後で説明するから!こういう時は、お店を出てごちそうさまでした、でいいの!」


ひそひそ小声で言い合って、俺はしーちゃんの背中を押してカウンターの司さんに頭を下げ、支払いを済ませてすたすた店を出ていくおーちゃんの後を追った。


「ごちそうさまでした!すごく素敵なお店だったんで、この辺に来た時はまた寄らせてもらいます」


俺が頭を下げる横で、しーちゃんは小さな声でごちそうさまでした、って言って同じように頭を下げた。


「じゃあな」


おーちゃんは、一瞬しーちゃんを見てすぐに視線を俺に戻すと、背を向けてズボンのポッケに両手を突っ込んで歩き出した。

見送ってるしーちゃんの顔を見んのが辛いんですけど!そんなしょんぼりしないでー!

 猫背の背中が道の向こうに小さくなってから、俺は「じゃあ俺らも行く?」と、次に行く予定にしてたショップに向かった。


「さっきのは……なんでダメなの……」


さほど広くはない歩道を向こうから来る人を避けながら歩いてたら、しーちゃんの方から聞いてきた。


「おーちゃんは年上で大人で、しかも働いてるでしょ?俺たちは学生じゃん。実質俺たちの方がお金を持ってたとしても、向こうが払うもんなんだよ」

「そう……先生が一生懸命働いて稼いだ金だし自分のために使ってもらいたかったけど……ダメなの」


自信を無くしたような顔で言われると胸が痛い。こういうことって学校で習う事じゃないもんね。俺だっていつ教わったのかわかんない。それは母ちゃんと外に出かけたときだったり、テレビでドラマを見てるときだったりいろいろだから。


「しーちゃん。俺さ、おーちゃんはしーちゃんのこと嫌になったりしてないと思うよ。しーちゃんのこと見る目がすごく優しかったもん」


ちらりと横を見ても、しーちゃんは元気をなくしたままで。


「そうかな。そういう風には見えなかった。さっきのでまたポイントが下がったかもな。はは……悪いな、なんかテンション下げちゃって。この話はこれで終わりな。俺、ブッテロのレースアップが欲しくてさ~…」


俺の肩に手を回してパンパンと叩いた後、肩を組んだまま話を靴の方へ持ってったしーちゃんは、もうそっちに話を戻すな、って全身で訴えてた。

今は何を言ってもダメなのかもなぁ……

その日はそこから4軒のショップを回って、しーちゃんはヤケクソみたいに買い物をしてた。

いつもは割と厳選する方なのに、なんか手当たり次第って感じに。

でも……何も言わなかった。

だってしーちゃんの気持ちも痛いくらい分かったから。



この日の後くらいから、しーちゃんはまた前みたいな、ぼんやりした顔をする事が多くなった。

俺はなんか胸の奥がずーんとしていた。

してあげられることが何もなくて、しーちゃんを思いながらモヤモヤしてた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

ひとりで生きたいわけじゃない

秋野小窓
BL
『誰が君のことをこの世からいらないって言っても、俺には君が必要だよーー』 スパダリ系社会人×自己肯定感ゼロ大学生。 溺愛されてじわじわ攻略されていくお話です。完結しました。 8章まで→R18ページ少なめ。タイトル末尾に「*」を付けるので苦手な方は目印にしてください。 飛ばしてもストーリーに支障なくお読みいただけます。 9章から→予告なくいちゃつきます。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

処理中です...