ブレザーを脱ぎ捨てたら

ゆん

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メロンソーダと理由探し

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「じゃあ本当にそれっきりなんだ。連絡先は知ってるんでしょ?電話とか……してみた?」


俺は、瑞希が同情したり慰めたりしないことにほっとしてた。俺自身も原因がわからない苦しさに共感されたら、きっとそれ以上話す気が失せちまっただろう。


「知ってる……けど、できないよ。怖くて。確実に出てくれなそうだもん」



俺が窓の方に視線を移して言うと、そうだよね、って頷いて瑞希も俺と同じように外を見る。

駅に向かうサラリーマン、くっつきあって笑いながら改札への階段を上る女子高生5人組。入る人、出てく人が、うじゃうじゃひきりなしで、巣の周りを這い回る蟻のように見える。


「俺……その、おち先生のこと知らないけど……」


外を眺めたまま、瑞希が静かに言う。


「しーちゃんがそのままぶつかってったら、案外応えてくれるんじゃないかなって思うんだけど……」

「ええ!?だって……ほんともう、すっげぇんだぜ?俺、あんな目で人から見られたことないし……」


先生の「サイテーだな」って声と言葉がクリアに甦ってまた胸がぎゅっと痛んだ。


「どこが悪かったのかが分かれば謝りようもあるけど、それも分かんないし。実際のとこ自分がどうしたいのかも……よく分かんないし」


俺が自分の腹の上に組んだ手に目を落として言うと、瑞希は椅子にまっすぐ座りなおしてメロンソーダをすすった。


「うーん……普通の高校生が買える金額じゃないって、そんな安いと思われたのかって腹が立ったのかなぁ。ほら、いくら俺たちが実際にお金持ってるとしてもさ、向こうにとってはコドモだもんね」


俺達の高校は都内では名の知れた進学校であり、学費が高額なことでも有名な私立校。つまり通うのは差こそあれかなり経済力のある親を持つ生徒ばかり。

瑞希の家も祖父じいさんがかなりの土地持ちで、親父さんも自ら興した会社を大きく成長させたやり手の実業家だ。

周りがそういう人間ばかりの環境だから、自分でも気づかないうちに感覚が一般的高校生とずれててもそれはちっともおかしくない。


「それにしてもよく絵を買おうと思ったね。俺、絵なんてよく分かんないから……そんなにいい絵だったの?」


瑞希のメロンソーダが終わりを知らせてズズッと音を立てた。


「いや、見てない。何かひとつ買おうって思っただけで」

「え……見ずに買うって言ったの?」


瑞希が驚いた顔をして……俺はその表情の意味が分からずに、続きを促して見つめ返した。


「それは……それはマズいかも。しーちゃん」


瑞希が身を乗り出すようにして俺を上目づかいに見た。


「え、なにが。なにがマズい?」

「例えば、だよ。しーちゃんが一生懸命お世話している子猫ちゃんが10匹います」


瑞希お得意のたとえ話に、何か始まったぞという気持ちで身を乗り出す。


「どの子もとってもカワイイの。性格も見た目も10匹とも違ってて、しーちゃんにとってはどの子も宝物。でも全部は育てられないから、人に譲ることにしました」


なんか算数の文章題チックな言い方で瑞希が俺の目を見つめて真剣に言ってくるのに、俺は大人しくウンウンと頷いた。


「で、欲しいって言う人がきました。でもね、見たらわかるの。その人、しーちゃんの気を引きたいだけで子猫には大して興味がないんだって。んで、その人が子猫を見もしないで言うの。『どれでもいいから、一匹ちょうだい』って。なんか、ヤじゃない?」

「そりゃ嫌だろうな。子猫はやらねえって思う」

「でしょ?そーゆーことだよ。しーちゃん」


瑞希は真剣な表情のまんま、俺にこれで分かったでしょ、と言わんばかりの目を向けてくる。


「え、そーゆーことって、どういう事?」


瑞希の話自体は分かったけど、それと俺との繋がりが分からなくて眉間に力を入れた。


「だからさぁ、しーちゃん絵じゃなくて、おち先生に惹かれたんでしょ?おち先生の子猫を見ないで、ちょうだいって言ったんでしょ?」

「いや……俺は別に先生の気を引きたくて絵を買うって言ったんじゃない。先生を助けたかっただけだ。絵描きは絵を売って生活するんだから、絵を買ったら先生は助かるだろ」

「うん……それはそうなんだけどね……」


瑞希は背もたれに寄りかかって頭の後ろで手を組み、天井に視線をやってうーん、と唸った。


「え、俺おかしい?」

「いや、おかしいっていうか……えっとね……おち先生はさ、一生懸命描いた大事な絵を、好きだ、気に入ったって言ってくれる人に買ってもらいたいんじゃないかな。
しーちゃんがしたことって、言い方を露骨にしたら、「絵を買ってやるから、その金でいいもん食えよ」って言ってるのと似てるでしょ。
しーちゃん、パーティとかで親がお金がない人たちのこと蔑んでるって怒ってたじゃん?でもしーちゃんのしたことも……おち先生から見たら、形としては同じじゃないかな」


俺は……頭をガツンと打たれて言葉を失くした。

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