笑顔の向こう側

ゆん

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同棲編

ヒートと意思

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 ふたりで一緒に歯磨きをして、手を繋いで3階への階段を上った。前にしてくれたみたいに、僕の部屋の前まで来て僕が部屋に入るのを見てからおやすみ、と自分の部屋に入ってった。僕は酔いの火照りと眠たさと何とも言えない満たされた感じのまま、ベッドに転がった。透くんの部屋がある方を向いて。

 いっぱいキスした。僕はキスにそれほど思い入れがないというか、お客にはもちろん仕事だからしてたんだし、ナオトとは ”するもの” だと思ってしてたから、こんなに気持ちがいいんだってことを知らなかった。

 ゆらり、ゆらり。揺れるように。浅く遊んで、深く絡んで。最後……僕の首筋へキスされた時は、たったそれだけの刺激に感じて声が漏れてしまった。続きを求めて、体が震えてた。それを……透くんは前と同じ僕のトラウマの入り口だと思ったみたい。すぐに体を離して「もう寝るか」と言って歯磨きに行った。

 僕は大丈夫、と言おうとしたけど、その保証がなくて無理だった。あの時だって、自分の意志とは無関係にあんなことになったから、今続きが出来るかはまったく分からなかった。

 酔いが手伝ってリラックスしてたし、透くんが優しすぎて感動してたし、キスが気持ち良くて溶けてたし、なんだかいけそうだと思いながら……変に期待をもたせちゃだめだと思って諦めた。

 暗い部屋の中でわんこを抱き寄せて、透くんにみたててぎゅっと抱きしめる。ああ……なんだか眠いのに眠れない。体の芯に熱があるみたいな……透くんとひとつになれる日はいつだろう、とふわふわ考えて、ふと……ヒートのことを思い出した。

 そっか、ヒート……ヒートが来たら、多分出来る。透くんに応えられる。あの衝動は、特別なものだから。

 もうじき来る。予定は8月の頭……もしかしたら、今も酔いだけじゃない、ヒート前の火照りも奥にあるのかもしれない。僕の最も深い場所へ、透くんが入り込んで繋がる。そして彼の熱を注がれたら、あの独特の歓喜に絶頂を迎えて無意識に涙を流すんだ。

 今までにも経験があるそれ。今までの相手は全部お客だったから意識が戻った時の絶望感と自分への嫌悪感が毎回半端なかったけど、今度は本当に好きな人と出来るんだから……どんなに幸せだろう。恋してるアルファに抱かれた後っていうのは……

 あともうちょっとだ。ヒートを楽しみにするなんて、初めて。ナオトはヒートの時にするのが気持ちいいって言ってたけど、ベータの彼がいくら僕に注いだって体の疼きは満たされず、僕はむしろヒートの時のセックスが辛かった。

 時間がうまく合えばいいな。例えば朝に来ちゃったら、夜に透くんが帰って来るまで辛い状態で延々と待たないといけないし。いや、抑制剤飲めばいいんだけど……でも飲んだら飲んだでどのくらいの長さ効いてるか読みづらいしさ。ベストは夜、ご飯食べた後とか……そのくらいの感じ。

 透くんに明日伝えておこうかな……もうすぐヒートが来るって……やっと透くんに応えることが出来る。透くんを喜ばせることが出来る。僕の意識は飛んじゃってるかもしれないけど、彼を満足させることが出来るならそれが一番嬉しかった。

 アルファにとってもオメガとのセックスは特別で、同じアルファやベータ相手では絶対得られない快感があるって言ってた。

  それを僕が、透くんにあげられるんだ。そう考えると、オメガに生まれて良かったって心から思えた。

 もう一度わんこをぎゅっとして、透くんをかすように壁を見つめる。待っててね、透くん。あともうちょっとだから。



 だから僕は、次の日の朝……ちょっと恥ずかしい気持ちにいつ言おういつ言おうって思いながら、先に出かけてく彼を玄関に見送りに行って伝えたんだ。

「もうすぐヒートが来るから、その時は、たぶん大丈夫だから……」

 僕は喜んでくれると思った。透くんのことだからそれを表には出さないだろうけど、でもお互いに深く繋がれることを内心では喜んでくれるって。

 そしたら透くんは「どうかな、それは」と少し難しい顔をした。

「あんたがあんたの意志を持てない時に、お互いフェロモンに狂わされてってのは……俺は嫌だ」
「……そ、そっか」
「じゃ」

 透くんが振り返らずに出て行くのはいつものことなのに、寂しく感じる。僕が声をかけたせいで、キスもし忘れたし。

 透くんが嫌だっていうなら、もちろんそれは僕だって……でも……あれは、これからずっとそうってこと……? ヒートの時は、しないの……?

 確かにあの時の自分は自分じゃないけど、矛盾するみたいだけどあれを除いた自分は自分じゃない。

  だって、僕はオメガなんだ。ヒートが来るのが当たり前で、アルファを受け入れたいって感じてしまうんだ。それが僕の意志じゃないって言われてしまうと……

 そう思ってはいたけど、それを透くんには言わなかった。それは我慢したというより、僕にとっては透くんが言う事がすべてだから、納得して引っ込めたっていうこと。

 ヒートが来たら薬を飲む。それでいい。今まで通りだ。透くんには十分すぎるくらい大事にされてるし、愛されてるって感じられるし。これでいい。


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