笑顔の向こう側

ゆん

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同棲編

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 カップルで相談に来るように勧めている所が多い中、そこは一人で大丈夫だというのが決め手になった。ただでさえ透くんに我慢してもらってるのに、これ以上迷惑かけられない。早く治して、彼に応えたい。その一心でオンライン予約確定ボタンに指を触れた。

 予約を入れたのは週末金曜の午後7時。仕事帰りにご飯屋さんで軽く夕食を済ませてそのまま病院に向かった。雑居ビルの5階、古くてエレベーターのないそこの少し埃っぽい階段をきょろきょろしながら上がって行く。

 汗を滲ませながら辿り着くと、質素なドアに『ハートクリニック』という屋号のプラスチックのプレートが貼ってあった。思ったよりぼろっちいというか……この病院大丈夫かなって、ちょっと不安になった。

 どきどきしながらノックをすると中から「お入りください」という男性の声がした。ホームページの院長紹介は経歴だけで写真は載ってなかったけど、どうやら40代から50代くらいの男性って感じだった。

 古いタイプの、少しグラグラする銀のノブを回して中に入る。通路を抜けて奥へ行くと、ワンルームの広い部屋に突き当たった。中には誰もいない。いわゆる診察室っぽい机と先生の座る椅子、患者さん用の丸椅子、診察用の黒い細長いベッド。

 真ん中の衝立の向こうには、ゆったりとしたソファの応接セットと、たくさんの観葉植物。隅に大きな水槽があって、キラリキラリと光る綺麗な熱帯魚がたくさん泳いでる。正面の壁に先生の物らしき賞状が立派な額縁に入れてずらっと飾ってあった。どういう賞なのかよく分からないけど、とにかく偉い先生なんだなぁと緊張が強くなった。

「お待たせしました。院長の春日部です」

 奥のドアから現れたのは、白衣を着た少し太目の男性だった。声から予想していたよりも見た目はもっと年上に見える。50代か……もしかしたら60代。白髪交じりの頭をワックスで固め、薄く色のついた眼鏡をかけて、口元には口ひげを蓄えていた。

「ご予約の松崎さんですね。どうぞおかけください」

 優しそうな声にほっと安心しながら、僕はかばんを前に抱き締めるようにして丸椅子に座った。先生は僕に問診票を渡して分かるところを記入するように、と言い、聴診器を首から下げてパソコンを立ち上げた。

 僕は、色々話を聞いてもらって問題点を指摘される、みたいな会話中心の治療を想像してたんだけど、どうもそうじゃなかったみたい。先生は、オメガ男性は肉体的な男性性と女性性の融合がうまくいかずに性交が出来ないパターンがあるから、体もすべてを調べる必要がある、と言って診察を始めた。

 シャツをめくって胸に聴診器を当て、その後は後ろを向いて背中も同じようにする。それから胸に手を当ててコンコンコンと叩いて、銀色の薄っぺらい棒みたいなので喉の奥を見られた。まるで風邪をひいて内科にかかった時みたいだなぁと思っていたら、先生が「はい、結構です。では服を脱いでそちらのベッドへ上がってください」と、立ち上がった。

 服を脱いで?と思ったけどそれを言えずに、取りあえずネクタイを外してシャツとタンクトップを脱いでベッドに上がろうとした。すると先生は「いえ、全部脱いでください」と微笑んだ。

「全部……下着も、ですか」
「はい。恥ずかしいかもしれませんが、性交不全は性器に問題があることも多いんですよ」
「あの、あの……僕、セックスは出来てたんです……あの、そういう職業をしてたので……ただ、今の彼としようとすると、気を失ってしまうので──」

 もう顔が赤くなるのを抑えきれなかったけど、必死で訴えた。オンライン予約に自分の相談内容を選ぶところがあって一番近そうな性交不全に印を入れたけど、原因は体にあるんじゃないって自分でも分かってたから。

 けど先生は「心と体は繋がっています。心因性と思っていたら、過去の性交で受けた体の傷が原因だったということもあります」と言ってまた僕に服を脱ぐように促した。僕は仕方なく煌々と明るい部屋の中で裸になり、ベッドの上に横たわった。

 2年前まで裸を見られる職業だったと言っていい。でもだからといって、病院で全裸を先生に眺められるのが平気なはずない。僕は目をつぶったり天井の模様を睨んだりして、その時間に耐えた。

「そういう職業だったと言っていたけど、乳首は綺麗な色をしていますね。彼が喜ぶでしょう」

 色のついた眼鏡を少し下げて僕を見ていた先生がそう言った時、本気なのか冗談なのか分からないそれになんと返したものか言葉がなくてあいまいに笑った。綺麗と言われて喜んだらいいの?

 先生はお腹のあちこちをゆっくり押してから、下半身にバスタオルをかけて「股関節をみますね」といって僕の右足を曲げて横に開かせた。その後は左足。時々パソコンに何かを打ち込んで最後は両足を曲げて大きく開かせる。

「痛くないですか」
「そ、それ以上は、痛いです」
「ちょっと硬いなぁ」

 先生は僕の両膝に手をかけて何度もぐいぐいと開かせた。真ん中にタオルがかかってるけど、格好が恥ずかしくて顔を横に背けてた。
 「これはどうかな?」と先生が僕の両方のふくらはぎを掴んで頭の方へ持ってくる。

「痛くはないですけど、苦しいです」

まるで先生が伸し掛かって来てるみたいで、思わず目をつぶった。

「やっぱり硬いねえ。硬いとね、性交痛が生まれやすい。それが無意識のセックスの恐れに繋がりやすいんだよ」

 足を戻しながら言う先生に、僕はそうですか、と頷いた。確かにセックスの時に痛みを覚えるのは日常茶飯事だったというか、ヒートの時以外は大体痛かったから、そのせいだったのか、と納得がいった。

 それからうつ伏せにされて、背骨を触ったり、肩甲骨を探ったりしてから「性器の診察に入りますので四つん這いになってください」と言われた。恥ずかしすぎて、それこそ気が遠くなりそうだった。先生がタオルをかけてくれたけど、もちろんお尻は出てるし。

 その後、腕を曲げてお尻だけ上げた状態にさせられ、触診のためにローションを塗りますよ、と言われて指サックをつけた先生の指がぬるぬるしたものと一緒に入ってきた。違和感が突き上げて気持ちが悪い。先生が奥を探るように指を動かすから、余計。

「うん……うん……松崎さん……素晴らしいね。自信を持ったらいい。前職では人気があったでしょう。これは名器だ」

 この先生は何を言ってるんだ、と目を開けた時、伏せた自分の脇の下から、先生が白衣の中に手を入れて自分の股間を触ってるのが見えた。僕は叫んで裸のままベッドの端へ逃げた。ショックすぎて言葉が出なかった。




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